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前日準備
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七つ音の鐘が鳴り響く。
陽は半分、顔を隠している。
「おっ、来たみてぇだな」
コルクスは「雷爪の傷痕」に向かってくる馬車を見る。
リャナとミャンは乗合馬車から降りてくる。
「お迎えっ、ご苦労なのだ!」
ミャンは荷物を下に置くと、僕の後ろに回って背中合わせになった。
篭絡作戦は継続中のようだ。
「物語を再現しようと試みても、状況が異なるのであれば効果は薄い」
僕はミャンに駄目出しをする。
ミャンは拗ねて、僕に寄り掛かってくる。
リャナは礼儀正しく、頭を下げる。
「あたしたちの同行を許可していただき、ありがとうございます。ーー他の皆さんは、明日の探索の準備でしょうか?」
リャナはミャンの行動を見なかったことにして、僕とコルクスに尋ねた。
「ホーエルは明日の準備で、ワーシュもそーなんだが、何か企んでるみてぇだな。風竜様がそーだったよーに、竜と相性が悪ぃのか、みー様からも微妙に距離を置かれてたかんな、……余計なことしなきゃいーが」
コルクスは宿を見てから、雨が降りそうな空を見上げる。
コルクスの心の内と、同じ天気らしい。
「昨日、エルムスはみー様に乗って戻ってきた。『魔法王』による配慮のない、安全飛行の最終確認だと言っていた。容赦のない業務のあとの、竜の飛行とあって、エルムスは今日一日、心身を休めている」
僕は着陸後にみーから滑り落ちた、エルムスの姿を思い出しながら説明する。
「エイルハーンさんがみー様に乗って帰ってきたことも、メイムさんの……ことに、拍車を掛けているのでしょうか?」
リャナはワーシュのことを心配して、困り顔で笑う。
場合によってはミャンが二人になるようなものなので、気が気でないようだ。
「情けないのだ。だが、侍従長の部署だったら、使い物にならなくなったから、良しとするのだ」
ミャンは気も漫ろに、所感を述べる。
長く「魔女」を真似ているのか、板に付いているようだ。
「ミャン。僕はラカールラカとは違う。尻を撫でるのは、禁止」
僕は無反応を装って、ミャンに厳命する。
リャナは炎竜になると、魔法を使おうとした。
僕はミャンの頭に手を当てて、ミャンを後ろに隠してから頭を振る。
「侍従長の部署では、百人ほどが逃げ出したり過労で亡くなったりしていると噂になっていますが、実際は違います。始めは侍従長一人で、その後に侍従次長であるファスファール様。しばらく前に二人が所属し、四人居るようなのですがーー。侍従以外の仕事も熟し、激務だと聞いているのですが、正直、侍従長が何をしているのか、あたしには良くわかりません」
リャナは手を下ろしてから、言い訳するように話し始めた。
何かを誤魔化したいらしい。
リャナは窺うように、上目遣いで僕を見る。
以前から疑問に思っていたことが、口を衝いて出たようだ。
「リシェの能力には、かなり変則的な面がある。その原因に少なからぬ影響を及ぼしているのは、リシェを教育した者だろう」
僕はリャナの疑問を解消しようと試みる。
「つまり、元凶はリシェさんの親父さんってことなんか?」
コルクスは僕の腹を撫でようとしていたミャンを引き剥がして、リャナに渡す。
「いや、恐らく違う。リシェの兄だという、ニーウ・アルンが根幹を作り上げたと思う。そして、ニーウ・アルンはそれしかしなかった。ーーリシェは兄から与えられたものを当然のものとして受け取っているが、市井のものとはだいぶ異なっている」
僕は一旦、言葉を切る。
