久遠のプロメッサ 第一部 夜明けの幻想曲

日ノ島 陽

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夜明けの幻想曲 2章 異端の花守

26 温かな記憶

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 炎。血。赤にまみれた記憶。
 ミラージュはそっとそれを包み込む。中身は違うとはいえ、愛した少年の目を持つゼノの視線から隠すように。

「それは」
「ええ。この欠片には彼だけでなく、私と貴方の記憶も含まれています。こんな残酷な記憶は取り戻さない方がいい」

 ミラージュは一歩後退る。

「だから、この記憶は渡しません!」

 ミラージュは駆け出す。ゼノから逃げるように、背を向けて、全力で走る。目指す場所は花畑の中心。
 ミラージュを追うべくミセリアも動き出す。ゼノは目を伏せて立ち止まったままだ。アルはそんなゼノに近づいて白い衣装を引っ張る。

「行きましょう、ゼノ様」
「……アル。僕はどうしたらいいのだろう。ミラージュの持つ記憶の欠片は、あの子にとって悲しいものであることは確かなんだ。そんなものを戻してもいいのだろうか」
「何を言っているのですか」

 ゼノはアルを見る。若いながらも堅い意志を持った眼差しがじっとゼノを見つめ返していた。一瞬だけ、幸せそうに笑う五百年前の少年の姿が重なる。ゼノは目を見開く。

「五百年前にゼノ様と花守は国を滅ぼしました。それは事実なのでしょう?止めに行ったミラージュ様も近くにいたはずです。なのに何故ミラージュ様は生きて貴方たちを封印したのでしょう?――それは、貴方と花守にミラージュ様を守りたいという想いが残っていたからではありませんか?」

 なんの根拠もない言葉だった。だが、それはゼノの心を動かすのに充分な重さを秘めていた。

「その想いだって、花守の一部なんです。その想いが欠けてしまっては、それはミラージュ様が愛した花守とは言えません」
「……そうだね、その通りだ。すまなかった、早く行こう」
「はい!」


***


「おい、待て……って、あれは」

 ミセリアがミラージュを追いかけながら発見したものは大きな木だった。以前ここに来た時はルシオラとシトロンの一件であまり見られなかった花畑だったが、地面に咲き乱れる白い花以外に一本の大樹があったらしい。その木にも白い花が咲いている。角度によっては薄紫や黄緑色などの淡い色がうっすらと見て取れる、その花は見覚えのあるものだった。

(なんという名前だったか……いや、今はそれどころじゃない)

 ミセリアは大樹の根元に向かっているらしいミラージュを追いかけた。ミラージュはそこで立ち止まり、きょろきょろと辺りを見回す。
 ミセリアがミラージュの肩を掴もうとした一瞬、ミラージュは踊るようにしてその手を避けた。そして視線を上へ向けた。
 つられてミセリアも上を見る。
 木漏れ日にキラキラと輝く宝石が静かに浮いていた。気持ちよさそうに眠っているかのようにも感じられるその宝石へ、ミラージュは躊躇なく手を伸ばした。
 ゼノ達が追いつくよりも先に世界がぐにゃりと歪んだ。
 温かく優しい香りのする世界へと、真っ白な花畑は変わっていく。
 ゼノとアルにとっては先ほど見た花畑と同じ、色とりどりの花が咲く花畑。幼い少年と少女が肩をくっつけながらしゃがみ込んでいる。

『ねぇ、まだ?』
『もうちょっとだけ待って……できた!』

 綺麗な白い髪を持った少年が両手を天に掲げた。その手が持つのは、不器用ながらも可愛らしい花の冠。色とりどりの花を編み込んだそれを、少年は少女の頭に乗せる。
 桃色の髪を持つ少女はふっくらとした頬をバラ色に染めて、満面の笑みを浮かべた。

『わぁ、すごい!似合う?』
『似合うよ、ミラージュ!だってミラージュのために作ったんだもの、似合わないはずがないだろ!』
『えへへ、嬉しい!ありがとう、――!』

 澄み切った青空の下、少年と少女は無邪気に笑い合う。それはとても優しい空間だった。
 少年少女を見下ろすミラージュはぼんやりと立ち尽くしていた。

「そうだわ。私にとってこの場所は、――との温かな場所だった。お父様やお母様の目を盗んでよく行ったっけ」

 懐かしそうに呟くミラージュの横顔を見て、ミセリアは黙り込む。
 そこへ、後ろからゼノとアルが歩いてきた。

「これがミラージュ様と花守の記憶、ですか」

 ほんの少しさみしそうに笑うアルの頭をゼノがそっと撫でる。

「そうだね。これがあの子の守りたかった景色なんだ」

『暑くなってきたね、あの木で休もうか』
『うん!』

 少年少女は仲良く手をつないで一本の木の元へ歩いて行く。まだ若いその木は影の範囲も少なかったが、小さな二人が休むには十分な大きさだった。

『この木、ここにしか生えていないんだって。名前もないみたい』

 少年がそう言うと、少女はエメラルドの目を丸くした。

『ええ、そうなの?こんなに綺麗なお花が咲くのに』

 少女は一つだけ咲いている白い花を指さした。そして少年の頭へ手を伸ばし、さらさらと柔らかな髪を撫でる。

『このお花、――の髪の毛とそっくりな色をしているよね。……そうだ、この木の名前、私が決める!』
『いいと思う!名前は何?』
『ふふ、この木の名前はね――』

 そこで再び世界が歪んだ。
 気がつくとそこは白い花畑に戻っていて、少年少女の姿はかき消えていく。

「あの少年が、お前の言う愛する人か」
「そう。とても優しい人だったわ」

 ミラージュは振り返る。その手には、二つ目の記憶の欠片。片手には赤の記憶。片手には白の記憶。

「綺麗な記憶だけを彼に返しましょう。あの恐ろしいものを覚えているのは私独りで充分だわ」
「待ってくれ、ミラージュ。あの記憶を壊すつもりか?それは――」
「ごめんなさい、ゼノ様。私はただ、久しく見ていない彼の笑顔を見たかっただけなのです」

 ゼノの制止にも関わらず、ミラージュは赤の記憶を内包した宝石を握りしめる。
 ピキ、と小さな音が鳴り、そして――。

「ちょっと待った――!!」

 大きな声が花畑中に響き渡った。
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