久遠のプロメッサ 第一部 夜明けの幻想曲

日ノ島 陽

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夜明けの幻想曲 3章 救国の旗手

19 嘲笑

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「待て」

 広間を離れるべく動き出していた三人へ声がかかる。低く渋い声にセラフィとシェキナが反射的に振り向いた。鳶色の髪と立派な筋肉質の体躯を確認すると安堵の息を吐く。

「エルダーさん」
「お前達も無事だったか、良かった」

 エルダーは傷のついた精悍な顔に微笑を浮かべ、そしてすぐに引き締めた。そして廊下の先を指す。

「現状について話したいことがある。しかし、ここは危険だ。広間の他に客室にも住民達が避難している。まずは彼等を誘導して街へ出るとしよう。獣の気配はない、教会に立てこもればしばらくは王家の手もしばらくは逃れられる」
「了解しました。……エルダーさん、貴方は正気なのですね」
「おう。俺も危なかったんだがな、この嬢ちゃんが助けてくれたんだ」

 エルダーの後ろからひょこっと現れる白金の髪の少女にセラフィの顔が一気に溶けた、ようにミセリアには見えた。妹の無事に安心するのは頷けることではあるが。にこ、と可愛らしく笑ったシャルロットはエルダーの隣に立ち、状況を軽く説明する。

「私たちがここに来た頃には既に王子様の様子がおかしかったの。私はなんともなかったんだけど……。このお城広くて迷子になっていたらこのエルダーさんに会って。それから王子様に実際に会いに行ってみたらいつもの王子様じゃなかったから。変だなって思ってエルダーさんと一緒に逃げてセラフィお兄ちゃん達を捜していたんだよ」
「そうだったのか……。とにかく怪我もなさそうで良かった。話の続きは教会で?」
「あぁ。殿下に会っていない部下達を秘密裏に民の誘導に向かわせた。合成獣に街を襲われてからの経緯とこれからの方針は教会で話すこととしよう」

 セラフィとシェキナが揃って頷く。ミセリアはひとつ気がついたことをシャルロットに尋ねた。

「シャルロット、レイは?」
「あ、えっとね。住民たちの中で知っている人がいてその人に呼ばれたみたいで……その後はお城の騎士さん達と誘導のお手伝いに行ってるみたい。今は教会の近くにいると思うよ」
「そうか」

 普段二人くっついて移動しているイメージしかなかったため少々意外だった。それはシャルロットも同じだった。ソフィア以外は自身を傷つける人間しかいない場所で閉じこもっていたレイが外の世界でいつの間にか知り合いができていたらしいことに安心を覚えると共にちょっぴり心配でもあるのだが。別れた時に特に不安げでもなさそうだったため大丈夫だと信じたい。

「それでは僕たちは住民の避難に協力してき」
「セラフィ、お前は嬢ちゃんたちと行け。住民の避難はシェキナに協力頼むからよ」
「……了解です」

 エルダーに肩をはたかれ、大きくよろめきながらセラフィは了承した。顔にかかった長い黒髪を払う。その時にはもうエルダーとシェキナは背を向けて走り去ろうとしていた。
 肩をすくめ、セラフィは城の出口の方へ足を向ける。シャルロットとミセリアもそれに倣おうとした時だった。
 突然の悪寒。足の底から這い上がってくるような冷たくて重い気配に思わず歩を止める。

「よぉ」

 小馬鹿にしたようなハスキーボイス。どうにも聞き覚えのある声にセラフィは槍を手にした。防衛本能のためかその動きに一切の無駄はない。シャルロットはミセリアの手を引いて引き寄せる。自信がついたらしい、顔は強張っているものの頼もしいと言うほかはない。
 くつくつと笑う声と同時にカツンと硬質な足音が背後に聞こえ、セラフィ達はそちらへ注意を向ける。そこに立っていたのはやはり見覚えのある――大精霊ビエントだ。

