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夜明けの幻想曲 1章 黄金蝶の予言者
18 王家と女神
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空気が固まった。
それは比喩ではなく、本当に固まっていたのだ。空間、時間が固まったと言う方が適切なのかもしれない。フェリクスはどこかでそう思った。
誰も動かない。彫像のようだ。誰もが瞬きひとつしない。――エメラルドグリーンの髪が綺麗な彼女を除いて。
「え、なんだこの状況……」
突然のことに、フェリクスは困惑して動けない。辺りを見回しても、彼女以外は動かない。
「ここは、女神様がお造りになった神殿なの。女神様のお力は、今なお残されているみたいだね」
拘束されたまま、彼女――ケセラは微笑んだ。その顔は青白い。無理をしている様子がありありと伝わる。
「へ? き、君は動けるんだ……」
「ええ、そうみたい。きっと私が、貴女を除いて神様に近い存在だからかな」
「神様に近い? どういうことだ?」
全く状況が呑み込めず、フェリクスは問う。
「イミタシアは神様になれなかった人間たちの末路。交わることのできない人間と精霊を、血を混ぜ合わせることによって掛け合わせた存在。その中でも私は血の浸食が――最期が早かったみたいだね。だから、女神さまの力から逃れられたのかなぁ。正直なところ私にもよく分からないの」
「わ、わけがわからない」
「ふふ、落ち着いて。ここでは時は流れない。貴方が動かしたいと思わない限り、時は進まない。いくらだって理解するための時間はあるよ……そこが分かっていれば、今は充分だと思う」
ケセラは語る。優しく、しかし一方的に。
「つまりね、精霊の血を人間に直接流し込むことで人間じゃなくなった存在。それがイミタシア。それが私たち。苦痛と代償の果て、本来なら持ちえない力を得た。けれど、それは選ばれたイミタシアの話。適性のなかったイミタシアは、身体が耐え切れず死に絶えた。女神が生み出した存在である人間と精霊、それを合体させれば疑似的にとは言え、神が生まれる。精霊たちは、そう考えてしまったのよ」
ケセラは笑みを消した。真剣な眼差しでフェリクスを見つめる。
「私は貴方に伝えなければならない。私の授かった力がそうせよと告げているから」
その姿は玉座に腰を下ろした女神のようで。キラキラと瞬く星のような光と相まって、神々しく見えた。
「俺に……?」
「そう。貴方は神子であり、ミセリアの王子様だから」
二人を除く何もかもが停止した空間の中、長い長い一瞬が流れた。
「あ、そう、それ。神子? ってなんのことだ? 俺のことなのか?」
「そうだよ。シアルワ、ラエティティア、そして詳細不明の血筋の三家。それは神子と呼ばれる家系。女神様がはるか昔に御力をお与えになった三つの家。非力な人間が精霊に抵抗するための手段を、女神様は残していた。すごく昔の話だから、忘れ去られていたみたいだけど……」
ケセラは目を伏せる。
それと同時に、再び空間に異変が起こった。
ぐにゃりと歪んだ景色は停止した仲間たちを、敵をも飲み込んで別の風景を映し出す。フェリクスが慌てて辺りを見回す。あっという間に形成された世界に映し出されるのは無機質な実験室などではなく、造り立てのような美しい神殿だ。
「これは、一体?」
フェリクスがケセラに問おうと正面を向くと、そこにケセラの姿はなかった。そこにいたのは、白金の豊かな髪が美しい女性だった。純白のワンピースが風もないのにふわふわと揺れている。身体のあちこちに飾られた銀色のアクセサリーがキラキラと輝いて、女性の美しさを際立たせている。翡翠の瞳がフェリクスの方へ向けられ、薄い桜色の唇が開かれた。
「シャルロット?」
『わたくしがこの世界から去る時が来たら、その時から彼らは暴走してしまうでしょう。わたくしにその未来は変えられません』
シャルロットが大人になったのならば、と想像したらこの女性のような容姿になるのだろう。女性は胸元で手を組んで、悲し気な表情を浮かべる。
『わたくしは、罪を犯した。そのせいで貴方たちの未来が曇ってしまわぬように、力を与えます。彼らが暴走してしまったときは、どうか止めてあげてください』
