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7.いい人?

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 お屋敷に出る幽霊はいい人かもしれない。そう言ってみたら、リュシアン様は明らかに引いていた。

『ジスレーヌ、お前頭がおかしくなったんじゃないか? 幽霊が見えたと言い出したと思ったら、今度は幽霊に洗濯や料理を手伝ってもらっただと……?』

「本当なんです! 石鹸の場所を教えてくれたり、私でもできそうな料理を教えてくれたり……。あの人はきっといい人です」

『大丈夫か……? それほど精神に来ているなら、今度医者を遣わせようか』

 呆れ顔だったリュシアン様が、だんだん心配そうな顔になってくる。リュシアン様が心配してくれるのはとてもとても嬉しいのだけれど、私はいたって正常なのだ。

「本当なんです、リュシアン様!」

『わかった。もしあまり幻覚がひどいようだったら言ってくれ。対処するから』

 リュシアン様は困り顔になってそう言った。わかってくれていないのは明らかだったけれど、私は諦めて話題を変えることにした。


「リュシアン様、そういえばお屋敷で小さな子供用の手袋やマフラーを見つけたんですよ」

『手袋やマフラー?』

「はい。それに、庭の薬草を使った薬やお茶の作り方のメモも見つけました。多分、このお屋敷には家庭的なお母さんが幽閉されていたんでしょうね。私は編み物もメモも、同じ人が残したんじゃないかと思ってるんです。幽閉生活なのに結構楽しんでそうで、おかしくなっちゃいました」

『お前もなぜか楽しそうだけどな』

 リュシアン様は真顔でそう言った。その後でふと考え事をするように黙り込み、私をじっと見て尋ねる。

『小さな子供用と言ったか?』

「はい。手袋なんて私の手のひらの半分の大きさもないんです」

「その屋敷に幽閉された者の中に、幼い子供がいる女性なんていなかったと思うんだが……」

 リュシアン様はそう言いかけて、苦々しい顔になった。

『いや、一人だけいたな。一番最初に閉じ込められた魔女。あの女には幼い子供がいた』

「じゃあ、きっと魔女さんが作ったんですね!」

『魔女は公爵家の子供を手にかけようとした冷酷な女だぞ。そんなはずない』

 リュシアン様はそう言うけれど、それほど違和感はなかった。私は屋敷に現れる幽霊を、おそらくその魔女だと思っている。

 屋敷に入れられた当初ならリュシアン様と同じく信じられなかったかもしれないけれど、あの親切な幽霊が子供にプレゼントを用意していても、何も不思議ではないと思った。

「リュシアン様、魔女……本名はベアトリス・ヴィオネというんでしたっけ。ベアトリス様の外見はどんなだったか知っています?」

『知らないな。幽閉された時、二十六歳だったというのは聞いたが』

「そうですか……。でも、あの幽霊、確かにそれくらいの年に見えました」

『また幽霊の話か』

「だって、はっきり見えるんですもの! 今あの方が現れたら、リュシアン様にも見せてさしあげられるんですが……」

 そう言ってダメもとで壁に向かって「幽霊さん」と呼んでみたが、彼女は現れなかった。

 鏡を振り返るとリュシアン様が哀れむような目でこちらを見ている。

『ジスレーヌ、お前が大分追い詰められていることはわかった。報告だけはしておく。そうしたら幽閉期間が短くなるかもしれない。だからもう少し頑張れ。いいな?』

「リュシアン様、私は正気です……!」

 私の言葉は最後まで信じてもらえず、時間が来て通信は終わりになってしまった。


 鏡の前でどうしたら信じてもらえるのかしらと考えていると、空気がすぅっと冷える。

「あ、幽霊さん。遅いですよ。もう通信切られちゃいました」

 振り返ると、そこには幽霊がいた。幽霊は首を傾げて不思議そうな顔をした後、すぐに消えてしまった。
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