「なぜお前がここに……まさか獣や殿下もお前が?」
「再会の挨拶もできないのかよ、人間ってのは。まぁいいさ、教えてやるよ」

 腕を組み、やれやれと首を振る。襲ってくる気配はないが警戒を解くわけにはいかない。

「獣は知らん。どうせ狂った人間の狂った所業だろうよ。……あのガキに関しては俺も関わったさ。この国の王女サマのご要望通りにな」
「……あのお方が望んだ?」
「なんだ、驚かないのか。あの王女サマ、存在を秘匿されてるって聞いていたんだがな」

 ふとミセリアは思い出す。暗殺組織の根城になっていた地下遺跡から脱出し、夜明けの中フェリクスと語り合ったことを。その会話の中に紛れ込んでいた、フェリクスの姉の存在を。隠された姫君がこの状況を――フェリクスの暴走を望んだとするならば。心にしこりが残る。ミセリアは思わず両手を握りしめた。

「あの花畑でやり損ねたこと、きっちり済ませたぜ?これでもうこの国は安心だな。あの新しい王サマの思い通りに暮らしていればお前達は俺に脅かされることのない安寧を手に入れられる」
「やり損ねたこと――まさか!?」

 セラフィの顔が青ざめる。それをあざ笑いつつビエントは小さな小瓶をつまみ上げた。見せつけるようにくるくると回されるその中には、黒っぽい赤色の――恐らくは、血。
 一拍遅れてミセリアとシャルロットもビエントが言いたいことに気がついた。あれはどう考えてもビエントの血としか思えなかった。ビエントが考えること。それは、神子のイミタシア化に他ならない。

「そこの嬢ちゃん達にも分け与えたって良いんだぜ?」
「貴様」

 セラフィの表情が怒りに染まる。シャルロットとミセリアの前に出ようとして、シャルロットに引き留められる。

「駄目だよ、セラフィお兄ちゃん!!落ち着いて!!」
「どうしてだ、シャルロット。こいつは僕たちの家族も奪って、その上殿下やこの国――それに君まで奪うつもりなんだぞ」
「私はまだ大丈夫だから!!お願い、ルシオラお兄ちゃんのようにはならないで……」

 シャルロットから紡がれた長兄の名前にセラフィは我に返る。目の前が鮮明になり、足を止める。今ここで精霊に挑んでも勝ち目がないことは分かり切っている。それに自分は兄にも怒りを抱いていたはずなのに、その兄と同じことで感情を支配してしまってはいけないだろう。
 急に大人しくなったセラフィにビエントは嘲笑を浮かべつつ、手の中の小瓶を弄ぶ。

「そこの出来損ないに用はないさ。あの王子が血に馴染んできたのを確認したら次は大神子の番だぜっていうことを伝えに来ただけ。残りの人間共もそのうちあの王子の支配下になるだろう。せいぜい王子の餌食にならないことだな。そうなっちまったらつまらないからなぁ。それじゃ、また今度」

 ミセリアが口を開こうとした次の瞬間には一陣の風が吹き、一瞬にしてビエントの姿は消えていた。飾られていた花瓶が床に落ちて激しい音を立てる。至る所に飾られた国旗が激しくはためき、ミセリア達の髪をも乱していく。
 風が止んで嫌な静寂が廊下を包み込む。
 俯いていたセラフィが顔を上げ、城の出口を指した。その顔に憎悪は浮かんではいなかったが、静かな怒りを湛えていることは目に見えて分かる。シャルロットも眉を寄せて頷いた。

「教会へ行きましょう。今は僕たちができることを」
「うん。ミセリア、行こう?」
「あ、あぁ」

 大股で歩き出したセラフィに置いて行かれないようにシャルロットがミセリアの手を引く。
 ミセリアはシャルロットに引っ張られるまま歩き出す。自分で思っている以上に混乱している。今この場に、輝かしい笑顔を見せていたフェリクスがいないことがこんなにも不安に繋がるとは思っていなかった。彼の存在はミセリアの中で大きな部分を占めていた。
 改めて思い知らされる事実にミセリアの目頭が熱くなる。

(あいつを助けると誓ったのに。私は何も出来ていない)

 少しずつ乱れていく呼吸をなんとか落ち着けようとする。そうでもしないと、無様に泣いてしまいそうだったから。
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