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夜明けの幻想曲 2章 異端の花守
9 震怒
しおりを挟む「メイル、行くぞ」
「・・・・・・よろしいのですか」
「今は離れる。いずれ、迎えに行く」
ルシオラは顔を上げて愛しいきょうだいを見る。わかり合うことは出来なかったが、ルシオラには希望の光が見えていた。その光さえあれば、ほんの少しの間仲違いをしようが未来はどうとでもなるだろう。これは、きょうだい喧嘩なのだ。
ルシオラは花守の女性メイルを引き連れて、きょうだいに背を向けた。
「待って兄さ」
「はーい俺っちと遊んでねー」
ルシオラを逃がすまいと、シトロンから視線を外した一瞬で距離を詰められる。あまりの勢いに思わず後方に飛び退く。その間にもシトロンの猛攻は止まらない。眼前に迫った銀色のきらめきを間一髪で避け、セラフィはシトロンの腹部めがけて蹴りを入れる。しかし、足がシトロンに触れることなくシトロンは横に飛び退いた。空中に浮かび着地するまでの間に一回転し、その勢いでナイフを飛ばす。セラフィは槍でナイフを弾き飛ばした。はじいたナイフは待機している仲間に届くことなく花畑の中へ落ちていく。
金属同士がぶつかり合う音を聞きながら、フェリクスは歯がゆい思いをしていた。
(俺も、俺も戦えたなら)
結局ノアとは離れ離れになってしまい、あまり修行はできなかった。しかし、このままではいられない。きっと、このままだと何もできない。
現状何もできない自分があまりにも悔しくて、唇をかみしめる。
一方のシャルロットは、ぼんやりと兄の背中を見つめていた。
(本当に生きていたなんて)
あの長兄ルシオラがそう認識しているのだから、きっとセラフィは自分の兄なのだろう。かと言ってどんな反応をすれば良いのかシャルロットには分からなかった。
シトロンの遊びは終わらない。どこにナイフを隠し持っているのか、セラフィに向かって投げては補充している。セラフィは槍でなぎ払おうと大きく振り回すが、華麗に避けられて舌打ちをする。シトロンの動きは速い。ニヤニヤと避けては軽い攻撃を繰り返す。セラフィから見ても、本気を出していないであろうことは見て取れる。
ふいに、シトロンの顔からにやけ顔が抜け落ちた。
セラフィの猛攻を避けながら、空虚な目で槍の動きを見る。
「あーあ。飽きちゃった」
セラフィの背筋に悪寒が走る。
飛び退いて距離を置こうとしたが遅かった。
シトロンの手が槍を掴む。
「なっ」
ぐい、と力任せに引っ張られ、バランスを崩したところにナイフを持った手による突きが入る。
赤が散った。
突きの勢いによってセラフィの身体が吹き飛ばされる。花畑の中に突っ込み、同時に白い花びらを散らしていく。
「ああ!」
シャルロットは悲鳴を上げて反射的に駆け出そうとした。それをレイが止める。フェリクスは動けない。助けに行きたくても、足が地から離れない。
(俺じゃ、助けになんて)
「離して、レイ!このままだと、このままだと!!」
「待ってシャルロット、危険だ!俺が行くから、君はここで・・・・・・」
「やだ、やだ・・・・・・せっかく、せっかく会えたのに」
痛みで上手く動けずにいるセラフィはシトロンの攻撃を避けられない。脇腹にナイフが刺さった状態のまま、立ち上がって戦おうとする。
精度の落ちた攻撃などシトロンにとってはつまらない以外の何物でもない。シトロンは適当に避けて鳩尾を殴る。再び花畑に転がるセラフィの黒髪を乱暴に掴み、ささやきかけた。
「殺しはしないよ?ルシたん怒るしね。だけどさぁ、イミタシアの力について、ちょーっと調べさせてくんね?」
「お断り、だ」
「へぇ」
片手にはセラフィの髪を、片手にはナイフを持つ。ナイフを持つ手が上がっていき、そして――。
「やめて!!」
少女の絶叫が響き渡った。
それと同時に突風が吹き荒れる。白い花びらが青い空に舞い上がる。それはまるで、冷たい雪のようだった。シャルロットの肩を掴んでいたレイが軽く吹き飛ばされて花の中を転がる。
「うっ」
風に吹かれた瞬間、フェリクスの胸に痛みが走った。雷が落ちたかのような一瞬の激痛に思わず膝をつく。胸を押さえたまま、フェリクスは泣く少女を見上げた。
少女は涙に濡れた目を見開いて一点を見つめていた。
風が少女の白金の髪と服を大きく揺らす。全身からほのかな光が溢れ、少女の異変を際立たせていた。
さすがのシトロンも動きを止めて、少女の方を見た。
「・・・・・・へぇ。ルシたん面白いモン隠し持ってるじゃん」
しかし、自分の手には負えなさそうだとシトロンはセラフィから手を離して後ずさる。
少女はシトロンを逃がす気はないらしい。
『うばわないで』
少女の桜色の唇から言葉が漏れる。刹那、少女の背後に五枚の花弁を持つ金色の花が咲いた。花弁の一枚一枚が繊細な金属細工のようだ。五枚すべてが中で向きを変える。切っ先を向けた先は、シトロン。
シトロンは大きく飛び退いた。
ズガン、と激しい音を立ててシトロンが立っていた地面が抉られた。その場所にはあの花弁が輝いている。
