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夜明けの幻想曲 2章 異端の花守
7 花畑への道
しおりを挟む国立研究院から出て早数時間。石畳の綺麗な歩道を歩き、プレジールの外れに向かう。
プレジールをぐるりと囲むように建てられた塀にはいくつかの関門が設けられている。そのうちのひとつ、ラエティティア王国一の大きさを誇る霊峰に繋がる道を隔てる関門にフェリクス達は来ていた。
関門にはもちろん兵士が並び、通ろうとする者を監視している。・・・・・・といっても、普段は通行禁止になっている関門に近づく者などあまりいないためか、兵士たちは少し暇そうである。
フェリクス達が近づくと、眠そうな顔をしていた兵士たちは慌てて背筋を伸ばして敬礼をした。
「こんにちは、フェリクス様。そしてお付きの方々。ここは霊峰に繋がる関門でございます。何の用でしょうか」
「お勤めご苦労様。みんなでここを通りたいんだけどいいかな?」
兵士達を労いながらフェリクスは許可証であるメダルを見せる。
兵士達はメダルを手に取って裏表しっかり確認をして頷いた。そしてメダルをフェリクスに返す。
「はい、許可証を確認しました。どうぞお通りください。・・・・・・ああ、そうだ。永久の花畑に見学に行くのでしょうが、道中は厳しい道のりとなります。それと、花畑へ行くには花守の一族の付き添いが必要でして・・・・・・」
「え?」
フェリクス達は初耳だ、と固まった。シトロンは何も言っていなかった。
このまま引き返してシエルに助けを乞うか、とフェリクスが提案しようとしたとき兵士は門を開いた。通ってくれてもかまわないとでも言うように。
「え、通っていいんですか?俺たち花守の一族の付き添いが」
「早く通りましょう、皆さん!」
ぱたぱたと走ってきた小さな足音がフェリクス達の前に躍り出る。うっすらと桃色がかった白い髪の少年が口元に笑みを浮かべていた。背中には可愛らしいリュックを背負っている。その少年は、いつもシエルの隣にいたはずだった。
「ア、 アル君」
「僕が花畑へ案内します!シエル様からは許可いただいているし、僕だって花守の一族なんですから。任せてください!」
ムフーンと自信ありげに鼻をならすアルに四人は一瞬ぽかんとした。その中で切り替えが早かったのはレイだった。
「タイミングピッタリだね。ちょうど良かった、アル君に案内してもらいましょう」
「ええと、そうだな、うん」
立ち止まっていても仕方ない。なるべく早くにシャルロットの兄ルシオラに会いに行かなくてはならないのだ。アルの登場は好機であるとも言える。
「霊峰かあ。やっぱり登るのは大変なのかな」
「そうでもない・・・・・・と思いますよ。僕のご先祖さまたちが道を整備してくださったのである程度は進みやすいはずですよ!」
「レイはすごいなぁ」
アルと仲良くしゃべり出したレイを見て、シャルロットはため息をつく。自分も彼のように明るくいられたら、などと思わずにはいられない。
「行こうか。あんまり時間がかかるとミセリアが帰るまでに間に合わない」
苦笑いをしながらフェリクスは歩き出す。目を見合わせたシャルロットとセラフィもフェリクスについて行く。先頭はレイとアルが並んでその後ろに他の3人が歩く。
アルが言うには整備された道とのことだったが、フェリクス達が予想していた道よりも歩きにくい。特に上り坂になってからはゴツゴツとした石や岩が転がっており、フェリクスは何度も躓くはめになった。勾配も急な箇所がいくつかある。
「よくこんな険しい道を何度も通りますね、花守の一族は」
ケロリとした疲れを微塵も感じさせないセラフィが転びそうになったシャルロットを支えながらつぶやくと、アルは申し訳なさそうに言った。
「ごめんなさい。整備してあるとは聞いていたんですけど、実際に来たのは初めてで。こんなに大変だとは思っていませんでした」
「え?初めてなのか?」
口ぶりからして慣れているのではないかと勘違いをしていたフェリクスだったが、そうではないらしい。アルは小さく頷いた。歩く足は止めない。
「僕は一人前の花守と認められていないので、一族のみんなには花畑へ行くにはまだ早いと言われていたのです。けど、シエル様が行っても良いと言ってくださったのでこうして出てきたんです。実のところ皆さんに会えたのは偶然なんです」
膝くらいまである高さの岩を登ってフェリクスはため息をつく。セラフィと一緒に多少のトレーニングをしているとはいえ山道など初めてだからか疲れる。
「あ、あきれてしまいましたか?ごめんなさい」
「いや、そういうことじゃないよ。少し疲れただけさ。ところで、あとどれくらいで永久の花畑に着くか分かるか?」
「一族に伝わる地図によりますと、そんなに距離はないと思います」
その言葉通り、しばらく歩いていると人工的に作られたであろう木製の柵が見えてきた。息を切らしながらもようやくたどり着いた目的地だ。柵まで近づいてフェリクスは顔を上げた。
息を呑んだ。
広大な平地が霊峰の上部に存在していた。そこを埋め尽くす真っ白な花たち。ゆるやかな風に吹かれて揺れている。ほんの少し、甘い香りがフェリクスの鼻孔をくすぐった。遠くには白の塔がうっすらと見える。
「すごい・・・・・・」
全員が感嘆の声を漏らす。それほどまでに圧巻の光景だった。
数秒の間見とれた後、シャルロットはブンブンと首を振った。それにつられてフェリクスも気を引き締める。
花畑には一本だけ道が作られていた。といっても花が植えられていないだけで土がむき出しの道だが。アルの先導に従って道を進んでいくと、道の先に人影が二つ見えた。女性のものと、男性のものだ。男性の方はしゃがみ込み、花を見ているようだ。
「あの、私が行きます」
人影を確認したシャルロットは前を見据えて歩き出す。
レイは何も言わなかった。
後に続こうとしたフェリクスの肩にセラフィが触れ、引き留める。同じく歩き出そうとしたアルのことも引き留め、前に出た。
「僕も彼と話したいことがあるので、殿下たちはここで待っていてください」
小さくウインクをして、有無を言わせずセラフィはシャルロットを追いかける。その背中に槍が輝いているのを見て、安全面では安心だろうとフェリクスは一瞬思いかけたがムッと頬を膨らませた。
「俺だって話したいことがあるんだよ!」
そう言って踏み出したフェリクスをレイとアルは止めない。アルは戸惑ったようにレイを見上げる。
「あの、レイさんは行かなくていいんですか?」
「俺はここで待って・・・・・・いや、やっぱり行くよ」
自信なさげに笑って、レイはアルと歩き出す。できるだけゆっくりと。心をざわつかせながら。
(なんだろう。ここはすごく綺麗なのに、少し怖い)
「お前は!?」
そんな思考は、男があげた大声にかき消されてしまう。レイが驚いて男を見ると、男は立ち上がっていた。一つに結った長い黒髪が風に揺れている。翡翠の目を大きく見開いて、驚愕の表情が顔に張り付いている。
「どうしてお前がここにいるんだ!?」
その声は、シャルロットだけに向けられたものではなかった。
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