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一章
司書 前編
しおりを挟む最近は夏の日射しが厳しくなってきた。
龍臣は朝から暑さで目覚ましが鳴る前に目を覚ました。一階からは味噌汁のいい匂いがしてくる。
匂いにつられてお腹が微かに鳴った。
大きく伸びをして時計を見ると9時。
記憶堂は10時開店でしかも徒歩10分程度の距離にあるため余裕だ。
まだ眠気が残るまま階段を降りると、龍臣の母がキッチンから顔を出した。
龍臣を見てフフッと笑う。
「あら、タイミング良く起きてきたわね。腹時計でも鳴ったのかしら」
「おはよう。……なんでお前が居るんだ」
母に挨拶をしてからリビングへ行くと、テーブルに出された朝食を何故か修也が席について食べていた。
あまりの違和感のなさに、一瞬見逃しそうになったくらいだ。
「おはよう、龍臣君」
「おはよう。いや、質問に答えろよ。というか、学校は? 遅刻だろ」
そう言いながら席につくと母が目の前に味噌汁を置いた。
そして、朝食を食べ終えた修也が首を傾げた。
「龍臣君、夏休みって知ってる?」
「……遠い昔に聞いたことがある。そうか、もうそんな季節か」
夏休みか。
外を見るとセミがうるさく鳴いている。
社会人になれば夏休みなんてほとんどない。制服ではないTシャツ姿の修也は気楽そうだ。
羨ましいね、と言いながら朝食を食べていると母が龍臣の隣に座ってニッコリ笑顔を向けてきた。
「今ね、修ちゃんと話していたのよ。良い歳した息子を実家から追い出す方法を」
龍臣はその視線から逃れるように目の前の朝食を黙々と平らげる。
これは面倒くさい話になりそうだという予感がして、少しうんざりした。
「30歳、よくわからない古本屋勤務、休みの日は1日家にいるような実家暮らしの男なんて今どきモテるのかしら?」
母の言葉に若干傷つきながらも、相手にしたところで負けるとわかっている。ここはサラッとかわすのが一番だと龍臣は心得ていた。
「偏見だよ。そんな男は世の中にたくさんいる」
「もちろん、それが悪いわけではないわ。でもね、お母さんもお父さんももういい歳でしょう? 孫、いえ、せめて彼女くらいは……」
「ごちそうさま。出勤前にシャワー浴びてくる」
母の小言から逃げるように立ち上がった。修也はニヤニヤしており、それが腹が立つ。
つまりはさっさと結婚しろと言いたいらしい。
最近はそういった話が増えてきた。
お見合い話が出るのも時間の問題かもしれない。そうなるとやっかいだ。
親の言い分も分かるが、しかし世の中そんなに上手くはいかないものなのだということはわかって欲しいところだが、それを言った所で負けるに決まっている。
しかも、よく分からない古本屋って……、継げと言って来た親の言うことではないだろうに。
朝から疲れた気分でシャワーを浴び、身支度を整えて玄関へ行くと修也が靴を履いて待っていた。
「何してるんだ」
「一緒に行こうかと思って」
笑顔を見せる修也にため息が出た。
夏休みを謳歌するのはいいことだが、修也にはその前にやることがあったはずだ。
「お前、来年受験だろう? 塾とか補習とか受けて勉強しろよ」
「まだ受験するとは決めていないよ。それに仮にそうなったとしても来年の夏に頑張ればいい話であって、今年は遊ぶって決めたんだ」
そんな悠長でいいのか?
必死に勉強をしなくてもそこそこ成績が良かった龍臣にとって、そういったことはあまりよくわからなかった。
「うちの職場は遊び場じゃないんだぞ」
ほぼ毎日学校帰りに寄る修也にとって、それは今さらなのだが。
今朝の龍臣は少し機嫌が悪く、言わずにはいられなかった。しかし修也にとってはどこ吹く風だ。
今更そんなことを言われても響くわけがない。
「それに龍臣君、今日うちの高校に来る予定だろ?」
「なんで知っているんだよ?」
実は今日はこのあと修也が通う高校に行く予定があった。そこの歴史の先生から記憶堂にあった歴史書を図書室に納品してほしいと依頼があったのだ。
一度、記憶堂へ寄ってから、店を閉めて学校へ向かう予定だった。
「だって、依頼してた歴史の先生は俺の担任だし」
「ほほう。じゃぁ、その先生からお前の授業態度もろもろ聞けるってことか」
着いてくる気満々の修也に龍臣がにやりとすると、逆に悪い笑みを修也が浮かべた。
「その担任が、今日は急きょ休みになったから代わりに俺が校内を案内する役割を得た」
「……生徒に任せるなんて」
龍臣が少し呆れるが、実際歴史の先生が居たところでお金はすでに学校名義の前払いで受け取っているし、実際は図書室までの案内しか必要ない。
後は図書室司書に任されているはずだ。
だから、正直案内なんて誰でも良かった。
だから朝から家にいたのか。まぁ、修也なら気を遣わずに済むしまあいいかと諦める。
修也は近隣の私立高校に通っている。
第一希望は公立高校だったが、学力が足りずに私立高校に変更した。それもあって、大学進学を渋っているのだろうと龍臣は予想している。
修也の通う桃乃塚学院はスポーツが強い高校で、勉学よりはそちらに力を入れているようだった。
生徒のほとんどは部活に入っており、修也のように帰宅部は少数派らしい。
ある意味、勉強も苦手な修也には合っている高校だったのだろう。
本を持って学校に到着してから、玄関で来訪者受付をする。
修也は昇降口から先に校内へ入っていた。スリッパを履いて昇降口へ行くと修也がジャージーを着た男の先生となにやら話をしていた。
背は龍臣よりは小柄だが、短髪でガッチリとした体格の先生だ。いかにも体育教師といった雰囲気だが、修也はどこか逃げ腰だ。
近づいて来た龍臣に気がつくと、まるで『良いタイミング』とでも言いたそうな表情でこちらへ駆け寄ってくる。
「じゃぁ先生、俺やることがあるからこれで」
「あ、おい!」
ジャージー姿の先生はもの言いたげに修也を見るが、龍臣に気が付くと軽く会釈して去っていった。
「先生と話さなくて良かったのか?」
「別に。あの先生、体育教師なんだけど俺に会うたびに部活に入れってうるさいんだ。でも今からやりたい部活もないし、一年ならともかく二年になってからだと入りにくいし今更でしょう」
どこかうんざりしたように話す修也に苦笑した。
先生としてはスポーツが盛んな高校で帰宅部にしておくのはもったいないと考えているのかもしれない。
こう見えて修也は勉強は苦手だが、スポーツはそれなりに出来たはずだ。
だからこそ言わずにはいられないのだろう。
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