久遠のプロメッサ 第一部 夜明けの幻想曲

日ノ島 陽

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夜明けの幻想曲 3章 救国の旗手

6 少女たちの約束

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 手のひらに掬い上げた乳白色の湯がこぼれ落ちていく。ほんのりと甘い香りが漂う。バラの香りだろうか。上品なそれは気分を落ち着かせてくれる。
 ミセリアは頭に巻き付けたタオルの中に髪をしまい込み、すっきりとした肩まで湯に使っている。同じような格好をしたシャルロットが隣に座り、既にふにゃふにゃとのぼせかけている。

「……大丈夫か?」
「だ、だいじょうぶ~。さっきのご飯が美味しくて食べ過ぎてしまっただけだから」

 思い出されるのはほんの数十分前のこと。満面の笑みを浮かべたレオナと、彼女に指示された使用人達の手によって用意された料理の数々。たしかに美味しかったのだが、メニューの内容のほとんどが肉料理だった。さすが戦闘狂の街である。意外にもシャルロットが喜んで食べていたのは驚いた、とミセリアは苦笑する。恐らくは側に居たレイよりも食べていたかもしれない。

「最近は前よりも体力を使うからかなぁ……食事がいつもより美味しく感じてしまうの。太っちゃうかなぁ」

 恥ずかしそうに笑うシャルロットだったが、ミセリアも「確かに疲れることも多いな」と同意した。シャルロットの場合、少し前まではただの村娘だと聞いた。慣れない旅に疲れるのも無理はないだろう。おまけに特殊な力も持っているのだ。そのせいで食欲が増しているのかもしれない。

「その分動けば問題ないと思うが」
「う~ん……。そうだね、そうだよね!あぁ、いつかは私もミセリアやソフィアみたいな綺麗な女性になりたいなぁ」
「私はともかく彼女は綺麗だな。まぁ、なれるんじゃないか」
「ミセリアも綺麗だよ?」
「ふふ、ありがとう」

 なんだか妹ができた気分だ、とミセリアは笑う。
 
「あの」
「どうした?」
「ソフィアにも話をしたいと思っているんだけど、勇気が出なくて。どうしよう」
「ここに来る前に話をしたんじゃないのか?」
「うん。でもちょっと謝りたいことがあって……」
「行けばいいじゃないか……ってアレは行きにくいな」

 湯気に満ちた空間の中キョロキョロと戦乙女の姿を捜すと、案外簡単に見つかった。
 巨大な浴槽の中央、歴代の戦乙女を模したと思わしき石像の下付近。ソフィアはレオナに捕まっていた。いかにも居心地わるそうな顔をしたソフィアの肩をガッチリと掴み、レオナは空いた手でグラスを傾けていた。要するに酒を飲んでいるのである。赤みがかったその表情はニコニコと上機嫌そうだ。

「大丈夫なのか、アレ」
「どうなのかな」

 周りにはマグナロアの女性達がいて、何やら楽しそうな笑い声がしている。
 どうしようかと考えあぐねている二人を視界に捉えたのか、レオナはグラスをソフィアに預けて立ち上がった。勢いが良かったせいで辺りに湯の飛沫が飛び散る。
 鍛え抜かれた肉体美を見せつけるかのように堂々と近寄り、レオナはミセリアとシャルロットの肩を掴んで引き寄せた。

「さ、アンタ達も来な!これから風呂でのトレーニングだよ!!」
「え、トレーニ……え??」
「ここでやるの?」
「当たり前さ!ここで大浴場を利用するということはそういうこと!」
「「聞いてない」」

 ご愁傷様ね、と若干哀れみを含んだ声が聞こえた気がした。


***


 レオナによって貸し与えられた客室にて。シングルベッドが2台と、木製の円テーブルと二人分の椅子。こぢんまりとした部屋だが、清潔で過ごしやすい空間だ。個人で入ることができる小さなお風呂まであるのだが、大浴場を利用したため使うことはない。
 部屋割りは一部屋につき二人。女性陣であるミセリアとシャルロットはすんなりと決まった。四人の男性陣も主従であるフェリクスとセラフィで組む提案をクロウがし、誰も反対しなかったためそのように割り振られたのだった。
 柔らかいベッドの上、シャルロットが寝転んでうめいていた。白いカバーが掛けられた枕をぎゅ、と抱きしめてゴロゴロと転がる。

「マッサージしてやろうか?」
「大丈夫だよ、ミセリア……。でもここまで疲れると思っていなかった」

 大浴場で行われたのはその場にいた女性陣全員でのトレーニングだったのだ。主に筋肉を鍛えるものだった。床が滑りやすいため、激しい運動こそしなかったが、同じ姿勢でいるというのはキツいものがある。ミセリアはともかくシャルロットは慣れないトレーニングにやられてしまったようだ。そのせいか二人共が控えめなノックの音を聞き逃してしまった。

