無詠唱魔術が最強の時代、俺はあえて詠唱することを選ぶ。だってそのほうがカッコいいから。

大豆茶

文字の大きさ
11 / 12

11.ゴブリン退治

しおりを挟む


 マティカ村より徒歩一時間。マロゥたちは、ゴブリンが住み着いているという情報をもとに、マティカ村の北にある森へとやってきた。

 いかにも魔物が住み着いていそうな、陰鬱な雰囲気が漂う森を見て、マロゥたちはごくりと唾を飲み込んだ。

「さあて、鬼が出るか蛇が出るか……」 
「……ゴブリンは小鬼って呼ばれることもあるし、鬼じゃないかしら?」
「いや、暗黒竜ダークネスドラゴンの可能性も捨てきれん」
「おいおい、ドラゴン相手はさすがに荷が重くないか……?」

 何気ない会話で緊張感をほぐしつつ、三人は森の中へと足を踏み入れた。

 森の中は鬱蒼うっそうとしており、昼間だというのに薄暗い。
 どこに潜んでいるかわからないゴブリンを警戒しながら、マロゥたちは比較的開けた獣道を選びながら慎重に進んでいく。

 そうしておよそ一時間後、先頭を歩くカイルが、進行を妨げる藪を手で取り払おうとした、その瞬間だった。

「ギィィッ!」
「――っ!」

 藪の中に潜んでいた一匹のゴブリン。錆びだらけのナイフを片手に持ったその個体が、不意にカイルの懐へと飛び込んできたのだ。

「カイルっ!」

 すぐ後にいたミーナは、即座に腕をかざし『防壁シールド』の魔術を行使する。
 ミーナの杖……もとい、魔術媒体である腕輪が発光し、コンマ数秒で魔術が発動。
 カイルとゴブリンとの間には、半透明の魔力障壁が生じ、勢いよく突っ込んできたゴブリンは、ナイフとともに身体ごと後方へ弾かれた。

「わりぃ、油断してた!」
「いいから! 次、くるわよ!」

 奇襲をきっかけに、周囲の藪がガサガサと揺れだす。それも一ヶ所じゃない。何体いるか把握できないほどのゴブリンが、いつの間にかマロゥたちを取り囲んでいたのだ。

「くそっ、ゴブリンが奇襲!? やっぱり指揮官がいるみたいだな……!」
「この状況……魔術師にはちょっと分が悪いかもしれないわね」

 周囲は草木が生い茂り、視界が悪い。茂みの揺れや葉の擦れる音で大まかな位置は把握できるものの、草木の背が高く、小柄なゴブリンの姿は完全に隠れてしまっている。
 これでは魔術を正確に当てるのは至難の業だ。かといって闇雲に魔術を放つわけにもいかない。対魔術師相手には有効な戦術と言えるだろう。

 ――そう、それが普通の魔術師だったのならば。

「この混沌……俺の深淵の魔術で切り拓いてみせよう……!」
「――っし、頼んだぜマロゥ! ミーナ、マロゥのサポートは頼んだ!」
「任せて!」

 マロゥが杖を構えると同時に、カイルはすべてを察し、マロゥにこの場を委ねた。
 そしてマロゥを挟むかたちで、即座に陣形を組み直す。カイルは前方、そしてミーナは後方をカバーする陣形だ。

「さあゴブリンども! 隠れてないでどっからでもかかってきやがれ!」

 言葉は通じなくとも挑発されていることに気付いたのか、左右から挟み撃ちをするように、ゴブリンが草影からカイル目掛けて飛び出してくる。
 
 タイミングはほぼ同時。無詠唱魔術といえども、近距離から二方向同時に襲撃されれば対応は難しい。
 だが、カイルは焦ることなく、腰に携えたを抜いた。

「ふっ!」

 素早い身のこなしで剣を振り、カイルは左右から襲いくるゴブリンを、ほぼ同時に斬り払う。
 そしてその直後、下段に構えていた剣を頭上へと斬り上げる。だが、その太刀筋にゴブリンの姿はなかった。

