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外伝
シェキナ編 幸せの選択 4(完)
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真剣な眼差しで問われれば、シェキナもそれに答えるべくカップをサイドテーブルに置き、背筋を伸ばした。
「はい」
シェキナはフェリクスに伝えた時と同じように、自分の気持ちを言葉にしてぶつけた。貴族として生まれた年若い少女のよくある戯れ言、夢物語なのかもしれない。それでもレーナはしっかりと聞いてくれた。
ドキドキしながら返答を待っていると、目尻に皺を寄せた微笑みが返ってくる。
「ふふ。シェキナちゃんは私とそっくりだね」
「え?」
「私も底辺とはいえ、貴族の出なんだ。でも、私にはあの堅苦しい感じがどうも合わなくてね。自分勝手であることは分かっていたけれど、家を飛び出して城に駆け込んだんだよ。まぁ、家に跡継ぎはいたから問題ないと思ってね――何の考えも無く飛び込んだこの城だけど、働いてみれば仕事のやりがいがあることあること。いつしかここが私のあるべき所だと思うようになっていた」
懐かしそうに語り、レーナはシェキナの手を取る。
「いいよ、満足するまでやってみな。ただし厳しく指導するけどね」
「いいんですか!? 父様にお話しなきゃ」
「きっと殿下からもアストラ男爵とお話があるだろうさ。男爵が親馬鹿であることはみんな知っているんだ、きっと分かってくれるさ」
「そ、そうなんですか」
おそらく何か出かけるごとに娘の自慢でもしていたのだろう。シェキナは恥ずかしさに頬を染める。悪い気は微塵もない。自分も父が好きなのだ。
噂をすればなんとやら、医務室の扉が開く音がした直後に「シェキナ! いるのかい?」と聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「ここだよ、父様」
シェキナが呼べばすぐに姿を現した男爵は、愛娘の無事を確認して安堵のため息をついた。レーナに一言挨拶をしてからシェキナの隣に座る。
「どこへ言ってしまったかと心配したよ」
「ごめんなさい。……あのね、父様。お願いがあるの」
「なんだい?」
「私、このお城で働きたいの」
「働く? でもね、シェキナ。君には縁談があって……」
「お願い父様。少しだけでもいいから!」
急に懇願されて父親も困惑せざるを得ない。くすくすと笑いながらレーナが助け船を出す。
「彼女、今までできなかった分、“好き”なことをしたいみたいですよ。お掃除とか、ね」
「好きなこと……」
父親は知っていた。自分の娘が精霊に捕らわれていたことを。そのせいで痛覚を失ってしまっていたことを。自由なんてなかっただろうに。せっかく生還できたのだから、目一杯幸せな道を進ませてあげないと……そう思って良い相手との結婚話を急いでいたが、シェキナは違うらしい。彼女の幸せは、今はそこにない。
「城で働いて、シェキナが幸せになるのなら問題ないよ」
「……!!」
シェキナは目を輝かせて、思いっきり父親に抱きついた。
「ありがとう、大好き父様!!」
***
それからしばらく経ったある日のこと。
フェリクスに招かれていた男爵は、城の二階に長く続く廊下の窓から庭を見下ろしていた。その視線の先にはまだ伸びきっていない身長を必死に背伸びしながら補いつつ洗濯物を干す愛娘の姿がある。他のメイド達の助言を受けつつ、テキパキと働く彼女の姿はキラキラと輝いて見えた。
「シェキナは頑張り屋さんです。みんな彼女のことを信頼していますよ」
「そのようですね。……殿下、娘の姿を見せてくださりありがとうございます」
「いや、お礼を言われることでもありません。娘を心配するのは父親として当然のことですから。……楽しそうですね」
「はい。娘のあんな楽しそうな姿、初めて見ました。私の思う幸せと彼女が望む幸せは違ったようです」
眩しそうに目を眇めて微笑んだ男爵にフェリクスも微笑む。