「ソフィアに会いに行かないと」
「急がなくてもいいのでは?」
「でも、早めに行かないと……ソフィア、また居なくなってしまうような気がして」
「その必要はないわ」

 シャルロットが起き上がろうとしたその時、ソフィアが木製の扉を開けて客室に入ってきた。普段は高い位置で結われている髪は下ろされ、服装もゆったりとしたワンピースとなっている。今すぐ消えそうにはない格好だった。

「あ、ソフィア――」
「シャルロットに言わなければならないことがあるの。夕暮れのことで、ね」
「……うん。私も謝りたくて」

 隣のベッドに腰掛けていたミセリアが小さくため息をついた。

「夜風にも当たりながら話してきたら良いと思うぞ。私はここで待っているから」


***


 闘技場の観覧席に入る。昼間は賑わっているであろう闘技場だが、今は静寂に満ちている。一番高い位置にあるベンチに二人で腰掛ける。白い月明かりが二人の少女を静かに照らす。ひんやりと夜風が涼しい。

「あの、さっきはごめんなさい。私、出しゃばってしまって……感情的になってしまった」
「いいのよ。私がふがいなかったのは事実なのだから」

 彼女たちが話題にしているのは夕暮れのことだ。フェリクスとミセリアが来る前、セラフィとクロウが離れた後での出来事だ。



『お願い、ソフィア。レイが自由に旅をすることを許して欲しいの』

 シャルロットはソフィアに懇願したのだ。以前ソフィアと邂逅した地下遺跡にて、半ば喧嘩別れのようにして離れてしまったから。
 レイのことを知り、彼が解放されることを望んだシャルロットはソフィアに心から認めて欲しいと考えたのだ。
 だから、こう言った。
 眉をひそめて『どういうことかしら』と問うソフィアにシャルロットはどう説明したものか、と口ごもってしまった。ちゃんと考えてから口を開くべきだった。どういうことなのか説明を求めるソフィアにしどろもどろになるシャルロット。ソフィアは声を低くしてもう一度問いかける。

『どういうことかしら。私がレイを縛り付けているとでも?それにあの森は安全だわ。いつ精霊に出くわすか分からない外の世界よりもね』
『そ、そういうことじゃないの。えっとね……』

 そこで割って入ったのがレイだった。自らの腕を差し出して、服の内側に隠された痛々しい傷跡を一部だけ見せて、自分が置かれていた状況をかいつまんで説明したのだ。まるで他人の物語を語るかのように。全く痛そうではない、とても優しい笑顔で言った。

『シャルロットは俺を気遣ってくれているだけだから、あまり詰め寄らないであげて。俺はこんな感じだけど、どうなっても大丈夫だから』
『……ソフィアにも許して欲しかったの。喧嘩したままじゃあ駄目だと思って』

 それから絶句したソフィアにシャルロットは懇願し続けた。悲しい感情が昂ぶって涙を流す。
 ソフィアは何も言えずに固まっていたところに、フェリクス達が来て話は有耶無耶になったまま途切れてしまったのだ。



「森の人間があんなことをしていたなんて知らなかった。レイから知らされなかった、というのもあるけれどレイの暮らしを知ろうともしなかった。守ってあげたいと思っていただけで守れていなかったのね、私」

 今まで何をしてきたのだろうと独りごちるソフィアにシャルロットは首を横に振る。

「私だってレイに守られるまでは気がつかなかったもの。……私なんかよりレイのことを知っているソフィアには伝えておかないとって思っただけなのに、私ったら上手く言葉にできなくて。本当にごめんなさい」
「私こそ。そうね……貴女といるとレイは幸せになれるのかもしれないわ。だから、今度は私から貴女にお願いするわね」

 シャルロットは顔を上げてソフィアを見る。ソフィアは夕暮れの厳しそうな表情が抜け落ちて、寂寥が滲む優しげな微笑がそこにあった。優雅な仕草で手を持ち上げる。小指が立てられ、差し出された。

「どうかレイを幸せにしてあげて」

 シャルロットは目をぱちくりさせると大きく頷いた。

「うん。……でもソフィアもだよ。私がルシオラお兄ちゃんのことを止めて、なんとかして……そうしたらソフィアも一緒に暮らせたらなって」
「それは……そうね、全てが終わったら」
「約束だね」

 シャルロットは差し出された小指に自らの小指を絡めた。
 ここに、少女と少女の約束が結ばれた。





 その時、たった一人部屋で本を読んでいたセピア色の髪の青年がくしゅん、と小さなくしゃみをした。
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