80 / 115
夜明けの幻想曲 3章 救国の旗手
17 そして騎士は己が使命を認知する
しおりを挟む「終わったね、早く戻ろう」
「あぁ。……おい、動くな。今手当を」
「これ?へーきへーき。私痛くないから」
普通に立ち上がり普通に話しかけてきたシェキナへミセリアも普通に応えようとするが、シェキナの身体を見て顔を青ざめさせる。
シェキナの右肩は酷い有様だった。千切れてはいないものの脱臼はしているだろう。おまけに赤い鮮血が流れている。しかしその顔は晴れやかで、本人の言うように本当に痛みなど感じていないかのようだった。
「だめだ、痛みはなくてもそれだけ。血を流しすぎたら本当に死ぬよ」
「あー。それもそうか。じゃあ応急処置してもらおうかな」
「今お城に来られたら困るんですよね」
「……え?」
明るいため息をつきつつシェキナの手当をしようとした時だった。
少女の声が耳元で聞こえ、セラフィは息を呑んだ。どこかで聞いたことがあるようなそんな声。それはシェキナにもミセリアにも聞こえたらしく、二人も驚きに顔を強張らせる。
ザク、と衝撃。
それと同時にじわじわとした熱い何かが背中を中心に広がっていくのをセラフィは感じた。
その正体を目にするべく後ろを振り向く。
セラフィの真後ろにいたのは綺麗なエメラルドグリーンの髪を持った少女だった。年齢はノアと同じくらい、13か14ほどに見える。髪と同じエメラルドグリーンの瞳がすう、と細められ、可憐な外見に似合わない冷たい表情で少女は言葉を紡いだ。
「大人しくしていてください」
背中に銀色のナイフが突き刺さっていた。ミセリアが持っているものよりも大ぶりな、真新しいナイフ。
それよりもセラフィ達三人は少女の顔を見て驚愕に目を見開いた。
少女の顔は彼等にとって知らぬものではなかったのだ。
「ケセ――」
「いい加減自分の持つものに気がついてください。貴方の血は特別なのです」
小さく囁きながら少女はどこに隠し持っていたのかもう一振りのナイフを取り出し、今度はセラフィの右胸に突き刺した。その手が僅かに震えていたことまでは誰にも分からなかった。
こほ、と咳き込むと同時に口に鉄の味が広がった。
「貴方の使命は――」
「セラフィ!」
刺された勢いで後ろへ倒れていくセラフィをシェキナが受け止める。
唯一怪我をしていないミセリアが少女を捉えようと手を伸ばすも、少女は全てお見通しとばかりにするりと抜け出して路地裏へ進んでいく。追跡するか重傷の二人の元にいるかで一瞬迷ったミセリアだが、後者を選んだ。少女も気になるが今はこの二人をどうにかしないといけない。
「早く、早く救護兵をこっちへ!」
シェキナが叫ぶ。安心した雰囲気はどこへやら、周りは騒然とする。他の騎士達や民の手当に救護兵の多くが出払っているのだ。シェキナは唇を噛んでセラフィの腕を自身の肩に回し、セラフィの身体が倒れないようにする。刺さったナイフは背中と右胸の二カ所。横たえることはできない。
「ミセリア、お願――」
そこでシェキナの声が途切れ、手の空いている救護兵を捜そうとしていたミセリアが立ち止まる。シェキナはガタガタと震え、細い悲鳴をもらしていた。
「ア…なにこれ、熱……これ、もしか、して……痛い、痛い、痛い……」
「シェキナ?」
呼吸を整えながらセラフィが眉をひそめる。どちらも重傷を負っている二人の周りには血だまりが出来ており、互いの血が混ざり合っていた。最早どの血が誰のものか見当もつかない。
「セラフィ、どうしよ……わた、わたし痛いよ……何も感じないはず、なのに痛いよ……これ、本当に痛いのかも…わかんないよ……」
少し前まで何も感じていなかったらしいシェキナの目尻には涙がたまり、頬を伝っている。セラフィも動揺している。
「あ、あれ……鉄のニオイ、あんまりしなくなった……?みんなの声もちょっと小さくなった……?わた、私はどうなっているの?」
「シェキナ、もしかして君、痛覚が戻って……」
「どうして、私」
「と、とにかく落ち着いて。今は傷をどうにかしないと」
ミセリアは我に返り救護兵を呼びに行こうと一歩振り向いた。その時、黄金の蝶が視界の端に映ったような気がして反射的にそちらを向く。
そこに立っていたのは緑色の髪を金色のヘアピンで留めた青年だった。側に黄色の髪を持つ少年も控えている。
「ちょうど良いところに!あいつらを助けてくれ、セルペンス!」
「あ、あぁ。すぐ行くよ」
セルペンスもシェキナの様子を見ていたのか少々ぎこちない頷きを返し、ミセリアの言う通りに怪我人二人に近づいてしゃがんだ。ノアも近くまで寄り、シェキナの代わりにセラフィの身体を支えた。
「セルペンス、僕は良いからシェキナを。何故か痛覚が戻っているみたいで」
「だね。任せて。君もすぐに治すから」
セルペンスがシェキナの肩に手をかざして意識を集中させる。柔らかな緑色の光が手のひらから溢れ、みるみるうちに傷口が塞がっていく。シェキナは荒い呼吸を繰り返し、脂汗を垂らしている。
次にセルペンスはセラフィの治療に取りかかる。
「セルペンス。……ノアくらいの歳に見える女の子を見なかった?」
「いや、見なかったけど」
「そう……何でもない」
不自然な反応を見せるセラフィに対して首を傾げつつ、セルペンスはナイフに手をかける。
