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夜明けの幻想曲 3章 救国の旗手
7 強くなるために
しおりを挟むちゅんちゅん、と小鳥の鳴き声が聞こえる。ついでに「時間ですよ殿下」という声も。
「うぅ、後5分……」
昨夜の大浴場で行われたトレーニング大会のせいで体中が悲鳴を上げている。筋骨隆々とした男達に囲まれて行われたトレーニングは中々にキツかったのだ。同伴していたセラフィは騎士団で鍛えていたためかなんとかついて行けていたのだが、フェリクスはついて行けずに途中でダウンした。クロウは仕事があるから、レイは身体を見られたくないから、という理由で不参加だった。レイの理由に関しては深く追求することはしなかった。何か事情があるのだろう。対してクロウは逃げる気満々だったのだろうと今になってフェリクスは思う。視線を逸らして口笛を吹いていた昨夜のクロウを思い出して若干目が覚めかける。
「はぁ。城では目覚め良い方だったんですがね……。流石に昨日のアレは疲れましたか。それではもう少しお休みなさいませ……なんて言うわけがないでしょう」
などと声がかかり、温々だった掛け布団が剥ぎ取られた。容赦は一切ない。
「ぐぬう」
「この時間に起こしてくださいって言ったのは殿下ですからね」
「それはそうだけどぅ」
ぐぬぬ、とうめき声を上げながらフェリクスは起き上がる。二の腕や腹、腿の筋肉がじんじんと痛む。一応、トレーニング後にマッサージやストレッチはしたのだが。寝る前に「筋肉痛になりませんように……」と祈ったことは無駄だったようだ。
立ち上がって洗面台に向かい、顔を洗う。それから着替えて髪を整える。城に居た頃はシェキナなどの侍女達がきっちりと身なりを整えてくれていたのだが、今は細かいところを気にしなくてもいい。多少ブローチの位置がずれていても気にしない。
「お待たせ」
「はい。ミセリア達の準備は出来ているようですよ。僕たちも朝食に向かいましょう」
部屋の外に出ると、そこにミセリア達四人が待っていた。
「寝坊助だな」
「あはは、ごめんごめん。それじゃ行こうか」
フェリクス達は食堂へ向かう。
その道中、チラっと不思議そうに注がれる視線にクロウは視線を動かす。
「どうした?レイ」
「あ、いえ。俺、同じ部屋だったけどクロウさんの寝ている姿を見ていないような気がして。外に出ていましたよね?」
「あ~。昨晩はちょっと仕事で……」
「眠くないのかな、と思いまして」
ニ、と笑うクロウの目に隈はない。
「いんや?眠くはないぜ?心配するなって。っていうか、敬語はいらないからもっと気楽に接してくれてもいいんだが」
「あ、はい。年上の人にはつい癖で」
「ほらほら」
「……気を付けるよ」
「そうそう」
そんな会話をシャルロットはニコニコしながら見ていた。
仲が良いのは良いことだ。
***
シャーンスの巨大城のものほどではないが、マグナロアの食堂もなかなかの広さを誇る。沢山の長机と椅子が並び、盆に乗せられた朝食を手にした人々が次々と席を選んでいく。
「ここは誰でも利用できるからね、毎日こんな感じさ」
「あ、レオナさん。おはようございます」
「おはよう殿下、みんな。よく眠れたかい?」
「眠れはしたけど体中痛いです」
「ははは!マグナロアでの通過儀礼といったところだね……さて、アタシはあっちの席にいるから朝餉を受け取ったら来な」
「はい、分かりました」
フェリクス達は各々が朝食を受け取り、レオナが指定した席へとついた。
こんがりと焼いたパンとサラダ、それに卵やベーコン。装飾の一切ないガラスのコップには冷たいミルク。内容はいたって普通なものだったがフェリクスが思っていた以上に多い。食べきれるかなぁなどと思いつつフェリクスは木製のカトラリーを手に取る。
行儀良く食べていると、ふいに視線を感じた。フェリクスは咀嚼していたサラダを飲み込み、ナプキンで口元を拭うと視線の主へ顔を向けた。
「どうかした?ミセリア」
「いや、別に」
「テーブルマナーを見ていたのでしょう?ラエティティアの時もちょっと困ってましたよね。結局は好きに食べていたようですが」
「……」
図星だったらしい。指摘したセラフィが可笑しそうに笑う。その様子にレオナは気持ちが良いほどに豪快に笑った。
「あっはっはっは!堅苦しい決まりなんて気にしなくたっていいよ!かわいいね、ミセリアは」
「あ、レオナさんそれ俺の台詞ですよ!」
「あぁ、殿下はミセリアのことを?こんな大勢いるところではっきり言うねぇ?随分大胆になったんだね」
「ははは」
「……」
何と返せば良いのか分からずミセリアは黙り込む。隣でシャルロットとレイが言葉こそ発しないもののニコニコとしているのが見ずとも分かる。クロウとソフィアは他人のふりを決め込んでいるらしい。と言ってもクロウの口元は緩んでいるが。ミセリアはぷるぷる震えつつ食事を進めた。
「さて、と」
食事後。食器を下げて同じ席に着く。
白磁のカップにはラエティティアから取り寄せたらしい飲み物が注がれている。コーヒーと呼ばれているようだ。思わず「苦い」と呟いたのはシャルロットだ。レイが側にあった砂糖入りの器を手渡す。
「ここに来たからには何か目的があったんだろう?ソフィアと話すこと以外にさ」
「はい。レオナさんにもお願いしたいことがありまして」
背筋をピンと伸ばし、フェリクスは口を開いた。
「俺に戦い方を教えてください」
その提案に、セラフィを除いた全員が目を丸くした。
「戦い方?殿下にアタシ達のような荒っぽい戦いが必要なのかい?」
「……少なくとも俺自身を守ることができる程度には。俺、外に出てから誰かに守られてばっかりだなって、そう思ってたんです」
思い返す。
旅に出るきっかけとなったミセリアとの出会い。そこではセラフィに守られた。
夜華祭り。機械仕掛けの船を前に何も出来なかった。
地下遺跡。自分で暗殺組織の頭領を止めることが出来なかった。
最初に訪れた永久の花畑。シャルロットの暴走。ここでも何も出来ずに気を失っただけだった。
ゼノの目覚め。崩れゆく塔の瓦礫からミセリアに助けられた。
ビエントとの対峙。神子の力を利用して導いたとはいえ、実際に立ち向かっていったのは自分以外だった。
フェリクス自身で戦ったことなどなかったのだ。いつも守られて庇われていた。怪我をさせることもあった。
「俺程度が鍛えたところで大精霊と戦えるとは今でも思っていないけれど。でも俺は俺のために傷つく人が出て欲しくないなって」
「何があったのかはアタシには分からないけど、やっぱり殿下は優しいねぇ」
レオナは微笑んだ。
「よし、分かった。殿下の願いを聞こうじゃないか。だけどここに長くは居られないんだろう?」
「そうですね。いずれは城に戻らないと」
「なら短期間コースだね。厳しくするから覚悟しておきなよ?」
ひぇ、と顔が引きつりそうになるのを堪えてフェリクスは大きく頷いた。レオナの言う厳しいとは、本当に厳しいものなのだろうと簡単に予想できる。
その後は和やかなお茶会がしばらく続いたが、その間ミセリアは浮かない顔をしていた。
(そうか、あいつは王家の人間だったな)
自分とはいるべき場所が違うのか、と重苦しい感情が胸にまとわりついているかのようだ。ミセリアは大きく息を吸い込み、その感情を引き剥がすために大きく息を吐き出した。
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