8 / 115
夜明けの幻想曲 1章 黄金蝶の予言者
5 凹凸兄弟
しおりを挟む
命を狙われている状況でなければ、この下水施設の静謐な雰囲気や壁に走る優美な彫刻も楽しめたのだろう。
セラフィと別れてまだ数分。フェリクスは女暗殺者と共に走っていた。
女暗殺者はフェリクスの数歩後ろを無言でついて来る。
次兄のソルテが依頼したという暗殺者集団はセラフィが単身相手しているものの、まだどこかに刺客が潜んでいるかもしれないのだ。先ほどまで自分を殺そうとしていた女暗殺者も傍にいるのだし、気分が沈み不安になるのも仕方ない。
下水施設から街へ出る道は把握しているため、迷うことなく進む。入り組んだ構造になっているが、小さな頃よく訪れていたフェリクスにとっては問題ない。
しばらく進むと、苔の生えた階段が見えてくる。階段の先には鉄製の蓋が天井に着いている。地上から見ればただの地面に埋め込まれたレリーフのように見えるだろう。
鉄製と言っても子供でも押し上げられるほど簡単に開く仕組みになっている。ここさえ出れば街だ。
まあ、そんな簡単に脱出できるなど想像もしていなかったが。
「王子!」
女暗殺者の鋭い声と共にビイン、と金属を弾いた音が響き渡る。
音がしたほうを向けば、男の暗殺者が三人。フェリクス達がいる階段を包囲しており、既に武器が握られていた。一人はナイフ、一人は鎌、一人は弓矢。どれも小ぶりだが、鋭く光を放っている。武器に関して素人であるフェリクスがどう見ても殺傷能力は高そうだ。
先ほどの音の正体は、暗殺者の一人が放った矢を女暗殺者が弾いた音のようだ。
(……なんで守ってくれたんだ? 向こうに裏切られたとはいえ、俺を助ける義理はないはずなのに)
少しばかりの疑問が浮かぶが、今はそれどころではない。
手負いの女暗殺者を置いて逃げることは気が引けた。それに、今街に出て住人を巻き込んでしまったらと考えると王子として恐ろしい。フェリクスには逃げるという選択肢はなかった。
ソルテの裏切りでショックを受けていたフェリクスだが、冷静さは取り戻している。
どうやってこの窮地を切り抜けるべきか考えていると、女暗殺者は焦ったように声を張り上げる。
「何故逃げない!?」
「俺はこの国を預かる王家の血を引いている。この状況で、俺が逃げたことで民に迷惑をかけるわけにはいかないんだ。それに、君を置いていくのも気が引けて」
「馬鹿者だな」
「何とでも呼んでくれ。まずはこいつらをどうにかしないと地上には出られない」
女暗殺者は手負い、フェリクス自身は大した戦闘技術は持たない。対する暗殺者達は手練れのはず。あの次兄が中途半端な組織に依頼をするはずはない。
ふとフェリクスは思い出した。あの時セラフィが何かを言っていた気がする。
「……確か、セラフィの知り合いが来るらしい。彼等って言っていたから少なくとも二人以上……。セラフィが言うんだから戦えるとは思う。助っ人が来るまで、何とか持ちこたえられないかな」
「私では心もとないと?」
「えっと……君怪我してるし……向こうのほうが人数多いし……」
じとりと睨まれる。
その眼差しが思ったよりも鋭かった。フェリクスは苦笑いを浮かべる。
「……まあ良い。私が手負いで、力不足なのは事実だ。否定しない。だが、お前よりは腕が立つつもりだし、私にはあいつらに敵対する理由ができた。状況がどうあれ、私は戦う」
彼女はそう言って目線を暗殺者達へ戻した。
暗殺者達は目配せをして、ゆらりと動き出す。
フェリクスも護身用の小さなナイフを抜いておくが、そんなに役に立つとは思えない。フェリクスを庇うようにして女暗殺者が前に出る。
