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1.婚約破棄、願います

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「正式に婚約破棄をお願いいたします」

心地よい日差しの中、私は目の前で紅茶をすする婚約者、アルノルト様にそう告げた。
しかし、当のアルノルト様はすました顔でちらっと私を見るだけだ。
動揺すらしないのね。
それが少し面白くない。

「婚約破棄、してくださるわよね?」
「急に呼びつけたと思ったら……」

アルノルト様はやれやれという風にため息をついた。
ため息をつきたいのは私の方よ!
そう怒鳴りたいのをぐっとこらえる。

もう我慢の限界だった。
アルノルト・マークスラットはこのザック領を治める公爵家。代々国王にも仕える家柄で、その勢力は国内一とも言われている。
アルノルト様自身も、その名家にふさわしく有能で剣術も政治にも長けている。先の武術大会では20代の部門で優勝までした。
名声ばかりでなく、その優れたルックスで人気も高い。
青い瞳に綺麗な金色の髪。背が高く整った顔立ちは目を引くものがあった。正直、私もアルノルト様と婚約すると聞いたときは胸がときめいた。
ラッキーって思ったわ。
でも。
一点、 問題があった。

「先日、レストランでマリーという女性から水をかけられたわ」
「マリー? マリー……、あぁ! マリーね。はいはい」

はいはいじゃない!

「私とアルノルト様が婚約したことに憤慨しておりました。私とのことは遊びだったのね、ともおっしゃっていましたわ」
「あぁ~……」
「昨日は、リリアンという女性から私たちの婚約が納得いかない旨のお手紙が送られてきました。刃物と一緒に」
「それは物騒だ。俺からたしなめておこう」

腕を組むアルノルト様をキッと睨む。

「あなたと婚約してから、こんなことが日常茶飯事です。もう我慢なりません」

バンっとテーブルを叩いてそう怒鳴った。
そうなのだ、このアルノルト様。
ルックスもよく、優秀で完璧な男なのに女好きという欠点があった。
先月、婚約が成立してからアルノルト様と懇意にしていたという女性から嫌がらせが相次いでいた。
正直、怖いし身が持たない。

「ライラ、あまりそうカリカリするな。俺たちが勝手に婚約破棄できるものでもないだろう?」

そういわれて、私はぐっと言葉に詰まる。
確かに、私たちは政略結婚だった。
親が決めた相手であるので、そう簡単に婚約破棄ができるものではない。

「ライラだって、本当に婚約破棄したいと思っているのか?」
「どういうことですか?」
「そのドレス。淡いグリーンで装飾も華やかだ。新作だろう? 俺のために着て来てくれたんじゃないのか?」

自信満々にそういわれて、私は深いため息をこぼした。

「違います。この素敵なお庭に合うかなと思って……」

公爵家の広い庭にはきれいな花が咲き誇っていた。

「ライラも花のように可愛いよ」

にっこり微笑むアルノルト様に私は肩を落とした。
話にならない……。

「今日は帰ります」

また出直そう。
やはりまずはお父様を説得してから婚約の断りを入れてもらうしかない。
そう思って椅子から立ち上がると、アルノルト様が思い出したかのように言った。

「あぁ、ライラ。聞いたかもしれないけど、来週からここに住むことが決まったよ」
「え?」

目を丸くして振り返る私に、余裕の表情で微笑まれる。

「結婚に向けて、この家にも慣れてもらわないとね」

うそ……、でしょ。
思わずへたり込んでしまった。




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