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夜明けの幻想曲 2章 異端の花守
24 反撃
しおりを挟む「ありがとう。こんな私を守ってくれて」
シャルロットは名残惜しそうにレイの手を離して立ち上がった。
「今なら自分の力を上手くコントロールできるような気がする。アル君、レイをお願い」
「……はい。どうかゼノ様をよろしくお願いします」
「うん!」
レイは横たわったまま無言でシャルロットを見送る。
その隣でアルが笑った。
「良かったですね。シャルロットさんが良いお方で」
「……本当だね。彼女に出会えて良かった」
胸の奥でくすぶる愛しさを自覚するにはまだ早い。
***
「こんなモンだっけか?お前、大精霊とは言わないがそこそこ古参の精霊だったよな」
ゼノが振るう光の剣をひょいひょい躱しながらビエントは不満げに指を踊らせる。薄く黄緑色に色づいた小型のナイフを思わせる物体がいくつも現れ、ゼノへと照準を合わせる。
ゼノは動きを止めて、勢いよく放たれるその刃を躱し続けた。
(追尾機能持ち――!)
避けても避けても自分を狙い続ける刃にゼノは舌打ちをして光の剣を振るった。限界まで力を込めて刃を切り裂く。切り裂いた刃は風に溶けて霧散する。
「……いつの間にか力を蓄えていたか」
「優雅にオネンネしてたお前とは違って仕事はしてたからな。俺らから離反するつもりなら、その程度じゃ話にならねーから気をつけろよ?アクアもそうだが、特にテラのやつなんて何を仕込んでるか知ったモンじゃねーし」
「僕だって知りたいね」
「はは、知りたいならもっと本気を出すことだな?といっても俺は本人じゃねーから知るよしもないんだけどよ」
(まずい。目覚めたばかりの状況に加えて自分の身体ではない……。上手くこの身体を扱えていない、このままだと押し切られる)
表情には出さずともゼノの内心では焦りが募っていた。しかし、ここでビエントに対抗できる存在が自分しかいない以上、逃げるわけにもいかない。ましてや近くには自分が利用させてもらっている身体の、直系ではないにせよ子孫がいる。それに、女神にそっくりな大神子と、ごく平凡な青年も。
(どうする?倒さずとも、ビエントを引かせる手段さえあれば)
「えっと……ゼノさん!」
そこへ、少女の声が響いた。驚いたゼノが下を見下ろすと、白金の髪を揺らした少女が一人で立っていた。
「君は」
「できる限りではあるけれど、お手伝いをします!ビエントには離れて貰わなくちゃ!」
「ほーん?力の制御もできてなかったくせにいっちょ前なこと言うじゃねぇか」
驚いたゼノとは対照的にビエントは楽しげだ。
シャルロットは大きく息を吸うと、胸の前で手を組んだ。
「私、分かったんです。この力を恐れているべきじゃなくて、願いのために立ち向かうべきだって」
シャルロットの背に黄金の花が浮かび上がる。
先ほどまでと違ってその顔に恐怖や戸惑いはない。精緻な細工のような花の輝きも相まって少女の姿は――女神のようだった。
はるか昔に見たきりの女神の姿が脳裏にちらつき、ゼノとビエントは一瞬だけ息を呑んだ。
「お願い、ここから離れて。そしてもう手出しをしないで!」
毅然と胸を張り、声を張り上げた。
花弁がくるくると周り、そしてビエントへ狙いを定める。
勢いよく放たれた花弁だが、これまでと動きが違う。獲物を仕留めるブレードではなく、五枚ひと組の花としてビエントに迫る。誰かを傷つけるためのものではないことは明らかだ。
「なんだこれ……!?」
カッと鋭い光が花から溢れる。唐突な出来事にビエントは思わず目を閉じ、退避の姿勢をとろうとした。しかし、素早い動きであっても花の動きには間に合わない。
「ぐっ!」
花はビエントを文字通り飲み込んだ。細工の隙間から見えるビエントの身体に光の粒子がまとわりつく。粒子は文字の羅列に姿を変え、ビエントを拘束する。
「……様……」
ビエントが花ごと消滅する。花がゆったりと花弁を開きながら空気へ溶けた時にはもう、そこにビエントの姿はなかった。
ビエントが姿を消すその瞬間、彼の口元に笑みが浮かんでいたことは誰も気づかなかった。
「消えた……のか?」
「はぁ、はぁ……。多分、違うと思います。私はどこか遠くへ行って欲しいと願っただけ、なので……」
「……確かにビエントは本気を出して抵抗していなかったようにも見える。彼は大精霊だからまだ力はあるはずだ。けれど、こうして離れてもらったことは好都合。今のうちに出来ることをしなくては」
「はぁ、はぁ……そうですね……」
息を切らすシャルロットに、ゼノは心配そうに眉をひそめる。
「疲労が激しいな。大神子とは言え、人の身でその力をコントロールするのは困難か」
「その大神子って何なのですか?ゼノさんは、私が一体何者なのかを知っているのですか?」
「僕はそれなりに長生きしていた精霊だったからね。世界の仕組みについて少しは知っているつもりだ。その容姿、その力。ほぼ間違いなく君は大神子だろう」
