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夜明けの幻想曲 3章 救国の旗手
33 本物の馬鹿
しおりを挟む見えたのは美しい空間。太陽の優しい光が降り注ぐ青々とした草原に立つのは三人の子供たちだ。一人は黒髪、一人は水色の髪、一人は青漆の髪。三人に共通するのは長く柔らかそうな耳。その三人をかき抱くのは白金色の髪を持つ女性。彼女は子供たちの頭を撫でて、慈しむように微笑んでいた。
草原の奥には建物を建設しているらしい人間達の姿がある。彼等の顔も英気に満ちていて、明るかった。女性が人間達の方を指さすと、子供たちは一斉に頷いて仲良く駆けだしていく。
それを見送った女性が長い髪を揺らしながら振り向いた。実体のないフェリクスの方を見て、どこか自慢げに笑む。
『可愛いだろ、過去の俺たちは』
どこからかビエントの声が聞こえてきて、フェリクスは素直に頷いた。
「精霊も、人間も――昔はこんな明るい世界で手を取り合って暮らしていたんだな」
子供たちは笑顔で人間達に近寄ると、風や土、水といった魔法を使って協力を惜しまない。人間達もニコニコと笑いながら幸せそうな雰囲気を醸し出している。
――それが、次第に歪んでいく。フェリクスには視界そのものが歪んでいるように見えた。ぐにゃぐにゃと温かな世界から、戦禍に荒んだ世界へと変化を遂げる。所々にあの瘴気がちらつく大地。積み重なる死体。欲に溺れた人間達。
十人に問いかければ十人から醜いと返されるであろう惨状。遙か昔、現代よりも多くの人間が生きて多くの国が存在した頃の戦争がもたらしたものだ。
『今じゃこんな戦争は起きっこないよな』
「あぁ。お前達精霊によって人間は数を減らしてしまったから。国だってもうふたつしか残っていない」
『俺たちの努力の賜物さ』
「……褒められたことではない。でも、多くの人間がいればそれだけ衝突も増えるんだろう」
それは認めざるを得ない。それが感情を持つ人間の、良くも悪くも大きな特徴なのだから。ケセラが亡くなったのも、ラエティティアでエールが死に絶え、ゼノとして復活した後に国をひとつ崩壊させたのも、精霊も少なからず関わってはいれど元はと言えば人間の欲望のせいだ。
瘴気が滲む争いに女神も精霊も絶句していた。あんなに美しかった世界が、温かかった世界がこんなにも酷い有様になるとは思っていなかったのだろう。その中でも青漆の髪を持つ精霊――怒りに飲み込まれる前のビエントが各国の城に直接乗り込み、訴えて回っても意味はなかった。黒髪の精霊――恐らくはテラ――を引き連れていた時は、人間によって捕らえられかけた時もあった。欲望に眩む眼差しで年若い精霊を見る人間のなんと恐ろしいことか。
『俺たちは便利な道具だったのさ。人間には使えない力が使える。ほぼ尽きることのない命も持っている。それを求める愚者の多いこと多いこと』
呆れたようにため息をひとつ。
『だから諦めた。もう人間を減らして、その上である程度感情をコントロールしてやらないといけないと悟った。それをあのお方は許そうとはしなかったけどな』
「今でも泣いているよ、女神様は。だからこそ人間を信じて神子という存在を作ったんだ」
『神子の一族を監視してかなりの時間が経ったが、せっかく与えられた力を上手く正しく使えていなかった。しかし、あのお方はお前みたいな馬鹿が現れるのを信じていたんだなぁーなんてことを今更ながら思ったよ』
「酷いなぁ」
世間話でもしているかのような雰囲気だった。その中に確かな緊張も混じっていたが、それが途切れることはない。
『シアルワの神子フェリクス。改めて聞こう。お前はこの世界を知り、その上で何をする? どう世界を救う?』
真っ直ぐに投げられた質問に、フェリクスも迷うことなく答えていく。
「世界を救うなんて大層なこと、俺一人でできるはずがないよ」
