久遠のプロメッサ 第一部 夜明けの幻想曲

日ノ島 陽

文字の大きさ
42 / 115
夜明けの幻想曲 2章 異端の花守

13 散歩

しおりを挟む


「酷い隈だな」

 開口一番にミセリアに言われ、フェリクスはため息をついた。徹夜はシアルワ王国にいた頃にため込んだ仕事をするためにしたことがあるが、日が昇ってからの気持ちの悪さと罪悪感に苛まれて止めようと誓ったものだ。まさか隣国に来て、しかも眠れないという感覚を味わったのは初めてだった。これまでのとても濃い数日間を生きてきた疲労も溜まっているからだろうか、身体がずいぶんと重い。

「はは、眠れなくて」
「花畑の気絶でぐっすり眠っていたせいかもな」

 ミセリアは肩にかかった髪を後ろに流す。その仕草を見て、フェリクスはミセリアの髪が湿っていることに気がついた。よく見れば頬も僅かに赤い。

「ミセリアは入浴でもしたのか?」
「ん?よく気がついたな。朝、シエルから誘われてな。シャルロットと三人で朝風呂というものをしてきたんだ」
「呼び捨て・・・・・・いつの間に仲良くなって・・・・・・いいなぁ、俺もミセリアと入りたかった」
「シエルもシャルロットも知り合って間もないが、二人とも話しやすかったぞ。って待て、私はお前とは入らないぞ。色々とアウトだろう」

 さらりと吐き出された欲望をしっかりと拒絶して、ミセリアはフェリクスを見やる。サイドテーブルに突っ伏してぼんやりしている様子は王子らしさの欠片もない。ミセリアはフェリクスが民を想うあるべき姿の王子であることも知っているが、その認識とのギャップは大きい。こちらがため息をつきたい、と肩をすくめる。

「あ、そうだ。シエルさんは何か変わった様子なかった?」
「いや、特に。どこまでも綺麗で麗しいお方だったよ。何か気になることでも?」
「なんでもない」

 昨晩見たあのシエルは一体何者だったのか。また知りたい、知らなくてはならないことが増えた気がする。フェリクスは唸る。

「フェリクス、お前は少し寝た方がいいだろう。それでも眠れないというのなら、散歩でもするか?」

 ミセリアの問いにフェリクスは顔を上げる。頭の中で天秤を思い浮かべ、睡眠と散歩との重さを比べる。

「仕方ないから私が付き合ってやる」

 一気に散歩の皿が傾いた。

「散歩するよ」


***


 城を出て街へ向かう。
 明確な目的地というものはないが、人通りの多い大通りを二人で並んで歩く。フェリクスは身分を隠すためにフード付きのコートを身に纏っている。
 二人は適当な世間話をしながら――プレジールとシャーンスの違いや特産品などの、他愛ない話だった――いつの間にか、公園らしき場所に辿り着いていた。
 住宅街の中心、青い芝が敷き詰められた広めの公園。遊具はそこそこに白色の花が咲く木が多く植えられていた。

「綺麗な花だな」
「確か名前はエールって言ったかな。ラエティティア王国の土地でしか育たない木なんだってさ」
「なるほど」

 昔聞いた知識をミセリアに伝えると、フェリクスはひらりと舞う花びらをキャッチする。傷つけないようにそっと包み込み、ミセリアの前で手のひらを開く。

「綺麗だろ?俺も初めて見たときはこんな綺麗な花があるんだ~ってびっくりしたんだ」

 ミセリアはたった一枚の花びらを覗き込む。ただの白い花びらかと思いきや、ほんのりと虹色がかった輝きが見て取れる。角度によって薄紫や黄緑などの淡い色がごく僅かに現れる。

「不思議な花も世の中にはあるんだな」

 ミセリアは顔を上げて木々を見渡す。よく見れば白いだけと思っていた視界が薄く色づいて見えた。そして気がついた。

「あそこにいるのはレイとシャルロットじゃないか」
「あ、本当だ」

 花見のために設けられたのだろう木製のベンチの一つに見覚えのある後ろ姿を見かけて二人は立ち止まる。
 レイとシャルロットは何か話し込んでいるようだ。
 シャルロットは肩を落としうつむきがちで、レイはそわそわとして落ち着かない。落ち込む少女とそれに動揺する青年といった様子である。

「声、かける?」
「・・・・・・いや、少し様子を見よう。助け船はそれからでいい」

 控えめにフェリクスが訪ねる。ミセリアは僅かな沈黙の後に首を振り、気づかれない程度に座る二人へ近づいていく。フェリクスもそれに倣って木の陰に隠れつつレイとシャルロットを見守ることにした。覗きの罪悪感はないと言ったら嘘になるが、悪事をするわけでもないので止めるつもりはない。

「本当にどうしよう。分からない、分からないの」

 シャルロットは自らの肩を抱く。羽織ったショールにしわを作る。

「ルシオラお兄ちゃんの無事が分かったのは良かったの。セラフィお兄ちゃんと会ってお話できたのも良かったの。でも、自分が何をするべきなのか分からなくなっちゃった。・・・・・・それに」

 シャルロットは一旦言葉を切り、震える声で迷いを吐き出した。

「私、自分のことも分からない。あの花畑のこと、自分が何をしてしまったかは覚えてる。あんなの私には分からない、私はただの人間なのに。あの力で人を傷つけることもきっと出来てしまう。それが怖い。・・・・・・私はどうしたらいいんだろう」

