久遠のプロメッサ 第一部 夜明けの幻想曲

日ノ島 陽

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夜明けの幻想曲 3章 救国の旗手

5 神子とイミタシア

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 陽は地平線の向こうへと沈みかけ、天高くに星がちらついている。
 フェリクスとミセリアはマグナロアを歩き回り、住人にもみくちゃにされながらもようやく目的地に辿り着いた。マグナロアでもフェリクスの知名度は高く、「よう殿下、強くなったか?トレーニングは怠ってないか?」「殿下久しぶり!」などと話しかけられていたのだ。それに対してフェリクスは律儀に答えていき、その隣にいたミセリアにも人々の好奇の目が向けられた。この王子はなんと人と接することに慣れていることか、とミセリアは改めて感心することとなった。常に笑顔で、疲れなど全く見せず、平等に応えていく様は流石と言わざるを得ない。
 ようやく人々の輪から抜けられ、ソフィアがいるという丘に着いた頃にはミセリアの顔に疲労の色が浮かんでいた。反対に慣れているフェリクスはけろりとしている。

「殿下、こちらです。……ミセリア、お疲れ様でしたね」
「これ、シャーンスでは日常だったのか」
「そうですよ」
「はぁ」

 丘の麓にはセラフィとクロウが並んで座っていた。フェリクス達に気がつくとセラフィだけが立ち上がり、フェリクスとミセリアを迎える。クロウは手をひらひらと振ったくらいの反応しか示さない。

「先に着いてたんだな、二人とも。レイとシャルロットは?」
「彼等なら先にソフィアと話していますよ。彼等が落ち着いてから行きましょうか」
「そっか」
「ミセリアは相当疲れているようですが大丈夫です?」
「フェリクスがおかしいんだ。あんな人混みに疲れない方が変だ」
「そうかなぁ」

 そこへ「おーい」とクロウから声がかけられる。三人がクロウの方に意識を向けると、クロウの横にソフィアが立っていた。美貌に曇りはないのだが、心なしか元気がなさそうに見える。その後ろにはシャルロットとレイが並んで立っていた。レイは困ったように眉を寄せ、シャルロットは木まずそうに視線をあちこちへ動かしている。

「えっと、貴女がソフィアさんなんだよな?話をしても?」
「私のことはソフィアで構わないわ……えぇ、いくらでも。私が知っていることなら話しましょう」

 ソフィアは少しうつむかせていた顔を上げ、フェリクスを真っ直ぐに見た。まるで中身を推し量ろうとしているかのような視線に、自然と緊張感が増す。

「それじゃあソフィア。俺が貴女に会いに来たのは神子とイミタシア。この二つのことについて聞きたかったからなんだ」
「そうでしょうね。大方セラフィから聞いたのでしょう?まったく……」

 ソフィアがセラフィを睨むと、セラフィは「ごめんなさい」と答える。緩く笑んでいるその顔に反省の色はまるで見えない。

「殿下なら大丈夫だろうと思ったんです。このお方なら、ね」
「……それで。王子は具体的に何を聞きたいのかしら」
「そうだなぁ。まずは神子について。貴女も神子かもしれないと聞いたんだけど、本当なのか?もし本当だとしたら、何の力を与えられたのかを聞きたいかな」
「そうね。……それならイミタシアとしての力についても同時に話しておきましょう」

 ソフィアはそう言うと腰に下げていた鞘から剣を抜いた。銀色の刀身が夕陽の光を浴びて輝く。

「少し下がっていてちょうだい」

 警告通りに全員が十歩ほど下がる。暗くなりつつある空間の中、ソフィアは剣を振り上げた。
 その時、美しい炎を見た。その名の通り、炎だ。赤く揺らめく炎が刀身を包んでいる。ソフィアはその剣を見せつけるかのようにくるくると回し、一度大きく振り下ろした。美しい赤き炎は一瞬で消え、火の粉のような光の粒子がキラキラと舞った。
 次いでソフィアは近くにあった池へ腕を伸ばす。くい、と手繰り寄せるかのような動きをする。次の瞬間、パシャンと涼やかな水の音が響いた。池から澄んだ水が少し持ち上がり、形を変える。鳥のように変形したそれは、鳥のように羽ばたいてソフィアの元へ来た。ソフィアの周りを二周ほど飛んだ後、水の鳥はフェリクス達の周りも飛んだ。そして、池へと戻っていくと溶けて消えた。

「私は神子として炎を操り、イミタシアとして水を――というよりは、液状のものを操ることができる。どちらも攻撃に応用することだってできる危険なものよ」

 驚きに目を丸くしていたフェリクスだが、ハッと我に返り口を開く。

「少し……いや、とても驚いたよ。俺やラエティティア王家の力と趣が違っていたから」
「そうでしょうね。女神は私たち一族に“人々を守り、照らし、暖めるための炎であれ”と命じたと伝えられているわ。人間を一つにまとめるための力を持つ貴方と、真実を後の世に残すための力を持つラエティティアの女王とは違う、物理的なものだもの。驚くのも不思議ではないでしょうね」
「そう言うってことはソフィアも神子の力について知っていたんだよな。何も知らなかったのは俺だけかぁ……」
「ラエティティアがどうかは知らないけれど、私は幼い頃に親に叩き込まれたから」