「王子はそこから動くな」
「……そうしておくよ」
音もなく近寄った一人の暗殺者の刃が光る。それを見逃さなかった女暗殺者は自身のナイフで受け止める。ダガーは落としてきてしまった。予備のナイフで対処するしかない。
重い衝撃が、ナイフを通して伝わってくる。
その間にもう一人が小ぶりの鎌を手にすり抜けようとする。
女暗殺者は受け止めていたナイフを無理やりずらして鎌の暗殺者へ向けて蹴り上げる。
鎌の暗殺者はいとも簡単に彼女の足をよけると、くるりと体の向きを変えて鎌で宙に浮いたままの足に切りつけた。
「ぐう……!!」
鮮血が舞う。切られた箇所は幸いにも筋肉まででとどまり、健は無事だったようだ。しかし、思ったよりも出血量が多い。
「うわ……!!」
背後からフェリクスの声が聞こえ、女暗殺者は慌てて彼の方を向く。
怪我はないようだが、三人目の暗殺者による弓矢での射撃攻撃を受けているようだ。運よくかわすことができているようだが、いつまでも持つとは思えなかった。
ちっ、と盛大に舌打ちをする。
圧倒的ピンチだ、と誰が見ても分かりやすい展開だ。
「手負いだからと、なめるなよ!」
やけくそ気味に、女暗殺者はナイフを振り上げる。崩れ行く体制で、ナイフの暗殺者へむけて己がナイフを突き刺した。
まさか倒れこむ途中で反撃されると思わなかったのか、切っ先は真っすぐに暗殺者の足の甲へ突き刺さった。
「うぐっ」
黙り込んでいた暗殺者の苦悶の声が漏れる。
そのことに満足感を覚え、女暗殺者は唇の端を釣り上げて笑った。そのままドシャリと倒れこむ。傷が痛む。ちょっとこれは本気で戦える状況ではない。
鎌の暗殺者や弓矢の暗殺者はまだ少しの傷も負っていない。フェリクスは二人と戦うことはできない。
立ち上がらなくては、と己を奮い立たせて膝を立てる。青黒い床に鮮血が流れて水たまりのようになっていくのを視界からはずして、女暗殺者はなんとか立ち上がる。
「だめだよ、動いちゃ」
第三勢力の人物が現れたのはその時だった。
「うりゃあ!!」
若く高い少年の掛け声とともに、何かが視界を横切って鎌の暗殺者を吹き飛ばした。壁に叩きつけられた鎌の暗殺者は、衝撃が強すぎたのだろうか、鎌を落としてずるずると崩れ落ちる。
よいしょ、と言いながらウサギのように身軽な動きの少年が手にした大剣を構えなおした。身長は女暗殺者よりも一回りは小さい。十三、十四歳といったところか。黄色の癖のある髪をかき上げている。
女暗殺者が注目したのは、その大剣だった。大剣は少年の身の丈ほどもある。見るからに大きくて重そうな剣を、こんな少年が振り回せることに驚きを隠せなかった。
少年は大剣を引きずって方向転換をする。ガリガリと耳障りな音を立てながら。同じく驚いていたらしい弓矢の暗殺者へ向けて、純粋に見える笑顔のまま、大剣を持ち上げて、振り下ろした。
後は足を引きずる暗殺者のみ。少年は先ほどよりも力を抜いて、大剣を叩きつけた。
あっという間に沈黙した暗殺者達を見やって、少年はため息をついた。
「つまんねえ」
「こらこら。そんなことを言っちゃだめだろう。君は特別なんだから。ほとぼりが冷めた頃にセラフィにでも相手してもらいなさい」
「はーい」
少年の背後から別の青年が姿を見せた。
一言でいえば…ひょろひょろ男。線が細いといえばそれまでだが、男にしては細すぎるように見える。しかし肌の色は白いが不健康な色ではないし、病的な雰囲気はない。深碧の髪に、金のヘアピンが特徴的だった。
青年は女暗殺者の方を向いてしゃがみこむと、怪我をした足に向けて手を伸ばした。
「何を……」
「大丈夫、動かないで」
信じられない光景を見た。
