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夜明けの幻想曲 3章 救国の旗手
18 新たなる王
しおりを挟む「よし、セルペンス達が来てくれたおかげで回復できたし殿下の元に向かいましょ。報告しなきゃ」
声に戸惑いを残しながらもシェキナは努めて明るい声で提案をした。
セルペンスとノアは他に負傷した騎士達の治療へと向かい、残されたミセリアたちは城へ向かうことになった。念のため騎士団の一部は街に残している。
民たちが避難しているであろう広間へ真っ直ぐに向かう。ミセリアの予想が正しければフェリクスは民を元気づけるために広間にいる。なんの根拠もなかったが、セラフィもシェキナも反対はしなかった。
広間は名の通り広い。何かパーティーが開かれる際にいつも使われるそこだが、民全員が入るのには流石に少々狭い。そのため民は城のあちこちにある比較的広い部屋へと案内されているようだ。城までたどり着けなかった民は無事だった教会や別の建物に閉じこもって難を逃れたと近くに居た騎士から聞かされ、ミセリアは無言のまま安堵した。セラフィやシェキナも同じ気持ちのはずだ。
広間に入ったミセリアは、大きな扉をくぐるや否や民の意識が向かう先を探した。フェリクスがいればそこに注目が集まるはずだ。しかし、民はざわざわと不安げにしているだけでフェリクスがいる様子はない。
「予想が外れたか」
「そうですねぇ。別のお部屋にいらっしゃるのかも――って、あれ。何か空気がおかしい」
ピン、と緊張の糸が張り巡らされたことをセラフィが察知する。
街が襲われ不安と恐怖の囁きが満ちていた空間が一瞬にして静寂に包まれていく。まるで波が静かに迫るかのように順に民が口を閉ざしていく様は異様という他にない。ミセリアとシェキナは無言のままセラフィの近くに寄り、様子を窺った。
人の息づかいさえ聞こえない程“無”が支配した広間に一人分の足音が響く。硬質な音は両耳から心臓へと届き、順に心拍数が上がっていくのをミセリアは実感する。
そして足音が近づくにつれて何人もの民が順に床に膝をつき、頭を垂れていく。セラフィはミセリアとシェキナに目配せをして、周囲に会わせて膝をついた。ミセリアとシェキナもそれに倣い、こっそりと前を窺った。
窓から差し込む陽光が弱々しくなり、消えていく。そして薄暗くなった広間に一人の少年がゆっくりと歩いて入ってきた。普段広間を使う際に王の居場所となる、数段高い位置にある玉座の裏から。
その少年は繊細な刺繍が施された白い衣装と、その上に赤銅色のマントを身に纏っていた。手には少年の身長を優に超える長さを誇る旗。金赤の柔らかそうな髪には黄金を溶かして形作られた流麗な、ヘッドドレスのようにも見える冠が輝いている。
「あれは」
ミセリアが思わず顔を上げた。
遠目からでも分かる。何の感情も感じられない石榴石の瞳がミセリアを捉えた。すぅと目が細められ、鋭い眼光がミセリアを射貫く。
その途端、金縛りにあったかのように身体が硬直した。視線を逸らそうにも自分の意志で目を逸らすことが出来ない。心を冷たい両手で包み込まれている。いや、握りしめられる。ミセリアはそう感じた。
(あ、これは、まずい――)
「ミセリア!」
ミセリアの異変に気がついたシェキナがミセリアの頭を抱きしめるようにして視界を塞いだ。視界が黒く染まった途端束縛から解放されて、咳き込む。どっと冷や汗が吹き出し、激しい動悸に襲われる。シェキナの腕が震えている事にも気がつかないほどミセリアも混乱していたのだ。
「目を合わせないようにしてください。まずは様子を見ましょう――やっぱり何か変だ」
セラフィの囁きに頷きで返す。シェキナがミセリアの無事を確認してそっと離れる。顔を覗き込み心配そうに「大丈夫?」と問われ、ミセリアは再び頷くことで返答した。声を出すにはまだ心臓がうるさい。
石榴石の瞳と再び視線を合わせないようにしながらそっと様子を窺う。
たった一人ぽつんと立っている少年はどう見ても――。
「フェリクス……」
ミセリアの呟きをかき消すようにその少年は口を開いた。良く通る声が広間に響き渡る。
