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絶許
『メイドの一人が体調を崩して、辞めてしまった。私にとってはメイド以上の存在だった彼女。
味方のいないエーデル家で唯一寄り添ってくれたライラ。あなたには側にいてほしかったのに…。
頼りない私には相談しづらかったのだろうか?一言もなかった。
だが、そうではなかったと知ったのは家政婦長のライーサがメイドと話しているのを聞いたからだ。
ライーサは言っていた。
“よくやってくれたわね。ライラもきっと…分かってくれたと思うわ。”
疑問に思って物陰に隠れるとメイドが言った。
“まあ、しぶとかったですけどねあの女。
奥様を最後まで悪くは言わなかったですし。
痛め付けて破落戸まで雇ったって言ったのを本気にしたのか、逃げていきましたけど。”
アハハハ
彼女たちの笑い声が今も頭に残っている。
どんなに怖かったことだろう。彼女の苦しみに気づかずに自分の悩みばかり話して。
私はなんて、愚かだったのだろう。』
百合は思った。
ライーサ、あんた人として終わってる…。
いくら女主人を快く思っていなかったとはいえ、度が過ぎた行為だ。
それから百合は、家政婦長について徹底的に調べ始めた。
巧妙に隠してはいるが、続々と出てくる証拠の数々。横領も当然の如くやっていた。
手下のメイド経由だが、彼女は自分の身可愛さにライーサを売ってくれることだろう。
百合はほの暗く微笑んだ。
今まで不自然に辞めていった使用人にも連絡がつく者には、手紙を出した。
一人では弱くても、ここまでライーサから受けた仕打ちについて訴える者がいれば…。
中には法廷で証言すると言っている者も。
証拠は揃った。その前にクルーガーにお伺いを立てなくては。
◇◇
「お忙しいところ失礼致します。夕食時でいいので少しお時間頂けないでしょうか?」
「…分かった」
鉄面皮の彼の態度が急に柔らかくなることはないが、話を聞いてくれたことにほっとする。
それでは、と言って百合は退出した。
◇◇
夕食の時間、二人揃って食べているのが珍しいのか給仕する下僕が驚いたような顔をしている。
それを軽く睨み付けながらも、百合は切り出した。
「ご相談というのは、家政婦長ライーサについてなのですが─」
そう言って、手早く簡潔に彼女の行いを訴える。クルーガーは言った。
「これだけ証拠が揃っているなら、辞めさせるのは簡単だろう?なぜ、私に?」
「公爵家の不祥事になりかねない事案です。先にお許しを頂くべきかと…。」
「警察につき出すもしないも、どうぞお好きに。あなたなら悪いようにはしないだろう?」
それは、どういう意味かと一瞬百合は考える。侮られているのかとも思ったが、どうやら違うらしい。
自分を信頼してくれているのではと、心が温かくなる。裁量権を取り戻してからの自分の行いを認めてくれているようで…。
「決して悪いようにはしません。」
それだけ言って食事を再開した。
◇◇
─奥様が呼んでる
ライーサは使用人部屋のベルが鳴り、自分が呼び出されたことに辟易とした思いで部屋へと向かった。
「お呼びですか?奥様」
「…入って」
目の前で優雅にお茶を飲む女主人を見つめてライーサは顔をしかめた。
「どういったご用でしょうか?私も暇ではないのですが」
「すぐ終わるわ」
そう言って、しばしの間お茶の味を楽しんだ。
「…これから話すことは、意味のない下らないことなの…。でも女主人として言わなくてはね。」
百合は間をあけて口を開く。
「お前は、クビよ」
「…は?」
ライーサの口からは乾いた笑いが漏れた。
「何をおっしゃってるんですか…奥様。
私が何をしたと…?」
バサッ
書類の束を机に投げ捨てる。もちろん写しだ。用意するのは大変だったが、万が一破られたり燃やされてはかなわない。
ライーサが言う。
「それは?」
「あなたが分かるように簡単に言うと、犯した罪の証ね」
勝手に見ればというように、ひらと手を振る。
ライーサは震える手でそれを取って読むなり言った。
「捏造です!誰かが私を陥れようと…」
「うーん。それは無理があるんじゃない?