どこかでビエントの片眉が上がる。フェリクスはそんなことを想像しつつ、止めることなく口を動かす。
「世界を蝕んでいる瘴気は人間が生み出したものなんだろう? なら、なんとかするのも人間の役目だ。でもさ、人間には瘴気の源である感情がある――それを無くすことは俺にはできない。それはさっきも言ったな」
『世界の惨状を知った上で、それを放置すると?』
「いいや、違うよ。世界を救うのは俺を含めた全員の役目だ。俺にできることはその流れを創ることだと思ってる」
どこか慎重な問いかけに首を横に振って否定する。
夢を語るフェリクスは瘴気の中でキラキラと輝いていた。どんなに暗い場所に居ても、どんなに遠い場所にいても目立つそれに導かれたかどうかは定かではないが、漸く姿を現したビエントは彼の正面を陣取り続きを待つ。
「そのために……」
ふわ、と風が吹いて二人の髪を揺らす。目の前にいる年若い少年は、長く生きた精霊に向けてその手を差し伸べてみせた。
「俺は王になる。そしてボロボロになったこの国を建て直す。今までのシアルワ王国よりもっと一人一人を必要とするような国を創る。――なぁ、大精霊ビエント。お前も協力してくれないか?」
「……」
「俺はさ、まだ何も知らない若造だからこれからきっといっぱい間違える。そんな時があったらお前が俺に活を入れてくれ。お前は美しい世界がどんなものであるのか知っているからできるだろ? 俺はお前と話をして、そして成長していけると思う……そして立派な王になって、まずはシアルワから変えていく。そしていずれはラエティティアも……いや、あちらは既に人間と精霊が手を取り合って国を統べる準備をしている。今までにはなかった体制が敷かれようとしているんだ」
「……」
「この世界はさ、人間のせいで精霊が非道を選ばなければならなかった。でも今のような人間と精霊が相容れない関係で事態は好転しなかった。なら、人間も精霊も一緒に変われば世界も変わるかもしれない。違うか?」
「……」
差し伸べられたままの手をじっと見つめて、ビエントは言葉を発しない。
今までビエントに甘く媚びへつらい、しかし怯えた声で契約を持ちかけてきた数々の人間達のどれとも違う提案だ。両方が悪いから両方で協力しなければならないというのは、なるほど確かにその通りだ。ビエントも馬鹿ではない。それはきちんと理解している――その上で愚行と分かり切っていることをし続けてきたのだから。今この瞬間まで面と向かってそれを指摘してきた人間は誰一人としていなかったのだが。
しばらくの間、無言の時間が続いてもフェリクスは差し伸べる手を引っ込めることはしなかった。目を逸らすこともしびれを切らすこともしなかった。
視線でぶつかり合う時間がどれだけ過ぎたことだろう。キラキラと輝く眩しい王子に、ビエントはふと微笑んだ。
「お前、アクアから何か貰っただろ」
「あぁ。お前を説得しろと言われて、瘴気から身を守ってくれるとも約束した」
「ふーん。ならいいか」
馬鹿正直にペンダントを見せて答えたフェリクスに半分呆れながら肩をすくめる。思わず笑ってしまい、それに対してフェリクスがムッとした顔をする。
「何が言いたい?」
「いや? お前が本物の馬鹿だってことを改めて理解しただけだ」
くつくつと笑う。ほんの少しだけでも心から笑えた。この感覚は何千年ぶりだろうか、とどうでもいいことを考えながらフェリクスに近づく。
――差し伸べられたままの手を取ることは、しない。
白く滑らかな額を小突いて石榴石の瞳を正面から覗き込む。
「お前の馬鹿さ加減、気に入った。お前がいつまでもそうであり続けることを願うぜ――フェリクス」
そして、大きな亀裂音とともに幻影の世界は崩れ始めた。その隙間からあの黒い瘴気を溢れさせながら。
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