久遠のプロメッサ 第一部 夜明けの幻想曲

日ノ島 陽

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夜明けの幻想曲 2章 異端の花守

27 目覚めよ、花守

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 フェリクスとセラフィは全力で霊峰の上を駆けていた。文字通り、霊峰の上を。
 彼等の足下には薄く心許ないが、とても美しい薄赤色の輝きを放つ光の橋がかかっている。二人が足下の悪さに気をつけながら走っていたところ、突然目の前に現れたものだった。
 最初は警戒した二人だったが、実際にセラフィが乗って確かめたところ強度に問題はなさそうだ、と判断した。おまけに橋が伸びている先は永久の花畑の方角だ。足下が不安定な道を苦労して帰るより、この橋を渡った方が圧倒的に早く花畑に着けそうだということが予想される。フェリクスが一歩先を走り、セラフィは橋が崩れないかと警戒しながら後に続く。もしも橋が消えてしまったら主を守るために身体を張る覚悟はとうに決めていた。

「この橋、一体何だろうな」
「分かりません。人間の力ではないことは確かですね」
「そりゃあそうだろ。近くにイミタシアがいる?」
「いえ、こんな能力を持った仲間はいなかったはずです。イミタシアではないとするならば精霊ですが……この橋から溢れる力に悪意は感じませんね。むしろ僕たちを導いてくれているかのような、そんな気遣いさえ感じます」
「落ちなければそれでいいよ。術者にお礼が言えればもっと良いけど。せっかくこうして都合良く移動できる道ができたんだ、利用させてもらおう!」
「そうですね」

 そんな会話を挟みつつ、フェリクスとセラフィは走り続ける。そういう効能があるのか、不思議と疲れずに走ることができた。
 そして、ミラージュが宝石を砕こうとした場面に出くわすことになったのだ。


***


「ちょっと待った――!!」

 ただならぬ雰囲気を察知し、フェリクスは叫ぶ。フェリクスとセラフィが無事に地面に足をつけた瞬間に橋は消えた。まるで空気に溶けていくかのように。その様子を確認し眉をひそめたのはゼノだけだったが。

「あら、フェリクスさん。よく追いついたわね」
「ちょっと色々あって……って、それどころじゃなくて!せっかく記憶の欠片を発見できたのにそれを壊すなんて駄目だ!」
「……今度は貴方の力に惑わされたりはしないわ。私は私の意志で、このいらない記憶を消して、その上で彼を目覚めさせるのだから」

 フェリクスの訴えにもミラージュは屈しない。その表情からも固い決意が見て取れた。ゼノは胸に手を添える。

(――君の本当の想いはどこにある?君ならミラージュを苦しみから救ってあげられる?)

 その問いは、心の奥底で眠っている少年に届いたのか定かではない。
 
「ミラージュ様、僕からもお願いします!花守の人はきっとすべてを受け入れなければならないと思っているはずなんです。だから、花守の人にとって耐えがたい……罪深い記憶であったとしても、それを消してしまうことはあまりにも悲しいことです」
「アル……。貴方には沢山私のことを話してきたわね。けれど、貴方は彼自身ではないの。どうしてそんなことが言えるのかしら?」

 今度はアルが懇願する番だった。手を握りしめて、ミラージュの前に立つ。ミラージュは少し悲しそうにアルを見て、失望したかのように肩をすくめた。

「貴方なら私の気持ちを分かってくれると思っていたのだけど」
「……ミラージュ様、僕は昔から幻聴に悩まされてきました。その幻聴に振り回されて、周りの人達から怖がられてしまうことだってありました。その中できちんとお話を聞いてくれたのがミラージュ様でした。ミラージュ様もまた、僕に過去のことをお話してくださいました。だから、僕はミラージュ様をお慕いしています」