青年の手のひらからエメラルドグリーンの淡い光があふれ、傷が見る見るうちにふさがっていったのだ。人間ならば使えぬはずの魔法なのだろうか。
青年は足の傷がふさがったのを確認して、次いで腕の傷を癒した。
その様子を見ていたフェリクスが、恐る恐る声をかける。
「貴方たちが、セラフィの言っていた……?」
「うーん、今の状況を飲み込めてはいないんだけど。まあ確かにセラフィの知り合いだよ」
答えたのは少年のほうだった。
「ノア、そのお方はシアルワ王国の王子フェリクス様だよ。無礼のないようにしなくちゃ。……申し訳ありません、王子。わたくしは……」
「あ、気楽にしてくれていいよ。助けてもらったんだし」
「そう、ですか。ならお言葉に甘えることにするよ。俺の名前はセルペンス。こっちはノア。俺たちは医者もどきとして各地を旅しているんだ。俺、戦いはからっきしだから護衛役はノアだけど。それで今日はセラフィに呼ばれてここに来たんだけど……」
「セラフィが全然来ないから捜しに行こうって話になってここで迷子になっちゃったんだよな。ここの地理全く知らないし。そんでもってウロウロしてたら、あんた達が襲われていたってワケ」
女暗殺者の治療を終えて、青年セルペンスはフェリクスに向き直る。優しそうな紫色の瞳から想像した通り、物腰柔らかだ。少年ノアの方は肝が据わったやんちゃ坊主、というイメージがフェリクスの中で沸いたが、実際のところはよくわからない。
「お前、その力は……」
傷の具合を確かめるように慎重に立ち上がり、女暗殺者はセルペンスに問いかける。フェリクスも気になるところだった。
「ああ、これはちょっと企業秘密ということでよろしく頼むよ。……ところで彼女は一体?」
「ええと……名前聞いてなかった。教えてもらってもいいか?」
答えを得られなかったことに不満げな表情を浮かべる。はあ、と小さく息をついてから女暗殺者はフードをはずした。ハーフアップにされた夜空の髪が露わになる。
「――ミセリア。フェリクス王子の暗殺を依頼されたが、雇い主が契約違反をしたために破棄をすることにした。もう王子を襲う気はないし、暗殺者組織へ戻る気もない。……復讐する気はあるけれど。王子の安全が確保されたのならもういいだろう。私はここで離脱させてもらう」
「待ってくれ」
踵を返して下水施設を逆戻りしようとしていたミセリアに、フェリクスはすぐさま声をかける。
「襲って助けて、助けてもらって。それでお別れのつもりか? 君にはソルテ兄さんのこととか聞かないといけないしな。それに、君は放っておくと一人で突っ走って傷ついてしまうタイプと見た。俺はお人よしと言われる性格なんだ。君を放っておくことはできないよ」
フェリクスはミセリアに近寄って、自然な仕草で彼女の手を取った。
「今なら彼らがいる。暗殺者たちもそうそう手を出せないだろう。街に出て、少し買い物がしたいんだ。付き合ってくれるかい? ミセリア」
「か、買い物? なんで急に……」
戸惑うミセリアに、フェリクスは不敵な笑みを向ける。心強い味方ができたからだろうか、少し前までの弱気はどこかへ吹き飛んでしまっていた。
「俺たちなんか王子のお付きにされているけど……まあいいか。セラフィに託されたってことなら報酬もまた今度もらえるかな」
「落ち着いたらまた来よう。報酬貰ったらさ、肉食べに行こうぜ兄ちゃん」
「ノアは焼肉大好きだね」
「兄ちゃんは食べなさすぎ。もうちょっと食べないと」
「ハハハ」
フェリクスはミセリアの手を握ったまま出口へ向かう。
(この状況じゃしばらく城には戻れそうにないし、遠出してみてもいいかもしれない)
