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外伝
シェキナ編 幸せの選択 1(第一部三章17話読破語の閲覧推奨)
しおりを挟む「よ、久しぶり」
離れていた同郷に軽い挨拶をするかのごとく片手を挙げる少年に、シェキナはボロ箒を強く握りしめた。それも折れそうな程に。次の瞬間、彼女は遠慮なく思ったことを口にした。
「死んでたかと思った!!」
***
「酷えよ、勝手に人を死人扱いしやがって」
白亜の煉瓦で作られた豪邸の庭、さらにその隅っこにある納屋。園芸用の道具が乱雑に詰め込まれている中、濃い青色の髪をわしゃわしゃと掻いた少年は不機嫌そうにため息をついた。簡素な作りの椅子にドカッと腰掛け、脚を組む。まだ成長期にある少年の、絶妙な身長による脚組みは大人の真似をしているようにしか見えない。まだ子供らしさが抜けていないのだ、まるで似合っていない。
「仕方ないじゃないの。あの日から何の音沙汰もなかったんだから」
シェキナは悪びれた様子も無く水筒を棚から取り上げ、少々乱暴に少年――クロウに手渡した。クロウはコップ代わりのキャップを外し、中に入っていた冷水を注ぐ。そしてそれを一気に飲み干す。
「ま、それもそうか。あれから……ええと、二年は経ったか」
イミタシア。そう呼ばれる存在であるシェキナとクロウ、そして他の仲間たちが捕らわれていた白亜の城“神のゆりかご”から脱出してそれなりの時が過ぎた。人間から何もかもを奪っていく恐ろしい大精霊が住まう城はいつ思い出しても寒気がする。あそこには精霊の血に耐えきれずに事切れた少年少女の死体が転がり、残されたシェキナ達ももたらされる血の苦痛に怯える日々を送っていたのだ。
シェキナは余っていた椅子を引っ張り出して腰掛ける。暗くなっていたであろう表情をなんとか変える。もうあんな日々は訪れないと信じて。
「ま、元気そうで良かった。アンタ今どこにいるの?」
「ラエティティア。プレジールで仕事してる」
「へぇー」
「興味なさそう……」
再び口を尖らせたクロウにシェキナは吹き出した。緩んだ空気に彼もまた微笑む。
「そういうお前はメイドにでもなったのか?」
「うーん……言っちゃうとね、私は元々ここの家の出なんだよ」
「ふうん……ん??」
首を傾げるクロウにシェキナは説明をする。頭に疑問符を浮かべていた少年は真面目に話を聞いた。
「私はね、元々貴族の血を引いているの。でも生まれたのは母様の故郷マグナロア」
シェキナの母親はマグナロアの出身で、仕事で訪れた父親と恋に落ちたらしい。貴族にしては珍しく弓の腕前が達人並みだった父親に惚れた辺り流石と言うべきか。――そしてシェキナを身ごもった母親だが、体調を崩したためにマグナロアへ一時帰郷していた。待望の赤ん坊が生まれて数年。体調も安定したためシャーンスへ戻ろうとしたところを精霊の襲撃に遭い、シェキナは神のゆりかごへと連れて行かれた。色々あって逃げ出したシェキナは、朧気な記憶を頼りに実家があるはずのシャーンスへ流れ着き、無事に家へ帰ることが出来たというわけだ。父親はシェキナを見た途端に号泣したという余談も付けて。――襲撃で亡くなった母親に本当にそっくりだったらしい。
「というわけで今は貴族ってことになっているんだけど」
ハッピーエンドじゃないか、と肩をすくめていたクロウはこんこんと机を叩くシェキナの指を見て、それから視線を顔に向ける。可愛らしい顔立ちの少女だと言うのに、今その顔に浮かんでいるのはゲンナリとした表情で。はっきり言えばせっかくの顔立ちを台無しにしている。
「父様、私が家に帰ってきてからずっと考え込んでてね。それが何かと言えばね」
「お、おう」
「私の見合い話」
「おう……」