 落ち着いたのか、幾分声のトーンを下げてアルは語る。

「今なら分かる気がします。僕が今まで聞いてきた幻聴の正体が」
「……」
「きっと、僕が聞いてきたのは花守の声なんです。今までは不安だったのですが……今はもう、確信しています。僕があの花守と似た感情をミラージュ様に抱いていたからなのかもしれません。僕が最後に聞いた彼の声は、『まだ目覚めたくない』というものでした。でも、こうなってしまった以上彼は遠くないうちに目覚めることになります。……ミラージュ様もあの方も、お互いに逃げずに向き合うべきなのです」

 ピク、とミラージュの瞳が揺れる。

「ミラージュ様は花守の人の想いを。花守は自分自身の罪と想いを。それぞれを受け入れて、その上で再会して欲しいと僕は思うのです。……だって、そうしないとミラージュ様にとって最善の結末にならないと思うから」

 さぁ、と風が吹いてアルの長い前髪が揺れる。隠れたアンティークゴールドの目が、ミラージュの記憶の中で微笑む彼の目と重なった。
 思わず息を呑み、ミラージュは言葉を失ってしまう。

「私、は……」
「ミラージュさん。もう一度考えるんだ。本当は何を望んでいるのか」

 今度はフェリクスが訴えかける。動揺してミラージュはフェリクスをまっすぐに見つめ返してしまった。吸い込まれそうなほどに綺麗な瞳。ミラージュはフェリクスの神子の力を理解しながらも、響いてくる内なる声に耳を傾けることとなった。

『ねぇ、本当にいいの?彼の一部を奪ってしまったら、それは彼とは言えないわ』
「でも……私のために命をかけて、望まぬ罪を背負ってしまった彼に苦しい記憶を味わわせる訳にはいかないわ」
『それは本当に彼にとっての救いになるのかしら。私を愛する心が彼を動かしたと言うのなら、その記憶がなくなってしまった彼はどうなるのかしら』
「……」
『本当は、どうしたいの?』
「私は……」

 気がつけばミラージュは泣いていた。白い花の咲く木にすがりついて、泣いていた。

「あの日のように、二人で花冠を作りたい」

 きっとその願いは、ミラージュと花守の少年、どちらがどう欠けてしまっても叶わないものだった。その場にいる誰もがホッと息をつき、張り詰めた空気が和らいでいく。

「……ごめんなさい。分かっていなかったのは、私のようね」
「君も長い間苦しんできたんだ。君の願いを叶えてあげたい」
「ありがとう、ゼノ様。アル。フェリクスさん達も。……記憶の欠片はすべて揃いました。彼に返します。もし、彼が目覚めたら――きちんと話し合おうと思います」
「それが良い」

 溢れる涙を拭って、ミラージュは前を向いた。手にした二つの欠片をそっとゼノに手渡す。温かく見守られながらゼノが欠片を取り込もうとした、その時だった。

「ひゅー、全速力で戻ってきたから疲れたぜ」

 全員が空を見た。
 言葉とは裏腹に冷や汗ひとつかいていない涼しげな顔で大精霊ビエントがそこに浮いていた。

「なっ……。大神子の力で遠くまで飛ばされていたはずなのに」
「シアルワの端まで飛ばされてたんだぜ?ほんと疲れたわ……大神子サマの実力不足に感謝、だな」
「諦めの悪い……」

 ゼノが嫌悪感を隠さず睨み付けると、ビエントは演技なのかげっそりとした表情を浮かべて首を振った。

「そりゃそうだろ。こっちは女王様と契約をしているんだ。……なぁ?」
「……」

 そうだった、とフェリクスは冷や汗をかく。
 ミラージュとビエントの契約。ミラージュがゼノの血を飲んでイミタシアになる代わりに彼女に協力するというものだった。ミラージュの望みである少年の復活は間近に迫っている。残るは、契約の代償。
 ミラージュは前に出る。

