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夜明けの幻想曲 2章 異端の花守
5 ラエティティアの神子
しおりを挟む夜が明ける。
あてがわれた客室から出て、フェリクスはシエルの私室に向かう。二人で取り決めた約束の時間まであと少しだった。
途中ですれ違う兵士たち一人一人に声をかけながら私室の前にたどり着く。木製の扉をノックすると、シエルから入室許可の返事があった。遠慮なく扉を開けてフェリクスは部屋の中に入る。
女性らしい調度品でまとめられた部屋には、かすかに花の甘い香りが漂っている。
部屋の主はソファに腰かけて待っていた。
「時間通りね。座って頂戴。今アルがお茶を準備しているわ」
「それじゃあお言葉に甘えて」
フェリクスは向かいのソファに腰かける。シアルワ王国にあるフェリクスの部屋のソファも座り心地は最高だが、シエルのソファも最高級のものだった。
「それで、話というのは?暗殺組織についてはあらかじめ聞いているから、それとは別のことでしょう?」
「あー、うん。まあ別の話だ。暗殺組織の件があって出た疑問ではあるけどな」
アルがティーポットとカップを盆に乗せて来た。少年がお茶の準備を終えるまでの間にフェリクスはアルについて聞く。
「この子はいつもシエルさんのところに?」
「ええ。この子は花守の一族の中でも変わった子で……。今はやめておきましょう。フェリクスさんの話が先よ」
「それもそうだな。それじゃあ、聞くけど」
フェリクスはピンと背筋を伸ばしてシエルを見る。まっすぐな視線を受け止めて、シエルは目を細める。口元のほほえみは消さないままで。
「“神子”について、何か知っているか?」
「随分と早くその言葉を知ったのね」
「じゃあ、シエルさんは神子について知っているんだな」
「ええ、もちろん。神子は王家に受け継がれてきた最大の財産。本来ならゼーリッヒ王から貴方が即位した時に聞くべき事よ」
シエルの口調がどことなく緊張を含んだものになった。フェリクスは続けざまに質問を重ねる。
「それじゃあ“イミタシア”については?聞いたことはあるか?」
「イミタシア?……ごめんなさい、それについては分からないわ。貴方は暗殺組織の件で何を知ったの?」
逆にシエルから質問され、フェリクスは迷うことなく話した。ケセラから語られたこと、遺跡でフェリクス自身が目にしたことを嘘偽りなく。
シエルは話を聞き終わり、口元に手を添えた。何かを考えるように目を伏せること数十秒。視線をフェリクスに戻し、口を開く。
「神子については、ケセラさんが言った認識でほとんど合っているわ。はるか昔に女神から力を与えられた三人の人間。その末裔が私たちよ。その力が精霊に抵抗するためというのは、私にはよくわからないけれど」
「力ってどんなものなんだ?俺にはさっぱりで」
「あのね、神子については極秘事項なのよ。ラエティティアもシアルワも互いに口を閉ざしてきたのだもの、私はシアルワ王家が持つ力については全く知らないわ」
「っていうことは、神子の力は血筋によって違うということか?」
「ええ、そうね。そう聞いているわ」
思わず身を乗り出して質問したフェリクスの鼻頭を人差し指でつついてシエルは釘を刺す。
「ちなみに、ラエティティアの力については教えないつもりだからそこはよろしく。貴方が神子の力を自覚してコントロールできるようになったら教えてあげなくもないけど、このまま教えても私に何の得もないもの」
それもそうかとフェリクスは納得するものの、フェリクス自身にも収穫があったわけではない。簡単には引き下がれなかった。
「ならさ、もうひとつ。この力は王家の血を引く全員が持つものなのか?例えば、俺の兄さんたちとか」
方向を少しだけ変えたフェリクスの質問に、今度はすんなり答えが返ってきた。
「いいえ。神子の力は、全員が持つわけではないと思うわ。ラエティティア王家はここ数百年兄弟姉妹がいないけれど、さらにその前には王家の子息は複数いたと聞いているの。その時は、その兄弟の中で神子の力が使える子供を跡継ぎにしたとされているわ」
「つまり、一代につき一人だけ?」
「それは分からないけれど、少なくとも全員ではないわね。ラエティティアがそうなのだから、シアルワ王国でもそうなのでしょう」
ゼーリッヒ王がフェリクスを次期王に望んでいるということはどういうことなのか、フェリクスは察する。
(俺にはすでに力が現れているということ。しかも、父さんの前で使っている)
思い当たる節が何もない。ぐるぐると悩み始めたフェリクスを見ながらシエルはお茶を飲む。昨日シャルロットと飲んだものとは銘柄が別のものだ。シエルが気に入っている銘柄の一つで、乾燥させたバラが使われており香りが良い。
(もしかして、遺跡でも使っていたのか?あの男が何か知っていそうだったんだけどな……何もわからないままだったな)
シエルはアルに頼んでお茶のおかわりをもらった。淹れたての暖かさは格別だ。
(考えろ、考えろ……)
もやもやと考えるフェリクスと、黙ってお茶を飲み続けるシエル。二人の沈黙は一時間ほど続いた。しばらくはじっと立っていたアルはその場を離れて勉強のための本を読み始めた。
沈黙を破ったのはシエルだった。
「明日、シャルロットさんと一緒にラエティティア国立研究院に行ってみてはどうかしら」
「国立研究院?なんでだ?」
「シャルロットさんから聞いていないかしら?貴方だから言うけど、国立研究院は暗殺組織と関与しているみたいなの。神子やイミタシアについて何か情報を得ているかもしれないわ。……まあ、身の安全は保障しないけれど」
首を傾げたフェリクスにシエルは告げる。
「国立研究院には精霊専門の部署があってね。そこの責任者がシャルロットさんのお兄さんなの。暗殺組織の一件で彼の名前が出たから、何かしらの形で繋がっているとみているわ」
「なるほど。言われてみればそれらしき名前を聞いたような。……ってことは、今回シャルロットと話をしたのはそのことで?」
「……まあ、そうね」
シエルの答えの歯切れの悪さが引っかかったが、フェリクスは追及しないことにした。ここで聞き出しても綺麗にはぐらかされそうだと感じたのだ。それに、昨日のパーティーでもシャルロットと会話をしていた場面もあったようだが、険悪な様子は見受けられなかった。シャルロットに対して敵意や悪意を持っているわけではなさそうだ、と判断してフェリクスは思考を切り替える。
「わかった。国立研究院に行ってみる。暗殺組織の件に関わっているなら、シアルワ王国にとっても無視できない」
「……変わったと思っていたけれど、相変わらず国思いね。フェリクスさんらしいわ」
「そりゃあ、王家の人間として当たり前だろ」
フェリクスは不敵に笑う。その笑顔にシエルは肩をすくめた。
「その通りね。それじゃあ、思う存分調査してくるといいわ。ラエティティア王国に被害が出ない程度にね」
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