僕は僕自身の狭量さによって、共有できなかったリシェについて語る。
「リシェは一所ではなく、全体を見ている。血液の流れのように、その末端までを見ている。何処かではなく、全体の流れを統制している。竜の国を立ち上げた当初は有効だっただろうが、その後は弊害が出たはず。リシェと同じ視点を持つ者は少ない。遠くから見れば、何もしていないように見え、近くから見れば、有り得ないほどの仕事量を熟しているようにも見える。ただ、どうもリシェ自身がそれを自覚していない。国の、全体の仕事というのは、少なくなることはあっても無くなることはない。だから、リシェは忙しさから抜け出すことが出来なかった。ーー東域への遠征。竜の国から長く離れることで、リシェはこれらのことに気付きつつあるようだ」
僕は最後に、僕たちに係わる重要なことを述べる。
「だから、僕たちに構えるだけの時間が、リシェに出来てしまった」
僕は懲りずにミャンが近寄ってきたので、頭を掴んで止めた。
ミャンは腕をぐるぐると回転させる。
そうすれば近付けると、素でやっているようだ。
「まーなー、もー少し俺たちが、竜の国で落ち着いてからにして欲しかったよな。初っ端からとか、どんだけエルシュテルに見放されてんだか」
コルクスは僕に協力して、ミャンの頬を抓ろうとしたところで失敗した。
ミャンは素早く回転して、杖を構える。
リャナは溜め息を吐いてから、僕とコルクスにお願いする。
ミャンより早く、気付いていたようだ。
「ライルさん。ラヴェンナさん。どうか、ーーどうか温かな心で見守ってあげてください」
リャナは既視感のある台詞を言うと、「雷爪の傷痕」停留所の小屋の屋根を見た。
どうやら、また誰かが参上するらしい。
「雷竜の爪痕は鮮やかに!」
長髪の少女は屋根の右側に現れる。
「人々の心を惑わせる!」
短髪の少女は屋根の左側に現れる。
二人の少女は聖語を杖で描き始めた。
「を? ミニレムは居ねぇよーだな」
コルクスは周囲を確認してから、少女たちを生温かな目で見守る。
二人の少女は聖語を描きながら、屋根の端に移動する。
「百味の風は明日を華やかに!」
髪を束ねた少女は水の魔法による演出で、「水球」から現れた。
三人の少女は同時に屋根から飛び下りて、魔法を使わずに着地する。
少女たちの背後で魔法が発動。
水槍と土槍と雷槍が交差する。
「天に雷竜! 大地に地竜! 包み込むは果ての海竜! 三位一体にて海容を体現せし、魔の抱擁! 『三槍の魔傑』に連なる、清廉なる魔法使い、ここに参上!」
少女は杖を槍に見立てて、ポーズを決めた。
長髪と短髪の少女は少し遅れて少女に合わせる。
三本の魔法の槍は回転しながら、魔力を散らして消えていく。
ミャンは三人の少女の登場に、熱視線を向ける。
ダニステイルにとって、重要なことらしい。
「『魔聖』様! 如何ですわ?」
少女は期待の眼差しで、リャナを見た。
長髪と短髪の少女は目を輝かせて、リャナの言葉を待っている。
「ーー六十二点です」
リャナは厳かに告げる。
わずかに怒りを宿しているようだ。
「なっ、何故ですわ、『魔聖』様!?」
少女は驚愕に打ち震える。
長髪と短髪の少女は動揺の極みに達する。
「先ず、ケイニーさんとパンさん。二人はマホマールさんに合わせることを優先し、全力では遣らなかったでしょう?」
リャナはケイニーとパンの目を、正面から見据える。
魔と魔法に誓って、一切の偽りを許さないようだ。
「たっ、確かに……、ですがそれはーー」
ケイニーは反論しようとするが、リャナに遮られる。
