戯言モノローグ

荒川咲良

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1ー2

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『なあ』
『ん? ああ、黒川くろかわくん。どうしたの?』
『お前、今週末暇か?』
『予定はないけど……』
『じゃあ週末のどっちか、デートしようぜ』
『……ん? ご、ごめん、聞き間違えたかもしれないからもう一度言ってくれる?』
『はあ? じゃあもう一度言うから、今度は聞き逃すんじゃねえぞ』
『わ、わかった……』
「週末のどっちか、つまり今週の土曜か日曜、僕とデートしようぜ』
『………え?』

 ーーーはい、回想終了。
 これ以上語ることも特にないから、こんなどうでもいい回想はさっさと終え、別のもっと興味の湧くような話題へと移ろうと思う。
 僕こと黒川くろかわ裕人ひろとには、食べ物の好き嫌いがない。ないというのは『全くない』という意味ではなく、『ほとんどない』 という意味だけれど。
 どうしても食べられないものといえば、カメムシの味がする葉っぱ(パクチー)と、ナマコの内臓を塩で漬けたもの(このわた)くらいだろうか。どちらにしたって食べられないからって1ミリの支障もないうえ、日常的に食べるような食べ物ではないから、むしろ食べ物にカウントするべきですらない気さえする。
 おっけー、先ほどの言葉は訂正しよう。
 僕には、食べ物の好き嫌いがない。ないというのは『ほとんどない』などの略なんかではなく、文字通り『全くない』という意味だ。
「なあ」
「なんだ」
「嫌いな食べ物ってあるか?」
「あー……ないな、たぶん。あ、好き嫌いじゃあないが、スイカとメロンはアレルギーで無理だ。食べると吐き気がする。というか吐く」
 僕に向けるべきである視線を右手の本の文字列へと落とし、左手に持ったコンビニのおにぎりを齧りながら、空前絶後のクールガイこと白山しらやま琢磨たくまはそう答えた。まったく、話すときは相手の目を見ろって、小学校で教わらなかったのか?
「アレルギーか……。そりゃ大変だな」
 花粉とハウスダスト以外のアレルギーを持っていない僕だから、頭からすっぽり抜けていた。
 そうそう、中学のときの部活にもいたな、卵アレルギーの奴。『今日は大丈夫な気がする』とか言って勝手に僕の卵サンドを一口奪い取り、しばらくしてから蕁麻疹が出て早退していった。その時はさすがに動揺が隠せず、自分の身を犠牲にした一周回ってめちゃくちゃ高度なボケなのかと思ったりもしたけれど。
 そういえば、僕も同じようなものを持っていたな。アレルギーではないが。
「少し違うものなんだけど、僕も牛乳を飲むと下痢が止まんなくなるんだよね。乳糖不耐症にゅうとうふたいしょうって病気だと思ってるんだけど。最近は牛乳禁止生活だって送っているんだぜ」
「そりゃ大変だな」
 乳糖不耐症とは、乳糖の消化酵素のラクターゼが消化できないことで、消化器に生じる諸症状。 多くの場合、消化不良や下痢などの症状を呈する。Wikipedia参照。
 牛乳を禁止にするきっかけとなった1年とちょっと前がピークで、1ヶ月で体重が一気に3キロ落ちたりもした。それ以降、毎晩の食後に飲んでいた牛乳を豆乳に代えてからは今日まで、健康状態をキープできている。
 こういう場面でも好き嫌いの少なさってのはメリットになり得たりしちゃうわけだ。同じような状況で豆乳が苦手なら、豆乳を代用するという選択肢がそもそも生まれないのだから。実際、牛乳に比べても口にする機会が少ない分、豆乳の方が苦手って人も多そうな気がする。
 しかし、1年も牛乳を飲んでいないとなると、そろそろその味が恋しくなってくる頃でありまして。何しろ、風呂上がりのコーヒー牛乳も飲めないのだから。コーヒー味の豆乳ってのもあるし、それをちょくちょく買って飲んだりはしているけれど、瓶のコーヒー牛乳に比べれば雰囲気も味も一歩劣る気がする。
 それに僕、単純に牛乳が好きなんだよな。
「大変なんだよな、わりとマジで。これって病院に行って治療すれば治ったりするのかな」
「そういう疑問は俺じゃなく、お前が今手に持っているスマートフォンのAIアシスタントにでも問い掛けた方が確実なんじゃないか」
 せいろんだあ。
 確かに今の時代、インターネットで解決しない疑問はほとんどないと言えるほどだ。数十年後の未来、自身の将来の出来事でさえ100%的中させてしまうアプリなんかが普及していたとしてもなんら不思議はない。現代の科学の進歩は凄まじいからな。もしそんなアプリが開発されることがあったのなら、どうか開発者はノストラダムスさんの血縁の方であって欲しいところだ。