チラリとミセリアを見る。
身体のラインが分かりやすい、地味な色合いの衣装。所々血に濡れてしまっており、このまま旅に出るのは気が引けた。お金なら少しは持ってきているし、今日は祭りなのだから服ぐらいお得に買えるかもしれない。
なぜ襲ってきた犯人に似あう服を買い与えようと思ったのかは分からない。
ただ、そうしたいという直感があったからだった。
初めは一人で通るつもりだった階段を四人でのぼり、ゆっくりと地上への蓋を押し上げた。
セラフィと別れてまだ数分。フェリクスは女暗殺者と共に走っていた。
女暗殺者はフェリクスの数歩後ろを無言でついて来る。
次兄のソルテが依頼したという暗殺者集団はセラフィが単身相手しているものの、まだどこかに刺客が潜んでいるかもしれないのだ。先ほどまで自分を殺そうとしていた女暗殺者も傍にいるのだし、気分が沈み不安になるのも仕方ない。
下水施設から街へ出る道は把握しているため、迷うことなく進む。入り組んだ構造になっているが、小さな頃よく訪れていたフェリクスにとっては問題ない。
しばらく進むと、苔の生えた階段が見えてくる。階段の先には鉄製の蓋が天井に着いている。地上から見ればただの地面に埋め込まれたレリーフのように見えるだろう。
鉄製と言っても子供でも押し上げられるほど簡単に開く仕組みになっている。ここさえ出れば街だ。
まあ、そんな簡単に脱出できるなど想像もしていなかったが。
「王子!」
女暗殺者の鋭い声と共にビイン、と金属を弾いた音が響き渡る。
音がしたほうを向けば、男の暗殺者が三人。フェリクス達がいる階段を包囲しており、既に武器が握られていた。一人はナイフ、一人は鎌、一人は弓矢。どれも小ぶりだが、鋭く光を放っている。武器に関して素人であるフェリクスがどう見ても殺傷能力は高そうだ。
先ほどの音の正体は、暗殺者の一人が放った矢を女暗殺者が弾いた音のようだ。
(……なんで守ってくれたんだ? 向こうに裏切られたとはいえ、俺を助ける義理はないはずなのに)
少しばかりの疑問が浮かぶが、今はそれどころではない。
手負いの女暗殺者を置いて逃げることは気が引けた。それに、今街に出て住人を巻き込んでしまったらと考えると王子として恐ろしい。フェリクスには逃げるという選択肢はなかった。
ソルテの裏切りでショックを受けていたフェリクスだが、冷静さは取り戻している。
どうやってこの窮地を切り抜けるべきか考えていると、女暗殺者は焦ったように声を張り上げる。
「何故逃げない!?」
「俺はこの国を預かる王家の血を引いている。この状況で、俺が逃げたことで民に迷惑をかけるわけにはいかないんだ。それに、君を置いていくのも気が引けて」
「馬鹿者だな」
「何とでも呼んでくれ。まずはこいつらをどうにかしないと地上には出られない」
女暗殺者は手負い、フェリクス自身は大した戦闘技術は持たない。対する暗殺者達は手練れのはず。あの次兄が中途半端な組織に依頼をするはずはない。
ふとフェリクスは思い出した。あの時セラフィが何かを言っていた気がする。
「……確か、セラフィの知り合いが来るらしい。彼等って言っていたから少なくとも二人以上……。セラフィが言うんだから戦えるとは思う。助っ人が来るまで、何とか持ちこたえられないかな」
「私では心もとないと?」
「えっと……君怪我してるし……向こうのほうが人数多いし……」
じとりと睨まれる。
その眼差しが思ったよりも鋭かった。フェリクスは苦笑いを浮かべる。
「……まあ良い。私が手負いで、力不足なのは事実だ。否定しない。だが、お前よりは腕が立つつもりだし、私にはあいつらに敵対する理由ができた。状況がどうあれ、私は戦う」