「あたしは、マホマールさんなら、ケイニーさんとパンさんの全力に応えられると思っています。それは、二人がマホマールさんを信じていなかったということです。ーー今出来得る、最高を目指す。二人の考えは間違っていません。ですが、それ故に、二人は輝きを失ってしまっています。マホマールさんだけが輝いたとしても、それは偽りの輝きに過ぎません。真の輝きとは、お互いが信じ合ってこそ、常に高みを目指してこそ、生まれるものなのだと、あたしは信じています」
リャナは饒舌に語る。
それだけ真剣に向き合っているようだ。
「『魔聖』様の言う通りですわ! 目から水竜の息吹ですわ!」
マホマールは滂沱の涙を流す。
水の魔法を使っているようだ。
ケイニーとパンは感動に打ち震えている。
「『魔聖』って、首席ってことか?」
コルクスは生温かい目で、少女たちを順繰りに見た。
リャナはコルクスを見てから、僕に視線を向ける。
「いーやーっ! いーやーっ!」
リャナはしゃがんで、両手で三角帽子を掴んで激しく頭を振った。
我に返ったようだ。
「我が説明するのだ! 最終周期の最魔にはっ、称号が付与される! そこには最魔の者の性質を表した文字が付けられるのだ! リャナには『聖』! 故に『魔聖』!! そして今周期に最魔を継ぐはっ、我なり!!」
ミャンは高らかに宣言する。
出番がなかったので、危機感を抱いたようだ。
「『泥沼の斬撃』事件を解決に導きし、聖なる具現。『魔聖』様の気高き志を継ぐは、『万能』を掲げし、私に他ならないっのっ、ですわっ!」
マホマールはミャンに対抗して声を張り上げるが、上手くいかない。
ミャンのように大きな声を出し慣れていないらしい。
「『泥沼の斬撃』事件?」
コルクスはリャナを見てから、あえて尋ねる。
そのほうが面白いだろうと判断したようだ。
「いーやーっ! いーやーっ!」
リャナはより強く頭を振った。
余程聞かれたくない話らしい。
ケイニーとパンはマホマールの横に進み出る。
次に発言するのは自分たちだと主張しているようだ。
「『泥沼の斬撃』事件とはーー」
ケイニーは意気揚々と説明しようとしたところで、僕に遮られる。
「それは後にしよう」
僕はリャナを見てから、先送りにすることに決めた。
ケイニーとパンは不倶戴天の敵のように、僕を睨み付ける。
「ふふっ、知っていますわよ。最魔に最も近いのは私。それを覆そうと、迷宮で経験を積もうとしているのですわ。ですが、運命は私の手の内に! 私たちも、迷宮に挑む許可を得たのですわ!」
マホマールは勢い良く、ミャンに指を突き付けた。
好敵手であるとは思っているらしい。
「はっ、我に挑もうとするならっ、好きにするが良いぞ!」
ミャンは上から目線で踏ん反り返る。
マホマールはあっさりと挑発に乗ってしまう。
ミャンとマホマールは同時に聖語を描き始めた。
「っ! 二人とも……もももももっ!?」
リャナは立ち上がってから、ミャンとマホマールを止めようとする。
僕は後ろから、リャナに手を回して止めた。
リャナは炎竜のようになるが、直後に氷竜のようになって警告する。
「いけません! ミャンが竜の領域にぃっ!?」
リャナは過集中のミャンを見て危機感を募らせるが、僕が耳元で知らせることで言葉を切る。
「大丈夫。適任が来た」
僕はコルクスに合図してから、リャナを抱え上げて後ろに下がった。
「ミャンは本気よ! 援護するわ!」
パンは普段とは異なるミャンの様子を見て、マホマールの横に並ぶ。
ケイニーはパンと目線を交わす。
「結界」でミャンの攻撃を防ぐ算段のようだ。
「凄ぇな。杖を浮かばせて、両手で聖語描いてんぞ」
コルクスは迫ってくる存在に気付いて、視線をミャンに向けた。
ミャンは聖語を描きながら、唱え続ける。
ミャンは魔に魅入られたのか、両目に竜のような輝きを宿す。
「二人とも! 全力でやらないと危険ですわ! 時機を合わせて……」