「話を変えるけどよ、黒川」
「なんだよ、つれねえな。こっちはこれから、アレルギー繋がりで花粉症の辛さについてで盛り上がるつもりだったっていうのによ。最高に笑える、とっておきの話題だって用意しているんだぜ?」
 親友を楽しませることに抜かりがない男、黒川裕人。普段から世話になっている白川には笑顔で学校生活を送って欲しいという、僕なりの感謝の意だったりするのかもしれない。
 決して、他に友達がいない僕がせめて白山だけは失わないように、必死こいて機嫌を取ろうとしてるわけじゃないことは理解していただきたい。
「そんなに笑える話題なら、いつか無視できない誰かに『おもしろい話(笑)』を求められたときのために取っておくことを、俺はおすすめするぞ」
 なるほど。
 ここ最近でもっともためになった助言だ。よし、これからはおもしろい出来事が起こる度にきちんと日記として記録することにしよう。僕のような平凡な日常を送る人間でも、社会に出るときにはきっと10個程度は話題が溜まっているはずだ。
「で、話を変えるけどよ」
「あ、はい」
 よかろう。
 素晴らしい助言に免じて、話を変えることを許そうじゃないか。
「お前、本気か?」
「何が」
「デートだ」
「ああ、それか。もちろん本気マジだ」
「誰と」
「お前も見てただろ? 堀北ほりきただよ。堀北ほりきた七海ななみ
 僕は先ほど、クラスメイトであり唯一の異性の知人である女の子をデートに誘うことに成功した。4限に語った心当たりとはなんと驚くことに、彼女のことであったのだ。
 白山の前でそんな素振りを見せたことがなかったからか、少しだけ動揺した様子だ。
「え、どんな関係なんだ、お前ら。幼馴染とか?」
「そんなんじゃないよ。初めて会ったのも中学だし。たまたま3年間同じクラスで、すこし話すようになっただけだ。……いや、去年も今年も同じクラスだし、これで5年目になるのか」
「ええ……?」
 堀北と初めて出会ったのは、中学1年の時。とはいっても、実際に関わりを持つようになったのは2年に上がってからのことで、委員会が一緒になったのをきっかけにちょくちょく話すようになった。帰りの時間が被れば途中まで話しながら帰ったり、出掛け先でたまたま会ったときには軽く立ち話をしたりする程度の、それなりの関係。友人と言えるかどうかも怪しいライン。
 さっき白山がしたどういう関係なのかという質問に対しては、『クラスメイト』と答えるのがもっとも適切で適当であるように感じる。あっちがどう思っているかはわからないし、なんなら僕自身がどう思っているのかすら定かではないから、僕の口からはっきり言えることは何もないというのが実際のところだ。
 しかしこの4年間、正しくは3年間か。僕が堀北と関わり言葉を交わしたことで、堀北についてひとつだけわかったことがある。
 彼女は、堀北七海という女の子は、とてもいい奴なのである。
 真面目で、優しくて、そしてよく笑う、とにかくすごくいい奴。しかしだからといって完璧超人なのかと言われればまったくそんなことはなく、いい意味でも悪い意味でも、なんというか人間らしい人間だと感じる。
 テストは毎回中の上ってところだし、授業中にうとうとしている姿も何回か目撃したことがある。彼女の真面目さはそういった表面的なものじゃなく、もっと根本的なところにあるように感じる。と、クラスメイトの中でもそれなりに仲のよかった僕は、そんなふうに彼女を認識した。
 だからこそ、『友人は少数精鋭』がモットーの僕も堀北との縁を自分から切ろうとはしなかったし、このクラスメイトという関係性が続く限りはそれなりの関わりを持っていきたいと考えていたりする。
「で、僕が堀北をデートに誘うのに何か問題があるのか? 向こうもいいって言ってくれたわけだし、特に問題はないだろ」
 反射的にOKを出してしまったように見えたが、まあいいだろう。気にしたら負けだ。誘い方が悪かっただけで、ちゃんと話せばOKしてくれると、確信に限りなく近い予想はしていたし。堀北優しさに漬け込もうと思ったわけでは断じてないけれど。断じてないけれど!
「誘うこと自体は問題じゃない。問題があるのは誘い方だ。堀北がお前の性格をある程度理解していたからよかったものの、他の女子なら一発でイかれてる奴判定だ」
 白山にも言われてしまった。
「おいおい言いすぎだぞ。ふにゃふにゃメンタルで傷つきやすい黒川くんが泣いてしまってもいいのか」