「もう少しだけ、時間をいただけませんか?彼と、話を――」
「何年待ったと思う?契約からかれこれ三百年以上は経ってるはずなんだが」
「そ、それは――」

 まぁいいや、とビエントは目を細めた。

「別にゼノじゃなくてもいいんだ。ゼノの完成度は思っていた以上に駄目だったからな、ゼノの血を取り込んでも強いイミタシアになれない可能性が高い――てなワケで」
「あ……い、いや……」
「俺の血でも飲むか?」
「やめろ!」

 青ざめたミラージュへ容赦なく近づいていくビエントを見て、ゼノは反射的に動き出した。しかし、ビエントはそれをお見通しだと言わんばかりに指を鳴らす。
 パチン、と乾いた音が響き、ビエントとミラージュを閉じ込めるかのように風が吹き荒れた。白い花びらが舞う。

「ミラージュ!!」

 手を伸ばしたゼノだったが、同じように伸ばされたミラージュの手に届くことなく風の壁に阻まれる。風だけではなく、見えない障壁が同時に展開されているようだ。ゼノの手はいともたやすく弾き飛ばされる。

「うっ!!」
「ゼノ様!」
「……大丈夫。でも、ミラージュが」

 駆け寄るアルにゼノは悔しそうに顔をしかめる。

「僕じゃあ、この結界を破壊することができない……僕とあの子の融合が上手くいっていないんだ。だから、僕はこの身体に上手く馴染めない……。あの子の意識が目覚めてくれたのなら今より力がでるはずなんだ」
「なら、俺が!」
「君は……君も神子、なんだな」

 話を聞いていたフェリクスがゼノの前に飛び出す。
 風にあおられながら懸命にゼノを見つめる。

「そうです。貴方は花守の人を助けたかった精霊ゼノさん、ですよね」
「その通り」
「俺、人の意志を導く力を持っている……らしいです。まだコントロールはできていないけど。でも、この力を使えば花守の人の意識に直接呼びかけることができるかもしれない」

 ゼノがハッと目を見開いた。

「そうか、なるほど。今はそれにかけるしかないのか……。頼む、あの子を目覚めさせるために協力してくれ。あの子のために、ミラージュのために。僕が招いてしまった結果だけど、君に頼らせてくれ」
「はい!」

 精霊が人間に頭を下げ、懇願している。
 その光景をセラフィとミセリアは目を丸くしながら見ていた。
 互いに顔を見合わせ、そして笑い合った。

「我らが殿下ならやり遂げてくれるでしょう」
「ああ。あいつなら、必ず」

 フェリクスは思い出す。ゼノを、眠る少年を見つめながら。

「思い出してください、ミラージュさんのことを」

 大丈夫。自分ならきっとできる。

「貴方はミラージュさんのことを愛していた」

 何故彼は暴走していてもミラージュを傷つけなかった?――愛していたからに決まっている。

「ミラージュさんは今、危険な状態だ。でも、貴方なら助けることができる。そうだろう?」

 名前を、名前を呼ばなくては。心を揺さぶるには、彼の名前を呼ばなくては。でも思い出せない。ミラージュとゼノは彼の事をなんと呼んでいたのだったか?そもそも聞けていただろうか。フェリクスは口ごもってしまう。

「だから、だから……えっと……」

 人に想いをぶつけるには、名前を呼ぶことは大切なことだ。
 ミセリアはフェリクスが求めているものを察して、シャーンスの中で見た花の名前を思い出す。少年の記憶が身を寄せていた木に咲いていた花と同じ名の。そして、先刻体験したミラージュの記憶で幼い少年少女は何と語り合っていたか。

「フェリクス、花の名前だ!ミラージュと花守は、あの木に名前をつけたんだ。それがあいつの名前のはずだ!」
「!!ありがとう、ミセリア!」

 一瞬言葉に詰まってしまったフェリクスの焦りを見事に感じ取ったミセリアが助け船を出す。フェリクスはミセリアを振り返ると、力強い微笑みを浮かべて頷く。ミセリアが頷き返したのを見届けて、フェリクスは前を向いた。大きく息を吸って、少年の名前を紡ぐ。

「――起きてくれ、エール!!」

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