ここまで訴える者が多いとね…。法廷で証言してくれる者もいるそうよ」
漸く状況を把握したのか、ライーサがすがり付いてきた。
「奥様…どうかお許しを。なんでもいたしますので、今までのことはどうか…」
「そうね…あなたは長年屋敷に勤めてくれたものね」
「それでは…」
ライーサの顔がパアッと明るくなる。
「私、そういえば謝罪の言葉、まだ聞いてないわよね?」
「申し訳ございません奥様…!」
地べたに頭を擦り付ける勢いでライーサが言う。
「頭が高い…なんちゃってね」
ライーサの頭を軽く押して、すぐ離れる。
これ以上はやり過ぎねと。
しかし、思い直して、これは辞めさせられたライラと女主人の分とばかりに足で蹴った。
ライーサが痛みに悶える。
「それであなたの処遇なのだけれど、まず、ここに署名してくれる?」
百合はそれには構わず言った。
守秘義務についての書類だった。
─自身が犯した罪を含めて、エーデル家で起きた一切を他言することを禁ず。破れば、法の下、正式に訴えるものとする。
ライーサは署名した。
百合はそれを受け取り、にっこりと笑った。
「今までありがとう。紹介状は書かないけれど、こずるいあなたならどこでも上手くやっていくわよね。それじゃあね」
「待ってください奥様!話が違います!!」
「話?」
「許してくださるのでは?」
「そんなこと一言も言ってないけど?
じゃあねもう二度と会うこともないと思うけど」
この嘘つきと殴りかかってきたライーサの腕を掴んで、扉の外に向かって怒鳴る。
「早く連れていって!」
外で待機していた下僕が、彼女を連れていく。
ずっと暴れていたので、女主人に対する暴行未遂での訴えも今後できるわねと、わざと聞こえるように言ったら大人しくなった。
味方のいないエーデル家で唯一寄り添ってくれたライラ。あなたには側にいてほしかったのに…。
頼りない私には相談しづらかったのだろうか?一言もなかった。
だが、そうではなかったと知ったのは家政婦長のライーサがメイドと話しているのを聞いたからだ。
ライーサは言っていた。
“よくやってくれたわね。ライラもきっと…分かってくれたと思うわ。”
疑問に思って物陰に隠れるとメイドが言った。
“まあ、しぶとかったですけどねあの女。
奥様を最後まで悪くは言わなかったですし。
痛め付けて破落戸まで雇ったって言ったのを本気にしたのか、逃げていきましたけど。”
アハハハ
彼女たちの笑い声が今も頭に残っている。
どんなに怖かったことだろう。彼女の苦しみに気づかずに自分の悩みばかり話して。
私はなんて、愚かだったのだろう。』
百合は思った。
ライーサ、あんた人として終わってる…。
いくら女主人を快く思っていなかったとはいえ、度が過ぎた行為だ。
それから百合は、家政婦長について徹底的に調べ始めた。
巧妙に隠してはいるが、続々と出てくる証拠の数々。横領も当然の如くやっていた。
手下のメイド経由だが、彼女は自分の身可愛さにライーサを売ってくれることだろう。
百合はほの暗く微笑んだ。
今まで不自然に辞めていった使用人にも連絡がつく者には、手紙を出した。
一人では弱くても、ここまでライーサから受けた仕打ちについて訴える者がいれば…。
中には法廷で証言すると言っている者も。
証拠は揃った。その前にクルーガーにお伺いを立てなくては。
◇◇
「お忙しいところ失礼致します。夕食時でいいので少しお時間頂けないでしょうか?」
「…分かった」
鉄面皮の彼の態度が急に柔らかくなることはないが、話を聞いてくれたことにほっとする。
それでは、と言って百合は退出した。
◇◇
夕食の時間、二人揃って食べているのが珍しいのか給仕する下僕が驚いたような顔をしている。