彼女はそう言って目線を暗殺者達へ戻した。
暗殺者達は目配せをして、ゆらりと動き出す。
フェリクスも護身用の小さなナイフを抜いておくが、そんなに役に立つとは思えない。フェリクスを庇うようにして女暗殺者が前に出る。
「王子はそこから動くな」
「……そうしておくよ」
音もなく近寄った一人の暗殺者の刃が光る。それを見逃さなかった女暗殺者は自身のナイフで受け止める。ダガーは落としてきてしまった。予備のナイフで対処するしかない。
重い衝撃が、ナイフを通して伝わってくる。
その間にもう一人が小ぶりの鎌を手にすり抜けようとする。
女暗殺者は受け止めていたナイフを無理やりずらして鎌の暗殺者へ向けて蹴り上げる。
鎌の暗殺者はいとも簡単に彼女の足をよけると、くるりと体の向きを変えて鎌で宙に浮いたままの足に切りつけた。
「ぐう……!!」
鮮血が舞う。切られた箇所は幸いにも筋肉まででとどまり、健は無事だったようだ。しかし、思ったよりも出血量が多い。
「うわ……!!」
背後からフェリクスの声が聞こえ、女暗殺者は慌てて彼の方を向く。
怪我はないようだが、三人目の暗殺者による弓矢での射撃攻撃を受けているようだ。運よくかわすことができているようだが、いつまでも持つとは思えなかった。
ちっ、と盛大に舌打ちをする。
圧倒的ピンチだ、と誰が見ても分かりやすい展開だ。
「手負いだからと、なめるなよ!」
やけくそ気味に、女暗殺者はナイフを振り上げる。崩れ行く体制で、ナイフの暗殺者へむけて己がナイフを突き刺した。
まさか倒れこむ途中で反撃されると思わなかったのか、切っ先は真っすぐに暗殺者の足の甲へ突き刺さった。
「うぐっ」
黙り込んでいた暗殺者の苦悶の声が漏れる。
そのことに満足感を覚え、女暗殺者は唇の端を釣り上げて笑った。そのままドシャリと倒れこむ。傷が痛む。ちょっとこれは本気で戦える状況ではない。
鎌の暗殺者や弓矢の暗殺者はまだ少しの傷も負っていない。フェリクスは二人と戦うことはできない。
立ち上がらなくては、と己を奮い立たせて膝を立てる。青黒い床に鮮血が流れて水たまりのようになっていくのを視界からはずして、女暗殺者はなんとか立ち上がる。
「だめだよ、動いちゃ」
第三勢力の人物が現れたのはその時だった。
「うりゃあ!!」
若く高い少年の掛け声とともに、何かが視界を横切って鎌の暗殺者を吹き飛ばした。壁に叩きつけられた鎌の暗殺者は、衝撃が強すぎたのだろうか、鎌を落としてずるずると崩れ落ちる。
よいしょ、と言いながらウサギのように身軽な動きの少年が手にした大剣を構えなおした。身長は女暗殺者よりも一回りは小さい。十三、十四歳といったところか。黄色の癖のある髪をかき上げている。
女暗殺者が注目したのは、その大剣だった。大剣は少年の身の丈ほどもある。見るからに大きくて重そうな剣を、こんな少年が振り回せることに驚きを隠せなかった。
少年は大剣を引きずって方向転換をする。ガリガリと耳障りな音を立てながら。同じく驚いていたらしい弓矢の暗殺者へ向けて、純粋に見える笑顔のまま、大剣を持ち上げて、振り下ろした。
後は足を引きずる暗殺者のみ。少年は先ほどよりも力を抜いて、大剣を叩きつけた。
あっという間に沈黙した暗殺者達を見やって、少年はため息をついた。
「つまんねえ」
「こらこら。そんなことを言っちゃだめだろう。君は特別なんだから。ほとぼりが冷めた頃にセラフィにでも相手してもらいなさい」
「はーい」
少年の背後から別の青年が姿を見せた。
