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1話 女子高生追跡魔
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マンションの部屋は、祖父母と暮らしていた時と大きく変わってはいない。
祖母が亡くなったのも、高校に入ってからだったし、親戚も無理に転校させるよりは、資金援助だけに留めておいた方が良いと思ったのだろう。
実際、私もその方が助かる。
「コーヒー、ミルクと砂糖ないですけど、いいですか?」
一人暮らしに、人をもてなす為のコーヒーや紅茶が用意されているはずもなく、あくまで自分用のインスタントコーヒーくらいだ。
これ以外の選択肢と言えば、ペットボトルの冷たい緑茶くらい。
「あぁ、平気だよ」
お湯を沸かしている間、部屋の中を見渡している男。
「普段からこんなに遅いの?」
「今日は、バイトの先輩が来れなくなって伸びただけです。普段は、もう少し早いですよ」
「そう」
そういえば、警察とは関係ないということは、この人はずっとあの道で待っていたということだろうか。
というより、どうやって住所を調べたのだろうか。
「ん? なんだい?」
ほぼ確信めいた”職権乱用”という文字が頭に思い浮かぶ。
「いや、どうやって私の事調べたんだろうなって……引っ越してもいるのに」
「警察だから」
はっきり言い切った男に、頬が引きつるのを感じた。
「私が言うのもなんだけど、ひとり暮らししている女の子が、見ず知らずの男を部屋に連れ込むのは、危険だと思うよ?」
「本当に、なんですね」
この男の言う通り、普通に考えたら、権力を持ったストーカー紛いの男を家に泊めるなど、犬でもダメだと分かる話だ。
男も奥歯に何か挟まったような表情をしてしまっている。
「友達のお父さんで、警察とはいえ、アウト寄りのアウトだと思いますね。さすがに」
今更ではあるが。
少しだけ驚いた様子の男をチラリと見やれば、顎に手をやり、感心した様子で口を開いた。
「覚えていたのか。最後に会ったのは、小学三年生の時だったのに」
確かに、あまり物覚えは良くないし、当時の担任の顔すら怪しいというのは本音だ。
ただ、先程の会話ではっきりと記憶と合致してしまったのだ。
「知り合い少ないから。こっちに引っ越してきて、親の話するなんて久々だったし」
彼は、蛭子芳谷。
正直に言ってしまえば、本人のことはほとんど知らない。知っているのは、その養子であった小雪の方だ。
「…………そう。ごめんね。嫌な思いをさせてしまう」
「そう思うなら、最初から来なければよかったじゃないですか」
「う゛……痛いところつくなぁ……」
冗談交じりの声色で口にするが、こればかりは本心でもあった。
祖母の葬儀で、少しだけ顔を出した時も、事件の話題には決して触れないように、最低限の話だけをして、腫れものに触れるように接された。
そうすれば、私個人の話として収まるから。誰だって、面倒事には巻き込まれたくない。
「でも、アイツを今度こそ捕まえるって言うなら、いいよ」
「…………約束しよう」
同じ言葉を何度も聞いた。
犯人は必ず捕まえると。
「今度こそ、あの男、大上をどんな手段を使っても捕まえると」
そうして、海外へ逃がしてしまった時、彼らは頭を下げることしかしない。
文句を言って、罵倒したところで、何も変わらない。何も進まない。独り勝ちの独占状態。
「そうしなければ、あの事件は終わらない。過去に捕らわれたままになってしまう」
だけど、その言葉を口にした人が、同じ立場の人間なら、少しは待ってあげられるかもしれない。
「ところで、確認したいことがあるんですけど、いいですか?」
「もちろん。答えられることなら、何でも答えるよ。金銭面で困っているなら援助もするし」
「なんか、パパ活チック……」
ニコニコと笑顔で答えられる内容が、なんとも危ない内容に聞こえてしまうのは、高校生故なのだろうか。
「その言い方、若者の間で流行ってるみたいだね。変にパパ活するなら、私に頼ってもらった方がきれいな関係とお金だと思うよ」
「どちらかっていうと取り締まる側なのでは……?」
「金銭援助という意味では、違法性はないよ。額によっては、譲渡税が発生するけどね」
