オオカミの背を追いかけて

ツヅラ

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1話 女子高生追跡魔

01

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 この辺で不審者が出たとかで、ほとんどの部活が中止か、短くなるという連絡に、少しだけ不満そうな声が上がる。
 高校二年にもなれば、大会のある部活に入っている生徒には大切な時期なのだろう。
 しかし、学校の決定は、小さなブーイング程度で覆るわけもなかった。

「千秋。これからみんなでスタバ行くんだけど、行かない?」
「ごめん。バイトあるからムリ」

 だが、高校生に危ないから早く帰れなど言ったところで、寄り道をされるのは目に見えている。

「お前ら、遅くまで出歩くんじゃないぞ!」
「「はーい」」

 担任も注意はするが、止められるはずもないことは理解しているのか、ため息と共に教室を出て行った。

「萩原もあんまり遅くならないようにしろよ」

 基本的にバイトは禁止だが、家庭の事情がある場合、学校に申請をすれば、バイトは許可される。
 声をかけられた萩原千秋はぎわらちあきも、申請した上でバイトを行っている生徒の一人であった。

「千秋、最近バイト多くない?」
「一人暮らしだからね」
「え!? マジ!? 一人暮らしなの? いいなぁ……」
「ねー」
「家出したら、絶対千秋ん家いくわ」

 やる予定もないお泊り会の想像を膨らませられていることも知らない本人は、バイトのシフトを思い出しては、ため息をついていた。

 急な休みが出たからと、予定の時間よりも大幅に伸びたバイトのおかげで、すっかり周りは暗くなっていた。
 駅前は明るいものの、10分も歩けば、すっかり街灯以外の明かりはなくなる。
 今日は随分と細い三日月だからか、街灯の間は真っ暗で、人影が見える程度だが、人影はなく、遠くにテレビの音が聞こえる程度。

「はぁ……疲れた」

 さすがに店長も、高校生に法律ギリギリの時間まで働かせることは、悪いと思ったのか、賄を奢ってくれた。

 とはいえ、学校が終わってから5時間勤務は、体力に自信があるとはいえ、疲れる。
 明日までの宿題はあっただろうかと、回らない頭で思い返しながら、おもむろに鞄に手を伸ばした。

「…………」

 手探りに取り出した煙草の箱を片手に持ちながら、もう一度、鞄の中を探るために手を入れる。
 箱よりも小さなものだからか、すぐには見つからず、なんとなく視線を上げると、目の前にあった黒い影。

「こんばんは。お嬢さん。今日は、月がきれいな夜だね」

 表情の読めない影が、手に持った煙草を取り上げると、少しだけ唸る声。

「確か、君は17じゃなかったかな? 煙草は20からだぞ」

 その影は、何やらポケットを探ると、差し出されたのは棒キャンディ。

「口寂しいのなら、これをあげよう。私オススメ、プリン味だ」

 見えづらかった影にも目が慣れてきたのか、弱々しい月明かりを背にした、目の前に立つ中年の男の顔が見えてきた。
 その見えた顔に、つい眉を潜めてしまえば、男は目が合ったと気が付いたからか、年齢に見合わぬウインクを飛ばしてきた。

「…………」

 反応してはいけない。
 それは理解していたが、性懲りもなくウインクを繰り返す圧に耐え兼ね、キャンディをひったくるように奪い取る。
 そして、これ以上絡まれたくないと、男の隣を通り過ぎれば、ついてくるその男。

「まだ何か用?」

 弱々しい月明かりも多少仕事をするのか、男の少し驚きながらも、困ったように眉を下げた様子がよく見えた。

「君、私の要件聞いたっけ?」

 そういえば、聞いていない。煙草を奪われただけだ。
 まぁ、突然女子高生に声をかけてくる不審者の対応なんて、そんなもんだろ。
 警察を呼ばれないだけ、ありがたいと思う。

「うーん……こういう時には、ちゃんと警察を呼んでくれると嬉しいんだけどなぁ……そんなに信用ない?」

 ため息をつかれても困る。
 警察に信用があるかないかなど、そっちの方が良くわかっているだろう。

「いや、意地の悪い質問だった。家族を殺した犯人を捕まえられず、海外逃亡を許した警察など信用できるわけがないか」

 何も答えない私に、男は顔を伏せ、そう答えた。
 半分は男の言った通りではあるが、そもそも目の前の男が警察であることも、警察を呼ばない理由だ。

 だが、半分は事実なので、否定せずにいれば、男はすぐに視線を戻した。

「君のご両親を殺した疑いのある男が帰国した」

 それは、少し意外だった。
 海外へ逃げるくらいなのだから、二度と戻って来ないと思っていたから。

「君に危険が及ぶ可能性もある。安全が確認されるまで、護衛させてほしい」

 東京だというのに、人通りは少なく、この明らかに異様なふたりと会話は誰にも聞かれそうにない。

「金品目的の強盗という話ではなかったですか?」

 金品目的だったから、もう狙われることはないと、そう結論付けて、護衛が解かれたはずだ。

「私にお金はないですよ。狙われるはずがないです」

 祖父母すら他界し、少しの遺産とバイトで食い繋ぐ学生を狙うはずもない。

「…………上は、一度出した結論を覆すことはしないだろう。だからこそ、もし君に危険が及んだなら、後手に回ってしまう」

 どうでもいい。
 つい口に出そうになる言葉を飲み込み、男に目をやれば、少しだけ息が詰まった気がした。

「協力してほしい」

 悲しんでいるわけでも、哀れんでいるわけでもない目で、じっとこちらを見ていた。

「もし、警察が君の護衛を再開すると判断を下せば、私は捜査には加われない。犯人を捕まえることができなくなる。あの犯人だけは、どうしても私の手で捕まえたいんだ」

 だから、協力してほしい。
 そう告げられた言葉に嘘はない。

「…………わかりました」

 妙な心配や憐れみなんかよりもずっと、正直な言葉だ。

「ただ、その犯人を捕まえたら、一発ぶん殴らせてください」

 それが交換条件だと、先程受け取った棒キャンディを取り出し、口へ運べば、男は小さく笑った。

「なら、捕まえる前に殴ると良い。それで、現行犯逮捕だと言い張るんだ」

 再び帰路につこうと踵を返せば、隣に並んだ男が、内緒だよと指を立てながら答えた。
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