もううんざりなの、とシェキナは自らの指で何やら数え始める。
「五、六……」
「なんだよ」
「クロウが来る前に父様が持ってきた男の写真の枚数」
「わー」
あからさまな棒読みによる返答もシェキナは気にしない。話を聞いてくれるだけマシだ。父親は愛する娘に幸せになってもらいたい一心で日々若い男を捜している――もちろん、そんなのいらないと娘が言ったとしても、だ。愛していた妻が亡くなった上で奇跡的に娘と再会出来たのだから、幸福を願うこと自体間違っていることではないのだが。
「それでね、父様は『城で行われるパーティーに出席しろ』って言ったの。貴族による交流会っていうか王子様の話し相手を見つける場も兼ねてるらしいんだけど……だから、私と近い年頃の男の子がいっぱい来るみたいなのね」
「なるほど、そこで男を捕まえてこいと」
「面倒くさいったらありゃしない」
先ほどまで写真の枚数を数えていた指は栗色の髪へと伸ばされ、よく手入れされ艶やかなそれを優美に巻き取る。ふてくされた表情さえしていなければ絵になっていたかもしれない。
「私は結婚とかもうどうでもいいの。っていうかしても大丈夫な身体かも分からないし」
「そういやそうだな。お前、体調はいいのか? それを親父さんにも伝えたのか?」
「相変わらず痛覚はないけどね。父様にも伝ちゃーんと伝えた。泣きつかれて対処に困っただけだった」
刺々しい言葉遣いだったが、その中に嬉しさも混じっていた。家族に愛されているからこそだろう。彼女もまた、うんざりする素振りを見せつつも父親を思いやっているのだ。
クロウはそれを感じ取って肩をすくめ、しばらく考えた後にぽんと両手を叩いた。ブツブツと何かを呟いていたシェキナが二、三度瞬きをして彼の言葉を待つ。
「そうだ、シェキナ。家に居ても縁談話がうるさいのなら働きに出ればいいじゃないか。金も入るし、縁談をしばらく避けたいのなら良さげだと思うんだが」
「だめだよ、父様から猛反対されるって」
「働くって言っても、城で、だ」
その言葉にシェキナは驚き、目を丸くした。
「私みたいな子供が城で働く? 無理だよ、無理無理。厳しい試験とかもあるんでしょ?」
「フェリクス殿下の話し相手。それかメイドだな。お前、昔から掃除とか好きだったろ? それなら親父さんも反対はしないんじゃないか? パーティーもあるんだろ? ちょうど良いじゃないか」
「そんな簡単に言うけどねぇ」
クロウが夢物語を平然と口にする人物ではないことをシェキナは知っている。何か考えがある、という暗黙の信頼を寄せつつ呆れ顔を向けることは忘れない。
ニヤァ、と自慢げに笑ったクロウは机に肘をついて手を組んだ。
「俺に伝手がある。騙されたと思ってパーティーに参加してみろよ、きっと驚くぜ?」
「し、城に伝手? アンタ一体何の仕事してるの……」
「しがない情報屋さ。まぁ良いから良いから。任せとけって」
相当の自信があるらしい。クロウは言い切ってから椅子から立ち上がる。
「それじゃあ、一仕事してくるから俺はここで。じゃあな、楽しみにしてろよー」
「あ、ちょっと!」
制止も聞かずに立ち去っていくクロウを引き留めることは出来なかった。話を聞こうとしたところではぐらかされて終わりだろう。納屋から飛び出て一旦立ち止まる。シェキナは遠ざかっていく少年の背中を見送りながら腰に手をあてて鼻を鳴らした。
その後、中断してしまっていた中庭の掃除を再開するべく、シェキナは改めてボロ箒を手に歩き出した。
「どうなることやら……」
期待半分、不安半分のごちゃごちゃとした心を抱えたままシェキナはパーティーの日まで待つことになった。
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