さすが警察。無駄に詳しい。
「じゃなくて、その、大上が、日本に帰ってきたって言うのは、警察も知ってるんですか?」
「いや、まだ知らないね。明日、明後日には、正式に連絡が入ると思うけど、あくまで個人的な友人が、不確定な段階で知らせてくれたからね」
国際指名手配をされていた大上と思わしき人物が、逃亡先の国で資金難に陥り始め、包囲網も狭まっていたため、再度別の国へ逃げる可能性が示唆されていた。
国際的な犯罪ではなく、あくまで日本国内での殺人事件のため、人手を大きく動かすことはできなかったが、それでも蛭子の友人たちは協力を惜しまなかったという。
そして、大上は予想よりも早い段階で海外逃亡を図った。
行き先は、意外なことに指名手配されている”日本”だった。
海外に比べて、数年前とはいえ、数件の強盗殺人事件を起こした犯人だ。顔も名前も知られている。
だからこそ、本当に大上本人であるかの確認に、手間取っているそうだ。
「ただ、そのリスクを負ってでも、日本へ戻るということは、自分を匿い、資金の当てになる存在が、日本国内にあるということだ」
話を聞けば聞くほど、当事者でありながら、自分がその被害者の一人に過ぎないと感じる程、大きな話になっている。
「それ、本当に私の護衛をする必要ありますか?」
わざわざ十分に金品を奪ったであろう人を、再度襲う必要があるとは思えない。
「空き巣に狙われる家というものは、何度も狙われるものだよ」
「…………」
「まぁ、正直な話、私も半分ほどは疑っている」
「じゃあ……」
「だが、大上は君の家に何か莫大な価値のあるものがあると、確信していたようなんだ」
事件後、警察から何度も確認されたが、家にそんな膨大な価値のある物なんてない。
貧乏というほどではないが、決して裕福ではない普通の家庭。
「じいさんやばあさんからも、そんな話は聞いてないし……」
「そうか……勘違いだとしても、相手がそう思い込んでいては、危険なのに変わりはないが」
「まぁ、何か思い出したら言います」
「うん。お願い。私も別方向から探ってみるから」
と言っても、実家は事件後に売り払ってしまったし、祖父母の家も、中学に上がる頃に東京へ引っ越してしまって、一部の荷物を除いて、ほとんど捨ててしまっている。
思い出したところで、既に燃やした後かもしれない。
祖母が亡くなったのも、高校に入ってからだったし、親戚も無理に転校させるよりは、資金援助だけに留めておいた方が良いと思ったのだろう。
実際、私もその方が助かる。
「コーヒー、ミルクと砂糖ないですけど、いいですか?」
一人暮らしに、人をもてなす為のコーヒーや紅茶が用意されているはずもなく、あくまで自分用のインスタントコーヒーくらいだ。
これ以外の選択肢と言えば、ペットボトルの冷たい緑茶くらい。
「あぁ、平気だよ」
お湯を沸かしている間、部屋の中を見渡している男。
「普段からこんなに遅いの?」
「今日は、バイトの先輩が来れなくなって伸びただけです。普段は、もう少し早いですよ」
「そう」
そういえば、警察とは関係ないということは、この人はずっとあの道で待っていたということだろうか。
というより、どうやって住所を調べたのだろうか。
「ん? なんだい?」
ほぼ確信めいた”職権乱用”という文字が頭に思い浮かぶ。
「いや、どうやって私の事調べたんだろうなって……引っ越してもいるのに」
「警察だから」
はっきり言い切った男に、頬が引きつるのを感じた。
「私が言うのもなんだけど、ひとり暮らししている女の子が、見ず知らずの男を部屋に連れ込むのは、危険だと思うよ?」
「本当に、なんですね」
この男の言う通り、普通に考えたら、権力を持ったストーカー紛いの男を家に泊めるなど、犬でもダメだと分かる話だ。
男も奥歯に何か挟まったような表情をしてしまっている。
「友達のお父さんで、警察とはいえ、アウト寄りのアウトだと思いますね。さすがに」
今更ではあるが。
少しだけ驚いた様子の男をチラリと見やれば、顎に手をやり、感心した様子で口を開いた。
「覚えていたのか。最後に会ったのは、小学三年生の時だったのに」
確かに、あまり物覚えは良くないし、当時の担任の顔すら怪しいというのは本音だ。