一言でいえば…ひょろひょろ男。線が細いといえばそれまでだが、男にしては細すぎるように見える。しかし肌の色は白いが不健康な色ではないし、病的な雰囲気はない。深碧の髪に、金のヘアピンが特徴的だった。
青年は女暗殺者の方を向いてしゃがみこむと、怪我をした足に向けて手を伸ばした。
「何を……」
「大丈夫、動かないで」
信じられない光景を見た。
青年の手のひらからエメラルドグリーンの淡い光があふれ、傷が見る見るうちにふさがっていったのだ。人間ならば使えぬはずの魔法なのだろうか。
青年は足の傷がふさがったのを確認して、次いで腕の傷を癒した。
その様子を見ていたフェリクスが、恐る恐る声をかける。
「貴方たちが、セラフィの言っていた……?」
「うーん、今の状況を飲み込めてはいないんだけど。まあ確かにセラフィの知り合いだよ」
答えたのは少年のほうだった。
「ノア、そのお方はシアルワ王国の王子フェリクス様だよ。無礼のないようにしなくちゃ。……申し訳ありません、王子。わたくしは……」
「あ、気楽にしてくれていいよ。助けてもらったんだし」
「そう、ですか。ならお言葉に甘えることにするよ。俺の名前はセルペンス。こっちはノア。俺たちは医者もどきとして各地を旅しているんだ。俺、戦いはからっきしだから護衛役はノアだけど。それで今日はセラフィに呼ばれてここに来たんだけど……」
「セラフィが全然来ないから捜しに行こうって話になってここで迷子になっちゃったんだよな。ここの地理全く知らないし。そんでもってウロウロしてたら、あんた達が襲われていたってワケ」
女暗殺者の治療を終えて、青年セルペンスはフェリクスに向き直る。優しそうな紫色の瞳から想像した通り、物腰柔らかだ。少年ノアの方は肝が据わったやんちゃ坊主、というイメージがフェリクスの中で沸いたが、実際のところはよくわからない。
「お前、その力は……」
傷の具合を確かめるように慎重に立ち上がり、女暗殺者はセルペンスに問いかける。フェリクスも気になるところだった。
「ああ、これはちょっと企業秘密ということでよろしく頼むよ。……ところで彼女は一体?」
「ええと……名前聞いてなかった。教えてもらってもいいか?」
答えを得られなかったことに不満げな表情を浮かべる。はあ、と小さく息をついてから女暗殺者はフードをはずした。ハーフアップにされた夜空の髪が露わになる。
「――ミセリア。フェリクス王子の暗殺を依頼されたが、雇い主が契約違反をしたために破棄をすることにした。もう王子を襲う気はないし、暗殺者組織へ戻る気もない。……復讐する気はあるけれど。王子の安全が確保されたのならもういいだろう。私はここで離脱させてもらう」
「待ってくれ」
踵を返して下水施設を逆戻りしようとしていたミセリアに、フェリクスはすぐさま声をかける。
「襲って助けて、助けてもらって。それでお別れのつもりか? 君にはソルテ兄さんのこととか聞かないといけないしな。それに、君は放っておくと一人で突っ走って傷ついてしまうタイプと見た。俺はお人よしと言われる性格なんだ。君を放っておくことはできないよ」
フェリクスはミセリアに近寄って、自然な仕草で彼女の手を取った。
「今なら彼らがいる。暗殺者たちもそうそう手を出せないだろう。街に出て、少し買い物がしたいんだ。付き合ってくれるかい? ミセリア」
「か、買い物? なんで急に……」
戸惑うミセリアに、フェリクスは不敵な笑みを向ける。心強い味方ができたからだろうか、少し前までの弱気はどこかへ吹き飛んでしまっていた。
「俺たちなんか王子のお付きにされているけど……まあいいか。セラフィに託されたってことなら報酬もまた今度もらえるかな」
「落ち着いたらまた来よう。報酬貰ったらさ、肉食べに行こうぜ兄ちゃん」
