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7話 必要な嘘
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G45が、よく畑仕事をしている兵士たちから、変異種の被害に遭った部隊の救助を頼まれていたのは知っていたが、巻き込まれる前に逃げた。
そんな誰がやっても変わりない仕事より、牧野が呼ばれた会議の方に興味があった。
ここにいる人間を扱っているはずの上層部の会議だというのに、使える戦力を使わないと言うのは、失策にしか聞こえなかった。
仲間の信頼のためなら仕方ない?
体が死んで、守られる心に何の価値があるというのか。
死んでしまったのなら、いくら心を助けたところで意味がない。
しかも、そのために多くの死者を出すなど、なんてお粗末な指揮だ。
『この子たちは、他の型番とは違います! 人とのコミュニケーションを取ることのできる特別な子たちです!』
本気の焦る匂いと共に、T型の殺処分を見送ろうと提案する研究員の後ろ姿と、自分だけは助けてと懇願する同じ型番の奴ら。
――――だから、殺した。
「僕たちは、特別なんだよ」
助けを請う理由なんてない。
助けたいを思ったのなら、助けてしまえばいい。迷うことなんてない。
僕たちには、そのための力が備わっている。
「…………」
屋根に寝転がりながら、S08じゃなくても聞こえる怒声に耳を傾ける。
「クソッ! バカにしやがって」
苛立ちと焦りの匂い。この匂いは知っている。
実験が失敗した時の研究員と同じ匂いだ。こういう奴ほど、ろくでもないことばかりする。
できない癖に、結果論で物事を決める。
苛立ちの声と共に、鼻につく火薬の香りに、T19はそっと見えない男に目をやり、目を閉じた。
数秒後、背中に振動が伝わってきた。
爆発音を聞いて、状況を確認に来た牧野と久留米は、爆発音の発生元の部屋に辿り着き、すぐに叱責を受けることになった。
「貴様らがまともに管理をしないでせいで、変異種共が逃げ出したではないか! どう責任を取るつもりだ!?」
ヴェノリュシオンたちが使っている部屋の扉の上の蝶番部分から外れ、拉げ、扉の意味を成していなかった。
猛獣の檻が壊れたようなものだ。その近くに立つ、立涌が久留米を責めるように目をやる理由はわかる。
「――――」
だが、その扉の破壊された様子を見れば、ヴェノリュシオンたちがやったことでないことは明白だった。そして、犯人も。
もし、ヴェノリュシオンたちが破壊したのなら、先程のような爆発音が鳴るわけがないし、扉の拉げ方は廊下側から部屋に向かっている上に、高さだって彼らの頭ほどの高さだ。
あまりにお粗末な言いがかりだった。
「もはや、貴様に指揮を任せることはできんな。現時点から、私が指揮を取る。この場に残っている部隊は、逃げた変異種を駆除しろ!」
横暴には慣れたつもりだ。上官の命令であれば、自分の意見など飲み込まなければいけないことも多い。
だが、これはあまりにも自分勝手だ。
「なんだ。その目は? 貴様は、変異種共の監視係だろ。この事態を招いた責任を取るか?」
そう言って、銃を構える立涌に、久留米も静かに見つめる目をわずかに見開く。
「いいですね。ドアを壊した責任、取ってくださいよ」
独特の少し高い声に、立涌が振り返るが、視界は天井に向いていた。
直後、背中に伝わる衝撃と視界に移り込む少年の姿。
「T!? 中にいたんじゃ……!? 無事か!?」
部屋の中からではなく、立涌の背後から現れたT19に、牧野は驚きながらも、心配したように声をかければ、T19は一度視線を右上にやった。
「あー……ほら、Pをひとりで外にいさせるのは、心配な奴らが多いでしょ? それに、テリトリーの近くでウロチョロされたら、気になりますし?」
それは、部屋にヴェノリュシオンたちが戻っていなかったことを知らせることになるが、牧野は安心したように小さく息を吐き出した。
威力は小さい爆弾のようだが、もし中にいたら怪我をしていたかもしれない。不幸中の幸いだ。
心の底から安心した匂いをさせる牧野に、T19は目を細めるが、銃を構えようとする立涌の腕を蹴った。
勢いよく蹴られた腕は、関節ではない場所から折れ曲がり、折りたたまれ地面に叩きつけられた。
「あ……?」
その光景を理解できないとばかりに、関節の増えた腕を見ながら立涌は声を漏らしたが、徐々に状況を理解すると、叫び出した。
脳が震えるような絶叫と痛みの中で、こちらを覗き込むように座る子供の笑顔。
「僕たちを殺したいなら、毒ガスぐらい持ってこないと」
――――それで死ぬと思うならね?
