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夜明けの幻想曲 2章 異端の花守
25 分からず屋
しおりを挟む「いない」
フェリクスは沈んだ声を吐き出した。
その様子にセラフィも困ったように肩をすくめる。
瓦礫の間を通り抜け、ミセリアが休んでいるはずの場所へ急いだ二人だったが、そこにミセリアの姿はなかった。辺りを捜索しても見当たらない。
「どこへ行ってしまったんだ……まさか、ビエントに浚われたとか!?」
「なくはないですが……。今はミラージュ様とゼノという二人に夢中になっているようですので可能性は低いかと。何かあって先に行ったんじゃないですかね」
「そうかなぁ……」
すっかり意気消沈してへたり込んでしまっているフェリクスの肩をセラフィはポンと叩く。
「まぁ、進むべき場所へ進みましょう。時間もないことですし、彼女もそこへ行ったのかもしれません」
「進むべき場所、ねぇ」
正直分からないや、とフェリクスは立ち上がる。どこからかミセリアが顔を出すかもしれない、と視線を彷徨わせながら。
「一つはミラージュ様の手に。一つはゼノが追ったので彼自身に取り戻してもらうとして、問題は最後の一つです。ミラージュ様のお話を考えれば行くべき場所は決まっていると思うのですがどうでしょう」
「ああ、そっか。あの昔話か」
フェリクスは昔話の内容を思い返す。
「王女は花畑が好き。花守の少年も王女が愛した花畑を守っていた。なら、花畑は二人にとって思い出の地に違いないな」
「ええ。欠片はそこに吸い寄せられたのではないでしょうか」
「ミセリアのことは心配だけど、こんなに探して見つからないのなら先に行ったと考えるしかない……。彼女を信じて花畑へ向かおう、セラフィ」
「仰せのままに」
***
フェリクスとセラフィの考え通り、ミセリアは先へ進んでいた。なぜ黙って行ったのかは明白。時間がなかったからだ。
ビエントに連れられたラエティティアの女王が花畑へ向かって空を飛ぶ様を見てしまったからだ。フェリクスにはセラフィがいるのだから安心、とミセリアは単独で動き出した。痛みは随分と引いてきた。ここにセルペンスがいたのなら随分と楽だったのだが、今はそんなことを思っている暇はない。
二人が飛び去った方向から察するに、あの広大な花畑だろう。
ミセリアは急いで霊峰を駆け下りた。
流石に飛ぶ速さに追いつくことはできないが、追いかけないよりはマシである。
しばらく進んでようやく花畑が見えてきた。灰色がかった殺風景な景色とは一転、一面純白の花で埋め尽くされた“永久の花畑”。
女王はその花畑の中をゆっくりと進んでいた。時折辺りを見渡す仕草をしていることから、欠片を探しているらしい。
ミセリアはなるべく花を踏まないようにしながら大股で進む。
「シエル!」
声を張り上げると、女王は振り向いてミセリアを見た。下ろされた髪がふわりと揺れる。
「――ああ、そうだった。今はそう名乗っていたわね」
そんなつぶやきはミセリアには聞こえなかった。
ミセリアは立ち止まった女王へ歩み寄ると、息を整えた。
「お前はここで何をしているんだ」
「ふふ、ミセリアさんは知らなくてもいいことよ」
「そんなことはない。お前が自分自身を精霊に売ると言った以上、私はお前を止めなければならない」
精霊の犠牲になってしまったら、悲しい結末が待っていることをミセリアは知っていた。国を巻き込む大事ではあるが、それ以上にミセリアはシエルがイミタシアになることを阻止したかった。
「事の顛末は聞いているわ。イミタシア。ビエント様からも聞いていた。人間でもなければ精霊でもない、そんな不安定な存在になることがどんなに恐ろしいことであるかも分かっている……。私はこの目で見てきたから」
「だったらなぜ自ら進んでその道を選ぶ?」
ミセリアには分からない。
イミタシアになったことで喜ぶ人を見たことがなかった。たった数人、イミタシアへとなってしまった彼等を見ていてもそう思う。彼等はイミタシアになったことで苦しみ、それでも生きていた。
「愛する人が人間じゃなくなったとしたら。貴方は共感してあげたいと思わない?」
「……」
女王は悲しげに目を伏せる。桜色の唇が紡ぐのは悲恋の物語だ。
「私は共感してあげたい。そして、イミタシアになることで特別な力を得ることができるなら、彼を助けてあげることだってできるかもしれない。私のために身体を張ってくれた彼よ?助けたいと思うのは当然のことよね」
「……」
ミセリアにも、愛しているかはまだ分からないが身体を張って助けてくれた人がいる。張り詰めていた心を解きほぐしてくれた人がいる。もし、彼が人間ではなくなってしまったら自分はどうするのだろう――?
