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駄菓子屋にて
しおりを挟む六時間の授業が終わり放課後になると僕達四人は学校を飛び出し、ランドセルを背負ったまま町の外れにある駄菓子屋へ向かった。
「着いたぞ。ここが駄菓子屋だ!」
学校から徒歩三十分。裏門のすぐ目の前に流れる川に沿って歩いて昭和感漂う家々が建ち並ぶ住宅街に入ると、オレンジ色のスポットライトを浴びながらそれは静かに建っていた。
この住宅街の中でも一際古い、とても年季の入った駄菓子屋だった。
辺りは日も暮れ始め、コンクリートの地面が不揃いな四つの影をはっきりと映している。
「疲れたよ~」
「それは君が太ってるからだろ……」
「はは……。でも本当にここまで長かったね」
道中、先頭を歩いていた拓のペースが速すぎて僕と佐藤君は途中からずっと息が上がりっぱなしだった。
普段運動不足な僕にとっては身体中に大粒の汗をかくほどの中々良い運動になった。
僕は温まった手の甲で額の汗を拭う。
冷気で冷えた汗が手に触れると、ひんやりしてとても気持ちが良かった。
「早く入るぞ」
僕らが来るのを退屈そうに待っていた拓に続いて店内に入る。
ここが駄菓子屋かぁ……。
店の中には様々な商品が置かれていた。駄菓子、お酒、日用雑貨など駄菓子以外の物まであった。
特に誰かがいる様子もなく、辺りはしーんとした空気が広がっている。
「俺フエラムネとあまい棒にしよう!」
「僕はポテトチップスと~棒ゼリーと~飴と~ドーナツと~……」
「お前は取りすぎなんだよ……僕はチョコバットにする……」
拓達は各々好きな物を好きなだけ手に取っていった。
僕は何にしようかなぁ……。
「……これでいいや」
どの駄菓子も食べたことが無かったので、適当に丁度目の前に置いてあった桜大根を取った。
「お、小鳥遊決まったか?」
奥で駄菓子を物色していた拓が僕が駄菓子を手に取ったのに気付いてやって来た。
「うん。この桜大根にする」
「お、それ俺がおすすめしようとしてたやつだよ。なかなか見る目あるじゃん」
「そ、そうかな」
僕は少しだけ口元を緩ませる。
「ああ、そうと決まれば早く帰るぞ。外で佐藤と鈴木も待ってる」
拓は僕に背を向けると、駄菓子を手に持ちながら何故か出口に向かって歩き出した。
「え? お会計はいいの?」
僕は拓の背中に尋ねた。
「いーんだよ。そんなことより早く来い。ここの婆ちゃんが帰って来ちゃうだろ」
拓はこちらに振り返ることなくそのまま歩き続けた。
「駄目だよ。物を盗むのは犯罪だよ……」
僕は止まらない彼の背中を引き止めようと弱々しくも説得する。
物を買うならその代償としてお金を払うのは当然の事。人間だったら誰しもが知ってるはずだし、生きる為にしなければならない義務でもある。
それを店の人がいないからといってしないのは、いくら友人であっても許すことは出来ない。
すると、拓の動きがぴたりと止まった。そして重い静寂が僕と拓の間に流れ始める。
数秒固まった後、拓はこちらに向き直り口を開いた。
「うるせぇんだよ。たかが十円二十円どうだっていいだろ。なんか文句あんのか?」
拓の様子がいつもと違った。さっきまでの笑顔からは想像できないようなきつい顔で睨む拓の圧力に僕は思わず怖気づいて反射的に首を振った。
こんな拓見たことない。
「……無いなら早く来い。」
拓は再び歩き出そうとする。
どうしよう。このまま罪を許すのが正解だろうか。でも、ここで罪を許したら僕も同罪になってしまう……。
やっぱり友達でも駄目なことは駄目って言わないと……。
「 やっぱり駄目だよ!僕こんなことしたくない!」
僕は意を決して駄菓子屋の外にまで響く声で反抗した。
すると拓は猛烈な速さで僕に詰め寄り胸倉を掴む。
「俺達、″トモダチ″……だよな」
「は、はい」
大して大声を出してもいないのに物凄い殺気を感じさせふ拓の表情と言葉に、僕ははいとしか返事をすることが出来なかった。
「……」
そうして店から出て行く彼の背中を、僕はただただ呆然と立ち尽くして見ているだけだった。
***
僕は拓の罪を許してしまった。そして僕も同じ罪を犯した。
断ったらもう一緒にいてくれないような気がしたから。また一人ぼっちになってしまうから。
″トモダチ″というただの肩書きの為に、今日僕は僕を捨てたんだ——。
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