階下のシェキナは洗濯を終えて次は庭師の手伝いをしているようだ。花壇で草むしりをする姿はちょこんとしていて愛らしい。
「彼女ならきっと上手くやっていけますよ……男爵?」
フェリクスが見上げると、男爵は静かに涙を流していた。
「どうかされましたか?」
「いえ、いえ。心配には及びません。少し思いだしていただけなのです。亡き妻のことを。彼女も、おしゃれとか読書とかそういったものよりも身体を動かすことが好きだったのです。――シェキナはやはり妻に似ている」
懐かしそうに微笑んでいる男爵の優しい時間を邪魔しないように、フェリクスはしばらく口を閉ざしていることにした。
しばらくしてふと上を見上げれば、そこは雲一つない澄み切った青色が広がっている。温かな日差しが庭に降り注いでいる。
「確か、もうすぐ休憩時間だったはずです。彼女に会いに行きますか?」
「はい、よろしくお願いします」
そしてフェリクスに連れられて階段を下り、よく手入れされた庭園へと出る。季節の花が咲き誇る庭でメイド仲間を一緒に草むしりをしていたシェキナへと声をかける。
「シェキナ」
「はい。……父様!! 何故ここに?」
「殿下にお招きいただいたんだ。君の元気な姿が見たくってね」
「うん。私、とっても元気だよ」
額に汗の雫を煌めかせてシェキナは笑う。それを拭おうとして手袋の泥が顔に付いてしまった。男爵は吹き出しながらも持参していたハンカチで泥を拭き取った。
「まったく。君は可愛いんだから顔を汚してはいけないよ」
「気を付けます。……あのね、父様」
黒いスカートの皺を直してシェキナは父親である男爵を見上げた。そして笑う。太陽のように、キラキラと。
「私、今とっても楽しい。ここに来ることを許してくれてありがとう、父様!! ……大好き!!」
娘のあまりの可愛らしさに親馬鹿を発動させた男爵が真後ろへと倒れ込み、ふと思いだしたようにシェキナが口にした「クロウにもお礼を言っておかないと」という言葉に一瞬にして起き上がった後に「その男はどんなやつだ!!」と問いただそうとしたのは、シェキナやフェリクスにとって後の笑い話となっている。
「はい」
シェキナはフェリクスに伝えた時と同じように、自分の気持ちを言葉にしてぶつけた。貴族として生まれた年若い少女のよくある戯れ言、夢物語なのかもしれない。それでもレーナはしっかりと聞いてくれた。
ドキドキしながら返答を待っていると、目尻に皺を寄せた微笑みが返ってくる。
「ふふ。シェキナちゃんは私とそっくりだね」
「え?」
「私も底辺とはいえ、貴族の出なんだ。でも、私にはあの堅苦しい感じがどうも合わなくてね。自分勝手であることは分かっていたけれど、家を飛び出して城に駆け込んだんだよ。まぁ、家に跡継ぎはいたから問題ないと思ってね――何の考えも無く飛び込んだこの城だけど、働いてみれば仕事のやりがいがあることあること。いつしかここが私のあるべき所だと思うようになっていた」
懐かしそうに語り、レーナはシェキナの手を取る。
「いいよ、満足するまでやってみな。ただし厳しく指導するけどね」
「いいんですか!? 父様にお話しなきゃ」
「きっと殿下からもアストラ男爵とお話があるだろうさ。男爵が親馬鹿であることはみんな知っているんだ、きっと分かってくれるさ」
「そ、そうなんですか」
おそらく何か出かけるごとに娘の自慢でもしていたのだろう。シェキナは恥ずかしさに頬を染める。悪い気は微塵もない。自分も父が好きなのだ。
噂をすればなんとやら、医務室の扉が開く音がした直後に「シェキナ! いるのかい?」と聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「ここだよ、父様」
シェキナが呼べばすぐに姿を現した男爵は、愛娘の無事を確認して安堵のため息をついた。レーナに一言挨拶をしてからシェキナの隣に座る。
「どこへ言ってしまったかと心配したよ」
「ごめんなさい。……あのね、父様。お願いがあるの」
「なんだい?」
