久遠のプロメッサ 第一部 夜明けの幻想曲

日ノ島 陽

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夜明けの幻想曲 1章 黄金蝶の予言者

6 役立たずの暗殺者へ贈り物

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 誕生祭の間は住宅街に人気はほぼない。なぜなら、店が立ち並ぶ大通りへ人々が行ってしまうからだ。
 無事に下水施設から抜け出した四人は、地下よりは澄んだ空気を吸い込んだ。下水施設だけあって、あの場所の空気は淀み臭いがキツイ。その分、美味しそうな匂いが混じる外の空気がより一層澄んで感じられた。

「ふう、やっぱり地上はいい」

 伸びをしているフェリクスを見て、ミセリアは声をかける。

「……買い物と言っても、その恰好じゃ目立ってしまうのではないか?」

 王家の証である金赤の髪に石榴石の瞳。一般市民にはない色彩だ。この街から出るとするならば、一般市民には気づかれないようにしたほうがいい。最初に着ていた外套は下水施設で捨ててきてしまった。

「ああ、それじゃあ俺の外套を貸すよ」

 各地を旅している二人はもちろん日差しを遮るための外套を持っている。セルペンスが差し出した外套をフェリクスが羽織る。顔はうまく隠れるが、少しばかり丈が長かった。
 ノアが持っていた腰ひもで丈を調節して、歩くには支障のない状態にする。

「ありがとう」

 ミセリアの方は身に着けていた凶器の類を全て取り外し、ノアに預けている。多少目立ちはしそうな暗殺者衣装ではあるけれど、浮かれている市民にはあまり気にされないだろう。
 四人は大通りに出る。思った通り、人がごった返していた。
 揃いの白い石で作られた建物。イルミネーションが飾られた街路樹。アンティーク調の装飾が施された黒い街灯。普段でも人通りが多い通りだが、今日はやはり特別だ。
 適当に見繕った服屋へミセリアを連れていく。すりガラスがはめ込まれた扉の上に飾られた木製の看板には、丸みを帯びた可愛らしいフォントで店名が書かれている。
 店内もファンシーな装飾品やシャンデリアで飾られていた。男性にはあまりよくわからない世界が形作られている。女性用の服がずらりと並び、狙った客層通りの女性客が楽しそうに服を手に取っていた。
 居心地の悪そうな三人とは違い、フェリクスは嬉々として店内を見て回る。
 シアルワの国旗と同じ色であるえんじ色のワンピース。サテン生地の光沢が美しいひまわり色のチュニック。白いフリルがふんだんに使われた女の子らしいドレス。同じく白色だが、清楚な雰囲気が漂うプリーツスカート。
 代わる代わる手にとってはミセリアと服とを交互に見る。
 ミセリアは困ったような、不機嫌のような難しい表情をしながらフェリクスを見ていた。
 それが続くこと数十分。
 フェリクスはようやく心を決めたようだった。
 ミセリアに差し出されたのは、漆黒のチュニックとホットパンツのセット衣装だった。もう一つ黒いレースの髪飾り。

(動きやすそうだが……)

 ニコニコと満面の笑みで服を渡され、背後にある試着室を指さされる。どうやら着替えてこい、と言いたいらしい。
 フェリクスの命を奪いかけた罪悪感からか、断る気にはならなかった。
 ミセリアは手にした服を持ち、無言で試着室へ入っていった。
 一人だけの狭い空間。小さな空間の壁一面には鏡が貼りつけられている。ミセリアは自分の姿を見下ろして、嫌悪感を覚える。
 それを飲み込んで、暗殺組織から支給された衣装を脱ぎ捨てる。機動性には長けているが女らしさの欠片もない。幼いころ連れてこられた組織にはいい思い出がなかったから、この服はあの日々を思い出させる気がして嫌いだ。
 脱ぎ捨てた服を裸足で踏みつけて、フェリクスから受け取った漆黒のチュニックを試着する。そういえばサイズを確認してなかった、と思うが不思議とぴったりだった。
 漆黒、とはいえそれ一色しかないわけではない。黄昏時の淡い紫を思い起こさせる染め抜きが入っている。素材も上等の物のようだ。触り心地も良い。……のだが。

