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夜明けの幻想曲 2章 異端の花守
13 散歩
しおりを挟む「酷い隈だな」
開口一番にミセリアに言われ、フェリクスはため息をついた。徹夜はシアルワ王国にいた頃にため込んだ仕事をするためにしたことがあるが、日が昇ってからの気持ちの悪さと罪悪感に苛まれて止めようと誓ったものだ。まさか隣国に来て、しかも眠れないという感覚を味わったのは初めてだった。これまでのとても濃い数日間を生きてきた疲労も溜まっているからだろうか、身体がずいぶんと重い。
「はは、眠れなくて」
「花畑の気絶でぐっすり眠っていたせいかもな」
ミセリアは肩にかかった髪を後ろに流す。その仕草を見て、フェリクスはミセリアの髪が湿っていることに気がついた。よく見れば頬も僅かに赤い。
「ミセリアは入浴でもしたのか?」
「ん?よく気がついたな。朝、シエルから誘われてな。シャルロットと三人で朝風呂というものをしてきたんだ」
「呼び捨て・・・・・・いつの間に仲良くなって・・・・・・いいなぁ、俺もミセリアと入りたかった」
「シエルもシャルロットも知り合って間もないが、二人とも話しやすかったぞ。って待て、私はお前とは入らないぞ。色々とアウトだろう」
さらりと吐き出された欲望をしっかりと拒絶して、ミセリアはフェリクスを見やる。サイドテーブルに突っ伏してぼんやりしている様子は王子らしさの欠片もない。ミセリアはフェリクスが民を想うあるべき姿の王子であることも知っているが、その認識とのギャップは大きい。こちらがため息をつきたい、と肩をすくめる。
「あ、そうだ。シエルさんは何か変わった様子なかった?」
「いや、特に。どこまでも綺麗で麗しいお方だったよ。何か気になることでも?」
「なんでもない」
昨晩見たあのシエルは一体何者だったのか。また知りたい、知らなくてはならないことが増えた気がする。フェリクスは唸る。
「フェリクス、お前は少し寝た方がいいだろう。それでも眠れないというのなら、散歩でもするか?」
ミセリアの問いにフェリクスは顔を上げる。頭の中で天秤を思い浮かべ、睡眠と散歩との重さを比べる。
「仕方ないから私が付き合ってやる」
一気に散歩の皿が傾いた。
「散歩するよ」
***
城を出て街へ向かう。
明確な目的地というものはないが、人通りの多い大通りを二人で並んで歩く。フェリクスは身分を隠すためにフード付きのコートを身に纏っている。
二人は適当な世間話をしながら――プレジールとシャーンスの違いや特産品などの、他愛ない話だった――いつの間にか、公園らしき場所に辿り着いていた。
住宅街の中心、青い芝が敷き詰められた広めの公園。遊具はそこそこに白色の花が咲く木が多く植えられていた。
「綺麗な花だな」
「確か名前はエールって言ったかな。ラエティティア王国の土地でしか育たない木なんだってさ」
「なるほど」
昔聞いた知識をミセリアに伝えると、フェリクスはひらりと舞う花びらをキャッチする。傷つけないようにそっと包み込み、ミセリアの前で手のひらを開く。
「綺麗だろ?俺も初めて見たときはこんな綺麗な花があるんだ~ってびっくりしたんだ」
ミセリアはたった一枚の花びらを覗き込む。ただの白い花びらかと思いきや、ほんのりと虹色がかった輝きが見て取れる。角度によって薄紫や黄緑などの淡い色がごく僅かに現れる。
「不思議な花も世の中にはあるんだな」
ミセリアは顔を上げて木々を見渡す。よく見れば白いだけと思っていた視界が薄く色づいて見えた。そして気がついた。
「あそこにいるのはレイとシャルロットじゃないか」
「あ、本当だ」
花見のために設けられたのだろう木製のベンチの一つに見覚えのある後ろ姿を見かけて二人は立ち止まる。
レイとシャルロットは何か話し込んでいるようだ。
シャルロットは肩を落としうつむきがちで、レイはそわそわとして落ち着かない。落ち込む少女とそれに動揺する青年といった様子である。