少女はこれっぽっちも動かない。しかし、背後の花弁は止まることなく追撃を行う。
シトロンは目に見えぬほど速い花弁を避けながら、残るナイフを花弁に向かって投げる。ナイフは花弁に当たった瞬間、塵も残さず霧散する。その様子を見てシトロンは笑みを深める。
(ま、時間稼ぎはこれくらいでいいっしょ。問題は、どうやって撤退するか)
レイは身体を起こして惨状を見た。
突風にアルも動けずにいるし、フェリクスも胸を押さえて蹲っている。セラフィも上手く動けない様子だ。
――このままではいけない。
本能的にそう感じ取ったレイは、じりじりと移動を開始する。
見つめる先は少女。きっと取り乱しているだけ。落ち着けば、元通りの優しい笑顔が戻ってくるはず。
「シャルロット!!」
レイは精一杯の大声を張り上げる。
少女の視線が動いた瞬間、レイは飛び込んだ。少女はシトロンにしたような反応は一切せずにレイの体当たりを受ける。二人で地面に倒れ込む。その際、とっさにレイが少女の頭を抱え込んだためか、少女が怪我をすることはなかった。
「落ち着いて、深呼吸をして。そう、ゆっくり」
できるだけ優しい声音でレイはささやく。
少女は瞬きを数回した後、小さく息を吐いた。
そして、吹き荒れていた風が勢いを落として緩やかに止まっていく。少女の翡翠の目から涙が次々とこぼれ落ちていく。
「わたし・・・・・・ごめんなさ・・・・・・」
「良かった。戻ってきたね」
レイは少女が我に返り、シャルロットとしてはっきりと声を出したことに安心する。シャルロットを抱き起こし、レイは改めて周囲を見渡した。
ぐるりと観察しても、シトロンの姿はない。素直に逃げたようだ。
「シャルロットはセラフィさんのところにいてあげて」
「・・・・・・うん」
レイはシャルロットが立ち上がるのを支える。シャルロットの足がしっかりと身体を支え、ふらつく様子がないのを確認するとレイはシャルロットの背を軽く押して送り出す。そしてフェリクスの元へ向かった。
金赤の髪は白い花の中では目立つ。
先ほどは蹲っていただけのフェリクスが力なく倒れ込んでいる姿を見てレイは慌てる。医療の知識はないが、脈と息を確認する。脈は乱れておらず、息も穏やかだ。うなされてはいるが、気を失っているだけだとレイは判断する。
そこへ、アルが走ってやってくる。
「あ、あのぅ」
「アル君、ごめん。花畑が荒れてしまって・・・・・・」
「いえ、それはいいんです。ここの花は特別なので、この程度で死にはしませんから」
花守が代々守ってきたという花畑は見るも無惨な有様になっているが、アルはたいして気にしていないらしい。レイにその理由は分からなかったが、今は言及しないことにした。怪我人の介抱を優先すべきだろう。
「フェリクス様は気を失っているようですね。休めば目を覚まされるでしょう。今は先に、セラフィさんの手当をしないと」
「そうだね」
「応急手当くらいなら僕にもできます!お任せを」
アルはにっこりと笑うと、パタパタと駆けていく。レイはフェリクスを背負って追いかける。
フェリクスとは違い、セラフィは意識があった。起き上がろうとしているところをシャルロットが止めている。刺さっていたナイフは無理矢理引き抜いたのか地に転がっている。
レイたちが近寄ると、セラフィは申し訳なさそうに眉を下げた。
「申し訳ありません。僕がふがいないばかりに」
「お話は後です!応急手当をしますから、じっとしていてください」
アルはリュックから小瓶とすり鉢を取り出す。赤い液体の入った小瓶の蓋を開け、近くの白い花の花弁と赤い液体を鉢に移してすりつぶすようにして混ぜる。ある程度混ぜ合わせたあと、アルは鉢をセラフィに差し出した。シャルロットはセラフィが鉢を受け取れるように背中を支えてやる。
「これを飲んでみてください」
「え、これを?」
「大丈夫ですから」
微妙な表情を浮かべたセラフィだが、アルの勢いに押されて鉢を受け取り、一気に飲み干した。直後に苦い顔をして「まずい」と呟いた。
リュックに入っていた包帯で傷口を保護すると、アルは自信ありげに聞いた。
「どうです?痛みは引いたでしょう?」
「・・・・・・あ、本当だ」
身じろぎをしたセラフィが驚きの声をあげる。
「この花には特別な効能がありまして。どんな怪我をしても、この花を加えた薬を飲めば一瞬で痛みがなくなるんです。といっても効果は半日ほどで切れてしまうのですが。この花畑の中にはですね、不老不死になれるという・・・・・・」
「アル君、そろそろ移動しよう。薬の効能が切れたらセラフィさんも動けなくなってしまう」
「あ、それもそうですね。セラフィさん、動けますか?」
「ええ。ここから帰ったら少し休ませてもらうことにします」
セラフィは立ち上がる。そしてセラフィの横に座っていたシャルロットに手を差し伸べた。
シャルロットはセラフィの優しげな微笑みを見て、おずおずと手を伸ばした。
お互いに顔も知らずに育った兄妹が初めて手をつないだ瞬間だった。
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