3年間、聖女を偽ることになりました。ドッペルゲンガーです。

ツヅラ

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第3話 灰被りの魔女

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 聖女を聖女たらしめる”奇跡”

 言葉通り、本来ありえない事象を引き起こす祝祷術で、聖女以外には使うことはできない。

 その力を、イザベラは最期に、3回分、俺に刻んでくれた。
 これから、マリアーナが成人するまでの3年間、生命線に近い切り札。

「いきなり使っちゃったよ……」

 あのままでは、マリアーナにイザベラでないことを看破されていたし、仕方ないことだった。
 それは理解しているし、後悔はしていない。

 ただ、この先の不安がすごく募っているだけだ。

「………………はぁ」

 どれだけ悩んだところで、無茶苦茶な頼みであることは変わらないし、なんだったらイザベラの公務の量も変わらない。

 朝から晩まで、公務が詰まっていて、その移動の間も、すれ違う顔見知りらしい騎士たちと会話。
 部屋に戻るまで、表情筋のひとつも休まらない。

「灰被りの魔女殿には、まだお会いになられてないのですか?」

 灰被りの魔女?

 もちろん、知らない相手だが、騎士の様子では、その灰被りの魔女とイザベラは親しいようだ。
 それこそ、王都に戻って数日、会っていないのを哀れまれる程度には。

「時間があれば、会いに行きたいのだけど……今、どこにいるか、わかりますか? すれ違えそうなら、がんばってみるわ」
「特に、何の要請もありませんから、おそらくいつも通り、ご自身の研究室に籠っておられるかと」

 なるほど。
 研究室がわからないな。

 詳しく話を聞いても怪しまれてしまうから、この騎士にこれ以上聞けないが、それほど仲が良いなら、会いに行かない方がおかしいかもしれない。
 できるだけ、その魔女に早急に会いに行く方法を考えるとして、実は、もう一人会わなければいけない人物がいる。

 ”クリミナ”という、イザベラの友人だ。
 イザベラ曰く、悪友とか、イタズラ仲間に近いそうだが、今回の件で、一番力になってくれるという。
 既に、奇跡を一回使ってしまった手前、協力してくれるというなら、早々に接触したい。

 イザベラからの情報では、城の隅っこに引き籠っていることが多い。自分と同じ白い髪。
 もしくは、紳士的な猫を探せ。

 知らない人を説明するというのは、難しいと思うが、その情報で、しかもその人物を知っている体で探せというのは、難しすぎる。

「ちょっといいかしら」
「聖女様!? は、はい。なんでしょう」
「クリミナに会いに来たのだけど、部屋を忘れてしまって、教えてくれるかしら」

 正直、少し厳しいかな。と思い始めた、巡礼の旅で、部屋の場所をすっかり忘れてしまったという設定。
 しかし、それ以外に聞き出す方法を思いつかず、できるだけ人の良さそうで、以前の事を知らなさそうな若い使用人を狙って声をかける。

「クリミナ……? あぁ、灰被りの魔女様ですね」

 どうやら、”クリミナ”と”灰被りの魔女”は、同一人物らしい。
 それは、都合がいい。

「お部屋ですね。ご案内します」

 特に疑いもせず、案内をしてくれた、本当に城の端に位置する部屋。

 案内してくれた使用人にお礼を言って、その扉へ向き直る。
 魔法が大して得意ではない自分でも、この扉に掛けられた偽装の魔法はわかる。
 というか、ドッペルゲンガーは、偽装や変化の魔法に敏感だからこそ、この魔法の不気味さを感じた。

