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夜明けの幻想曲 2章 異端の花守
2 若き女王とお茶会
しおりを挟む連れてこられた応接室で、フェリクスはのんびりと紅茶を飲んでいた。
他の三人はそれぞれ複雑な表情を浮かべてふかふかのソファに腰かけたり、壁にもたれかかったりしていた。ミセリアは困惑、レイは不安、セラフィは少しイラついているといったところか。
シャルロットはシエルに連れていかれて、話をしていると侍女から聞かされた。それに対しての想いが各々にあるのだ、とフェリクスは察する。
「みんな、心配しなくても大丈夫だよ。シエルさんは酷いことしないって」
「……そうなのでしょうか」
「はいセラフィ、シエルさん疑う発言はラエティティアの人がいないところでやってくれ。後で俺が困るから」
じと、と疑いの視線をセラフィから向けられてフェリクスは諫める。国同士の関係にも関わるのだから、王子として言動には気をつけるべきだという自覚はきちんとある。
「セラフィは聞いたことない?今は違うけど、俺、シエルさんの元婚約者なんだよ」
「「「……え?」」」
三人が同時に驚きの声をあげる。そのシンクロした反応に笑いながら、フェリクスは語る。
「父さんの意向で解消になっちゃったけどさ。まあ、それなりに交流はあったんだよ。だからシエルさんの人柄は分かってるつもり。彼女は良い人だよ」
「そうですか……。殿下が言うなら大丈夫でしょうかね……」
「なんだよセラフィ。さっきからやけにシャルロットのこと気にしてるよな」
「……そりゃあ、あんな可愛い子が危険な目に遭うかもしれないと考えると恐ろしいですよ!!!」
セラフィの意外な一面を見た気がして、フェリクスは僅かに驚いたが雰囲気が改善したことにも安心を覚えた。
「フェリクスの元婚約者か……王族だから当たり前か……フェリクスが言うなら大丈夫か……」
「シャルロット……」
他の二人も自由に呟いている。フェリクスは最上級の代物であろう紅茶を飲んだ。シアルワの紅茶も美味しいが、ラエティティアの紅茶も格別だ。今のうちに味わっておかなくては損だ、と優雅に足を組んだ。
***
シャルロットは美しい細工の施された一人用のソファに腰かけて縮こまっていた。向かいのソファにはこの国のトップ、女王が座って紅茶を飲んでいる。その後ろには従者らしい少年が立っていた。前髪が長いせいで目つきは良く分からないが、どことなく大人しそうな印象を受ける。年齢は10歳前後といったところか。
「緊張しなくてもいいのに。……ああ、少し手荒な方法になってしまったことは謝るわ。貴女に確認したいことがあってここに来てもらっただけよ。貴女自身が悪いことをしているから尋問……なんてことはしないから安心してちょうだい」
「は、はい。それで、私に何の要件があるのでしょうか」
シエルは安心させるように微笑んだ。シャルロットは頷き、緊張した面持ちで女王の言葉を待つ。もちろんシャルロット自身が罪を犯したつもりもないが、捕まることへの理由は察している。
「単刀直入に聞くわね。シャルロットさん、貴女のお兄さんのことよ」
「はい」
やっぱりだ。シャルロットは目を伏せた。数日前の一件で長兄への疑いはあった。人間を傷つけるための行いへの関与。長兄と似た白衣を着た人間たちのシャルロットの扱いや、暗殺組織の頭領が言った名前から間違いはない。――自分の長兄は悪人である、と確信してしまっていた。
「先日、シアルワ側から送られてきた文書の中に我が国の研究機関が事件に関与している、との報告がありました。シアルワの騎士団が行った調査によると、研究機関の紋章も発見されたみたい。それでこちらからも調査したところ、研究機関の責任者の一人に貴女のお兄さんの名前が出てきてね?そして事前に聞かされていたフェリクスさんの同行者に貴女の名前が含まれていたものだから、少しお話を聞こうと思って」
シエルは一息つくと、真剣な眼差しでシャルロットと向き合う。
「私はこの国の女王だから、民が傷つくことがないようにしたいの。だから、正直に答えてね?――貴女は、お兄さんが何をやっていたか、知っていたのかしら?」
シャルロットは、嘘をついても見破られるだろうということを確信した。嘘をつく気もないが、それほどまでに威圧感がある。シャルロットと年齢が近いとはいえ、この少女はまぎれもなく国一つを背負った女王なのだ、と思わせる眼光だった。
ひとつ深呼吸をして、正直に答える。
「――いいえ。私は兄から何も聞かされていませんでした。しかし、数日前の事件に私自身も巻き込まれ、そこで知ったのです。兄が非道な行いに関わっていると」
少女たちの視線がぶつかり合う。数秒間が長く感じたが、シエルがほほ笑んだことで終わりを迎える。
「そう。その言葉を信じましょう。もう少し話を聞かせてちょうだい。貴女はどうしてそのことを知ったのかしら?」
「事件の首謀者から直接名前を聞いたので。それに、兄は元々家族以外への執着が一切ない人ですから」
「そうなの」
シャルロットは家族について少しの偽りもなくすべてを話した。家族構成。両親は既にいないこと。次兄は生死すら分からないこと。長兄は次兄が生きていることを信じていること。話を聞いたシエルは、満足げに頷いた。
「そうだったのね。話を聞かせてくれてありがとう。これで、シャルロットさんは良い人だということを確信したわ。どうぞゆっくり滞在していってね」
「あ、ありがとうございます」
「アル、彼女を応接室に案内してあげて」
「はい!」
礼を言ったシエルは、後ろに控えていた少年に声をかける。アルと呼ばれた少年ははきはきした口調でシャルロットに挨拶をする。
「僕はアルクアンシェルと言います!みんなからはアルと呼ばれています!」
「よろしくお願いします」
アルの無邪気な様子にシャルロットの緊張がほぐされる。
「この子は王家に仕える花守の一族の出身なの。今は見習いの身だけれど、良ければ仲良くしてやってね」
「花守ってあの伝説の……」
「ええそうよ。かの者が封印された塔の麓に広がる花畑を管理する一族よ。花守はおとぎ話ではなく、実在するの。――ああそうだ、しばらくは応接室にいてもらうけど、少ししたら迎えの者を寄こすから、ミセリアさんと一緒にまた来てちょうだい」
楽しそうに話すシエルに、シャルロットは首を傾げた。
「あの、まだ何かあるのでしょうか……?」
「ふふ」
その顔は、年頃の少女のようで。女王でありながらも、少女の断片を見せるその姿は魅力的で、美しくもあった。
そんなシエルが語った次の一言は。
「――ドレス選びよ」
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