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夜明けの幻想曲 3章 救国の旗手
3 女豹
しおりを挟む「うう、懐かしい」
馬車から降りてフェリクスが口にした言葉と表情の温度差を感じつつ、ミセリアは話しかける。
「お前は来たことがあるのか」
「仕事の一環で、一回。でも俺は戦えないから街に入れなかったんだ。エルダーさん……うちの騎士団長が門番との模擬戦に勝って、さらに街長のお付きにもなんとか勝ってくれたから交渉して話はできたんだけど……」
「なんというか、威圧感がすごいんですよね。実際に見てみれば分かりますよ」
そうか、とミセリアは歩き出すフェリクス達の後に続く。
「……私たちってどうなのかな」
「どうだろう。俺も上手に戦えるわけじゃないし」
「ま、俺かセラフィかミセリアが頑張って交渉すればなんとかなるさ、安心しな」
隣り合って顔を見合わせるレイとシャルロットの間に割り込むようにクロウが歩み寄る。そして抱き込むようにして肩を組む。どこぞの施設で同じようなことがあったような、とシャルロットの頭に一瞬過ぎるが、レイは別のことが気になったらしい。
「クロウさんも戦闘訓練しているんです?」
「まーな。これからの展開をお楽しみに」
楽しげにニヤリと笑ってクロウは二人から離れていく。レイとシャルロットもお互いにぽかんとしつつとりあえず歩き出した。
***
マグナロアは周囲を壁に囲まれた大きな街だ。分厚い壁ではあるものの、修行に使ったものであろうか、ところどころに大きな傷が見て取れる。
木製の門の前にはごろつきといった風貌の巨漢が二人。二人は大きさの違う形の剣を手に戦っている。両者ともに表情は実に楽しげなものだ。戦いを楽しんでいる者の顔だ。
それを見たミセリアはほう、と感嘆のため息をついた。二人しかいない門の前でさえ戦闘狂という単語の意味がにじみ出ている。
フェリクス達が近づいても戦いを止める気配はない。
「このままこっそり通るなんてことはできないのか?」
「できませんね。無断で通ろうとしたら街総出で襲いかかってきますよ。彼等が落ち着くまで少し待ちましょう」
セラフィの提案に誰もが反対しなかった。
門番二人の動きが止まるまでにかかった時間は十数分。ぜえぜえと息を切らしながらかいた汗を拭く。どちらが勝ったのかははっきりしないのだが、二人は満ち足りた顔をしながら互いにコツン、と拳をぶつけ合う。
そのタイミングを見計らってフェリクスが片腕を挙げる。このまま観察していれば再び模擬戦が始まってしまうかもしれない。その前に存在をアピールしようという魂胆だ。
「少しいいですか?」
「「お?」」
大きめに発した声はきちんと門番二人に届いたらしい。汗を煌めかせながら振り向いた巨漢は暑苦しい。
「こんにちは。俺はシアルワ王国第三王子フェリクスです。この街に入れて欲しいんですが……」
「なんだぁ?この門を通る方法は知っているのか?」
「はい、まぁ、一応」
「じゃあ話は早いな。さぁどこからでもかかってきな、自称王子サマ。この街に入りたきゃこの俺に勝ってからにするんだな」
「あの~俺は非戦闘員で……」
「ごちゃごちゃ言ってないで行くぜオラァ!!」
巨漢のうち一人、顔に傷がある方が手にボロボロの剣を持って飛びかかってきた。あらかじめこうなることを予想していたセラフィが動きだそうとしたその時、パンっと乾いた音が響いた。
その瞬間門番が持っていた剣が手からはじけ飛ぶ。くるくると弧を描きながら飛んだ剣は白い石造りの壁に突き刺さった。
「何の音?」
フェリクスが冷や汗をかきながら後ろを振り返ると、そこに自慢げな顔をして立っているのはクロウだ。その両手には見覚えのない黒い鉄の塊。先端からは白い煙が薄く立ち上っている。
「クロウ、それは」
「いやぁ便利だなぁコイツ。押収しておいて正解正解――っと説明しなくちゃだなぁ。コイツは“銃”って呼ばれる新型の武器なんだ。俺の相棒さ。ついこの間からだけど」
「なんだお前。邪魔をしたってことは分かってるんだろうな?」
「おう。俺が相手するってことだろ?構わないぜ?コイツの扱い方の勉強にもなるしな」
フェリクスは大人しく引き下がる。
横にセラフィとミセリアが寄ってくる。
「セラフィ、クロウは戦えるのか?」
「情報屋ですからね、護身術程度は身につけているとは思いますが。でもあんな危険なものを持っているとは思いませんでしたよ……。あの銃、でしたっけ?あれから飛んでくる弾はこの槍で切れますかね?」