「ノアは焼肉大好きだね」
「兄ちゃんは食べなさすぎ。もうちょっと食べないと」
「ハハハ」
フェリクスはミセリアの手を握ったまま出口へ向かう。
(この状況じゃしばらく城には戻れそうにないし、遠出してみてもいいかもしれない)
チラリとミセリアを見る。
身体のラインが分かりやすい、地味な色合いの衣装。所々血に濡れてしまっており、このまま旅に出るのは気が引けた。お金なら少しは持ってきているし、今日は祭りなのだから服ぐらいお得に買えるかもしれない。
なぜ襲ってきた犯人に似あう服を買い与えようと思ったのかは分からない。
ただ、そうしたいという直感があったからだった。
初めは一人で通るつもりだった階段を四人でのぼり、ゆっくりと地上への蓋を押し上げた。
0
あなたにおすすめの小説
婚約破棄のあと、あなたのことだけ思い出せない
柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢セシリアは、王宮の舞踏会で王太子レイヴンから公開の場で婚約破棄を言い渡され、その場で倒れた。
目覚めた彼女は、礼儀も常識も覚えているのに――ただ一つ、レイヴンだけを思い出せない。
「あなたは、どなたですか?」
その一言に、彼の瞳は壊れた。
けれどレイヴンは何も語らず、セシリアを遠ざける。彼女を守るために、あの日婚約を捨てたのだと告げられないまま。
セシリアは過去を断ち切り、王宮の侍女として新しい生活を始める。
優しく手を差し伸べる護衛騎士アデルと心を通わせていくほど、レイヴンの胸は嫉妬と後悔で焼けていった。
――守るために捨てたはずなのに。忘れられたまま、他の男に笑う彼女を見ていられない。
一方、王宮では“偽聖女”の陰謀と、セシリアの血に眠る秘密が動き出す。
記憶を取り戻せば、彼女は狙われる。取り戻さなければ、二人は永遠に届かない。
これは、忘れてしまった令嬢と、忘れられてなお愛を捨てられない王太子が、もう一度“選び直す”恋の物語。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
公爵令嬢は結婚式当日に死んだ
白雲八鈴
恋愛
今日はとある公爵令嬢の結婚式だ。幸せいっぱいの公爵令嬢の前に婚約者のレイモンドが現れる。
「今日の結婚式は俺と番であるナタリーの結婚式に変更だ!そのドレスをナタリーに渡せ!」
突然のことに公爵令嬢は何を言われたのか理解できなかった。いや、したくなかった。
婚約者のレイモンドは番という運命に出逢ってしまったという。
そして、真っ白な花嫁衣装を脱がされ、そのドレスは番だという女性に着させられる。周りの者達はめでたいと大喜びだ。
その場所に居ることが出来ず公爵令嬢は外に飛び出し……
生まれ変わった令嬢は復讐を誓ったのだった。
婚約者とその番という女性に
『一発ぐらい思いっきり殴ってもいいですわね?』
そして、つがいという者に囚われた者の存在が現れる。
*タグ注意
*不快であれば閉じてください。
生きるために逃げだした。幸せになりたい。
白水緑
ファンタジー
屋敷内に軟禁状態だったリリアは、宝物を取り戻したことをきっかけに屋敷から逃げ出した。幸せになるために。体力も力もない。成り行きに身を任せる結果になっても、自分の道は自分で選びたい。
2020/9/19 第一章終了
続きが書け次第また連載再開します。
2021/2/14 第二章開幕
2021/2/28 完結
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる