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夜明けの幻想曲 3章 救国の旗手
8 特訓
しおりを挟むフェリクスがセラフィと並んでレオナから指導を受けている様をシャルロットは見ていた。何もすることがない。
(私だって守られてばかりなのにな。すごいな、王子様)
シャルロットは自分の手をゆっくりと開いたり閉じたりする。五本の指は自らに現れた黄金の花弁を彷彿とさせる。ビエントと対峙したときは無我夢中で、どうしてコントロールできていたのかは分からない。
(女神様はこんな力を……ううん、もっと凄い力を持っていたのかな)
あの花を操る力を指導できる者はいないだろう。この身体に他の力が宿っていないとは言い切れないのもシャルロットにとっては怖いところだ。しかし、フェリクスのように武器を持って戦う力を身につけたいと言い出す勇気はない。
これからどうしようか、と思案していると後ろから声がかかった。
「シャルロット」
「あ、ソフィア」
淡藤の髪を高くに結い上げ、剣を手にしたソフィアが歩み寄ってきた。
「少しいいかしら。大神子の力についてなのだけど」
ちょうど今考えていたことを口に出され、シャルロットは息を呑んだ。
「私の考えていることお見通しなんてすごいね。そっか、ソフィアは神子だから大神子っていう存在についても知っているんだね」
「いえ、心を見通すのは私ではなく……何でもないわ。私はただ、貴女の悩みを解決するための誘いに来たのよ」
「誘い?」
こてん、と首を傾げたシャルロットにソフィアは頷く。
「大神子の力。セラフィから聞いたわ。そういう類いの力をコントロールしたいのでしょう?」
「うん……」
「それなら私が力になれると思うわ。全く同じというワケではないけれど、話を聞く限りは私の力と似ていると思うから」
シャルロットは瞬きをして「そっか」と呟いた。同じ攻撃的な力だ、確かに毛色は似ている。シャルロットはスカートの皺を伸ばしながらベンチから立ち上がり、ソフィアと向き合う。
「お願いソフィア、私に力の使い方を教えて!」
***
神子の力として現れた旗は、フェリクスの背丈よりも長いものだ。その力を使うのならば長い獲物の使い方を学んだ方が良さそうだ。……という安直な理由で槍の使い方を学ぶことにしたのだ。
レオナは大抵の武器なら扱えるし、槍と言えばセラフィだ。
「よろしくお願いします!」
「はい、よろしく。それじゃあ始めようか」
木で作られた訓練用の槍を手渡される。
「殿下、基本の構えはこうです、こう」
「そうそう。で、こう動かすのさ。基本の動きをなんとなくでも覚えたら優しーく討ち合ってみようか」
「は、はい」
レオナの笑顔があまりにも輝いていたため引きつった声が出る。これは絶対に楽しんでいる証拠だ。
フェリクスが定めた鍛錬の期間は一月。短い時間だが、頑張るしかない。それ以上は城を開けるわけにはいかないのだ。終わらせていない王子としての仕事は、おそらく兄王子達に回されているのだろう。暗殺の件の調査は連絡こそないものの流石に終わっているだろうし、とフェリクスは信じることにしている。騎士団長のエルダーは優秀なのだから。
そうこう考えつつ基本中の基本とされる構えをなんとか押さえる。
昼間に構えや動かし方を徹底的に叩き込まれ、朝と夜は身体を鍛えるために筋肉のトレーニングと走り込み。食事は栄養のバランスがとれたものをたっぷりと。浴場で汗を流したらマッサージをして早めに寝、早めに起きる。
(これ、キツいけど城に居た頃よりは健康的なのでは)
そう思うくらいにはきちんとした毎日だった。
フェリクスはセラフィと共に槍の訓練を受けていたが、他の仲間たちも各々で努力を積み重ねているようだというのは知っている。シャルロットとソフィアはマグナロアの外れで修行しているという。レイとミセリアも街の人々に混じって腕を磨いていると聞く。クロウだけは仕事であちこちを巡っているが、夜になるとマグナロアに戻ってくる。
そんな日々を送っていたある日のことだった。
「フェリクス」
セラフィとの走り込みから帰ってきたフェリクスを待っていたのはミセリアだった。その手には畳まれたタオルがあった。
「ミセリア?どうかした?」
「殿下、僕は先に戻っていますね」
「あ、うん」
セラフィはそそくさと建物の中へと入っていく。体力が有り余っているためか足取りは軽やかだ。反対にフェリクスは疲れているのだが。
フェリクスは息を整える。ミセリアから手渡されたタオルで汗を拭く。
「お前と二人で話す機会が欲しいと思ったんだ。時間はあるだろうか」
「おっと、お誘い嬉しいよ。俺は大丈夫」
「……。それじゃあ、少し歩こうか」
嬉しそうな顔を隠しもしないフェリクスにツッコミを入れることはしない。
夜風が涼しい街中を歩く。規則正しい生活をしているマグナロアの人々は、今の時間は屋内にいることが多いらしい。走り込みをしている住人以外は道に人の姿はなかった。
「お前は、ここでの特訓が終わったら城に戻るのだろう?」
「あぁ、そのつもり。シャーンスのみんなも心配してくれていると思うし、俺の仕事も溜まっているし。それに姉さんも心配だし、父さんに聞きたいこともあるんだ。いつまでも国を空けているわけにはいかないって思って」
「そう、か」
ミセリアは俯く。
「私は……どうしたらいいんだろう」
「ミセリア?」
「なぁフェリクス、私には帰る場所がないんだ。故郷はもうないし、お姉ちゃんももういない。私はどうしたらいいんだろう」
「……」
ミセリアは月を見上げる。白く輝く月明かりが眩しいほどだった。
「私がいなくとも、お前を守る役割はセラフィで充分だろう?なら私はどうすればいいんだろうって思ったんだ。フェリクス、どうか教えてくれないか?……フェリクス?」
月を見上げていた視線をフェリクスの方に向ける。そしてミセリアは不思議そうな顔をしているフェリクスを見て首を傾げた。
「フェリクス?」
「……一緒にいてくれるものだと思ってた」
「え?」
「ミセリア、言ってくれたじゃないか。夜明けを一緒に見ながらさ……俺を助けてくれるって」
「で、でもその役割は」
「確かにセラフィも俺を助けてくれるよ。でもミセリアも居てくれたらもっと嬉しい。話し相手になってくれるだけでも良い。離れるって考えるとなんか少し……寂しいな」
フェリクスが本当に寂しそうに眉を下げるものだから、ミセリアは焦ってしまう。
「私は……」
「ミセリアが他にやりたいことがあるのなら無理は言わない。でも、ミセリアが良いのなら一緒に来てくれると嬉しい」
「フェリクス……」
ミセリアは肩の荷が下りたかのように重苦しいものが軽くなるのを感じた。
(そうか。守るだけが役割じゃないんだな。ならば私はこいつの道を進めるようにできることをしよう)
ミセリアは自分の口元が緩んでいくのを感じた。どうやら考えすぎだったようだ。
「……ありがとうフェリクス。それじゃあ、その言葉に甘えさせて貰うとしよう」
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