「お前なら出来ると思う……」
フェリクスの問いにセラフィが答える。セラフィはクロウの銃から目を離さない。万が一クロウが撃った銃弾が見学者――主にフェリクスとシャルロット――に飛んでくるようなことがあれば槍でなんとかするつもりらしい。ミセリアはその様子を想像して、一人納得して頷いた。
(できるなら私でも切れればいいのだが。でもきっとできない。まだ私は、弱いから)
僅かな嫉妬心も再び浮き上がってしまったけれど。ミセリアはため息をついて心を落ちつけ、クロウの姿を見守った。
クロウの動きはフェリクス達が思っていた以上に身軽で俊敏だった。クロウは長身だがそれをものともせずに跳躍する。一瞬前までクロウの足があった場所に門番が手にしていた剣が軌跡を描く。
クロウは身体を一回転させる。その途中、長い脚が天を向く時、ハシバミ色の瞳がギラリと輝いた。素早い動きで両手を前に突き出し、引き金を引く。バンバン、と破裂音が鳴り響き、銃口から弾丸が飛び出した。黒い弾丸はまっすぐに門番の肩へと飛んでいく。それを察知した門番は大きく後退した。地面に弾丸が埋め込まれ、穴を穿つ。
門番も戦い慣れている身だ。後退した後、クロウが着地をする瞬間を狙って大きく前進した。門番の動きも素早いものだった。クロウは空中で門番の動きを確認し、大きく身体をひねる。門番の剣が振りかぶられる。クロウは目を見開く。剣の軌道を読み取ろうとしているかのように。それは成功したようだ。剣の軌道と紙一重でクロウは門番へ蹴りを入れる。
鈍い音が響く。しかし、クロウよりは鍛え抜かれた筋肉に覆われた門番だ。クロウの蹴りもそれなりの強さだったが、門番は多少後退るだけで済んだようだった。
「ひぇぇ。やっぱり重さは叶わないか」
「へっ。お前こそよくやるじゃないか。だがこれからが本番で――」
「そこまでだ」
そこへ第三者の声がした。
少々低いハスキーボイス。意志の強さを窺わせる、芯の通った声だ。
「ボ、ボス?」
待機していた方の門番が素っ頓狂な声をあげて上を見上げた。
つられてフェリクス達が上を見ると、石造りの壁の上に女性が座っていた。フェリクス達が立っている位置からだと逆光になり顔はよく見えない。女性は立ち上がると、それなりに高さのある壁から飛び降りた。所々に点在する見張り用の小窓に足をかけて器用に降りていく。
スタッと軽やかに降り立ったその体躯は女性にしては長身で、しなやかな筋肉が美しかった。年齢は三十代前半ほどといったところか。手入れも雑にされているであろう赤褐色の髪はこれまた雑に後ろでくくられ、鋭い臙脂色の目は愉快そうに細められている。
「楽しそうな音がしたから寄ってみたのさ。何やら珍しい武器を使っているようだね?」
「おう」
「アンタはあの胡散臭い情報屋か。その武器もどこから仕入れてきたんだか」
「企業秘密でよろしく」
女性はクロウに近寄ると、まじまじと銃を観察した。そして呆れたような顔をして腰に手を当てる。
「あの」
勇気を出してフェリクスが声をあげた。女性は流し目でフェリクスを見て、大きく目を見開いた。そして満面の笑みを浮かべて上ずった声をあげる。
「殿下!殿下じゃないか!!大きくなったねぇ!!」
「わふっ」
ズカズカと大股で歩み寄ってきた女性は両腕を広げ、思い切りフェリクスを抱きしめた。そのまま頬をすり寄せる。
「あ~小さかった頃もかわいかったけど、今も大概だねぇ」
「それ、褒めているんですか……?」
「ははは、褒め言葉だよ、褒め言葉」
ミセリアとレイ、シャルロットはポカンとしていた。セラフィは慣れているらしく、特に動揺した様子はない。
「セラ坊も立派になっちゃってねぇ……あの騎士団長なしでも護衛を任せられるようになったんだね」
「ええ、まぁ。修行しましたから」
「今度手合わせをお願いしたいもんだね」
「こちらこそ」
首を傾げていたシャルロットがセラフィの服の裾を軽く引っ張り、小声で尋ねる。
「セラフィお兄ちゃん、あの女の人は知り合いの方?」
「あぁ……ええと、彼女はマグナロアの……」
「アタシはここのボスさ。名前はレオナ。よろしく、可愛らしいお嬢さんと、美しいお姉さん、優しそうな坊や」
女性――レオナはそう言ってウインクをした。バチコン、という効果音が響いたような、そんな錯覚をその場にいた全員が感じ取った。
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