フェリクスは女性が自分に向かって話しているわけではないと悟る。ならばと後ろを向くと、そこには三人の男女が跪いていた。一人は金赤の髪の男。一人は桃色の髪の女。一人は……フードを被っていたためによく分からなかったが、女であるらしい。
『御意』
『御心のままに』
『お任せを』
各々が返事をして、女性は美しく微笑んだ。
「これは過去の光景」
ポカンとしていたフェリクスの横に、ケセラが立っていた。
「う、うわ!?」
「ごめんなさい。驚かせてしまったね」
クス、とケセラは笑う。捕らわれていたはずの彼女は、軽い足取りで数歩歩き、くるりと一回転してフェリクスと向き合った。
「貴方たちが来てくれたこの遺跡はね、世界に三つ存在するの。女神様が神子のためにお造りになった遺跡。その中の一つがここなの。シアルワ王家の先祖が与えられた、神子の存在を後の世に残すための遺跡。この過去の光景は、貴方の存在に反応して映し出された幻。神子の力がもうじき開花するわ」
「え?」
「貴方から零れだしている力は、ミセリアにどんな影響を与えたのかは分からないけれど。でもきっと、貴方ならみんなを良い方へ導くことが出来るでしょう」
辺り一面に映し出された風景が歪んだ。
「あっ」
ケセラは焦ったように歪んだ空間を見つめた。ケセラの身体も透けていた。
「ケセラさん、身体が……」
「あ、あのね! 伝えたいこと、まだまだあるんだけど」
ケセラはフェリクスの手を握った。その手には、温もりがあった。
「ミセリアを助けてくれてありがとう。そして、あの人を連れてきてくれてありがとう」
その言葉と共に、ケセラの姿が掻き消える。まるで霧のように。歪んでいた景色は徐々に元の様子を取り戻しつつあった。消えたケセラは、再び白い椅子に戒められていた。
そんなケセラを狙う男の手が、僅かながら動き出していることにフェリクスは気が付いた。あの手は、空間が元に戻った瞬間、ケセラを傷つけるであろうことは目に見えている。
「……っ!! だめだ!!!」
フェリクスは走り出した。
彼女を傷つけてはいけない。そんなことを許してしまったら、きっと。
全力で駆けて、駆けて、両手を伸ばした。狙うは男の腕一本。軌道を逸らすことならばできる。
「うおりゃああああああああ!!!」
精一杯の体当たりをブチかました。
それは比喩ではなく、本当に固まっていたのだ。空間、時間が固まったと言う方が適切なのかもしれない。フェリクスはどこかでそう思った。
誰も動かない。彫像のようだ。誰もが瞬きひとつしない。――エメラルドグリーンの髪が綺麗な彼女を除いて。
「え、なんだこの状況……」
突然のことに、フェリクスは困惑して動けない。辺りを見回しても、彼女以外は動かない。
「ここは、女神様がお造りになった神殿なの。女神様のお力は、今なお残されているみたいだね」
拘束されたまま、彼女――ケセラは微笑んだ。その顔は青白い。無理をしている様子がありありと伝わる。
「へ? き、君は動けるんだ……」
「ええ、そうみたい。きっと私が、貴女を除いて神様に近い存在だからかな」
「神様に近い? どういうことだ?」
全く状況が呑み込めず、フェリクスは問う。
「イミタシアは神様になれなかった人間たちの末路。交わることのできない人間と精霊を、血を混ぜ合わせることによって掛け合わせた存在。その中でも私は血の浸食が――最期が早かったみたいだね。だから、女神さまの力から逃れられたのかなぁ。正直なところ私にもよく分からないの」
「わ、わけがわからない」
「ふふ、落ち着いて。ここでは時は流れない。貴方が動かしたいと思わない限り、時は進まない。いくらだって理解するための時間はあるよ……そこが分かっていれば、今は充分だと思う」
ケセラは語る。優しく、しかし一方的に。
「つまりね、精霊の血を人間に直接流し込むことで人間じゃなくなった存在。それがイミタシア。それが私たち。苦痛と代償の果て、本来なら持ちえない力を得た。けれど、それは選ばれたイミタシアの話。適性のなかったイミタシアは、身体が耐え切れず死に絶えた。女神が生み出した存在である人間と精霊、それを合体させれば疑似的にとは言え、神が生まれる。精霊たちは、そう考えてしまったのよ」
ケセラは笑みを消した。真剣な眼差しでフェリクスを見つめる。
「私は貴方に伝えなければならない。私の授かった力がそうせよと告げているから」