嫌というほど吊り上がった口端に、立涌は霞む視界の中で、喉を小さく鳴らした。
「T! やめろ!!」
泡を吹いて気絶した立涌を尻目に、牧野の制止に呆れたように両手を振り、殺す気はないとアピールだけしておく。
いつもの少し警戒をした匂いをさせながら、牧野は近づくと、T19を両脇から抱えるように持ち上げる。
「…………」
警戒は自分に向いているはずだが、嫌悪は廊下で気絶している男に向いている。
「…………そんなに殺しちゃダメなんです?」
「一応、上官だから」
渋々と言った様子の牧野に、浮いた足をバタバタと動かせば、慌てたように注意された。
「T19。他のヴェノリュシオンたちは、P03と一緒にいるんだな?」
「そうですよ。別に、貴方たちの言うこと聞く理由なんてないわけですし」
「おま、言い方……」
この駐屯地で最も偉い人間である久留米に、間違っても”命令を聞くつもりはない”などと言うものではない。
味方をしてくれるとはいえ、面と向かって命令を無視すると公言されては、いくら久留米とはいえいい気分はしないだろう。
内心冷や汗をかきながら、久留米の言葉を待てば、少しだけ思案するような間を取った後、牧野へ命令を下した。
「部屋の扉は破壊されてしまったしな……こうなっては、牧野軍曹に直接監視をしてもらうしかないだろう。任せるぞ」
「了解しました。Pは、医務室だよな」
頷くT19を抱えたまま、一度、床で気絶している立涌に目をやり、たっぷりと悩んだ後、T19を下し、立涌を背負った。
「僕が運びましょうか?」
「お前、絶対、外に投げ飛ばすだろ」
「しませんよ。信用ないなぁ」
絶対嘘だと、薄ら笑いを浮かべるT19の提案を断った。
「軍曹」
「はい?」
ふと、呼び止められた声に足を止めれば、久留米は視線を前に向けたまま続ける。
「もし、彼らが駐屯地内を闊歩することによる弊害が発生するのであれば、然るべき処置を行う許可をする」
それは、ヴェノリュシオンたちを閉じ込める部屋が無くなったことによる、緊急的処置ということだろう。
猛獣の檻が壊れ、その猛獣が町中を闊歩するなら、射殺する。それが、生存のための手段だ。
「…………了解しました」
事によっては、腰に構えた銃をもう一度彼らに向けなければいけない。
そんな誰がやっても変わりない仕事より、牧野が呼ばれた会議の方に興味があった。
ここにいる人間を扱っているはずの上層部の会議だというのに、使える戦力を使わないと言うのは、失策にしか聞こえなかった。
仲間の信頼のためなら仕方ない?
体が死んで、守られる心に何の価値があるというのか。
死んでしまったのなら、いくら心を助けたところで意味がない。
しかも、そのために多くの死者を出すなど、なんてお粗末な指揮だ。
『この子たちは、他の型番とは違います! 人とのコミュニケーションを取ることのできる特別な子たちです!』
本気の焦る匂いと共に、T型の殺処分を見送ろうと提案する研究員の後ろ姿と、自分だけは助けてと懇願する同じ型番の奴ら。
――――だから、殺した。
「僕たちは、特別なんだよ」
助けを請う理由なんてない。
助けたいを思ったのなら、助けてしまえばいい。迷うことなんてない。
僕たちには、そのための力が備わっている。
「…………」
屋根に寝転がりながら、S08じゃなくても聞こえる怒声に耳を傾ける。
「クソッ! バカにしやがって」
苛立ちと焦りの匂い。この匂いは知っている。
実験が失敗した時の研究員と同じ匂いだ。こういう奴ほど、ろくでもないことばかりする。
できない癖に、結果論で物事を決める。
苛立ちの声と共に、鼻につく火薬の香りに、T19はそっと見えない男に目をやり、目を閉じた。
数秒後、背中に振動が伝わってきた。
爆発音を聞いて、状況を確認に来た牧野と久留米は、爆発音の発生元の部屋に辿り着き、すぐに叱責を受けることになった。
「貴様らがまともに管理をしないでせいで、変異種共が逃げ出したではないか! どう責任を取るつもりだ!?」
ヴェノリュシオンたちが使っている部屋の扉の上の蝶番部分から外れ、拉げ、扉の意味を成していなかった。
猛獣の檻が壊れたようなものだ。その近くに立つ、立涌が久留米を責めるように目をやる理由はわかる。
「――――」
だが、その扉の破壊された様子を見れば、ヴェノリュシオンたちがやったことでないことは明白だった。そして、犯人も。