「私、このお城で働きたいの」
「働く? でもね、シェキナ。君には縁談があって……」
「お願い父様。少しだけでもいいから!」
急に懇願されて父親も困惑せざるを得ない。くすくすと笑いながらレーナが助け船を出す。
「彼女、今までできなかった分、“好き”なことをしたいみたいですよ。お掃除とか、ね」
「好きなこと……」
父親は知っていた。自分の娘が精霊に捕らわれていたことを。そのせいで痛覚を失ってしまっていたことを。自由なんてなかっただろうに。せっかく生還できたのだから、目一杯幸せな道を進ませてあげないと……そう思って良い相手との結婚話を急いでいたが、シェキナは違うらしい。彼女の幸せは、今はそこにない。
「城で働いて、シェキナが幸せになるのなら問題ないよ」
「……!!」
シェキナは目を輝かせて、思いっきり父親に抱きついた。
「ありがとう、大好き父様!!」
***
それからしばらく経ったある日のこと。
フェリクスに招かれていた男爵は、城の二階に長く続く廊下の窓から庭を見下ろしていた。その視線の先にはまだ伸びきっていない身長を必死に背伸びしながら補いつつ洗濯物を干す愛娘の姿がある。他のメイド達の助言を受けつつ、テキパキと働く彼女の姿はキラキラと輝いて見えた。
「シェキナは頑張り屋さんです。みんな彼女のことを信頼していますよ」
「そのようですね。……殿下、娘の姿を見せてくださりありがとうございます」
「いや、お礼を言われることでもありません。娘を心配するのは父親として当然のことですから。……楽しそうですね」
「はい。娘のあんな楽しそうな姿、初めて見ました。私の思う幸せと彼女が望む幸せは違ったようです」
眩しそうに目を眇めて微笑んだ男爵にフェリクスも微笑む。
階下のシェキナは洗濯を終えて次は庭師の手伝いをしているようだ。花壇で草むしりをする姿はちょこんとしていて愛らしい。
「彼女ならきっと上手くやっていけますよ……男爵?」
フェリクスが見上げると、男爵は静かに涙を流していた。
「どうかされましたか?」
「いえ、いえ。心配には及びません。少し思いだしていただけなのです。亡き妻のことを。彼女も、おしゃれとか読書とかそういったものよりも身体を動かすことが好きだったのです。――シェキナはやはり妻に似ている」
懐かしそうに微笑んでいる男爵の優しい時間を邪魔しないように、フェリクスはしばらく口を閉ざしていることにした。
しばらくしてふと上を見上げれば、そこは雲一つない澄み切った青色が広がっている。温かな日差しが庭に降り注いでいる。
「確か、もうすぐ休憩時間だったはずです。彼女に会いに行きますか?」
「はい、よろしくお願いします」
そしてフェリクスに連れられて階段を下り、よく手入れされた庭園へと出る。季節の花が咲き誇る庭でメイド仲間を一緒に草むしりをしていたシェキナへと声をかける。
「シェキナ」
「はい。……父様!! 何故ここに?」
「殿下にお招きいただいたんだ。君の元気な姿が見たくってね」
「うん。私、とっても元気だよ」
額に汗の雫を煌めかせてシェキナは笑う。それを拭おうとして手袋の泥が顔に付いてしまった。男爵は吹き出しながらも持参していたハンカチで泥を拭き取った。
「まったく。君は可愛いんだから顔を汚してはいけないよ」
「気を付けます。……あのね、父様」
黒いスカートの皺を直してシェキナは父親である男爵を見上げた。そして笑う。太陽のように、キラキラと。
「私、今とっても楽しい。ここに来ることを許してくれてありがとう、父様!! ……大好き!!」
娘のあまりの可愛らしさに親馬鹿を発動させた男爵が真後ろへと倒れ込み、ふと思いだしたようにシェキナが口にした「クロウにもお礼を言っておかないと」という言葉に一瞬にして起き上がった後に「その男はどんなやつだ!!」と問いただそうとしたのは、シェキナやフェリクスにとって後の笑い話となっている。
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