「ふにゃふにゃはふにゃふにゃでも、お前のはどんな衝撃を受けても崩れないスライムメンタルだろうけどな」
 なかなか上手いことを言う。
 しかし僕の中でのスライムは某RPGの最弱モンスターの印象が強すぎるから、スライムメンタルは皮肉でもなんでもなくシンプルな悪口に聞こえるけれど。ちなみに僕は天空シリーズが一番好き。導かれて集結したり、花嫁選んだり、夢と現実を彷徨ったり。感動的なストーリーに、世界観も魅力的で最高なんだよな。
「てかお前、デートとかしたことないだろ」
「あたり前田のクラッカー。そんなもの、学生の本分を理解していない愚か者のすることだ」
「……低レベルのボケをハイテンポで繰り出されるこっちの身にもなって欲しいもんだな。めんどくさいを通り越して軽く殺意湧いちゃうからほんとにやめてほしい」
 ガチのトーンで懇願された。
 なんていうか、すっごく嫌な気分だ。
「異性との交友の経験がゼロを通り越してマイナスに等しいお前が、ろくなデートができるとは思えないんだが? 知らないと思うから教えてやるけど、こういう場合、デートプランを練るのは基本的に男の務めなんだぞ」
 堀北とたまに話したりすることを考えれば、マイナスはもちろんゼロってこともないと思うのだけれど……。と、こうやっていちいち突っかかることを白山が不快に感じているのだろうと推察した僕は、この文句をそっと心に押し留めた。
 黒川裕人という人間がまたひとつ成長を遂げた瞬間である。
「さすがにそういうマナー的なのは把握してるさ。まあ考えたプランも飽くまで選択肢のひとつってだけで、プラン通りに行動することになるとは思わないけどな」
「つまり?」
「デートプランは男が考えてくれていると、女側も少なからず想定しているわけじゃない? でもさ、デート場所を告げられた時点で、多少なりとも考えちゃうんだよ。あそこならあのイタリアン行ってみたいな、とか、駅前のあのアンティークショップに行きたいな、とか。だからそれを想定して、男側も当日集合したときに訊くわけだよ。『どこか行きたい場所はある?』ってね。レディーファーストってわけじゃないけれど、女が男に合わせるより、男が女に合わせたほうが楽しいデートになると思うんだ。要するに、あらかじめ建ててきたデートプランは骨組みと考えて、当日になってから臨機応変に肉付けしていったらいい。大事なのはデートプランを建てることでも、デートプラン通りに行動することでもない。お互いに楽しい1日を過ごすことなんだから」
 語ってしまった。じわじわとこみ上げる羞恥心を咳払いで誤魔化した。
「理屈っぽくて頭が痛くなるな」
「はあ? 自分で言うのもなんだが、なかなか理にかなっている考え方だと思うけど」
「理にはかなっているかもしれないけど、大切なのは理屈じゃないだろ。感情は理屈じゃ説明できないことがほとんどだ。人類の感情はいつだって想像を大きく超越してくると、相場は決まっているんだ」
 わけがわからないよ……。
 映画やアニメじゃ、データ通りに動かない主人公に翻弄される悪役ってのも少なくないけれど……。しかしそれとこれとはまったく別だと思うのは僕だけだろうか。どのくらい違うかって、お好み焼きとピザくらい違う。
 それにその理論で考えるなら、常に想像を大きく超越してくる生物相手にプランを組むなど無謀にもほどがあるような気がするのだが……。
「でもまあ、考えたところであまり意味はないってのは事実だろうしな。……仕方がない。すごく嫌だが、我が愚妹に助言を求めることにするか」
「ああ、祐奈ゆうなちゃんか。……あれ、でもお前、妹と仲悪くなかったっけ?」
「いや、べつに悪いってわけじゃないよ。めちゃくちゃいいってわけじゃないだけで」
 僕の2つ下の妹、黒川くろかわ祐奈ゆうな
 普段はお互いに相談し合うほど仲がいいわけではない僕らだが、祐奈はいわゆる『恋バナ』とやらが大好物だったはずだ。相手が兄だとはいえ、相談には進んで乗ってくれると思う。
 妹以前に性別が女だということを考えても、こうして同性の白山とだらだら喋っているよりは有意義な時間が過ごせることだろう。
 とりあえず祐奈にも話して、詳しいことはその後考えよう。焦るようなことじゃない。所詮はお試しデートなのだから。
「まあ、なんとかなるだろ」
 この時の僕は、まさか後にあんなことが起こるなんて想像だにしていなかったーーー。

 こうやって締めておくことによって逆フラグが建築されたことを、切に願おうと思います。
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