ただ、先程の会話ではっきりと記憶と合致してしまったのだ。
「知り合い少ないから。こっちに引っ越してきて、親の話するなんて久々だったし」
彼は、蛭子芳谷。
正直に言ってしまえば、本人のことはほとんど知らない。知っているのは、その養子であった小雪の方だ。
「…………そう。ごめんね。嫌な思いをさせてしまう」
「そう思うなら、最初から来なければよかったじゃないですか」
「う゛……痛いところつくなぁ……」
冗談交じりの声色で口にするが、こればかりは本心でもあった。
祖母の葬儀で、少しだけ顔を出した時も、事件の話題には決して触れないように、最低限の話だけをして、腫れものに触れるように接された。
そうすれば、私個人の話として収まるから。誰だって、面倒事には巻き込まれたくない。
「でも、アイツを今度こそ捕まえるって言うなら、いいよ」
「…………約束しよう」
同じ言葉を何度も聞いた。
犯人は必ず捕まえると。
「今度こそ、あの男、大上をどんな手段を使っても捕まえると」
そうして、海外へ逃がしてしまった時、彼らは頭を下げることしかしない。
文句を言って、罵倒したところで、何も変わらない。何も進まない。独り勝ちの独占状態。
「そうしなければ、あの事件は終わらない。過去に捕らわれたままになってしまう」
だけど、その言葉を口にした人が、同じ立場の人間なら、少しは待ってあげられるかもしれない。
「ところで、確認したいことがあるんですけど、いいですか?」
「もちろん。答えられることなら、何でも答えるよ。金銭面で困っているなら援助もするし」
「なんか、パパ活チック……」
ニコニコと笑顔で答えられる内容が、なんとも危ない内容に聞こえてしまうのは、高校生故なのだろうか。
「その言い方、若者の間で流行ってるみたいだね。変にパパ活するなら、私に頼ってもらった方がきれいな関係とお金だと思うよ」
「どちらかっていうと取り締まる側なのでは……?」
「金銭援助という意味では、違法性はないよ。額によっては、譲渡税が発生するけどね」
さすが警察。無駄に詳しい。
「じゃなくて、その、大上が、日本に帰ってきたって言うのは、警察も知ってるんですか?」
「いや、まだ知らないね。明日、明後日には、正式に連絡が入ると思うけど、あくまで個人的な友人が、不確定な段階で知らせてくれたからね」
国際指名手配をされていた大上と思わしき人物が、逃亡先の国で資金難に陥り始め、包囲網も狭まっていたため、再度別の国へ逃げる可能性が示唆されていた。
国際的な犯罪ではなく、あくまで日本国内での殺人事件のため、人手を大きく動かすことはできなかったが、それでも蛭子の友人たちは協力を惜しまなかったという。
そして、大上は予想よりも早い段階で海外逃亡を図った。
行き先は、意外なことに指名手配されている”日本”だった。
海外に比べて、数年前とはいえ、数件の強盗殺人事件を起こした犯人だ。顔も名前も知られている。
だからこそ、本当に大上本人であるかの確認に、手間取っているそうだ。
「ただ、そのリスクを負ってでも、日本へ戻るということは、自分を匿い、資金の当てになる存在が、日本国内にあるということだ」
話を聞けば聞くほど、当事者でありながら、自分がその被害者の一人に過ぎないと感じる程、大きな話になっている。
「それ、本当に私の護衛をする必要ありますか?」
わざわざ十分に金品を奪ったであろう人を、再度襲う必要があるとは思えない。
「空き巣に狙われる家というものは、何度も狙われるものだよ」
「…………」
「まぁ、正直な話、私も半分ほどは疑っている」
「じゃあ……」
「だが、大上は君の家に何か莫大な価値のあるものがあると、確信していたようなんだ」
事件後、警察から何度も確認されたが、家にそんな膨大な価値のある物なんてない。
貧乏というほどではないが、決して裕福ではない普通の家庭。
「じいさんやばあさんからも、そんな話は聞いてないし……」
「そうか……勘違いだとしても、相手がそう思い込んでいては、危険なのに変わりはないが」
「まぁ、何か思い出したら言います」
「うん。お願い。私も別方向から探ってみるから」
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