 目を伏せるソフィア。フェリクスが何と話しかけようか、と思考を巡らせている横でミセリアが一歩前に出て問いかける。

「お前には、代償はないのか?」
「貴女は……」
「あぁすまない。私はミセリアという。お姉ちゃ……ケセラに世話になっていた」
「そう、ケセラの。私の場合は……そうね、まだ大丈夫、とだけ答えておきましょうか」

 そっけなく答えて、次の瞬間声のトーンを下げる。不愉快そうに眉を寄せて、凍てつく氷のような声が通る。ミセリアの言葉が、その思惑がソフィアの琴線に触れてしまったらしい。

「ミセリア、貴女は私たちに対して同情しているのね。……忠告しておくわ。私たちには私たちなりの思惑があって手に入れた力を利用して生きているの。時には代償すら利用している奴もいる。はっきり言ってしまえば、哀れんで欲しくない。だから余計な心配は無用よ。今後イミタシアに会ったとして、軽々しく助けたいなんて思わない事ね」
「ソフィア」
「本当のことでしょう?」
「……」

 流石に物言いがキツいと感じたのか黙っていたクロウが口を挟むが、ソフィアには取り消す意志はないようだ。次に何かを言おうとしたセラフィにも鋭い睨みで黙らせる。セラフィにも思うところがあったのか、肩をすくめて黙り込んだ。さぁ、と冷たい風が通り抜ける。
 ミセリアは目を見開き、そして肩を落とした。

「そう、か。すまない」
「……いえ。私も口が過ぎたわね。謝罪するわ」
「でも」

 素直に謝るミセリアを見てソフィアもすぐに落ち着きを取り戻しすことができたらしい。目を逸らし、互いに謝罪する。
 しかし、ミセリアの思いも弱くはなかった。

「私はもうお姉ちゃんのような人を見送りたくはない。お前たちイミタシアにも信念があることは理解できる。それでも私は私で出来ることはしたいと思っている。……まだ模索中ではあるが」

 さぁ、と風が吹いてミセリアの髪を揺らす。蜂蜜のような金色の目に訴えられて今度はソフィアが肩を落とした。

「そう」
「あぁ。哀れんで欲しくない……そういう想いがあるのだろう。そこは私の思慮不足だった。教えて貰って良かった」

 ひとまず事が丸く収まったところでフェリクスがホッと息をついた。
 今度はフェリクスに質問が飛ぶ。フェリクスは少し驚いて瞬きをする。

「私が持つ神子とイミタシアの力については話したわ。それで、王子は何をしたいのかしら。それが見えないのだけれど」
「……俺、城の外に出てから思うことがあって」

 フェリクスは短いながらも濃い旅路を思い出しつつ、考えたことを口にする。

「ミセリアに出会って、セルペンスと師匠――ノアと出会って、ケセラさんの事を、そしてイミタシアの事を知って。神子のことも知って、ミラージュさんやゼノを通して俺自身のことを知って。そしてそれのどこにも精霊がついて回っているんだよ」

 これまでに実際に出会ったのはビエントのみだ。しかし、イミタシアを生み出したのは彼だけではない。まだ見ぬ大精霊アクアとテラ。ビエントを含めた三体が世界を、人間を苦しめている元凶であるのだ。彼等に理由があったとしても、罪のない人々の命を弄んでいるのは間違っている、とフェリクスは思う。たとえ遠い過去に何があったのだとしても。

「俺一人が精霊に立ち向かえるとは思えない、けど。どうにか状況を改善できればとは思ってしまうんだよ。俺が持っているのがみんなを導く力だというのなら、みんなを導いて精霊に抵抗できるんじゃないかな……って。みんなで精霊と戦うってわけじゃない。でも負けないようにできたらいいなって」

 具体性の欠片もない。ただ愚直な正義のヒーローのような考え方だ。
 ソフィアは呆れて腕を組むが、フェリクスの周りに立つミセリアとセラフィの様子を見て少し驚いた。夢物語のようなふんわりとした話を彼等は信じているのだ。フェリクスなら何か状況を打開してくれるのではないか、と。やってのけるのではないか、と。そんなことを窺わせる信頼が彼等の淡い微笑みから感じられた。
 それほどにこの王子に救われた経験があるのだろう。ミセリアとセラフィの顔つきを見てソフィアは思う。普段なら戯れ言を、と切り捨てるところだがこの瞬間だけはそれを切り込む口をつぐんだ。代わりに、この会話を終わらせるための言葉を紡ぐ。

「そう。それが貴方の目的なのね。……今日はこれくらいで良いかしら。なんだかもう疲れたわ」
「あ、ごめん。もう陽が沈んでしまったのに立ち話なんてさせてもらって」
「話は終わったかい?」

 そこへ、昼間に聞いたばかりの声が聞こえた。レオナだ。

「あ、レオナさん」
「ソフィアがいつも帰ってくる時間に帰ってこなかったからね。さ、今日は殿下達も泊まっていきな!風呂にでも入ってゆっくり疲れでもとってくれ」

 暗くなっていた空気を切り開くためだろうか。有無を言わせないと言わんばかりの笑顔に、全員が頷かざるを得なかった。
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