 直後、樹上に潜伏していたゴブリンが奇声を発しながら飛び降りてくるが、着地した瞬間半身がずれ落ち、そのまま絶命した。

 ――そう、カイルが斬り上げは空を切ったかに見えたが、その実、見えざる刃がゴブリンの身体を両断せしめていた。

「……『風刃ウインドエッジ』」

 カイルは斬り上げと同時に、風系統下級魔術『風刃』を無詠唱で放っていたのだ。
 カイルは魔術師としては珍しく、杖の代わりに魔術刻印が施された剣を持って戦う近接型の魔術師だ。

 達人級の剣から繰り出される飛ぶ斬撃……初見で対応するのは至難の業だろう。

 そんなカイルの実力を察したのか、潜伏しているゴブリンたちの動きがピタリと止まった。

「諦めてくれた……って感じじゃなさそうだな」

 攻撃の手こそ止まっているが、肌を刺すような殺気はそのままだ。
 無意味に突撃することは避け、別の策を練っているに違いない。

「――っ、カイルあそこ!」

 ミーナが指差した先で、人影が揺らめいた。
 人影はマロゥたちよりも一回り大きな体躯で、赤く獰猛な眼光を放っている。

「あれは……やっぱゴブリンリーダーがいたのか……!」

 身体的な特徴はゴブリンそのものだったが、ただ一点、体格が通常の個体とはまるで違った。人間でいうところの筋肉質な大男に相当する体躯を有しており、当然ながら身体能力もそれ相応のものである。
 更にはゴブリンらしからぬ頭脳を有する特異体、ゴブリンリーダーがカイルたちの様子を遠目に窺っていた。
 
「カイル、あいつ狙える?」
「いや、無理だ……『風刃』の射程範囲を超えてる。っていうか、そもそも木が多すぎるから狙うのは無理だな」
「……そう。指揮官をやれば総崩れするかと思ったけど、そううまくはいかないみたいね」

 カイルらが攻めあぐねていると、ゴブリンリーダーは手に持っていた棍棒を振りかざし、それを勢いよく振り下ろした。

「ガァァァァッ!!」

 ゴブリンリーダーの咆哮によって、身を伏せていたゴブリンたちが一斉に姿を現す。
 そしてその手には、こぶし大ほどの石が握られていた。

「――っ! まずい、投石だ!」

 ざっと三十を超える群れ。その数のゴブリンが一斉に石を振りかぶる姿は、嵐を巻き起こす暗雲の如く、強烈なプレッシャーを与えてくる。

「――悪くない手だけど、残念だったな。こっちには優秀なサポーターがいるんだよ」
「『範囲防壁エリアシールド』!!」

 ミーナの声とともに、三人を包み込むようにして魔力障壁が展開される。
 次の瞬間にはゴブリンによる飛礫つぶての雨が降り注ぐも、障壁によってすべてを弾くことに成功する。

「――待たせたな」

 投石が終わったその瞬間、詠唱を終えたマロゥがニヤリと笑った。

「ったく、待たせすぎだ!」
「やっちゃいなさい、マロゥ!」
「ああ――咲き乱れろ、『大地乱隆起ガイアグレイブス』!!」

 マロゥの魔術が発動すると、地面から硬質化した土の槍が隆起した。それもひとつふたつじゃない。次々と生成される土の槍が、木々をなぎ倒しながら広がっていく。

「なにこれやっば……」

 ミーナが呆れ半分、感心半分の嘆息をもらす。
 それは、この広範囲無差別攻撃の元となった魔術を知っているからだ。

 その魔術とは、土属性下級魔術の『土槍グレイブ』。指定した位置の地面から、土で作られた槍を隆起される魔術である。
 ……だが、通常は隆起させる土槍は一本だけであり、ここまで無数、そして広範囲に渡るような魔術では、決してない。

「ははは……時間かかっただけはあるな」

 魔術の効果が終わったころ、目の前には、串刺しにされたゴブリンの群れがいた。そして、遠くにいたはずのゴブリンリーダーでさえも、複数の土槍に貫かれて絶命していた。 
 
「いや……おかしいでしょこれ。ゴブリンの群れを一撃で殲滅? ヘタしたら上級魔術以上よ……それに、それだけの魔術を使って平然としてるのも納得いかないわ」

 中級魔術である『範囲防壁』を使った反動で、軽い気だるさを覚えていたミーナは、恨めしそうな視線をマロゥに送っていた。
 
 平均的な魔術師の魔力量は、上級魔術を一回使えるかどうか……というレベルだ。それは、一流の魔術師が揃う星降りの杖においても例外ではない。
 特にミーナは平均より魔力量が少ないので、マロゥの規格外の魔力量に嫉妬してしまうのも仕方ないだろう。