もし、ヴェノリュシオンたちが破壊したのなら、先程のような爆発音が鳴るわけがないし、扉の拉げ方は廊下側から部屋に向かっている上に、高さだって彼らの頭ほどの高さだ。
あまりにお粗末な言いがかりだった。
「もはや、貴様に指揮を任せることはできんな。現時点から、私が指揮を取る。この場に残っている部隊は、逃げた変異種を駆除しろ!」
横暴には慣れたつもりだ。上官の命令であれば、自分の意見など飲み込まなければいけないことも多い。
だが、これはあまりにも自分勝手だ。
「なんだ。その目は? 貴様は、変異種共の監視係だろ。この事態を招いた責任を取るか?」
そう言って、銃を構える立涌に、久留米も静かに見つめる目をわずかに見開く。
「いいですね。ドアを壊した責任、取ってくださいよ」
独特の少し高い声に、立涌が振り返るが、視界は天井に向いていた。
直後、背中に伝わる衝撃と視界に移り込む少年の姿。
「T!? 中にいたんじゃ……!? 無事か!?」
部屋の中からではなく、立涌の背後から現れたT19に、牧野は驚きながらも、心配したように声をかければ、T19は一度視線を右上にやった。
「あー……ほら、Pをひとりで外にいさせるのは、心配な奴らが多いでしょ? それに、テリトリーの近くでウロチョロされたら、気になりますし?」
それは、部屋にヴェノリュシオンたちが戻っていなかったことを知らせることになるが、牧野は安心したように小さく息を吐き出した。
威力は小さい爆弾のようだが、もし中にいたら怪我をしていたかもしれない。不幸中の幸いだ。
心の底から安心した匂いをさせる牧野に、T19は目を細めるが、銃を構えようとする立涌の腕を蹴った。
勢いよく蹴られた腕は、関節ではない場所から折れ曲がり、折りたたまれ地面に叩きつけられた。
「あ……?」
その光景を理解できないとばかりに、関節の増えた腕を見ながら立涌は声を漏らしたが、徐々に状況を理解すると、叫び出した。
脳が震えるような絶叫と痛みの中で、こちらを覗き込むように座る子供の笑顔。
「僕たちを殺したいなら、毒ガスぐらい持ってこないと」
――――それで死ぬと思うならね?
嫌というほど吊り上がった口端に、立涌は霞む視界の中で、喉を小さく鳴らした。
「T! やめろ!!」
泡を吹いて気絶した立涌を尻目に、牧野の制止に呆れたように両手を振り、殺す気はないとアピールだけしておく。
いつもの少し警戒をした匂いをさせながら、牧野は近づくと、T19を両脇から抱えるように持ち上げる。
「…………」
警戒は自分に向いているはずだが、嫌悪は廊下で気絶している男に向いている。
「…………そんなに殺しちゃダメなんです?」
「一応、上官だから」
渋々と言った様子の牧野に、浮いた足をバタバタと動かせば、慌てたように注意された。
「T19。他のヴェノリュシオンたちは、P03と一緒にいるんだな?」
「そうですよ。別に、貴方たちの言うこと聞く理由なんてないわけですし」
「おま、言い方……」
この駐屯地で最も偉い人間である久留米に、間違っても”命令を聞くつもりはない”などと言うものではない。
味方をしてくれるとはいえ、面と向かって命令を無視すると公言されては、いくら久留米とはいえいい気分はしないだろう。
内心冷や汗をかきながら、久留米の言葉を待てば、少しだけ思案するような間を取った後、牧野へ命令を下した。
「部屋の扉は破壊されてしまったしな……こうなっては、牧野軍曹に直接監視をしてもらうしかないだろう。任せるぞ」
「了解しました。Pは、医務室だよな」
頷くT19を抱えたまま、一度、床で気絶している立涌に目をやり、たっぷりと悩んだ後、T19を下し、立涌を背負った。
「僕が運びましょうか?」
「お前、絶対、外に投げ飛ばすだろ」
「しませんよ。信用ないなぁ」
絶対嘘だと、薄ら笑いを浮かべるT19の提案を断った。
「軍曹」
「はい?」
ふと、呼び止められた声に足を止めれば、久留米は視線を前に向けたまま続ける。
「もし、彼らが駐屯地内を闊歩することによる弊害が発生するのであれば、然るべき処置を行う許可をする」
それは、ヴェノリュシオンたちを閉じ込める部屋が無くなったことによる、緊急的処置ということだろう。
猛獣の檻が壊れ、その猛獣が町中を闊歩するなら、射殺する。それが、生存のための手段だ。
「…………了解しました」
事によっては、腰に構えた銃をもう一度彼らに向けなければいけない。
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