それを軽く睨み付けながらも、百合は切り出した。
「ご相談というのは、家政婦長ライーサについてなのですが─」
そう言って、手早く簡潔に彼女の行いを訴える。クルーガーは言った。
「これだけ証拠が揃っているなら、辞めさせるのは簡単だろう?なぜ、私に?」
「公爵家の不祥事になりかねない事案です。先にお許しを頂くべきかと…。」
「警察につき出すもしないも、どうぞお好きに。あなたなら悪いようにはしないだろう?」
それは、どういう意味かと一瞬百合は考える。侮られているのかとも思ったが、どうやら違うらしい。
自分を信頼してくれているのではと、心が温かくなる。裁量権を取り戻してからの自分の行いを認めてくれているようで…。
「決して悪いようにはしません。」
それだけ言って食事を再開した。
◇◇
─奥様が呼んでる
ライーサは使用人部屋のベルが鳴り、自分が呼び出されたことに辟易とした思いで部屋へと向かった。
「お呼びですか?奥様」
「…入って」
目の前で優雅にお茶を飲む女主人を見つめてライーサは顔をしかめた。
「どういったご用でしょうか?私も暇ではないのですが」
「すぐ終わるわ」
そう言って、しばしの間お茶の味を楽しんだ。
「…これから話すことは、意味のない下らないことなの…。でも女主人として言わなくてはね。」
百合は間をあけて口を開く。
「お前は、クビよ」
「…は?」
ライーサの口からは乾いた笑いが漏れた。
「何をおっしゃってるんですか…奥様。
私が何をしたと…?」
バサッ
書類の束を机に投げ捨てる。もちろん写しだ。用意するのは大変だったが、万が一破られたり燃やされてはかなわない。
ライーサが言う。
「それは?」
「あなたが分かるように簡単に言うと、犯した罪の証ね」
勝手に見ればというように、ひらと手を振る。
ライーサは震える手でそれを取って読むなり言った。
「捏造です!誰かが私を陥れようと…」
「うーん。それは無理があるんじゃない?
ここまで訴える者が多いとね…。法廷で証言してくれる者もいるそうよ」
漸く状況を把握したのか、ライーサがすがり付いてきた。
「奥様…どうかお許しを。なんでもいたしますので、今までのことはどうか…」
「そうね…あなたは長年屋敷に勤めてくれたものね」
「それでは…」
ライーサの顔がパアッと明るくなる。
「私、そういえば謝罪の言葉、まだ聞いてないわよね?」
「申し訳ございません奥様…!」
地べたに頭を擦り付ける勢いでライーサが言う。
「頭が高い…なんちゃってね」
ライーサの頭を軽く押して、すぐ離れる。
これ以上はやり過ぎねと。
しかし、思い直して、これは辞めさせられたライラと女主人の分とばかりに足で蹴った。
ライーサが痛みに悶える。
「それであなたの処遇なのだけれど、まず、ここに署名してくれる?」
百合はそれには構わず言った。
守秘義務についての書類だった。
─自身が犯した罪を含めて、エーデル家で起きた一切を他言することを禁ず。破れば、法の下、正式に訴えるものとする。
ライーサは署名した。
百合はそれを受け取り、にっこりと笑った。
「今までありがとう。紹介状は書かないけれど、こずるいあなたならどこでも上手くやっていくわよね。それじゃあね」
「待ってください奥様!話が違います!!」
「話?」
「許してくださるのでは?」
「そんなこと一言も言ってないけど?
じゃあねもう二度と会うこともないと思うけど」
この嘘つきと殴りかかってきたライーサの腕を掴んで、扉の外に向かって怒鳴る。
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