久遠のプロメッサ 第一部 夜明けの幻想曲

日ノ島 陽

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夜明けの幻想曲 2章 異端の花守

8 きょうだい

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 男は精一杯思考を巡らせた。
 本当にそんなことがあるのだろうか。この目に映っているものは現実なのか。夢なのか。現実だとしたら、一体どうしてここにいる?夢だとしたら早く覚めてくれないだろうか。怒りのあまり幻覚でも見ているようで気分が悪くなってしまう。いや、もしやどこかに精霊が潜んでいて、自分に向かって幻でも見せているのか。
 ふわふわとまとまらない。
 そんな男の様子をシャルロットは訝しげにのぞき込む。どこか様子がおかしい。
 シャルロットの後ろから歩いてきたセラフィが、シャルロットを通り越して男の目の前に立つ。あまりにも厳しい目つきにシャルロットはつい驚いて息を呑んでしまった。
 セラフィの翡翠の目が男をギロリと睨み付ける。
 つかみかからんばかりのセラフィを、我に返ったシャルロットが止めようとする。しかし、止めることは出来なかった。

「どうして僕がここにいるのかって思ってる?どうして僕がこんなにも怒ってるのかって思ってる?そんなの自分で理解しなよ。そんな研究院になんて勤めて頭いいんだからさ。――ねえ、兄さん」

 最後の言葉にその場にいる全員が固まった。
 後を追いかけてきたフェリクスが「えっ」と声をあげて立ち止まる。

(あそこにいるのってシャルロットのお兄さんじゃなかったのか!?)

 フェリクスがシエルから聞いた情報ではそうだったはずだ。セラフィと血縁関係があるとまでは聞いていない。
 シャルロットははじかれるようにしてセラフィを見た。確かに、髪の色も瞳の色も男――長兄と似ている。

「本当にお前なのか、セラフィ」

 男から弱々しく声が漏れる。

「そうだよ。確か、会うのは16年ぶりだったかな」
「ま、待ってよ!!私にも分かるように説明してよ!!分からないよ!!」

 思わずシャルロットは叫んだ。当たり前だ。目の前で、すぐには理解できない会話が繰り広げられているのだから。

「シャルロット。――ああ、ああああ」

 シャルロットの疑問に答えることなく男は目尻に涙を貯めると、大きく両腕を広げた。そのままシャルロットとセラフィを抱きしめようとする。しかし、セラフィがシャルロットを後ろに下がらせて男の手を払いのけることで拒絶した。
 拒絶されたと男が理解するのに数秒の時を有した。

「どうして」
「兄さんは、イミタシアの研究をしていた。違う?」

 セラフィの気迫にシャルロットは口を挟めない。ようやく追いついたレイとアルはフェリクスの隣に立って様子を見守っている。

「――そうだ。イミタシアの力を利用すれば、精霊に対抗できるはずだった。そうすれば、お前を取り戻せると」
「そのために沢山の子供たちを犠牲にしても?」
「――そんなの、お前の命と比べるまでもない。俺はただ」
「・・・・・・一緒じゃないか」

 男を遮って、セラフィは声を荒げる。

「精霊と変わらない!!」

 激怒したセラフィを見るのは、フェリクスにとって初めてだった。いつも温厚で、マイペースな彼が怒ることは滅多になかった。

「兄さんが加担していた研究で犠牲になったイミタシア。彼女は僕の仲間だった。絶望しかなかった未来に、必死に希望を抱いて一緒に生きてきた。そんな彼女を、兄さんは殺した」

 なにやら聞き捨てならない発言を聞いたような気がする。フェリクスはそう思った。その答えは、兄である男の口から飛び出ることになる。

「まさか・・・・・・お前も、お前もイミタシアになったのかセラフィ!?」
「はは、そうだよ。僕はもう人間じゃない」

 自嘲気味に笑って、すぐに厳しい顔つきに戻るとセラフィはもう一度男を睨み付ける。

「そんなことよりも、兄さんには研究を止めてもらうよ。拒否するというのなら、容赦はしない」
「いけない、ルシオラ様!」

 セラフィが槍に手を伸ばしかけた時、男の後ろに控えていた女性が前に飛び出して男を庇う仕草をした。男――ルシオラは呆然とセラフィを見つめたまま動かない。

「そこをどけ」
「いいえ、どきません。貴方は知らないのでしょうが、ルシオラ様はずっとずっと努力し続けてきたのです。精霊を滅ぼし、再び家族と幸せな生活を送るために」
「私からもお願い、えっと・・・・・・」