「痛いと思うけど我慢して。このナイフ、急所は綺麗に外してるみたいだから安静にしてれば大事にはならないよ」
「急所を外して……?そう、か」
ゆっくり、ゆっくりナイフを引き抜きながら傷を癒やしていく。治しすぎてナイフと皮膚がくっついてしまわないように慎重に。ふぅ、ふぅ、と荒い息が周りに居たミセリア達の耳に届く。それをナイフ二本分どうにか終わらせてセルペンスは淡い光を消す。
これでよし、という呟きを聞いてセラフィはノアに預けていた身体を起こす。礼を言って蹲っているシェキナの様子を窺った。
「シェキナ」
「……ごめん。久しぶりに痛みを感じたからびっくりしちゃった。もう落ち着いたよ、大丈夫」
「シェキナ、状況を説明できる?」
セルペンスの問いかけにシェキナは首を横に振った。
「ううん。私にもよく分からなくて。でも私、多分戻れたんだと思う。――綺麗な人間に」
シェキナは自分自身の手で身体のあちこちに触れ、辺りをキョロキョロと見回して頷く。
「視力も聴力もさっきと比べて確実に落ちてる。多分味覚も。どうしてなのかは分からないけど……」
「これは、良かったというべきなのか?」
「どうなんだろうね」
しゃがみ込んで肩をパタパタと叩くノアに頭わしゃわしゃの刑を施しながらシェキナは目を伏せた。
黙って話を聞いていたミセリアだったが、ついに口を開く。
「シェキナ。お前もイミタシアだったのか?」
しまった、と顔を引きつらせたシェキナだったが諦めたように肯定する。
「うん。触覚以外の五感が強化されて触覚を失っていたの、私。でもたった今全部元通りになったけどね」
「気がつかなかった」
「言ってないもの。仕方ないよ。気にかけてくれてありがと」
しゅんと肩を落とすミセリアにシェキナは微笑む。ケセラが可愛がっていたと聞くミセリアだ、イミタシアという存在に対して案じてくれていたことは分かる。
シェキナがミセリアに構っている間、セルペンスは何か考え込んでいるセラフィに手を差し伸べて立ち上がらせる。
「セラフィ、どうしたの?」
「……もしかしたら僕の力がなんなのか分かったかもしれない」
「え?」
「確証はないんだけど。そうであると自信が持てるまで君だけに伝えておくよ。僕らの中で一番の年長者だし」
「そんなに変わらないと思うけど」
ふふ、と力なく笑ってすぐに表情を引き締める。セラフィはセルペンスに向かって自らが得たものを囁いた。
0
あなたにおすすめの小説
婚約破棄のあと、あなたのことだけ思い出せない
柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢セシリアは、王宮の舞踏会で王太子レイヴンから公開の場で婚約破棄を言い渡され、その場で倒れた。
目覚めた彼女は、礼儀も常識も覚えているのに――ただ一つ、レイヴンだけを思い出せない。
「あなたは、どなたですか?」
その一言に、彼の瞳は壊れた。
けれどレイヴンは何も語らず、セシリアを遠ざける。彼女を守るために、あの日婚約を捨てたのだと告げられないまま。
セシリアは過去を断ち切り、王宮の侍女として新しい生活を始める。
優しく手を差し伸べる護衛騎士アデルと心を通わせていくほど、レイヴンの胸は嫉妬と後悔で焼けていった。
――守るために捨てたはずなのに。忘れられたまま、他の男に笑う彼女を見ていられない。
一方、王宮では“偽聖女”の陰謀と、セシリアの血に眠る秘密が動き出す。
記憶を取り戻せば、彼女は狙われる。取り戻さなければ、二人は永遠に届かない。
これは、忘れてしまった令嬢と、忘れられてなお愛を捨てられない王太子が、もう一度“選び直す”恋の物語。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
公爵令嬢は結婚式当日に死んだ
白雲八鈴
恋愛
今日はとある公爵令嬢の結婚式だ。幸せいっぱいの公爵令嬢の前に婚約者のレイモンドが現れる。
「今日の結婚式は俺と番であるナタリーの結婚式に変更だ!そのドレスをナタリーに渡せ!」
突然のことに公爵令嬢は何を言われたのか理解できなかった。いや、したくなかった。
婚約者のレイモンドは番という運命に出逢ってしまったという。
そして、真っ白な花嫁衣装を脱がされ、そのドレスは番だという女性に着させられる。周りの者達はめでたいと大喜びだ。
その場所に居ることが出来ず公爵令嬢は外に飛び出し……
生まれ変わった令嬢は復讐を誓ったのだった。
婚約者とその番という女性に
『一発ぐらい思いっきり殴ってもいいですわね?』
そして、つがいという者に囚われた者の存在が現れる。
*タグ注意
*不快であれば閉じてください。
生きるために逃げだした。幸せになりたい。
白水緑
ファンタジー
屋敷内に軟禁状態だったリリアは、宝物を取り戻したことをきっかけに屋敷から逃げ出した。幸せになるために。体力も力もない。成り行きに身を任せる結果になっても、自分の道は自分で選びたい。
2020/9/19 第一章終了
続きが書け次第また連載再開します。
2021/2/14 第二章開幕
2021/2/28 完結
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる