久遠のプロメッサ 第一部 夜明けの幻想曲

日ノ島 陽

文字の大きさ
22 / 115
夜明けの幻想曲 1章 黄金蝶の予言者

17 黄金蝶

しおりを挟む
 蝶が飛んでいる。
 暗闇の中で、綺麗に飛んでいる。
 ――誘っているのだ、私を。どこか遠い場所へ。
 追いかけていくと、ふんわりとした光景が私の中へ流れ込んでくる。知っている。これは未来の出来事なのだと。8年前に私に現れた、神様の力。
 伝承に語られる女神さまも、この力を持っていたのだろうか。輝かしい未来も、絶望したくなる未来も、悠久の時を見続けてきたのだろうか。それは辛い事だ。
 私は、今にも張り裂けてしまいそうなのに。
 もうすぐ、待ち望んだ時が訪れる。それまで私はここにいられるのだろうか。
 そんなことを考えていると、暗闇で羽ばたく蝶がその輝きを増した。
 ――ああ、また新しい未来が流れ込んでくる。


***

 しばらくの間船に揺られている。といっても、さほど揺れはなく乗船したフェリクス達は落ち着いて気持ちを整えることができた。
 セラフィからの提案で、負傷したフェリクスの腕を治してもらうことにした。
 緑色の優しい光がセルペンスの手から溢れ、フェリクスの負った傷が癒えていく。

「ありがとう、セルペンス」
「どういたしまして」

 包帯をとると、傷の痕跡が何一つ残らない腕を動かす。少しも痛くない。服の穴は開いたままだが、そこは問題ない。

「着く」

 ふいに少年が声をだす。すると船が動きを止めた。次の拠点に着いたのだ。
 ゆっくりと船の入り口が開いた。

「ありがとう」

 全員が少年に礼を言う。少年は無言だった。フェリクスは後で迎えに来なくては、と決意した後に少年以外の全員と外へ出た。
 そこは、少し前までいた拠点と似た雰囲気の遺跡だ。内部まで入ればまた人工的な施設に改装されているのだろう。
 セラフィを先頭にして進む。周りはやけに静かだ。水の流れる音とフェリクス達の足音だけが響いている。

「お姉ちゃんがいる場所は、分からない」

 ミセリアが申し訳なさそうに言うと、フェリクスは笑顔で頷いた。

「仕方ないよ。ミセリアのせいじゃない。しらみつぶしに探していくしかないね」

 フェリクス達は船着き場を抜けて見覚えのある廊下に出る。遺跡だった痕跡はほぼ見当たらないのっぺりとした白い壁が続いている。……が、その割に部屋数は少ないようだ。しばらく歩いていると、白い壁がぱったりと途絶え、元々の壁がそのままになっている。

「ここって、改装が終わってないのかな」

 セルペンスが首を傾げた。

「そうかもしれない。もしかしたら最近になって改装を始めたのではないか?新しい拠点は完成していないと見ていいようだ。これなら探索もマシになるはずだ。お姉ちゃんがいたのは、少なくとも機材がある場所だった。ここより先より、工事が済んだ所を優先した方がいいだろう」

 ミセリアの進言に異論を唱える者はいなかった。
 工事の済んでいない場所は後回しにし、フェリクス達は少ない部屋を探索し始めた。
 何故か人はいない。フェリクスに理由は分からなかったが、邪魔がないことはありがたいことではある。
 しかし、それでも時間がない。フェリクスは衰弱していたケセラを目撃しているため、焦り始めていた。ミセリアはもっと焦っていることだろう。どんな時も姉を思っていたミセリアをチラリと見ると、抜け道がないか探している。その目は真剣そのもので、落ち着いているように見えた。
 ふいに、フェリクスは黄金の光を見た。

(あれは……)

 ひらりと舞うその光は、ミセリアの肩に止まる。それは一瞬のことで、フェリクスが瞬きをした次の瞬間には飛び立っていた。慌てて目で追いかければ、その光はセラフィの頭の上を飛び、レイとシャルロットの周りを飛び、セルペンスの手に止まる。彼らは光の存在に気が付いていないようだ。
 光は輝きを強め、再び飛び立っていく。こっちだと言わんばかりに一点に向かって飛んでいく。
 フェリクスが着いていくと、光は姿を形作った。
 ――蝶だ。
 黄金の蝶は小さな部屋の壁まで飛んでいき、溶け込むようにして消えていった。
 フェリクスが蝶が消えていった壁に触れる。蝶の導きの先に、何かがあるという確信があった。
 ガコン、と壁の奥で仕掛けらしきものが動く音がした。人一人分が通れる隠し通路が、姿を現した。壁の白い塗料がボロボロと剥がれ落ちている様子から、改装を進めた組織員はこの通路の存在を知らなかったか、秘匿したかったかのどちらかではあろうが今は関係ない。
 ぽっかりと口を開いた通路は、薄暗い。
 フェリクスが驚いて固まっていると、音に気が付いたミセリア達がフェリクスの周りに集まってくる。

「フェリクス、この通路は……」
「蝶が、ここまで導いてくれたんだ」

 フェリクスが素直に答えると、ミセリアは少し目を見開いて、そしてほほ笑んだ。

「それはきっとお姉ちゃんが導いてくれたのだろう。この先に、いるに違いない」

 そうであると確信しているような言い方だった。この通路の先にケセラがいる確証はないのだが、不思議と当たっているという予感はあった。

「殿下、僕が先導しますが……お気を付けて。何が待っているか分かりません」
「ああ、ありがとうセラフィ」

 するりと前に進み出て、セラフィは目を凝らす。トラップがあるようには見えない。振り返って頷くと、通路に足を踏み入れた。槍を握り締める手に力をこめながら。

「本当に、大丈夫だよね。関わっていない、よね」
「シャルロット?」
「あ、違うの。なんでもない……」

 レイとシャルロットのやり取りは、誰にも聞かれることはなかったが。

「二人とも?早く来ないと」

 二人の前にいたセルペンスが呼ぶ。セルペンスの表情も強張り、緊張しているようだ。

「ごめんなさい、今行きます」

 レイはシャルロットの手を取って微笑みかける。それが自分を気遣ったものであると悟ったシャルロットも微笑み返すことで応えた。ここに来てから自分の中でじわじわと広がる疑いと不安は拭えなかったけれど。
 通路は狭かったが、さほど長くもなかった。
 少し歩いて、セラフィが行き止まりがあることに気が付いた。

「この先に進める道はなさそうです。いかがなさいますか」
「待ってくれ」

 暗に引き返そうというセラフィの言葉を制し、フェリクスは行き止まりとなっている壁に触れた。ざらりとした石の感覚。

「蝶……」

 再び黄金の蝶がフェリクスの視界で舞う。

「蝶?」

 セラフィが首を傾げる。どうやらフェリクス以外には見えていないらしい。

「ここにいるよ」

 ひらひらと壁の直前で飛び続ける蝶に向かって手を伸ばす。すると、指先が触れた途端、蝶は霧散した。
 その次の瞬間、石造りの堅牢そうに見えた壁がボロボロと崩れ去った。破片は砂のようになるまで散り散りになり、足元に流れていく。
 フェリクス達はそれを見向きもしなかった。目の前に、恐れつつも求めていた空間が広がっていたからだ。
 フェリクスだけに見えるらしい黄金の蝶が数匹、白い椅子に座る女性の周りを飛んでいる。ここだ、ここに来い、と言っているかのようだ。

「……ルシオラの言う通りだったな。やはりここは、女神が神子のために造った施設だったか」

 その隣に立っていた男が、入ってきたフェリクス達を見つけて呟いた。相変わらずの表情の見えない顔で、じろりと見据える。さほど驚いてはいないようだ。

「ルシオラって」

 セラフィが眉をひそめた。
 男はシャルロットに視線を向け、肩をすくめる。

「ああ、貴女はルシオラの。これからこの部屋は小さな戦場と化すでしょうから、離れておくことをお勧めしますよ。貴女に何かあってはルシオラがうるさいのでね」
「シャルロット?」

 ふいに悲しそうな表情を浮かべたシャルロットに、レイが寄り添いながら訪ねる。翡翠の瞳に涙が溜まっていくのを、動揺しながら見つめるしかない。

「何か事情があるようだが話は後だ、今はお姉ちゃんの救出が優先だ」
「――シャルロット、下がっていてください。レイ、彼女を任せましたよ」
「は、はい」

 ミセリアとセラフィが前に出る。セラフィに言われ、レイはシャルロットを連れて後ろに下がる。シャルロットの動揺した姿に驚きはしたが、警戒を解くわけにはいかない。

「――王国の騎士もいるか、面倒くさいことになったな。あの男を利用しようとしたことが仇になったか。向こうの拠点が使い物にならなくなったのも、ほぼあいつのせいだからな。まあ、他のイミタシアを連れてきた時点で益はあったがね」

 男がセルペンスの方に顔を傾ける。セルペンスは何も言わない。クロウとこの男が裏で繋がっていた――クロウは裏切りにもとれることをしたが――ことは知っているのだから、今更突っ込むことでもない。結局のところクロウはセルペンスを敵に明け渡すつもりはなかったらしいので、ひとまずは置いておく。

「それにしてもよくしゃべりますね」
「私は上機嫌なのでね。拠点のひとつは台無し、人員のほとんどを殺害ときたが私の求めてきた答えは、そこにあるのだから。――さあ、残り少ない人員だが、もてなして差し上げよう」