 武力行使はさすがにまずい、とシャルロットもセラフィを止めに入る。彼を何と呼ぶべきか分からずに語尾が濁る。
 困惑に潤むシャルロットの翡翠の目を見て、セラフィの怒りは萎んだようだった。槍に触れていた指先を離して、だらりと力を抜く。

「申し訳ありません。僕としたことが、取り乱してしまいました」

 戦意をなくしたセラフィに、警戒していた女性はホッと息をつく。そしてルシオラの方を見ると、女性は驚いた。同じくルシオラを見て眉をひそめたレイが駆け出す。フェリクスも後を追う。
 ルシオラは笑っていた。その目に再会の喜びも、拒絶への悲しみもない。あるのはただただ純粋な怒りだった。一周回って笑みしか浮かばないのか、引きつった唇は震えている。

「ああ、やっぱり精霊か。精霊がセラフィを壊してしまったんだな。精霊が父さんも母さんも、みんな奪ってしまったんだな。やはり、許すことはできない」
「お兄ちゃん?どうしたの?」

 異様な微笑みを浮かべるルシオラに、シャルロットが恐る恐る声をかける。
 すると、ルシオラは突然腕を伸ばした。その先にいるのは、シャルロットだ。意外にも筋肉質なルシオラの腕が、シャルロットの腕をつかもうとする。
 それよりも先にシャルロットの腕をつかんで引き寄せたのは、レイだった。

「え?」
「シャルロット!」

 レイの腕の中で瞬きをするシャルロット。慌てたセラフィが無事を確認する。

「俺はシャルロットがお兄さんと再会できたらいいとは思うけど、今の貴方にシャルロットを託すことはできないとも思う」
「・・・・・・邪魔者が多いな」

 舌打ちをして空を切った腕を引くと、ルシオラはうつむいた。

「悪いけど、貴方を捕らえさせてもらうよ。どんな理由があったとしても貴方は我が国民を傷つけた」

 フェリクスがセラフィに目配せをする。しっかりと頷いたセラフィがルシオラを捕らえるために足を踏み出したとき、高らかな笑い声が花畑一帯に響き渡った。
 フェリクス達は身構える。この笑い声には聞き覚えがあった。

「あはははは、いい劇じゃーんルシたん」
「・・・・・・シトロン」

 いつの間に来ていたのか、白衣をまとった男シトロンが軽くスキップをしながら近づいてきた。口笛つきの、いかにも楽しそうな雰囲気を漂わせている。

「ちょっと前にさ、こいつらが研究院に来たからルシたんの居場所教えちったけどいいよね。あとさ――こいつらって研究対象?」
「シャルロットとセラフィ以外はどうしても構わん。お前の好きなようにしろ」
「はいはーい。そんじゃ、みんなで俺っちと遊ぼうか」

 シトロンは白衣を雑にまさぐって、メスのようなナイフを取り出した。指と指の間に挟み込むようにして持ち、ゆらゆらと手首を振る。そうすることで、銀色に光るナイフの存在を見せつけているかのように。
 戦闘能力のあるセラフィとレイが前に出る。といっても両者の反応は違う。セラフィは憎悪に燃える目でシトロンを見やる。レイは緊張を多く含んだ目でなんとか前を見つめていた。経験の差によるものだ。

「レイさんは皆さんをお願いします。こいつらは僕が手を下したい」
「・・・・・・分かった。気をつけて」

 セラフィも槍を構える。視線はシトロンへ向ける。ルシオラは戦う気はないらしく、うつむいたまま動かない。女性は元から戦闘能力はなさそうだ。女性はアルの方をチラチラと見ているが、シトロンとの戦闘に加わることはないだろう。
 
「お兄ちゃん・・・・・・」

 妹の泣き出しそうな声を背に、セラフィは手に力を込める。どちらの兄を呼んだものかはセラフィには分からない。ルシオラにも分からない。
 きょうだい3人が手を取り合って笑える日は、まだ見えない。
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