「みんな、無事で良かった」
いつものようにみんなを心配する声色に思わず顔を上げそうになり、セラフィにポンと肩を叩かれたことで踏みとどまる。
怖い、とミセリアは心の奥底で思ってしまっていることを自覚する。組織から抜け出してからは毎日聞いていたあの声が、今は何故か怖い。ミセリアの心を全て溶かして飲み込んでしまいそうな気がしてしまう。あの声は、あの目は人を変えてしまう恐ろしい力を放っている。
「これから、みんなに聞いて貰いたいことがあるんだ」
少年は淡々と口にする。
「今日街を破壊していた獣たち。これは精霊から下されたこの国への罰なんだ。みんな、よく耐えてくれたね。これからこの国は生まれ変わるよ。――みんなに知らせもせずに勝手に精霊に刃向かっていた愚かな王を廃し、これからは俺がシアルワの王となる」
「なっ……」
少年の言葉にミセリア達は揃って絶句した。フェリクスなら言わない、言うはずがない台詞だった。冗談でも言うはずがない。まるで精霊を擁護し、味方につけたような言い草など。フェリクスは知っているはずなのだ。精霊が人間にもたらした被害と、その犠牲となった者たちのことを。そんな精霊に対抗したい、と言っていたではないか。
次に静かに笑んだ少年の背後からずるずると何かを引きずる音がして、やがてその正体が顕わになる。少年と同じ金赤の髪を持つ二人の男。フェリクスの腹違いの兄だ。彼等は手に黒い鎖を握りしめ、俯いたまま少年の一歩後ろで立ち止まる。その鎖を視線で辿れば、そこには気を失っていると思わしき壮年の男が転がっていた。頭にあるはずの王冠はなく、服も罪人に着せるぼろ布同然のものだ。決して、国王が着せられるものではない。
「陛下!?」
「どうして、あんな……」
慎重に様子を窺っていたセラフィとシェキナも順に動揺が隠せなくなっていた。
「ありえない、なぜ殿下があのようなことを」
「かつてこの国を治めていた愚王を三日後の朝処刑する。そしてようやくこの国は真に生まれ変わるよ――あぁそうだ。みんなに紹介したい人がいるんだ」
それをすることが当たり前であるかのような言い方を少年はする。少年は背後を向き、薄闇へと手を差し伸べる。その手をとったのは白く細い手だ。フェリクスに連れられて広間へと入ってきたのは、サテンのドレスに身を包んだ――普通ならばこの場に出てくるはずのない王女の姿だった。
「彼女はベアトリクス。俺の姉さんだ。この愚王に長年幽閉されていたけれど、ようやく助けることができたんだ。みんな、姉さんをよろしく頼むよ」
沈黙を保っていた民たちが小さく「ベアトリクス様……」と呟く。一人の呟きが伝染していくように広がり、それはやがて大きな喝采となった。
「「ベアトリクス様!ベアトリクス様!」」
「ここから逃げましょう」
「しかし、あいつはどうするんだ?」
「駄目です。何が起こったかは僕には分かりかねますが……どう考えても殿下のお力が暴走してしまっている。ここにいたら僕たちも正気を失いかねません。一旦引いて様子を見るべきです」
「そうだね、私もそう思う。その前に他の避難場所も確認しよう。できる限り今の殿下から民を離さないといけないと思う」
立ち上がって両腕を挙げ、夢中になって叫んでいる民に紛れてセラフィとシェキナはミセリアを半ば引きずるようにして連れて行く。
「フェリクス……」
「ミセリア、まずはシャルロットとレイ君を捜して回収します。話はそれからです。早く殿下をお助けするためです、協力してくれますね」
広間から出てすぐの廊下でセラフィはミセリアの顔を覗き込んだ。厳しい顔つきで見つめられ、ミセリアは頷くしかない。
(私が先走って街に行ってしまったからお前は何かに巻き込まれてしまったのか?私が着いていれば何かできたかもしれない。いや、私がいても力になれなかったかもしれない。私は、私は……)
自己嫌悪がまとわりつく。ミセリアはセラフィ達が歩く方向に着いていきながら締め付けられたように苦しい胸の前でぎゅっと拳を握りしめた。
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