「声、かける?」
「・・・・・・いや、少し様子を見よう。助け船はそれからでいい」
控えめにフェリクスが訪ねる。ミセリアは僅かな沈黙の後に首を振り、気づかれない程度に座る二人へ近づいていく。フェリクスもそれに倣って木の陰に隠れつつレイとシャルロットを見守ることにした。覗きの罪悪感はないと言ったら嘘になるが、悪事をするわけでもないので止めるつもりはない。
「本当にどうしよう。分からない、分からないの」
シャルロットは自らの肩を抱く。羽織ったショールにしわを作る。
「ルシオラお兄ちゃんの無事が分かったのは良かったの。セラフィお兄ちゃんと会ってお話できたのも良かったの。でも、自分が何をするべきなのか分からなくなっちゃった。・・・・・・それに」
シャルロットは一旦言葉を切り、震える声で迷いを吐き出した。
「私、自分のことも分からない。あの花畑のこと、自分が何をしてしまったかは覚えてる。あんなの私には分からない、私はただの人間なのに。あの力で人を傷つけることもきっと出来てしまう。それが怖い。・・・・・・私はどうしたらいいんだろう」
セラフィといた時は再会の喜びで薄れていたであろう恐怖がこみ上げてきたらしい。フェリクスとミセリアは実際の現場を見ていないためかシャルロットが抱く恐怖が身に染みてはこない。実際に現場を目の当たりにしたのはレイとアル、セラフィ、そしてシトロンだけである。フェリクスとミセリアは話に聞いただけの無知だ。出しゃばらずにいて正解だった、と内心思ったことは二人とも口に出さなかった。
「ごめん。俺にはシャルロットの悩みは解決できそうにない」
レイから出た答えは無情なようでいて、込められた思いは優しいものだった。
「でも、怖がることはないと思うよ。これからはシャルロットの望むことをしたらいい。例えば・・・・・・家族みんなで幸せ生活!とか?」
無責任で単純な発言。しかし、シャルロットにはしっかりと届いたらしい。
「そうだね。それも私の夢だね、間違いない。いつも気を遣わせてしまってごめんね、レイ」
うつむかせていた顔をレイに向けてシャルロットは微笑んだ。心からではなく、明らかに無理をして作ったものであると分かりやすい微笑みだったが。
「俺はシャルロットが無事に日常に戻れるまでできることをするよ。だからさ、一緒に頑張っていこう」
「ありがとう。レイは優しいね。・・・・・・ねぇ、レイ」
シャルロットはレイの顔を見つめる。
「どうしてレイは私を助けてくれるの?帰ることだってきっとできるのに」
「んー。あの森よりも外の世界の方が絶対に良いよ。それに――」
レイはそっと手を持ち上げてシャルロットの頭の上へ置いた。そして、撫でた。ゆっくりと、優しく。親が子供を元気づける時にやるような、そんな動きで。
「――。」
その先の言葉はフェリクス達には聞こえなかった。つい気になってフェリクスは身を乗り出そうとした。その時。
「あ!やっと見つけました皆さん!!」
騎士の大きな声にフェリクスはずっこけた。それはそれは盛大に。それを見たミセリアはため息をついて額に手を当てた。
いつもの赤い私服を纏った騎士セラフィがパタパタと駆け寄ってくる。芝の上に伸びているフェリクスを見てセラフィは首を傾げる。
「地面の香りでも堪能していらっしゃるのですか、殿下?」
「いや、別に・・・・・・」
「あ、そうだ。それどころじゃありませんでした。大変です、殿下!」
セラフィの声にレイとシャルロットも気がついたらしい。ベンチごしに後ろを向いてキョトンとした顔をしている。
セラフィは辺りを見回し一般の民がいないことを確認すると、しゃがみこんでフェリクスに耳打ちをする。
「シエル様のお姿が城のどこにも見当たらないのです。城中で大騒ぎになっています」
「・・・・・・え?」
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