「貴女なら分かるんじゃないかしら。あんなにも熱烈な愛の言葉を囁かれて、実際に救われたのでしょう?……ねぇ?ミセリアさん」
ミセリアは顔を上げた。少しだけ考えて出た結論は一つ。これは決して曲がりはしないと断言できる。
「私は思わない。たとえアイツが人間ではなくなって苦しんでいるとしても、共感するために私はその道を選ばない」
女王の笑みが消えた。冷え始める空気に臆さず、ミセリアは凜と胸を張る。
「アイツは私がイミタシアになることを望まない。私自身、イミタシアになることの恐ろしさを、悲しさを知っている。なら、別の方法を探すだけだ」
「――そう」
「お前の動機が愛している人を救いたい、というものなら止めておけ。そいつはそんなことを望んでは――」
パァン!
乾いた音が花畑に響き渡った。
ミセリアは目を見開く。ヒリヒリと痛む頬と女王の暗い目に、自分が叩かれたことを理解した。
「うるさい!ミセリアさんは知らないのよ!愛する人が苦しんで、自分を失って、望んでもいないことをやってしまう彼の苦しみを!!それを止めてあげるのに眠らせるしか方法がなかった私の苦しみを!!ただ幸せでいたかっただけだったのに!!彼を救うためなら、私は自分が自分でなくなってしまうことだって平気で――」
パァン!
再度乾いた音が響き渡った。
今度は女王が目を見開く番だった。女王の怒りに触れてミセリアが感じたのは、やはり怒りだった。
「分かっていないのはそっちだ!イミタシアになることで誰が悲しむと思っている!お前を想う誰もが苦しむことになるんだ!悲しみを背負うことになるんだ!私はそれをお前よりも知っている!」
互いの地雷に触れる。二人は目に憤怒の炎を浮かべて近づき、ごつ、と鈍い音がするくらいに勢いよく頭をぶつけ合い、睨み合う。
「この……分からず屋!」
「そっちこそ!」
そのまま取っ組み合いの争いになるかと思われたその時、優しい風が吹いた。
ミセリアと女王がハッとして風が吹いた方向を見ると、そこには白い髪をなびかせた二人組がそっと地面に降り立つところだった。
あの白い精霊――ゼノと、ゼノに抱えられたアルが花畑に到着したのだ。
「ミラージュ」
ゼノが口を開く。慎重にアルを地面に下ろし、ゼノは女王ミラージュを見つめた。
「――」
「ごめん、僕はあの子ではない。でも君のことを覚えている」
「じゃあ、そこにいるのはゼノ様なのね……?」
ゼノは頷いた。
「あの人は……あの人は生きているの?」
「今も心の奥底で眠っているよ。国を滅ぼして君を傷つけた罪悪感に苛まれながらね」
「お願い、あの人に会わせて。私はどうなっても構わないから」
ミラージュはそう言いながらゼノに歩み寄る。
ミセリアが何かを言いかけたところをアルが止める。
「今はゼノ様にお願いしましょう」
「……あいつが馬鹿なことをしなければいいんだが……」
ミセリアとアルは眉をひそめつつゼノとミラージュの様子を見守った。
「ごめん。今はあの子を起こすべきではない。記憶の欠片を取り戻してからでないと。さぁ、君の持つ一つを渡してほしい」
「ゼノ様……」
ミラージュは優しく握りしめていた欠片を両手で持ち直す。
そして目を伏せた。
「この記憶を渡すわけにはいきません」
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