無詠唱魔術が最強の時代、俺はあえて詠唱することを選ぶ。だってそのほうがカッコいいから。

大豆茶

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12.違和感

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「よし……っと。まあこんだけあればいいか」

 戦闘後、カイルはゴブリンの死体から耳を切り落とし、麻袋に詰めていた。

「うげぇ……気持ち悪くてちょっと吐きそう……。ゴブリンの耳なんて本当に必要なの……?」
「そりゃあ討伐を証明するためには必要だろ。証拠もなく任務完了とは言えないし」
「そうだ情けないぞミーナ。魔物退治を主な生業とする星降りの杖において、これしきのこと茶飯事なのだからな」
「ぐ……マロゥに正論を言われるとなんかムカツク……っていうか、あんただってカイルに任せっきりで何もやってないじゃないのよ!」

 隣で突っ立っていたマロゥに向け、今にも襲いかかりそうな勢いでこぶしを振り上げるミーナだったが、戦闘や探索の疲れもあってか、溜め息をつき不服そうな顔で腕を下ろした。

「はあ……怒ったらお腹空いてきちゃった。ゴブリン討伐も済んだことだし、早くマティカ村へ帰ってゆっくり休みましょ」
「おいおい……さすがに飯ぐらいは食べるけど、あんまりゆっくりとはしてられないぜ? 成否は当然として、任務完了までの経過時間も評価のうちなんだからな」
「う……そうだったわね」

 一晩は身体を休めるつもりだったミーナは、カイルの指摘に苦い表情をする。
 
「てもまあ……ゴブリンリーダーっていう想定外の強敵を倒せたんだし、多少は休憩してもいいかもな」
「そっ、そうよね! ねえみんな、マティカ村の特産品はチーズって聞いたの! 食べてみましょうよ」
「フッ……いざ、安息の地へと魂を導こう……!」

 見事、自らの役目を果たしたマロゥたちは、まだ見ぬごちそうと達成感により疲れを忘れ、意気揚々と帰路につくのだった――
 


「ふぅ……ようやく寛げるぜ。なあマロゥ」

 ドカッとソファーに身を投げ、だらんとした体勢で寝そべるカイル。
 対するマロゥは、意味もなく窓際に寄りかかり、すっかり暗くなった村の様子を眺めていた。

「風が騒いでいる……」
「いや、せいぜいそよ風程度しか吹いてないだろ」

 ここは村にある空き家。一行は食事を済ませたら学園へ帰るつもりだったが、サイモンによる予想を超える歓待を無碍にもできず、結局一晩泊まることになったのだ。
 
 木造の空き家は少々老朽化しているが、定期的に手入れをされているようで、休むのには申し分ない。ただ、部屋は少ないので、マロゥとカイルは相部屋となっていた。

「しかしまあ……初めての実戦にしちゃあ上出来だったよな、俺たち。学園での授業が活きてるっていうか……技術だけじゃなくて、精神面でも鍛えられてたって感じ」

 カイルは傍らに置いていた剣に触れながら、今日の出来事を思い返していた。
 剣の修行は幼少より重ねてきたが、魔術と剣とを組み合わせるバトルスタイルは、学園に来てから編み出したものだ。
 それを遺憾なく発揮できたのは、学園での指導の賜物に他ならない。

「俺たちって結構バランスの取れたチームなのかもな。俺が近接で敵を抑えながら、大火力固定砲台のお前を守って……ヤバそうなとこをミーナがサポート。ゴブリンの群れもどうにかできたし――って、おい。聞いてるのかマロゥ?」

 一向に返事がないマロゥの様子を窺うため、カイルはソファーから起き上がった。

「おい、カイル……あれ……」
「ん……?」

 久々に聞くに近いマロゥの声に不安を掻き立てられ、カイルは慌てながらマロゥが外を覗いていた窓に顔を寄せる。

「あれは確か……エルナちゃん……?」

 カイルが見たのは、マティカ村で最初に出会った幼い少女の後ろ姿。

「なんでこんな時間に……」

 村人であるエルナが外をうろついていても不思議なことではない。だが、村の中とはいえ、こんな夜中にひとりで……それも灯りすら持たずに出歩いているのは明らかにおかしい。

「行くぞカイル」

 それだけ言って、脱いでいたマントを羽織り、マロゥは部屋を出ていった。

「お、おい! 待てってマロゥ! ……ったく、相変わらず感情の赴くままに動きやがって。……そうだ、一応ミーナにも声かけておかないとだな」



 マロゥが空き家を出て走っていくと、すぐにエルナへと追いついた。
 そして、彼女の前方へと回り込み、バサッとマントをなびかせる。

「フフ……待つのだ少女よ。今宵は風が騒いでいる……おとなしく鳥籠の内へと戻るがいい」

 カッコつけながら行き先を塞ぐが、エルナは一切反応を示さず、マロゥのすぐ横を通りすぎる。

「ム……ど、どうしたのだ少女よ。この聖域サンクチュアリ救世主メシアたるこの俺、深淵の魔術師のことを忘れたとでもいうのか……!? ほ、ほらこの顔、覚えてい――――」

 昼間に会ったときには魔術師の存在に目を輝かせていたエルナだったが、今は何の反応も示さない。それどころか、マロゥの存在を無視しているようにも思える。
 そんなエルナの前へと再び回り込んだマロゥは、エルナの目線に合わせて屈み、それと同時に絶句してしまう。

「――っ」

 ――虚無。そんな言葉が相応しいほどに、少女の瞳からは光が失われていた。
 太陽のような笑顔も、底無しの活発さも、何もかもすべてが。

 固まっているマロゥを無視して、エルナは歩を進めていった。
 彼女の小さな背中は妙に揺れがなく、ただ真っすぐに――まるで地面に刻まれた見えない線の上をなぞる操り人形のように進んでいく。
 かつて陽の光そのもののように跳ね回っていた少女の姿は、そこには欠片も残っていなかった。

「おいマロゥ、なに固まってるんだよ。エルナちゃんは大丈夫だったのか?」
「……もう、今何時だと思ってるのよ。つまらない用事だったら許さないんだからね!」

 呆然としているマロゥのもとへ、カイルとミーナが駆けつける。

 呆れの感情が二人の感情の大半を占めていたが、マロゥのただならぬ様子を見て、瞬時に思考を切り替えた。

「……何があった?」

 カイルの問いに、マロゥはゆっくりと立ち上がりながら重く閉ざされていた口を開く。

「……どうやら、まだ幕を閉じるには早かったようだ。――いや、これからが始まりなのかもしれないな」

 たった半日足らずで、こうも人が変わってしまうものなのだろうか。――否。そんなはずはない。
 何か……ゴブリンとは違う別の何かが干渉している。
 むしろゴブリンの一件は、その得体の知れない『何か』を隠すためのカムフラージュだったのではないか。マロゥはそれを確信し、遠くなりつつあるエルナの背中を追うのだった。
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