マホマールは言葉を風に奪われる。
マホマールたちは純白の竜に心を奪われる。
「ーー聖語による私闘は禁止。どうしてダニステイルの人々は、こうもあっさりと破ってしまうのでしょう」
リシェはラカールラカの竜頭から、対峙する両者の真ん中に飛び下りる。
リシェは手を振って、マホマールたちの魔法を吹き飛ばした。
「っ……、侍従長っ、止めてください!!」
リャナは悪寒に震えてから、リシェに向かって叫ぶ。
リシェの姿から、中途半端に察してしまったようだ。
僕はリャナの手を掴んで止める。
「ーー『魔降』」
ミャンは陶酔したような表情で、言葉を紡ぐ。
リシェは何もしていない。
何もしていなからこそ、異様だった。
「……まこー?」
ミャンはギザマルの笑みを、薄笑いのリシェに向けた。
「不思議ですよね。コウさんどころかスナも遣らかすし、ダニステイルの男子たちに魔法娘たち、アディステルに森の民、アランの頼みごとに老師まで面倒を持ち込んでーー。頑張って解決しているのに、どうして、ーーどうして僕が全部、悪いことになっているのでしょうか?」
リシェはミャンの頭を掴んで持ち上げて、ミャンに優しく尋ねる。
すべて自業自得であることを、リシェは認められないらしい。
ミャンはリシェの魔力に中てられて、「氷絶」を食らったかのように固まっていた。
ヴァレイスナは背中にラカールラカをくっ付けて、リシェから微妙に顔を逸らしていた。
背中のラカールラカは「遣らかし」の「おしおき」なのだろう。
「そーいや、魔法娘どもは居るけど、魔法小僧はまだ見てねぇな? 何かしたんか?」
コルクスはリシェを宥めようと試みる。
ここに居る面々から、自身の役割であると判断したようだ。
「僕が説明すると生々しくなってしまうので。シィリさん、お願いします」
リシェはゆっくりと息を吐いてから、ミャンを地面に下ろした。
ミャンは脇目も振らず、リャナの背後に退避する。
リャナを一番、信頼しているようだ。
「はっ、はい! ……その、男子たちですが、暗黒竜の外に出られるとあって、舞い上がってしまったようで、『竜試し』をしようということなりました。そこで彼らが思い付いたのが、……『侍従長退治』でした」
リャナは一旦、言葉を切って一呼吸。
ここからは話し難い内容のようだ。
「ーー侍従長を捜していた男子たちは、ラカールラカ様を発見しました。そこで何を思ったのか、彼らはラカールラカ様が男の子か女の子かどちらなのかを確認しようと、……捕まえて脱がそうとしました。半分脱がせたところで、侍従長が遣って来たそうです。『魔脱の狂歌』などと男子たちは言っていましたがーー。結局、連帯責任ということで、彼らは二巡りの間、錬魔場で特訓ということになりました」
リャナは重要な部分で口を濁す。
皆はラカールラカに視線を向けた。
性別が気になるようだ。
「ぴゅ?」
ラカールラカは眠たげな顔を持ち上げる。
「竜には性別はないのだ! この間っ、みーを脱がせてみたらっ、穴が無くてつんつるぶげぇっ!?」
ミャンは突如、空を見上げて動かなくなった。
リャナは突き上げた拳を、直ぐに下ろした。
「なっ、何を言っているのっ、ミャン!?」
リャナは動かないミャンを掴んで、前後に揺さ振る。
照れ隠しのようだ。
「ヴァレイスナも遣らかしたのか?」
僕は話を逸らす為に、気になったことの一つを尋ねた。
「そこで振るな、ですわ。父様並みの意地悪に認定してやりますわ」
ヴァレイスナは冷気を漏らしながら、リシェを一瞥する。
反省はしているらしい。
ヴァレイスナは体から氷玉と雪玉を発生させる。
手持ち無沙汰のようだ。
