転生竜騎士は初恋を捧ぐ

仁茂田もに

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最終話 転生竜騎士は初恋を捧ぐ -4

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 戦時中の名残である街の真ん中に作られた軍の駐在所に行くまで、何かにつけてシグルドはルインに触れようとしてきた。それをいなしながらも、ルインは諦めにも似た気持ちを持っていた。まあ、本当に今更である。

「司令がルインの顔を早く見たいと言っていたし、早く基地に行こう」

 街中にある駐在所で待っていたアーベントに跨りながら、シグルドが言った。

「ああ。……そうですよね。挨拶しなきゃ」
「そんなに畏まらなくても大丈夫だ」
「いや、緊張するでしょ。さすがに」
「兄さんは義弟に早く会いたいだけだ。レーヴェ軍曹」
「ほんと、その呼び方止めてください」

 ――ルイン・レーヴェ。

 それは半年前に新しくなったルインの名前である。
 ヴィンターベルク中から揶揄われ、祝われ、最高司令官殿にまで婚姻を勧められたルインは、もう何もかも面倒くさくなってそれを承諾した。

 今回の異動は、婚姻を結んだふたりを同じ基地配属にする目的で行われたものだったのだ。余談ではあるが、南方司令部ズゥーデンシュタット基地の司令官はシグルドの次兄である。


 ヴィクトルにもらった婚姻証明書を手渡したときのシグルドの顔は実に見者だった。
 シグルドのせいでさんざん揶揄われたのだ。ルインだってそれくらいの意趣返しはしたかった。

 自分から結婚を申し込みたかっただの、ヴィクトルに言われたのが気に食わないだのと文句を言っていたシグルドは、どうやら折を見てルインにプロポーズをするつもりだったらしい。

 夢に見た正体不明の金髪の青年を長年探し続けるくらいロマンチストのシグルドだ。おそらく、さぞやロマンチックなプロポーズを計画していたのだろう。しかし、そんなものは知らない。

 ロマンチックなプロポーズがしたいなら、そういうのを喜びそうな相手を探せばいい。シグルドが絶対にしないであろうことを分かっていて、ルインは平気でそんなことを口にする。

「呼びたいんだ。嬉しいから」
「あなたも『レーヴェ少佐』でしょ」
「そう、だから嬉しい。ルインの隣にいると、生きていていいと思える」

 促されてルインもまた黒い竜の鐙に足をかける。アーベントがルインを歓迎するように喉を鳴らす。親しみのこもったその声は、竜が嬉しいときに慣らす音だ。

 四枚の羽根がゆったりと空気を掴むように数度羽ばたいた。
 ふたりとも飛行服ではないから、基地までの飛行は低空低速でまるで遊覧の様だった。

 空の上で、ふたりきりになったとき、シグルドはルインを背後から抱きしめた。人目がなければ、ルインとてそう邪険にもするつもりはなかった。腹に回された左手にそっと自らの手を添えて、逞しい胸に背中を預けた。

 空はどこまでも青かった。冷たく硬質な感じのするヴィンターベルクとは違う、ズゥーデンシュタットの温い南風がルインの黒い髪を乱す。

 ――青が濃い。
 花やスパイス。それから、近くにある山々の緑の匂いを嗅ぎながらルインは思う。

「愛している。ルイン。出会ったときからずっとずっと君だけが好きだった。生まれて初めて、誰かを好きになったんだ」
「生まれる前から、じゃなくて?」
「それは否定しがたいが、それでも俺が見つけたのはルインだよ」
「……そう」

 振り向くと、そこには秀麗なシグルドの顔があった。
 右目は黒い眼帯で覆われて見ることが出来ないが、ルインにとってそんなことは何の問題にもならない。

 ――シグルドが生きて、ここにいる。

 それだけが何よりも大切で重大なことだった。
 その上、彼はもう二度と戦場を飛ばなくてもいいのだ。


 かつて、「フェリ」が愛した「レオン」は戦場で命を落とした。
 大切なものを守るために死んだ男を「フェリ」はずっと待っていた。誰よりも深く愛していたから。

 そんな「フェリ」の死んでも残った重たい愛を、ルインはようやく終わらせることが出来るのだと思った。
「フェリ」とルインは容姿も性格も、考え方も違うまったくの別人だ。

 ただ彼の記憶を持っているだけで、ルインは全く「フェリ」の気持ちを理解できない。
 それでもきっと、かつて「フェリ」だったルインが、かつて「レオン」だったシグルドを愛することで、彼の未練は昇華されるだろう。


 シグルドはルインのことが好きだと言う。それも初恋なのだと。
 ルインだって初めて人を好きになった。狂おしいほどにシグルドのどこまでも優しく不器用なところを愛しいと思う。

「俺も『レオン』じゃなくて、シグルドが好きです。その初恋を俺にください」

 言えば、シグルドが驚いたように瞬いた。そして嬉しそうに破顔する。
 触れ合う唇は柔らかく、少しだけ熱い。

 真夏の太陽が照らす空の下で、ルインとシグルドはふたりだけの誓いを交わした。
 永遠に離れないように。ずっとそばにいるように。

 その初恋をたったひとりに捧げて。


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