久遠のプロメッサ 第一部 夜明けの幻想曲

日ノ島 陽

文字の大きさ
32 / 115
夜明けの幻想曲 2章 異端の花守

5 ラエティティアの神子

しおりを挟む


 夜が明ける。
 あてがわれた客室から出て、フェリクスはシエルの私室に向かう。二人で取り決めた約束の時間まであと少しだった。
 途中ですれ違う兵士たち一人一人に声をかけながら私室の前にたどり着く。木製の扉をノックすると、シエルから入室許可の返事があった。遠慮なく扉を開けてフェリクスは部屋の中に入る。
 女性らしい調度品でまとめられた部屋には、かすかに花の甘い香りが漂っている。
 部屋の主はソファに腰かけて待っていた。

「時間通りね。座って頂戴。今アルがお茶を準備しているわ」
「それじゃあお言葉に甘えて」

 フェリクスは向かいのソファに腰かける。シアルワ王国にあるフェリクスの部屋のソファも座り心地は最高だが、シエルのソファも最高級のものだった。

「それで、話というのは?暗殺組織についてはあらかじめ聞いているから、それとは別のことでしょう?」
「あー、うん。まあ別の話だ。暗殺組織の件があって出た疑問ではあるけどな」

 アルがティーポットとカップを盆に乗せて来た。少年がお茶の準備を終えるまでの間にフェリクスはアルについて聞く。

「この子はいつもシエルさんのところに?」
「ええ。この子は花守の一族の中でも変わった子で……。今はやめておきましょう。フェリクスさんの話が先よ」
「それもそうだな。それじゃあ、聞くけど」

 フェリクスはピンと背筋を伸ばしてシエルを見る。まっすぐな視線を受け止めて、シエルは目を細める。口元のほほえみは消さないままで。

「“神子”について、何か知っているか?」
「随分と早くその言葉を知ったのね」
「じゃあ、シエルさんは神子について知っているんだな」
「ええ、もちろん。神子は王家に受け継がれてきた最大の財産。本来ならゼーリッヒ王から貴方が即位した時に聞くべき事よ」

 シエルの口調がどことなく緊張を含んだものになった。フェリクスは続けざまに質問を重ねる。

「それじゃあ“イミタシア”については?聞いたことはあるか?」
「イミタシア?……ごめんなさい、それについては分からないわ。貴方は暗殺組織の件で何を知ったの?」

 逆にシエルから質問され、フェリクスは迷うことなく話した。ケセラから語られたこと、遺跡でフェリクス自身が目にしたことを嘘偽りなく。
 シエルは話を聞き終わり、口元に手を添えた。何かを考えるように目を伏せること数十秒。視線をフェリクスに戻し、口を開く。

「神子については、ケセラさんが言った認識でほとんど合っているわ。はるか昔に女神から力を与えられた三人の人間。その末裔が私たちよ。その力が精霊に抵抗するためというのは、私にはよくわからないけれど」
「力ってどんなものなんだ?俺にはさっぱりで」
「あのね、神子については極秘事項なのよ。ラエティティアもシアルワも互いに口を閉ざしてきたのだもの、私はシアルワ王家が持つ力については全く知らないわ」
「っていうことは、神子の力は血筋によって違うということか?」
「ええ、そうね。そう聞いているわ」

 思わず身を乗り出して質問したフェリクスの鼻頭を人差し指でつついてシエルは釘を刺す。

「ちなみに、ラエティティアの力については教えないつもりだからそこはよろしく。貴方が神子の力を自覚してコントロールできるようになったら教えてあげなくもないけど、このまま教えても私に何の得もないもの」

 それもそうかとフェリクスは納得するものの、フェリクス自身にも収穫があったわけではない。簡単には引き下がれなかった。

「ならさ、もうひとつ。この力は王家の血を引く全員が持つものなのか?例えば、俺の兄さんたちとか」

 方向を少しだけ変えたフェリクスの質問に、今度はすんなり答えが返ってきた。

「いいえ。神子の力は、全員が持つわけではないと思うわ。ラエティティア王家はここ数百年兄弟姉妹がいないけれど、さらにその前には王家の子息は複数いたと聞いているの。その時は、その兄弟の中で神子の力が使える子供を跡継ぎにしたとされているわ」
「つまり、一代につき一人だけ?」
「それは分からないけれど、少なくとも全員ではないわね。ラエティティアがそうなのだから、シアルワ王国でもそうなのでしょう」

 ゼーリッヒ王がフェリクスを次期王に望んでいるということはどういうことなのか、フェリクスは察する。

(俺にはすでに力が現れているということ。しかも、父さんの前で使っている)

 思い当たる節が何もない。ぐるぐると悩み始めたフェリクスを見ながらシエルはお茶を飲む。昨日シャルロットと飲んだものとは銘柄が別のものだ。シエルが気に入っている銘柄の一つで、乾燥させたバラが使われており香りが良い。

