アヤカシ少年は素直じゃない

ぴぴみ

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 陽光が部屋を明るく照らす。
窓からはすきま風が入り込み、老女の髪を優しく撫でた。
 
 彼女はベッドに横たわり、孫娘に昔話を聞かせているところだった。

「─これは本当にあったことなのよ…私がまだ16だった時のお話」
「あやかしに会ったんだよね?それで、それで何があったの?」

 好奇心旺盛な孫娘に眼を優しく細めながら老女は話し出す。

「─あの夏の日……」


◇◆◇

 暑い日差しが照りつける。蝉の声があちこちから鳴り響く、そんな夏真っ只中の8月。
 
 美華子みかこは、休みを利用して祖父の家に遊びに来ていた。

「あつい…」

 だらだらと床に寝そべりながら彼女は独りごちる。冷房の故障なのか、一向に涼しくならない部屋に嫌気がさして外へと飛び出した。

「ちょっと外、出てくる!」

 そう言い置いて、山へと駆け出す。
彼女の祖父の普段の住まいは市内にあるのだが、この夏は所有する山の中の別邸で過ごすことになっていた。

 森の緑は目に鮮やかで、木陰に入ると不思議なことに少し涼しくなった気がした。
 
 眼を閉じて木に寄りかかる。葉擦れの音や小鳥のさえずり。蝉の鳴き声も気にならない。
 
 すると一陣の風がふわりと通りすぎた。

「藤堂家の娘さん?」

 気がつくと見知らぬ男に声をかけられていた。長い黒髪を後ろで一つにまとめ、着物を着ている。鼻筋がすっと通り、肌の色はぬけるように白い。
 
 驚くほどの美男子だったが、私有地に人が入り込んでいるなんてと美華子は警戒した。

「えっと…どちら様ですか?」
「ああ。驚かせてすまない。私はこの近くに住んでいる者だよ。」
「…そうなんですか」

 まだ警戒は解けない。彼女の顔にはありありと不審の文字が浮かんでいたが、男は気にした様子もなく言った。

「家がこの近くなんだ。良かったら遊びに来ないかい?」
「いえ大丈夫です…」
「ほらそんなこと言わずに」

 男はしつこかった。今時そんな誘い文句で他人の家を訪れる者などいるのだろうか?
彼女は毅然として断った。
 
「いえ本当に結構です。祖父母も心配しますし…」
「……」

 男は浮かべていた笑顔をすっと消した。
その瞬間彼女の背がぞわりと泡立った。

(─この男、異常者かも…)

 彼女は離れようとするも一足遅かった。
男が彼女の左腕を強く掴んだ。

「いっ…た」

 思わず声が漏れる。恐怖以上に不快だった。彼女は力一杯暴れて、男の顔面に一発入れた。

 まさか当たるとは思っていなかったが、今の内にとばかりに逃げ出した。
 
 途中ちらと振り向くと男は既にいなかった。忽然と姿を消していた。まるで消えてしまったみたいに。

「一体何だったの?」

 美華子は疑問に思いながらも家へと急いだ。変質者には気をつけなくてはと思いながら。

 そんな彼女を山に住むあやかし達が見つめていたのだが、彼女には知る由もなかった。


◇◆◇

「おじい様!今変な男が…!」
「!」

 祖父は無事で良かったと言い、美華子にその時の詳しい状況を聞いた。
 
 話し終えると考え込んだ様子でしばし黙っていたが、やがて言った。

「もしかしたら、あやかしのたぐいかもしれないな。一度見たことがある」

 美華子は祖父が冗談を言っているものと思ったが、真剣な様子に考えを改めた。
自然と背筋が伸びる。

「我が家の祖先が武士、それも直参旗本じきさんはたもとだったというのは知っているな?」
「はい」

 直参旗本とは、簡単に言うと将軍に直に会える殿様のこと。美華子は幼い頃から聞いて理解していた。

「だが、これはあまり知られていないが、
親族には強い力を持ち巫女となった者もいたそうだ」

 美華子は驚いた。初めて聞いた話だった。
祖父が言うことには、時たま、あやかしが見える者も生まれてきたとのことだった。

(私もそうだということ?)

 おとぎ話の中の存在に過ぎなかった、あやかしが形を持って身に迫ってきたように感じ
美華子はぶるりと震えた。

◇◆◇

  その日の晩、彼女が布団にくるまっているとどこからか声がした。

「ふふふ。藤堂家の娘は威勢がいいネ」
「くふくふ。天狗の坊やを退けるなんてネ」

 意識しなければ聞き逃してしまうほどの囁き。しかし祖父から話を聞いたばかりだった彼女はがばっと飛び起きた。

「誰なの?」
「僕たちは野干やかんだよ」
「え?やかん?」

 彼女は湯沸し器を想像した。

「もー何考えてるか分からいけど間違ってる気がするネ。…狐でいいよー」

 ふさふさした毛並みの子狐達が顔を出した。

「か、かわいい!」

 思わず美華子は抱き締めた。

「もう!苦しいよー」
「それより天狗って何のこと?」

 嫌がる子狐達を胸に抱きなから、気になったことを聞く。

「さっき殴ってたでしょー?見てたんだからネ」
「あれはすごかったネ」

 口々に言われ、自分が殴り飛ばした美男子を思い出す。

「ああ…あの…!」

 変質者という言葉は口に出さなかった。

「あいつは何で急に来たの?」
「ふふ。娘に会いたかったからだと思うネ。」
「私に?あやかしについて知ったのもほんの数時間前だっていうのに?」
「娘、良い匂いするネ。あやかしが好きな匂いだよー」

 くんくんと自身の匂いを嗅いでみるもまるで分からなかった。

「自分じゃ分からないと思うよー」
「そうだよそうだよ」
「ふふふ」

 そう言い残して彼らは去っていった。夜の闇の中へと真っ直ぐに。

 美華子はじっとその様を眺めていた。
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