「ぴゅ~。こんは、りえから貰った無属性の素材を使ったのあ。基礎研究からやらないといけないのに、混ぜ混ぜしあ。それで地下の半分が吹き飛んあ。わえやりえだけじゃなくて、まおやほのも一緒に尻拭いしあ。だから、『おしおき』中で、わえがくっ付いてう。これから二巡り、りえはわえの寝床決定なのあ」
ラカールラカはヴァレイスナの頭の上に、顎を乗せた。
ヴァレイスナはラカールラカにされるがまま、膨れっ面になる。
ヴァレイスナがそうなってしまうほど、酷い状況になったようだ。
「コウさんが余計に造ってしまった地下の大部分は、廃棄する予定でしたから問題はありませんでした。なのでーー」
リシェは説明しようとしたところで、言葉を切る。
ヴァレイスナの言い訳を聞くようだ。
「そうですわ。ですから、地下の奥深くで遣ったのですわ。大凡のところは掴んだので、次は上手くいくのですわ」
ヴァレイスナは落とした雪玉を蹴りながら、今後の展望を語った。
反省はしても、諦める気はまったくないらしい。
「ス~ナ~?」
リシェは満面の笑みで、ラカールラカを見る。
ラカールラカはヴァレイスナの背後から正面に回って、リシェに向かって飛んでいく。
「ひゃふ? 風っころ何をしぃ…ひゃんっ!?」
ヴァレイスナはリシェに首の後ろを噛まれて、冷気を噴出した。
竜ではなく、氷竜の弱点なのだろう。
「びゅー」
ラカールラカはリシェから離れず、再度要求した。
そうは見えないが、ラカールラカは怒っているらしい。
「はへっほお!? とーはまっ、ひゃめっ、ひゃめっ…ひゃふんっ?!」
ヴァレイスナはリシェに首の後ろを噛まれて、冷気を噴出しながら悶絶した。
ラカールラカはぐったりとなったヴァレイスナを持ち上げて浮かんでいる。
それなりに溜飲は下がったようだ。
「困ったことに、今は本当に忙しいんです。老師、というか、コウさんが勝手に進めてしまって、対策以前に、確認から始めないといけなくてーー」
リシェは気付いて言葉を切る。
外部に漏らしていい話ではないのだろう。
「というか、アーシュさん。サクラニル様に逢ったのなら、あのときに教えてくれれば良いものを。……お陰で完全に後手に回ってしまいました」
リシェは僕に八つ当たりをする。
僕が非協力的なので拗ねているようだ。
リャナは驚いて、僕を見る。
リシェがサクラニルの名を出したので、真意を測りかねたのだろう。
「リシェさん。ポンは、あー、あとこっちの三人娘も、お咎め無しなんか?」
コルクスは飛び立とうとしたリシェに尋ねる。
ミャンたちに甘いので、気になったようだ。
ミャンはリャナの後ろでわたわたしている。
マホマールは顔を仔炎竜の色にしている。
ケイニーとパンは引き攣っている。
「一言で言うなら。竜の国とはそういう場所なんです。そういう場所であって欲しいと、我が儘な王様の願いを、叶えようとする場所なんです。ただ、当然ですが、それには責任が伴います。ーーポンさん。あなたが遣らかせば、その責任は両親と纏め役、そしてフィア様が取ることになります。何故なら、今のあなたには、責任を取れるだけのものが備わっていないからです。あなたが得ている自由が、何によって成り立っているのか、少しは考えてみるのもいいかもしれませんね」
リシェは柔らかな口調で、厳しいことを言う。
コウとミャンを重ねているようだ。
コルクスは一応、納得する。
自身の内の現実と、摩擦や軋轢が起こっているようだ。
リシェはラカールラカに乗って飛び立っていく。
ヴァレイスナはラカールラカに竜掴みされている。
あれも「おしおき」に含まれているらしい。
「白竜の王子様……」
マホマールはリシェたちが飛んでいった方角を見ながら、夢見る少女の顔で両手を胸に持っていく。
窮地を救ってくれたリシェに、好意を寄せたようだ。