「フフ……この俺の中で燃え盛る深淵の焔の力さ。ミーナよ、貴様も深淵の領域に足を踏み入れる覚悟があるというのなら、コツを教えてやらんこともないが?」
「……遠慮しとくわ」

 例え魔力量が増えようとも、あんな恥ずかしいポーズやら言動をするぐらいだったら現状維持でいい。そう思い、呆れ顔で返事をするミーナだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

チート魅了スキルで始まる、美少女たちとの異世界ハーレム生活

仙道
ファンタジー
 ごく普通の会社員だった佐々木健太は、異世界へ転移してして、あらゆる女性を無条件に魅了するチート能力を手にする。  彼はこの能力で、女騎士セシリア、ギルド受付嬢リリア、幼女ルナ、踊り子エリスといった魅力的な女性たちと出会い、絆を深めていく。

悪役貴族に転生したから破滅しないように努力するけど上手くいかない!~努力が足りない?なら足りるまで努力する~

蜂谷
ファンタジー
社畜の俺は気が付いたら知らない男の子になっていた。 情報をまとめるとどうやら子供の頃に見たアニメ、ロイヤルヒーローの序盤で出てきた悪役、レオス・ヴィダールの幼少期に転生してしまったようだ。 アニメ自体は子供の頃だったのでよく覚えていないが、なぜかこいつのことはよく覚えている。 物語の序盤で悪魔を召喚させ、学園をめちゃくちゃにする。 それを主人公たちが倒し、レオスは学園を追放される。 その後領地で幽閉に近い謹慎を受けていたのだが、悪魔教に目を付けられ攫われる。 そしてその体を魔改造されて終盤のボスとして主人公に立ちふさがる。 それもヒロインの聖魔法によって倒され、彼の人生の幕は閉じる。 これが、悪役転生ってことか。 特に描写はなかったけど、こいつも怠惰で堕落した生活を送っていたに違いない。 あの肥満体だ、運動もろくにしていないだろう。 これは努力すれば眠れる才能が開花し、死亡フラグを回避できるのでは? そう考えた俺は執事のカモールに頼み込み訓練を開始する。 偏った考えで領地を無駄に統治してる親を説得し、健全で善人な人生を歩もう。 一つ一つ努力していけば、きっと開かれる未来は輝いているに違いない。 そう思っていたんだけど、俺、弱くない? 希少属性である闇魔法に目覚めたのはよかったけど、攻撃力に乏しい。 剣術もそこそこ程度、全然達人のようにうまくならない。 おまけに俺はなにもしてないのに悪魔が召喚がされている!? 俺の前途多難な転生人生が始まったのだった。 ※カクヨム、なろうでも掲載しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ざまぁにはざまぁでお返し致します ~ラスボス王子はヒロインたちと悪役令嬢にざまぁしたいと思います~

陸奥 霧風
ファンタジー
仕事に疲れたサラリーマンがバスの事故で大人気乙女ゲーム『プリンセス ストーリー』の世界へ転生してしまった。しかも攻略不可能と噂されるラスボス的存在『アレク・ガルラ・フラスター王子』だった。 アレク王子はヒロインたちの前に立ちはだかることが出来るのか?

大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる

遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」 「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」 S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。 村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。 しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。 とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。

役立たずと言われダンジョンで殺されかけたが、実は最強で万能スキルでした !

本条蒼依
ファンタジー
地球とは違う異世界シンアースでの物語。  主人公マルクは神聖の儀で何にも反応しないスキルを貰い、絶望の淵へと叩き込まれる。 その役に立たないスキルで冒険者になるが、役立たずと言われダンジョンで殺されかけるが、そのスキルは唯一無二の万能スキルだった。  そのスキルで成り上がり、ダンジョンで裏切った人間は落ちぶれざまあ展開。 主人公マルクは、そのスキルで色んなことを解決し幸せになる。  ハーレム要素はしばらくありません。

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

処理中です...