オオカミの背を追いかけて

ツヅラ

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1話 女子高生追跡魔

03

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 千秋から使っていいと渡された部屋は、元々彼女の祖父母が使っており、祖父が死去後は、祖母がひとりで使っていた。
 祖母の死後、法的な手続き以外は、親戚ともほとんど関わっていないようで、何かあった時のために渡された連絡も捨ててしまったそうだ。

 その言葉通り、位牌などが置かれていたであろう場所は、妙にスペースが空いていた。親戚に渡してしまったのだろう。
 残されているのは、いくつかの煙草の箱と灰皿、それから小さな骨壺。
 灰皿は、最近まで使った形跡があるが、煙草の期限は近く、彼女が持っていたものと同じ銘柄と期限。

 骨壺は、本当に小さなもので、おそらく親戚に引き取ってもらうことのできないような、千秋の個人の所有物。
 ペットだろうか。
 そういえば、子犬を飼っていたはずだ。強盗に殺されてしまったが。

「そういえば、煙草の匂い平気です? こっち、結構するでしょ」
「あぁ。平気だよ。ヘビースモーカーだったのかい?」

 壁の色付き方から、相当な本数を吸っていたのが伺える。

「じいさんがね。ばあさんは吸わない人だったんだけど、じいさんが死んでからも、線香代わりにつけてたから、結構匂いがついてるでしょ」
「死者は煙を食すというからね。煙草が好きならば、喜んでくれただろう」

 もし、ここに位牌が残っていたのなら、彼女の祖母のように、煙草を備えられたことだろう。
 むしろ、無くても備えていたのかもしれない。

「これはこちらにあってもいいものかな? 使わせてもらうとはいえ、私がいては入りにくいだろう」

 ペットの骨壺に目をやれば、千秋は少しだけ瞳を震わせた。

「うん。そっちに置いといて」
「……わかった」

 その他、家具や触って良いもの、ダメなものなどの確認していく。

「台所を使わせてもらうのか構わないかな?」
「いいですよ。ロクなもの入ってないですけど」
「泊めてもらうのだから、家事全般は任せてほしい。洗濯は、許可してもらえるならば」
「え゛、悪いですよ」
「全て任せてしまう方が心苦しいとも。せめて、分担にさせてほしい」

 腕を組みながら唸った後、千秋は頷くと、家事の分担についておおよそ決めると、部屋に戻ろうとドアノブに手を掛けて、振り返った。

「あの……小雪とお母さんは、本当にごめんなさい」

 千秋の家族が強盗に襲われた日。
 偶然、千秋と小雪は遊ぶ約束をしていて、犯人と小雪は鉢合わせてしまった。
 その時は、千秋と共に逃げることができたが、後日、蛭子の妻と共に殺害された。

 当時、千秋は警察に保護されていて、保護が解除されてすぐに祖父母へ引き取られたため、その事件を知ったのは随分と遅れてからだった。
 自分のせいで巻き込まれたのだと、子供ながらに思い至るのはすぐだった。
 もし、蛭子に会ったのなら、謝らなければと思っていた。

「あの日、遊ぶ約束なんてしてなければ――」
「それは違うよ」

 だからこそ、この孤独でいようとする彼女の言葉を、思いを否定しなければいけなかった。

「小雪は、君のことを本気で大好きだったんだ。私たちが引き取る前から、ずっと君のことを話していた。もし君と離れてしまうなら、引き取られたくないというほどにね。だから、遊ぶ約束をしなければよかったなど言わないでくれ。悪いのは、犯人なのだから」

 心の底からの言葉だとしても、きっと今の彼女には届かないだろう。
 この事件が終わらない限り。彼女は、存在しない陰に怯え続けるのだから。

「ありがとうございます」

 困ったように眉を下げて、お礼を言って、部屋に戻った千秋に、蛭子は静かに目を伏せた。

*****
 
 目覚ましの音に目を覚ませば、キッチンから聞こえる物音にドアを開け、すぐに閉めた。

「起きる時間かな? 今、朝食を作るから、待っていてくれ」

 ドアの向こうから、昨日からの同居人である蛭子が聞こえる。
 もう一度、意を決してドアを開けると、やはり先程と同じ光景が広がっていた。

「なんなの。そのエプロン……」

 眼鏡をかけたアヒルの絵柄が大きくプリントされたエプロン。

「これか? 知り合いの店を手伝った時に、友人からお揃いで用意されたんだ。かわいらしいだろう?」

 その知り合いはクマで、もうひとりはタカの絵柄だという。
 自分が一番かわいらしいのだと、自慢げにしている蛭子に、ツッコム気力はすっかり無くなっていた。

「千秋君。朝はごはん派? パン派?」

 先程冷蔵庫を覗いたが、冷凍されたご飯もロールパンもあった。
 他の食材は、学生の一人暮らしらしく、ほとんどなかったため、帰りにスーパーによる必要はあるが、忙しい朝に買いに出る時間はない。
 諦めて、今ある食材で手軽に作る必要があるが、千秋は視線をある一点に向いていた。

「……チョコスナック」

 そこには、細いチョコレートのパンが置かれていた。

「…………昼に弁当は持っていくかい?」
「いや、チョコスナック食べるから。ラクだし、安いし」

 夜は作るか、賄いの出るバイト先で食事を取る、若者によくいる自堕落な食生活。
 蛭子はしばらく頭を悩ませた後、冷蔵庫を開いた。

「目玉焼きくらいは作れそうだから、支度しておいで」
「…………はい」

 千秋は視線を逸らすことしかできなかった。
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