その姿は玉座に腰を下ろした女神のようで。キラキラと瞬く星のような光と相まって、神々しく見えた。
「俺に……?」
「そう。貴方は神子であり、ミセリアの王子様だから」
二人を除く何もかもが停止した空間の中、長い長い一瞬が流れた。
「あ、そう、それ。神子? ってなんのことだ? 俺のことなのか?」
「そうだよ。シアルワ、ラエティティア、そして詳細不明の血筋の三家。それは神子と呼ばれる家系。女神様がはるか昔に御力をお与えになった三つの家。非力な人間が精霊に抵抗するための手段を、女神様は残していた。すごく昔の話だから、忘れ去られていたみたいだけど……」
ケセラは目を伏せる。
それと同時に、再び空間に異変が起こった。
ぐにゃりと歪んだ景色は停止した仲間たちを、敵をも飲み込んで別の風景を映し出す。フェリクスが慌てて辺りを見回す。あっという間に形成された世界に映し出されるのは無機質な実験室などではなく、造り立てのような美しい神殿だ。
「これは、一体?」
フェリクスがケセラに問おうと正面を向くと、そこにケセラの姿はなかった。そこにいたのは、白金の豊かな髪が美しい女性だった。純白のワンピースが風もないのにふわふわと揺れている。身体のあちこちに飾られた銀色のアクセサリーがキラキラと輝いて、女性の美しさを際立たせている。翡翠の瞳がフェリクスの方へ向けられ、薄い桜色の唇が開かれた。
「シャルロット?」
『わたくしがこの世界から去る時が来たら、その時から彼らは暴走してしまうでしょう。わたくしにその未来は変えられません』
シャルロットが大人になったのならば、と想像したらこの女性のような容姿になるのだろう。女性は胸元で手を組んで、悲し気な表情を浮かべる。
『わたくしは、罪を犯した。そのせいで貴方たちの未来が曇ってしまわぬように、力を与えます。彼らが暴走してしまったときは、どうか止めてあげてください』
フェリクスは女性が自分に向かって話しているわけではないと悟る。ならばと後ろを向くと、そこには三人の男女が跪いていた。一人は金赤の髪の男。一人は桃色の髪の女。一人は……フードを被っていたためによく分からなかったが、女であるらしい。
『御意』
『御心のままに』
『お任せを』
各々が返事をして、女性は美しく微笑んだ。
「これは過去の光景」
ポカンとしていたフェリクスの横に、ケセラが立っていた。
「う、うわ!?」
「ごめんなさい。驚かせてしまったね」
クス、とケセラは笑う。捕らわれていたはずの彼女は、軽い足取りで数歩歩き、くるりと一回転してフェリクスと向き合った。
「貴方たちが来てくれたこの遺跡はね、世界に三つ存在するの。女神様が神子のためにお造りになった遺跡。その中の一つがここなの。シアルワ王家の先祖が与えられた、神子の存在を後の世に残すための遺跡。この過去の光景は、貴方の存在に反応して映し出された幻。神子の力がもうじき開花するわ」
「え?」
「貴方から零れだしている力は、ミセリアにどんな影響を与えたのかは分からないけれど。でもきっと、貴方ならみんなを良い方へ導くことが出来るでしょう」
辺り一面に映し出された風景が歪んだ。
「あっ」
ケセラは焦ったように歪んだ空間を見つめた。ケセラの身体も透けていた。
「ケセラさん、身体が……」
「あ、あのね! 伝えたいこと、まだまだあるんだけど」
ケセラはフェリクスの手を握った。その手には、温もりがあった。
「ミセリアを助けてくれてありがとう。そして、あの人を連れてきてくれてありがとう」
その言葉と共に、ケセラの姿が掻き消える。まるで霧のように。歪んでいた景色は徐々に元の様子を取り戻しつつあった。消えたケセラは、再び白い椅子に戒められていた。
そんなケセラを狙う男の手が、僅かながら動き出していることにフェリクスは気が付いた。あの手は、空間が元に戻った瞬間、ケセラを傷つけるであろうことは目に見えている。
「……っ!! だめだ!!!」
フェリクスは走り出した。
彼女を傷つけてはいけない。そんなことを許してしまったら、きっと。
全力で駆けて、駆けて、両手を伸ばした。狙うは男の腕一本。軌道を逸らすことならばできる。
「うおりゃああああああああ!!!」
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