「少し、いや、かなり露出が……」

 極端にセクシー、というわけではないのだが。腹が出る。肩が出る。ホットパンツだから脚も出る。背中も開いている。これからは気温が高くなる季節に突入するから寒さはさほど気にしなくても良いのだが。果たして似合っているのか。
 ミセリアは最後に髪飾りを手に取った。今のハーフアップのスタイルにそのままつけてしまえばいいだろう。適当に固定して、改めて自分の全身を見た。
 先ほどの暗殺者衣装よりも似合っているのではないだろうか。
 自分で思うくらいに、気に入ってしまったらしい。
 入り口の分厚いカーテンを開く。
 視線を前に向ければ、男衆三人は試着室の前で律義に待っていた。
 フェリクスは満面の笑みでミセリアを出迎えた。

「すっごく似合ってるよ、ミセリア」

 むう、と恥ずかしそうな顔を見せる彼女にセルペンスとノアは苦笑いを浮かべた。

「ほんとに暗殺者だったのかなぁ」
「さぁ」

 小声で話したためか気づかれていなかったようだ。

「そういえば靴のこと考えてなかった」
「……ブーツがいい」

 所謂ニーハイブーツと呼ばれる丈の長いブーツを指さすミセリアに、フェリクスは頷いて取りに行った。
 ミセリアが履いてみればこちらもサイズぴったりで、フェリクスは笑みを深めた。
 一人で女性店員の元へ向かい、さっさと金を払ってきた。

「このまま着ていこう」

 反対する理由もないので、素直に頷いておく。脱ぎ捨てていた暗殺者衣装は回収しておく。後で捨てていけばいいだろう。
 ミセリアの服を買い終えた一行は店から出る。
 午後の5の鐘が鳴った。
 展望室に向かう約束は守れそうにないな、とフェリクスは遠くに見える城を仰いだ。セラフィは無事だろうか、と今更ながら不安が残る。
 それを察したのか、セルペンスが声をかけてきた。

「セラフィのことが心配?」
「そりゃあ、たった一人で暗殺者たちの相手を引き受けたんだ。何人かまでは覚えていないけど、人数は結構いたぞ」
「心配いらないよ。ノアが相手した奴らの様子を見るに、セラフィにとってあのくらいのレベルなら何の問題もないはずだよ。むしろ、良い運動になったって感じの些細なことのはず。彼とは小さなころからの友達だからね。それくらいは分かるよ」
「騎士団長が一目置いてるってのは知ってるけど……」
「その騎士団長がどれくらいの強さなのかは知らないけど、セラフィなら互角以上に戦えるんじゃないかな」

 ノアも便乗する。彼らののんびりした雰囲気から察するにきっとセラフィは大丈夫なはずだ、と信じることにした。

「これからどうするのだ?私は組織の拠点へ向かいたいのだが」

 ミセリアが意を決したように口を開く。会話に水を差すのは苦手なのかもしれない。
 フェリクスは外套に隠れた目を伏せて、ううんと唸った。

「俺の買い物は終わったし、今後の方針を立てようか。大通りから少しはずれた所に教会があるんだ。今は礼拝の時間じゃないし、そこの裏手なら人が来ないはず。そこで話し合いがしたい」
「分かった」

 四人は華やかな通りを抜けて、フェリクスの言う教会へ向かった。
 このような教会はシアルワ王国にも隣国ラエティティア王国にも広まっており、人々が女神への祈りを捧げる場になっている。もっとも、女神は伝承の通りならこの世界から姿を消したはずなのだが。
 教会は王家が支払う補助金と信者のお布施によって運営されている。それなりに潤沢な資金が集まっているためか、作りは絢爛豪華。大げさに見えるほどの巨大なステンドグラスに、純金で作られたというランプ。クリスタルがふんだんに使われたシャンデリア。ビロードの絨毯。豪華すぎて教会とは……という疑問が浮かんでくるほどである。
 そんな教会内部には入らず、綺麗に手入れされた芝生が敷き詰められた裏手へ向かう。
 予想通り人っ子一人いなかった。
 柔らかな芝生に腰を下ろし、四人は今後の方針を話し合った。

「まずは俺たちから。俺たちはセラフィからフェリクスの護衛を頼まれた…ってことでいいのかな。セラフィが迎えに来るまではフェリクスに着いていくよ。……仕事は手伝ってもらうかもしれないけど」
「分かった。異論はないよ。ミセリアは?」

