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夜明けの幻想曲 3章 救国の旗手
13 迫る刺客
しおりを挟むかつん、と軽い足音が確かに鳴る。しかし湿ったうなり声に隠れて目立つことはない。
レイは暗闇に何が潜んでいたのか理解した途端にシャルロットの手を引き後ろに下がらせた。
「守り、守られる。素敵な友情ですね。あぁ、ほんとに」
獣の奥から現れた少女が歪んだ笑みを浮かべる。エメラルドグリーンの髪を弄りながら獣にしなだれかかる。少女の奥からさらに数匹の獣たちがゆっくりと歩み寄ってくる。
「さ、行ってください。私のオトモダチ」
「シャルロット、逃げよう!」
「え、えぇ!?」
見たこともない姿形をした獣の口から唾液がこぼれる。それが石畳の上に落ちたと同時にレイは駆けだした。片手はシャルロットの手を握った状態で。
シャルロットはちら、と少女の姿を見た。
「――どこかで、見たような――」
「……!!危ない!」
「きゃ!」
後ろに迫ってきていた獣が大きく飛び上がる。レイは反射的にシャルロットを突き飛ばした。
(このままじゃ)
このままではレイが獣に襲われてしまう。ラエティティアでビエントに傷つけられたばかりだというのに。
でも今のシャルロットは違う。ただ守られるだけの存在でいてはいけない。
「レイ!」
ほんのりとした温もりを背に感じる。それと同時に一瞬で形作られた五枚の花弁がレイに飛びかかった獣へ向けられ、解き放たれた。容赦なく放たれた花弁は一体の獣に全て突き刺さり、赤い血をまき散らしつつ吹き飛ばした。獣は勢いよく民家の壁に激突し、沈黙する。
「やった、コントロールでき……きゃ!」
突き飛ばされて崩れかけていた体勢がついに崩れ、後ろに倒れ込む。
一体倒したとはいえ獣はまだ存在している。背後から聞こえる新たな咆哮にシャルロットは身の危険を感じる。食べられてしまう、と脳が叫ぶ。
レイのことを助けようと必死だったせいか自分の身を守ることを考えていなかった。頭の中が真っ白になった時、ふわりとした浮遊感に襲われる。
気がつけば背と膝の裏に腕が回されて抱え上げられていた。
「レ、レイ」
「落ちないように気を付けて。……さっきはありがとう」
走りながら笑むレイにシャルロットはしがみつく。
「フェリクスさん達に伝えないと……シャルロット」
「うん。私、頑張る」
走るレイの服をぎゅっと握りしめ、その肩越しに追いかけてくる獣を見据える。
シャルロットが今やるべきことはレイの援護をすること。追跡してくる獣を撃退することだ。焦っていた心が落ち着いていく。意識を集中させる。獣は視界に確認できる範囲で五体。一体一体に集中していては残りの個体に追いつかれる。ここは一気に撃破するしかない。
(大丈夫。私、できる。――お願い、私たちに近づかないで)
ほぼ同時に飛びかかる獣たちへ花弁の一枚一枚を向け、確実に放つ。一枚も外すことなく腹へと突き刺さり、地へと落とす。どしゃりと無残に散っていく獣たちを見てなんとも言えない虚無感に襲われるが、新たに追ってくる獣たちを見て心を入れ替える。
今は耐えるしかないのだ。
***
「殿下、よろしいでしょうか」
「エルダー?どうしたんだ?」
執務に励んでいたフェリクスの元へ騎士団長エルダーが訪ねてきた。鳶色の髪と瞳、体格の良い長身に赤銅色の騎士服を纏っている。
ミセリアとシェキナは黙り込む。エルダーのただならぬ雰囲気に飲まれ、ただ見守ることしかできなかった。
「街に謎の生命体が現れ、住人達を襲っているようです」
「なんだって?」
「体長およそ三メートル、外見は獅子に似ていますが、羊や鰐のような特徴も併せ持っています……おそらくは別の生命体と推測されます。これより“合成獣”と呼称いたします。数は不明、何体もの合成獣がシャーンスの住宅街を中心に民達を襲っている模様」
「……今の被害状況は?」
「南区域で三十数名の死傷、東区域で五十名ほどの死傷者が既に出ています。現在、住宅街の警備担当兵を中心として民を協会へと避難させています。あそこなら多少耐えられるでしょう」
フェリクスの顔に焦りが浮かぶ。