 男がひら、と手を振ると、隠し扉ではない最初から存在していた入り口から暗殺者が十人ほど入ってきた。

「行け。イミタシアと金髪のお嬢さんには手を出さないように」

 男の号令と共に暗殺者たちは手に持つ武器を構えた。

「この程度、造作もない。ミセリア、僕以外でこの場で最も早く動けるのは貴女でしょう。僕が雑魚の相手を引き受けますので、貴方はケセラの元へ」
「自慢話が聞こえたような気がしたが、了解した」

 ミセリアが手に力を込める様子をフェリクスは見つめる。フェリクス自身は戦闘能力をもたないが、何かできることはないだろうか、と思案する。

「殿下はそこでお待ちを」

 セラフィはそう言うと、槍を持って駆けだした。ミセリアも後に続く。
 セラフィの持つ銀の槍が華麗に敵を屠っていくことは目に見えている。しかし、問題はその先だ。
 ケセラが捕らわれている椅子の横には、頭領たる男が堂々と立っている。配下が倒れることも、想定済みのはずだった。だというのに、なぜ余裕でいるのだろうか。フェリクスには分からなかった。
 ミセリアが駆ける。セラフィが作った道を、必死の形相で駆ける。彼女とて戦闘に特化しているわけではないのだ。セラフィが暗殺者たちを押さえつけるにしても、あの男をかいくぐってケセラを助けることができるのかは怪しいところだった。
 そんな刹那の瞬間、ケセラが瞼を開けてフェリクスを見た。少し遠目だったが、ケセラから黄金の光が溢れ、蝶となって飛び立つ。蝶は隣に立つ男の周りを飛び、霧散した。

「――?」

 フェリクスが男に視線を移すと、男は仮面の下で、笑った。ような気がした。
 そして気づいてしまった。その手がゆっくりと動き、伸びたかぎ爪らしきものがケセラへ向けられる様子を。

「ダメだ、ミセリア――!!」

 思わずフェリクスが叫んだ時、空気が固まった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄のあと、あなたのことだけ思い出せない

柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢セシリアは、王宮の舞踏会で王太子レイヴンから公開の場で婚約破棄を言い渡され、その場で倒れた。 目覚めた彼女は、礼儀も常識も覚えているのに――ただ一つ、レイヴンだけを思い出せない。 「あなたは、どなたですか?」 その一言に、彼の瞳は壊れた。 けれどレイヴンは何も語らず、セシリアを遠ざける。彼女を守るために、あの日婚約を捨てたのだと告げられないまま。 セシリアは過去を断ち切り、王宮の侍女として新しい生活を始める。 優しく手を差し伸べる護衛騎士アデルと心を通わせていくほど、レイヴンの胸は嫉妬と後悔で焼けていった。 ――守るために捨てたはずなのに。忘れられたまま、他の男に笑う彼女を見ていられない。 一方、王宮では“偽聖女”の陰謀と、セシリアの血に眠る秘密が動き出す。 記憶を取り戻せば、彼女は狙われる。取り戻さなければ、二人は永遠に届かない。 これは、忘れてしまった令嬢と、忘れられてなお愛を捨てられない王太子が、もう一度“選び直す”恋の物語。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

公爵令嬢は結婚式当日に死んだ

白雲八鈴
恋愛
 今日はとある公爵令嬢の結婚式だ。幸せいっぱいの公爵令嬢の前に婚約者のレイモンドが現れる。 「今日の結婚式は俺と番であるナタリーの結婚式に変更だ!そのドレスをナタリーに渡せ!」  突然のことに公爵令嬢は何を言われたのか理解できなかった。いや、したくなかった。 婚約者のレイモンドは番という運命に出逢ってしまったという。  そして、真っ白な花嫁衣装を脱がされ、そのドレスは番だという女性に着させられる。周りの者達はめでたいと大喜びだ。  その場所に居ることが出来ず公爵令嬢は外に飛び出し……  生まれ変わった令嬢は復讐を誓ったのだった。  婚約者とその番という女性に 『一発ぐらい思いっきり殴ってもいいですわね?』 そして、つがいという者に囚われた者の存在が現れる。 *タグ注意 *不快であれば閉じてください。

生きるために逃げだした。幸せになりたい。

白水緑
ファンタジー
屋敷内に軟禁状態だったリリアは、宝物を取り戻したことをきっかけに屋敷から逃げ出した。幸せになるために。体力も力もない。成り行きに身を任せる結果になっても、自分の道は自分で選びたい。 2020/9/19 第一章終了 続きが書け次第また連載再開します。 2021/2/14 第二章開幕 2021/2/28 完結

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

処理中です...