3年間、聖女を偽ることになりました。ドッペルゲンガーです。

ツヅラ

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第2話 偽聖女と約束の人

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 わかっていたことではあったが、翌日は多忙を極めた。

 いくら、セント・バルシャナ聖国が王都以外存在しない小さな国とはいえ、それは他の国に比べての話。
 人一人が移動するには、十二分に広い。

 しかも、『聖女は惑える人たちに手を差し伸べるものであって、座して待つものではない』という教えのおかげで、教会に出向いてもらうのではなく、こちらから出向く必要があった。
 これは、かつて、金持ちばかりを相手にした教会が原因らしい。
 全く、その時代に生きていたなら、そんな教会なんて燃やしてやるところだ。

「いまだ、以前と同じとは行きませんが、少しずつ物流も回復してきていまして」
「それはよかった。私も、いくつかの町に寄りましたが、少しずつ活気が戻ってきていましたから、一緒に頑張りましょう」
「はい。聖女様」

 挨拶とはいえ、文字通り、一言『ただいま』と言って終わるはずもなく、相手の巡礼中にあった出来事を聞いて、それに合わせた巡礼中のエピソードを返す。

 ただ、この一日だけで、イザベラの巡礼中のエピソードを、同じものを5回は話した。
 一緒に付いてきている御者も、飽きてそうだ。3日後には、すっかり覚えて、代わりに語れるんじゃないだろうか。

「名残惜しいですが、私はこの辺で」
「えーもう帰っちゃうの?」

 近くにいた子供が声を上げては、親が手を引いて抑えた。

「ごめんなさい。無事に帰ってきたことを、みんなにも伝えないといけないの。また来るからね」

 手を引かれて不思議そうな顔をした子供に近づき、視線を合わせるように、屈んで、頭を撫でれば、案外簡単に納得した。
 ばいばい。と手を振れば、同じように、手を振り返してくれた。

「…………」

 馬車の中、声は出せないが、足を伸ばし、静かに大きく息を吐き出す。

 旅を一緒にしていたから、多少、イザベラの言葉遣いや仕草はマネできる。
 話す内容は、聖女っぽいことを言っているだけ。
 正直、イザベラは聖女らしくない部分があったし、イザベラを知っている人からしたら、違和感もあるだろう。そのレベルの変装だ。

 ただし、どんな言い訳をしようが、偽物だとバレたら、処刑確実。

「…………」

 ドッペルゲンガー故に、容姿に関しては、本人以上に完璧にコピーしている自負はある。
 だが、真の姿を見る魔法を使っている魔法使いがいたら、看破される可能性はある。その上、セント・バルシャナ聖国は、そういった人を惑わせる魔法を看破する類に関して、魔法以外の要素のおかげで、とても強い。
 だから、そんな魔法使いは需要が無く、魔法で看破してくる人はいないと思っていい。

「イザベラ様。着きました」
「ありがとうございます」

 そう。
 そういった類を看破するのに長けた、聖女を唯一、排出できる国だからだ。

 そして、俺はその聖女に変装しているのだから、普段の寝泊まりは、聖女見習いを始めとする聖職者たちが蔓延る教会ということになる。

「イザベラ様!! おかえりなさい!!」
「ただいま戻りました」

 あ゛ーー……帰りたい……

 明日、頬が筋肉痛になるのではないかというほど、今日は本当に頬の筋肉を使った。
 今も使っている。

 今のところ、俺がドッペルゲンガーであることは、バレていないようだ。
 聖女はもちろん、瘴気のせいで、能力の高い聖職者たちは、出払うか、死んだというのは本当らしい。

 元々、武力というより、聖女を唯一排出できる国というだけで、成り立っているような国だ。
 聖女はもちろん、優秀な聖職者を失っているとは、イザベラが心配するのも頷ける。

 一日で、すっかり慣れ親しんだ話を、口から紡ぎ出しながら、周囲へ目をやれば、勢いよく開いた扉から顔を出す、イザベラによく似た白銀の髪の少女。

「ぁ…………」

 口頭で聞いていただけだが、姉によく似た髪と瞳に、顔立ち。
 彼女が、マリアーナなのだろう。

 不自然に途切れてしまった会話に、周りにいた人たちも、俺の視線を追いかけ、納得したように声を漏らした。

「…………」

 だが、マリアーナへ視線を戻した時、マリアーナは勢いよく扉を閉めてしまった。

「え」

 どういうこと?