 セラフィといた時は再会の喜びで薄れていたであろう恐怖がこみ上げてきたらしい。フェリクスとミセリアは実際の現場を見ていないためかシャルロットが抱く恐怖が身に染みてはこない。実際に現場を目の当たりにしたのはレイとアル、セラフィ、そしてシトロンだけである。フェリクスとミセリアは話に聞いただけの無知だ。出しゃばらずにいて正解だった、と内心思ったことは二人とも口に出さなかった。

「ごめん。俺にはシャルロットの悩みは解決できそうにない」

 レイから出た答えは無情なようでいて、込められた思いは優しいものだった。

「でも、怖がることはないと思うよ。これからはシャルロットの望むことをしたらいい。例えば・・・・・・家族みんなで幸せ生活!とか?」

 無責任で単純な発言。しかし、シャルロットにはしっかりと届いたらしい。

「そうだね。それも私の夢だね、間違いない。いつも気を遣わせてしまってごめんね、レイ」

 うつむかせていた顔をレイに向けてシャルロットは微笑んだ。心からではなく、明らかに無理をして作ったものであると分かりやすい微笑みだったが。

「俺はシャルロットが無事に日常に戻れるまでできることをするよ。だからさ、一緒に頑張っていこう」
「ありがとう。レイは優しいね。・・・・・・ねぇ、レイ」

 シャルロットはレイの顔を見つめる。

「どうしてレイは私を助けてくれるの?帰ることだってきっとできるのに」
「んー。あの森よりも外の世界の方が絶対に良いよ。それに――」

 レイはそっと手を持ち上げてシャルロットの頭の上へ置いた。そして、撫でた。ゆっくりと、優しく。親が子供を元気づける時にやるような、そんな動きで。

「――。」

 その先の言葉はフェリクス達には聞こえなかった。つい気になってフェリクスは身を乗り出そうとした。その時。

「あ!やっと見つけました皆さん!!」

 騎士の大きな声にフェリクスはずっこけた。それはそれは盛大に。それを見たミセリアはため息をついて額に手を当てた。
 いつもの赤い私服を纏った騎士セラフィがパタパタと駆け寄ってくる。芝の上に伸びているフェリクスを見てセラフィは首を傾げる。

「地面の香りでも堪能していらっしゃるのですか、殿下?」
「いや、別に・・・・・・」
「あ、そうだ。それどころじゃありませんでした。大変です、殿下!」

 セラフィの声にレイとシャルロットも気がついたらしい。ベンチごしに後ろを向いてキョトンとした顔をしている。
 セラフィは辺りを見回し一般の民がいないことを確認すると、しゃがみこんでフェリクスに耳打ちをする。

「シエル様のお姿が城のどこにも見当たらないのです。城中で大騒ぎになっています」
「・・・・・・え?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄のあと、あなたのことだけ思い出せない

柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢セシリアは、王宮の舞踏会で王太子レイヴンから公開の場で婚約破棄を言い渡され、その場で倒れた。 目覚めた彼女は、礼儀も常識も覚えているのに――ただ一つ、レイヴンだけを思い出せない。 「あなたは、どなたですか?」 その一言に、彼の瞳は壊れた。 けれどレイヴンは何も語らず、セシリアを遠ざける。彼女を守るために、あの日婚約を捨てたのだと告げられないまま。 セシリアは過去を断ち切り、王宮の侍女として新しい生活を始める。 優しく手を差し伸べる護衛騎士アデルと心を通わせていくほど、レイヴンの胸は嫉妬と後悔で焼けていった。 ――守るために捨てたはずなのに。忘れられたまま、他の男に笑う彼女を見ていられない。 一方、王宮では“偽聖女”の陰謀と、セシリアの血に眠る秘密が動き出す。 記憶を取り戻せば、彼女は狙われる。取り戻さなければ、二人は永遠に届かない。 これは、忘れてしまった令嬢と、忘れられてなお愛を捨てられない王太子が、もう一度“選び直す”恋の物語。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

公爵令嬢は結婚式当日に死んだ

白雲八鈴
恋愛
 今日はとある公爵令嬢の結婚式だ。幸せいっぱいの公爵令嬢の前に婚約者のレイモンドが現れる。 「今日の結婚式は俺と番であるナタリーの結婚式に変更だ!そのドレスをナタリーに渡せ!」  突然のことに公爵令嬢は何を言われたのか理解できなかった。いや、したくなかった。 婚約者のレイモンドは番という運命に出逢ってしまったという。  そして、真っ白な花嫁衣装を脱がされ、そのドレスは番だという女性に着させられる。周りの者達はめでたいと大喜びだ。  その場所に居ることが出来ず公爵令嬢は外に飛び出し……  生まれ変わった令嬢は復讐を誓ったのだった。  婚約者とその番という女性に 『一発ぐらい思いっきり殴ってもいいですわね?』 そして、つがいという者に囚われた者の存在が現れる。 *タグ注意 *不快であれば閉じてください。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

生きるために逃げだした。幸せになりたい。

白水緑
ファンタジー
屋敷内に軟禁状態だったリリアは、宝物を取り戻したことをきっかけに屋敷から逃げ出した。幸せになるために。体力も力もない。成り行きに身を任せる結果になっても、自分の道は自分で選びたい。 2020/9/19 第一章終了 続きが書け次第また連載再開します。 2021/2/14 第二章開幕 2021/2/28 完結

処理中です...