ゼノは語る。神子の仕組みについて。
女神が残した力のある人間、神子。大神子は女神の血肉を使って創られた人間であることを。シャルロットは女神に瓜二つの容姿を持つことを。
「そう、なんですか……」
「以外と落ち着いているね」
「多分、自分の真実よりも優先するべきことができたからかもしれません。でも、知ることが出来て良かった。何も知らないよりは安心できますよ。これで、少し不安が晴れました。ありがとうございます。……さぁ、二人の元へ向かいましょう。時間はあまりなさそうですから」
「そうだね。あと、そんなにかしこまらなくていいよ」
「……分かった!」
そして二人はレイとアルのもとへ向かった。
***
「おかえりなさい。見ていましたよ!ゼノ様もシャルロットさんもすごいです!」
「僕は全然だったけど」
「そんなことないよ。ゼノさんが時間を作ってくれたから私は自分の想いに気付くことができたもの」
喜びホッとしているアルとは対照的に、ゼノは少し気まずそうに肩をすくめた。すかさずシャルロットが否定をし、レイへ視線を送った。
レイは身体を起こして岩に背を預けている。嬉しそうに口元を緩め、シャルロットを見た。
「ありがとう」
「うん!」
ゼノはレイとシャルロットを見て薄く笑んだ。
「……とりあえず、状況を整理しよう。ここまで余裕がなくて、みんな混乱しているだろう?」
ゼノの言葉に三人は頷いた。
「では、僕が知っていることを話そう」
ゼノは語る。五百年前の少年少女に襲いかかった悲劇を。自分がしてしまったことを。
レイとシャルロットは驚いて目を見開いていたが、アルの反応は少し違う。
「やはり、ミラージュ様が仰っていたことは正しかったのですね」
「あぁ、そうだ」
「アル君はどうしてそんなことを知っているの……?」
「僕は、ミラージュ様からお話を聞いていたのです。あの伝承は事実であり、今もまだミラージュ様は生きていると。……僕はミラージュ様をお慕いしていますから、力になって差し上げたかったのです。どうして僕なんかにお話してくださったのかは、よく分からないのですが」
「それはきっと君が、あの子とそっくりな気持ちをミラージュに持っていたからだと思うよ。善良で無垢な想いが、彼女を動かしたんだ」
「そう、なんですかね」
不安そうに前髪を揺らすアルに、ゼノは頷く。
「あの子はミラージュを誰よりも思っていたから。今の君のようにね」
「……今でも僕はミラージュ様をお救いしたいと思っています。そのために何をしたら良いのでしょうか?」
アルはまっすぐにゼノを見上げる。ゼノはかつて愛する少女への愛を語っていた少年を思い出しながら口を開く。
「記憶の欠片を集めなければいけないっていうことは君も分かっているはずだ。問題はその場所。僕が思うに――花畑だろう」
ミラージュと少年が心を交わした地。ゼノの話を聞いていた誰もが納得をする予想だった。
「ミラージュもそう考えて花畑に向かっているのかもしれない。だから、早く移動して欠片を手に入れ、その上でミラージュを説得する。落ち着いてくれってね」
ゼノはそう言うと、レイとシャルロットを見た。この場に怪我を治癒できる存在がいない今、大怪我を負ったレイを無理して連れて行くのは得策ではない。シャルロットも慣れない力を無理にコントロールしようとしたせいか疲労が激しいようだ。息は落ち着いているが、表情に疲労が浮かんでいる。
「君たち二人はここで休んでいるといい。動けそうなら、ゆっくりでいいから花畑へ向かうんだ。道しるべは残しておく」
ゼノは固い地面に手を添える。すると、一本の道を描くようにして光の花が地面に浮かび上がった。
「綺麗」
「これを辿っていけば花畑に戻れるはずだ」
「ありがとう、ゼノさん。そうすることにするね」
二人は頷いた。
ゼノはアルへ向き直り、手を差し伸べる。アルはすぐにその手を取った。
小柄なアルを簡単に抱え上げ、ゼノは羽を広げる。
「二人とも、気をつけて」
見送りの言葉にアルは頷くことで応えた。
飛び立つ白い髪の少年たちを見送って、レイとシャルロットは肩を並べた。
「やっぱり君は、俺にとっての光だよ」
「うん。そうであれたなら、嬉しいな」
***
ビエントは木の枝に座って腕を組んでいた。
(覚醒まであと一歩ってところだな。大神子も神子共も。熟れるまであと少し。だが、昔から計画に興味なさげなアクアはともかく……どうしてテラは手出しをしようとしない?神子ならば神に近しいイミタシアになる可能性は高いってのに。あいつは何を考えていやがる?力の予兆は感じているはずだ)
ふん、と鼻を鳴らす。
「まぁいいさ。あいつが何を考えていようが俺は神子共を手に入れてイミタシアを創るしかねぇ。覚醒を促すためにも、戻りますかねぇ。……それにしても」
一つ大きくため息をつく。
「遠くまで飛ばされちまったなぁ」
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