 つい言葉に出そうになったのを、必死に飲み込めば、周りも同じように驚いたように、扉の向こうへ戻ってしまったマリアーナへ目をやっていた。

「マリアーナ? どうしたの?」

 ひとりが戸惑った様子で、扉の向こうへ声をかけ、扉を開けたが、そこには既に姿はない。

「本当にどうしたんだ……?」
「少し前に、不吉な夢を見たって泣いてたんだろ? イザベラ様が帰ってきたら、喜ぶと思ったんだけどなぁ」
「私たちが邪魔だったのかもよ?」
「そんなこと気にするかな?」

 周りの反応からしても、マリアーナの反応はおかしいらしい。

 よかった……
 イザベラが道中でよく話していた妹とは、実は不仲で、あの思い出のほとんどが、イザベラの妄想とかじゃなくて……!!

 素直でいい子だって聞いてたもん!!
 あんな、目があった途端、拒絶されるほど、不仲だったらどうしようかと思った……!!

 でも、そうなると、あの反応の理由の方が問題だ。

「………………」

 変装を看破されたか……?

 ありえなくはない。
 なんたって、聖女見習いだ。
 人を惑わせる幻覚の類を見抜く力は、聖女に劣るとはいえ、高い。

「マリアーナの部屋に行かれますか? ルームメイトには、少し部屋に戻るのを遅らせるように、私の方から伝えておきます」
「えぇ。じゃあ、申し訳ないけど、お願いできる?」
「はい。お任せください」

 部屋の場所は、ここで聞いたら、マリアーナの件も含め、さすがに怪しまれる。
 仕方ないと、困ったような笑みを作り、人払いだけを頼み、部屋が並ぶ廊下に出た。

 運が良く、出くわした人に、久々だから迷ったと嘘をついて、マリアーナの部屋の場所を聞いて、辿り着いたマリアーナの部屋。

「マリアーナ。イザベラよ」

 控えめなノックと共に問いかける。

 気配はあるが、返事はない。

「開けてもいい?」

 今度は小さく聞こえた祈りの言葉。

 あ、これ知ってる。
 悪霊とかが部屋に入ってこないようにする、結界系の祝祷術だ。
 イザベラも、泊まる部屋には必ずしていた。

 確か、自分へ悪意を持つ者、害を為す者を弾く結界。
 ただし、自らが招き入れた場合は、除く。

「……開けるわよ?」

 沈黙。
 うん。完全に、バレてる。

 背中に伝わる汗。一度、大きく深呼吸をしてから、ドアノブへ手を掛ける。

 偽聖女としての生活、2日目して、俺は死ぬかもしれない。
 だが、ここで逃げては、妹を頼むと言った親友の願いを踏みにじることになる。

 ゆっくりとノブを捻り、ドアを開く。
 その瞬間、風が一気に吹き抜けた。

「……姉さま」

 床に座り、手を合わせ、祈りを捧げていた、イザベラによく似た黄金の瞳が揺れていた。

「ただいま。マリアーナ」

 部屋へ足を踏み入れても、何も起きない。

「ごめんなさい。姉さま……私、私……! 姉さまが、赤い瞳をした恐ろしいものに見えてしまって……!!」

 やっぱりバレてるゥ!!
 イザベラ……! お前の妹は、ちゃんとしてるよ……!!

 心の中だけで、イザベラに文句のような賛辞を送りつつ、マリアーナの前に膝をつく。

 先程の祝祷術が発動しなかったのだから、自分が悪しき者ではないことは、マリアーナも理解しているはずだ。
 もしくは、自分の力が及ばないなにか。

 いまだに、揺れている瞳は、目に見えているイザベラの姿と、感じる赤い目の恐ろしいドッペルゲンガーの姿と、どちらを信じるべきかと戸惑っているのだろう。

「マリアーナ」

 考えてみれば、仲の良い妹なんてもの、いくら取り繕ったところで、違和感は持たれてしまう可能性はあった。
 ましてや、聖女だ。
 騙しきる方が難しい。

 それこそ、でもない限り。

「ごめんなさい。私の方こそ、怖がらせてしまって」

 イザベラのように、優しく彼女の手を包み込む。

「大丈夫。”私は、貴方の姉。イザベラ本人よ。信じて”」

 鎖骨の下が、ほんのりと熱くなる。
 イザベラからもらった、3つの奇跡の内のひとつ。

 それを、この祈りに込めよう。

「…………ごめんなさい。姉さま。変なことを言って……」
「いいのよ。旅をして、少しミステリアスないい女になったってことじゃない?」
「そうだね。姉さまは、元々いい女だけどね」
「ふふ……ありがとう」

 少しだけ、心が痛いような気がした。

 だけど、これがイザベラの願いだから。
 例え、イザベラの本当の最期の事を、誰も覚えていなくても。
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