「……城の広間。そこを解放して民をそこへ誘導してくれ。足りなくなったら食堂を使ってもいい。教会は大きいけど民を全員避難させるとなると無理がある」
「はっ」
「それと、工業区や商業区ではまだ被害は出ていないんだろう?」
「はい」
「なら、そこ経由で城まで誘導してくれ。もう騎士団は救助に向かっていると思うけど……城の警備から人員を割いても構わない。人命を優先してくれ」
「はい」
あと俺も、とフェリクスが冷や汗をかきつつ言葉を紡ごうとした所にミセリアが先に口を開く。
「私も街に向かおう」
「ミセリア?」
「お前の大切な国だろう。何か助けになれるかもしれない……それに時間がないのだろう、私はもう行く。お前は間違っても外に出るなよ」
「あ」
フェリクスの制止も待たずにミセリアは立ち上がり、さっさと部屋を出て行く。シェキナも驚いていたようだが、ハッとしてフェリクスの方を見る。
「殿下、街も良いですが殿下自身の守りも忘れないように。私、セラフィを呼んできます」
「いや、その必要はない」
シェキナの提案を鋭く遮ったのはエルダーだ。感情の読めない冷たい顔で低い声を出す。
その声の鋭利さにフェリクスとシェキナは同時に肩を震わせる。普段の騎士団長は朗らかな人物でこんな冷ややかな雰囲気はなかったはずだ。何かおかしい、と二人は思うが有無を言わせぬ圧力に逆らえない。
「殿下は私がお守りする。シェキナはセラフィを連れて街へ向かえ――いいな?」
「で、殿下……」
「……行ってくれシェキナ。できるだけみんなを助けてくれないか」
やっぱりこの王子は自分よりも数多くの他人を、いや自国の民を優先する。シェキナは椅子から立ち上がり、スカートをつまみ上げて優雅に礼をした。
「殿下の御心のままに。……殿下もお気を付けて」
フェリクスが小さく頷いたのを確認してシェキナは壁に立てかけてあった弓と矢筒を手に取り足早に部屋を出て行った。
部屋に残された二人の間には緊張も残っている。フェリクスは恐る恐るエルダーを見上げる。生気がないように見える目に見下ろされている。
「エ、エルダー。俺はここにいるからエルダーも騎士達をまとめてくれないか?その方が効率良いと思うんだ」
「それは聞けない命令です、殿下。それと私からの提案をひとつ。ここも安全とは言い切れない。合成獣を作り出した刺客が殿下を狙っているかもしれません。殿下には安全な場所へ避難していただきます。私には殿下をお守りし、――する使命がある」
「??」
エルダーは跪き、手を差し伸べる。
「さぁ殿下、参りましょう」
どうにも違和感が拭えない。この手をとってはいけない、とフェリクスは本能的に感じ取る。エルダーから目を離さないように椅子から立ち上がる。
短く息を吸い込んだ後、フェリクスは駆けだした。突然の事にエルダーも驚いたようで光のない目を大きく見開く。フェリクスは真っ直ぐに出口である扉に向かう。後ろから布ずれの音がする。エルダーも動き出したのだ。
扉を開けて廊下へ飛び出す。誰一人いないそこを走る。後ろからしっかりと足音が聞こえる。
「そう簡単には捕まらない……よ!!」
走りながら壁際に設置されていた古風な鎧を倒す。派手に音を立ててバラバラになった鎧のパーツが床に転がる。僅かに舌打ちが聞こえ、してやったりと笑う。
そのまま螺旋階段に逃げ込む。一段飛ばしで駆け上る。もしも相手の身体能力が高かった場合、階段から飛び降りることで一気に距離を詰められかねない。
「殿下!!」
「ああやっぱり!!」
息を切らしながら全力疾走している最中、待っていた渋い声が聞こえた。
短く刈り上げた鳶色の髪と瞳、頬に傷跡。手には長剣が握られている。
その容姿はフェリクスを追っている男と全く同じだった。
「エルダーの一人称はな」
エルダーの後ろへと駆け込み、フェリクスは後ろを振り向く。そして冷めた目をしながら迫る男を睨み付ける。
「“俺”だよ!!」
本物のエルダーは素早く長剣を逆手に持ち、エルダーに扮した男の首筋に柄を強く叩きつけた。
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