 セルペンスの言葉を聞いて頷いたフェリクスは、くるりとミセリアの方を向いた。
 ミセリアは気難しそうな顔をして、何やら唸っている。

「……君はどうしたいんだ? 復讐、とか言っていた気がするけど」
「その通りだ。私はあの組織を破壊しなければならない」
「なんでそんな面倒なことに首を突っ込むのさ。危険だし。……もしかして、フェリクスのことが好きだからぁ?」
「ふざけないでくれ」

 ノアの茶化しに対して怒りの感情を露わにするミセリア。肩を震わせて、息を荒くする様子に、男衆は彼女の決意は固いものだと理解せざるを得なかった。

「あの組織は暗殺だけを生業としているわけではない。よくは分からないが、なにか別の組織ともつながっているのだろう……。その証拠に、組織に集められた子供たちのうち何人かは暗殺者にならなかった。何をされたかはわからないが、酷く衰弱して……」

 ふう、と大きく深呼吸をして、ミセリアは話を続けた。

「その中に、私を気にかけて優しくしてくれた人がいたんだ。彼女は特別な力を持っていたから、その力を……」
「待った」

 ノアが話を遮った。
 ミセリアはむっとするが、彼の赤い瞳に真剣な光が宿っているのを確認して押し黙った。

「特別な力って?」

 彼が反応したのはそのワードだったようだ。

「普通の人間ならあり得ない力。未来視だ。彼女が未来視をして語った未来は、確実に訪れる」
「彼女ってことは、女性なんだよね? 若い?」
「ああ、確か20歳だったはず。私よりひとつ年上だったから」

 セルペンスが次に聞き出す。
 その情報を聞いて、セルペンスとノアは顔を見合わせた。
 たっぷり三秒くらい顔を見合わせた後、同時にミセリアの方を向いて乗り出すように彼女へ迫った。その勢いが凄かったためかミセリアは驚いて後ろへ倒れこみそうになる。それをフェリクスが支える。

「「彼女の名前は!?」」

 鬼気迫る表情にポカンとすること数秒、ミセリアは弱々しく答えた。

「ケセラお姉ちゃん……」

 今素になってたよな、とツッコミを入れたくなる衝動をなんとか抑え込みフェリクスは、倒れこみそうに斜めの姿勢になっていたミセリアを元の真っすぐな姿勢に戻してやる。
 ケセラ。フェリクスには聞いたことのない名前だ。
 しかし、凸凹兄弟には聞き覚えがあったらしい。

「ビンゴだ、兄ちゃん!!」
「ああ、漸く手掛かりが手に入ったね」
「ど、どういうことだ……? なぜお前たちがケセラお姉ちゃんを知っているんだ……??」

 ミセリアの問いに、ガッツポーズをしていたノアが答える。

「俺たち、人捜しもしてるんだけど。ケセラもその一人でさ」
「知り合いなんだけど……八年前にはぐれてしまって」
「八年前、か。彼女が組織に連れてこられたのも8年前だった。お前たちの知るケセラと、私の知るケセラお姉ちゃんが同一人物である可能性は低くはないな」

 落ち着きを取り戻していく三人を見まわし、フェリクスは首を傾げる。この中で一番情報がないのは彼だ。置いてけぼりを食らっていた。

「ええと、つまり?」

 セルペンスが困ったように、ぺこりと頭を下げた。

「俺たちもその組織に行きたいなあ、と。いいかな」
「俺は、良いけど……。だけど、俺足手まといになるよ」

 フェリクスが懸念していること。この中で唯一戦闘能力が無いのがフェリクスだからだ。セルペンスも戦闘能力は皆無だが、支援ができるので話は別である。
 そんなフェリクスにあっけらかんとノアが答える。

「俺が守るから大丈夫だって」
「でも」
「なら俺が鍛えてやるよ。今日から俺が師匠!! ってのは?」

 年下の少年が師匠…と思いはするが、確かにノアが一番強い。理には適っている。

「お願いします!! 師匠!!!」

 フェリクスは敬礼のポーズをとる。城で騎士団の団員たちがしているのをよく見かけたからしっかりと覚えている。

「おっしゃ、決まり! 時間が空いてるときに始めるぞ」
「はい!!」

 ふざけているのか真剣なのか分からない会話――フェリクス的には真剣そのものだが――を交わしたのを微笑ましく見て、セルペンスは話をまとめる。

「よし、それじゃあみんなで組織に殴り込み、ケセラを救出……」

 そこまで言って、セルペンスは重要なことをミセリアから聞いていないことに気が付いた。

「組織ってどこにあるんだ?」

 どこかでカラスが鳴く気の抜けた声がした。
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