(もしかして、遺跡でも使っていたのか?あの男が何か知っていそうだったんだけどな……何もわからないままだったな)

 シエルはアルに頼んでお茶のおかわりをもらった。淹れたての暖かさは格別だ。

(考えろ、考えろ……)

 もやもやと考えるフェリクスと、黙ってお茶を飲み続けるシエル。二人の沈黙は一時間ほど続いた。しばらくはじっと立っていたアルはその場を離れて勉強のための本を読み始めた。
 沈黙を破ったのはシエルだった。

「明日、シャルロットさんと一緒にラエティティア国立研究院に行ってみてはどうかしら」
「国立研究院?なんでだ?」
「シャルロットさんから聞いていないかしら?貴方だから言うけど、国立研究院は暗殺組織と関与しているみたいなの。神子やイミタシアについて何か情報を得ているかもしれないわ。……まあ、身の安全は保障しないけれど」

 首を傾げたフェリクスにシエルは告げる。

「国立研究院には精霊専門の部署があってね。そこの責任者がシャルロットさんのお兄さんなの。暗殺組織の一件で彼の名前が出たから、何かしらの形で繋がっているとみているわ」
「なるほど。言われてみればそれらしき名前を聞いたような。……ってことは、今回シャルロットと話をしたのはそのことで?」
「……まあ、そうね」

 シエルの答えの歯切れの悪さが引っかかったが、フェリクスは追及しないことにした。ここで聞き出しても綺麗にはぐらかされそうだと感じたのだ。それに、昨日のパーティーでもシャルロットと会話をしていた場面もあったようだが、険悪な様子は見受けられなかった。シャルロットに対して敵意や悪意を持っているわけではなさそうだ、と判断してフェリクスは思考を切り替える。

「わかった。国立研究院に行ってみる。暗殺組織の件に関わっているなら、シアルワ王国にとっても無視できない」
「……変わったと思っていたけれど、相変わらず国思いね。フェリクスさんらしいわ」
「そりゃあ、王家の人間として当たり前だろ」

 フェリクスは不敵に笑う。その笑顔にシエルは肩をすくめた。

「その通りね。それじゃあ、思う存分調査してくるといいわ。ラエティティア王国に被害が出ない程度にね」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄のあと、あなたのことだけ思い出せない

柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢セシリアは、王宮の舞踏会で王太子レイヴンから公開の場で婚約破棄を言い渡され、その場で倒れた。 目覚めた彼女は、礼儀も常識も覚えているのに――ただ一つ、レイヴンだけを思い出せない。 「あなたは、どなたですか?」 その一言に、彼の瞳は壊れた。 けれどレイヴンは何も語らず、セシリアを遠ざける。彼女を守るために、あの日婚約を捨てたのだと告げられないまま。 セシリアは過去を断ち切り、王宮の侍女として新しい生活を始める。 優しく手を差し伸べる護衛騎士アデルと心を通わせていくほど、レイヴンの胸は嫉妬と後悔で焼けていった。 ――守るために捨てたはずなのに。忘れられたまま、他の男に笑う彼女を見ていられない。 一方、王宮では“偽聖女”の陰謀と、セシリアの血に眠る秘密が動き出す。 記憶を取り戻せば、彼女は狙われる。取り戻さなければ、二人は永遠に届かない。 これは、忘れてしまった令嬢と、忘れられてなお愛を捨てられない王太子が、もう一度“選び直す”恋の物語。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

公爵令嬢は結婚式当日に死んだ

白雲八鈴
恋愛
 今日はとある公爵令嬢の結婚式だ。幸せいっぱいの公爵令嬢の前に婚約者のレイモンドが現れる。 「今日の結婚式は俺と番であるナタリーの結婚式に変更だ!そのドレスをナタリーに渡せ!」  突然のことに公爵令嬢は何を言われたのか理解できなかった。いや、したくなかった。 婚約者のレイモンドは番という運命に出逢ってしまったという。  そして、真っ白な花嫁衣装を脱がされ、そのドレスは番だという女性に着させられる。周りの者達はめでたいと大喜びだ。  その場所に居ることが出来ず公爵令嬢は外に飛び出し……  生まれ変わった令嬢は復讐を誓ったのだった。  婚約者とその番という女性に 『一発ぐらい思いっきり殴ってもいいですわね?』 そして、つがいという者に囚われた者の存在が現れる。 *タグ注意 *不快であれば閉じてください。

生きるために逃げだした。幸せになりたい。

白水緑
ファンタジー
屋敷内に軟禁状態だったリリアは、宝物を取り戻したことをきっかけに屋敷から逃げ出した。幸せになるために。体力も力もない。成り行きに身を任せる結果になっても、自分の道は自分で選びたい。 2020/9/19 第一章終了 続きが書け次第また連載再開します。 2021/2/14 第二章開幕 2021/2/28 完結

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

処理中です...