 たぶんだけど、この扉の先には、とんでもない魔力の溢れた空間が広がっている。
 だが、それを少しも感じさせない魔法が掛けられている。

 固唾を飲み、その扉に手を掛け、力を入れる。

「よく来たな。赤い瞳の君」

 異様な程、濃い魔力が循環する部屋の中、薄灰色の髪を持った女が、本来の俺の瞳の色である”赤色”を言い当てながら微笑んでいた。

 ただ挨拶をされただけだ。

 たったそれだけで、俺は首元にナイフを突き立てられたような感覚に陥る。

 イザベラには、頼れと言われたクリミナだが、結界の張り巡らされた部屋の中で、微笑み投げかけられた先程の言葉は『お前の正体を知っている』という警告に他ならない。

 逃げる?
 不可能だ。格が違い過ぎる。

 悩む俺を尻目に、クリミナは小さく笑うと、肘をついた。

「そんなに怯えなくていい。なに、マリアーナが10日前に教会の裏で、ひとり泣いてな。見つけたやつが、血相を変えて、この部屋に連れてきたことがあってな。
 その時に言っていたんだ。『イザベラが、大量の花に囲まれる夢を見た』ってな」

 10日前。
 ちょうど、イザベラが死んだ日だ。

 棺いっぱいに、花を敷き詰めて、彼女を寝かせた。

「他の人間ならまだしも、その夢を見たのが、聖女見習いの、しかも妹ときた。これを、ただの夢だと一蹴するなら、そいつは相当お気楽だ」

 マリアーナも、きっと気付いていた。
 さすがに、その啓示の意味もわからなければ、聖女見習いではない。

「仮に、マリアーナがその夢を見た日。それが、イザベラの死んだ日とする。それから数日、現れたイザベラとそっくりななにか」

 そんな夢を見ていたのなら、最初から疑われても仕方ない。

「調べるに値すると思わないか?」

 それどころか、国に入ったところで、殺されなかったのが、もう奇跡だろう。

 彼女たちにとっては、友人の死を偽り、英雄として戻ってきたなにか。
 今まで泳がされていただけで、この状況は完全に詰んでいる。

「………………冗談だ。いや、冗談ではないが。とにかく、敵意がないとだけ思ってくれればいい」

 諦める俺に、少しだけ困ったように掛けられる言葉に、少しだけ眉を潜めた。

 今の言葉のどこに敵意のなさがあったのだろうか。

「本当だ。信じてもらえるかはわからないが、私は、イザベラが生きて帰ってくるとは思っていなかった」
「!!!!」

 気が付けば、淡々と述べるクリミナの胸ぐらを掴んでいた。

 イザベラは友人だと言っていた。そいつが、死ぬと思って、旅に送り出したと。
 許せるわけがない。

「そういう旅なんだよ。あの巡礼とやらは」
「でも……!!」

 確かに、今までだって、何人もの聖女が命を落としている。
 だから、イザベラだけが特別だなんて、誰もが信じてはいたけど、誰もが絶対だとは思っていなかった。

「友達なんだろ!? だったら……!!」
「巡礼を成功させるとは、信じていたよ」
「ぇ……」
「過去の文献を漁ったところで、巡礼を成功させた聖女は、巡礼後、間もなく命を落としている」

 だから、例え成功させても、イザベラと再会はほぼ不可能だと思っていた。

 ただそれだけだと、相変わらず淡々と答えるクリミナは、力の抜けていた俺の手を退かすと、じっと俺のことを見上げる。

「それに今、私にとって大切なのは、イザベラそっくりなお前の存在だ。お前は、なんだ?」

 そう言われて、今更ながら、初対面にも関わらず、お互いに全く自己紹介をしていないことに気が付いた。
 いや、この人、気付いているんじゃないか……?

 そう思いながらも、自分は、イザベラが巡礼の旅の途中で出会ったドッペルゲンガーであること、マリアーナが成人するまで、イザベラの振りをするように頼まれたこと、クリミナに協力を仰げと言われていることを伝えた。

「信用すると?」

 そりゃそうだ。
 イザベラの名前を出して、偽っている可能性は大いにある。

 何かイザベラに頼まれたことを証明できる確たる証拠……

「じゃあ、この刻印を見てくれ! イザベラが最後に残した、3つの奇跡だ!」

 右鎖骨下辺りに刻まれた、イザベラの残した3つの奇跡。

 これは、聖女であるイザベラ以外にはできない、確固たる証拠になるはずだ。

「聖女が使うよりも、ずっと質は落ちるけど、それでも奇跡を使うことができるのは、聖女の証だろ」
「2つしか見えないが」
「…………ぁ」

 そうだ。マリアーナに使ったんだった。
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