「目を覚ますのだ。あれは、白竜の侍従長なのだ」
ミャンはリャナの後ろで、周囲を窺いながらマホマールの誤解を正す。
大人しいのは、リシェの言葉がそれなりに響いているからだろう。
「はっ! 侍従長様は若しや、『暗公』ですわ!?」
マホマールは思い至って、納得の表情になる。
ケイニーとパンはマホマールの言葉を聞いて、顔を見合わせる。
疑心暗竜のようだ。
「あー、ダニステイルって、ほんとそーゆーのが好きみてぇだな。そんで、『暗公』ってのは何なんだ?」
コルクスは軽い調子で言ってから、リャナを見た。
リャナは皆に注目されていることを知って、仕方がなく説明を始める。
「昔、魔法性の違いから、ダニステイルが二つに割れたことがありました。その諍いは激しさを増し、分裂は不可避と思われたそのときーー。災厄たる『暗黒大魔公』が降臨しました。蹂躙を開始した『暗黒大魔公』。彼の暴虐を体現した魔法は凄まじく、皆は一致団結し、苦難の末にこれを退けました。ーーその後、皆は知ることになります。実は『暗黒大魔公』は、ダニステイルを分裂させまじと、あえて悪を演じていた『纏め役』だったのです。それを知った皆は、『纏め役』の屍の前で滂沱の涙を流したーーと言われていますが、その屍は魔法人形でした。『暗黒大魔公』を略したのか、現代には『暗公』として慕われ、伝わっています」
リャナは成る丈、感情を籠めずに話した。
認めたくない何かがあるらしい。
「それで、マホフーフさん。三人で迷宮に挑むわけではないでしょう? 同行する団は決まったのですか?」
リャナは話を逸らしたいのか、雷守の補佐らしく尋ねた。
「マホフーフ」と呼んだのは、纏め役との混同を避ける為だろう。
「先程、大きな、強そうな男性が居たので頼んでみたのですわ。明日は用があって駄目ということで、明後日にもう一度、私たちの話を聞いていただけることになっていますわ」
マホフーフは真剣な表情で答える。
ミャンとの勝負だけでなく、譲れないものがあるらしい。
ミャンはマホフーフの視線を、正面から受け止める。
ミャンにもミャンの、譲れないものがあるようだ。
マホフーフたちは同時に振り返って、「雷爪の傷痕」に向かって歩いていく。
退場の仕方も練習していたようだ。
「『大きな、強そう』ってことは、もしかしてカイの旦那か?」
コルクスは誰ともなく尋ねる。
「恐らく、そうだと思います。マホフーフさん自身が『万能』を掲げていたように、能力は高い水準で纏まっています。逆に言うと、飛び抜けた得手が彼女にはありません。直感と魔力量でミャンが飛び抜けているので、マホフーフさんからするとミャンは、認め難い相手なのかもしれません」
リャナは三人が去っていった方向を、今も見続けているミャンを見ながら答えた。
リャナには競い合うような相手は居なかったのだろう。
陽は完全に沈んで、外灯に魔法の明かりが灯る。
リャナは二つの荷物を持ち上げて、片方をミャンに差し出す。
「リャナ。二人の宿は『雷爪の傷痕』?」
僕は懸念材料があるので、リャナに尋ねる。
「あ、はい。ミャンが夜更かししない為にも、職員用の宿に泊まります」
リャナは気苦労が多いのか、言葉を選んで答える。
コルクスはミャンが反発する前に、懸念であり残念でもある内容に言及した。
「周期が近ぇのはライムくれぇだったかんな。どーやっても、ワーシュが押し掛けちまう。いーか、シィリ、油断すんなよ。あの魔臭嗅ぎ付け娘は、ギザマル並みだ。宿のなるべく奥で、偽装だけじゃなくて痕跡も消しとけよ」
コルクスは気合いが入り過ぎているミャンと、気が張っているリャナの頭を軽く叩く。
コルクスは僕を見てから手を上げて、宿に向かって歩いていく。
僕はワーシュと同様にお人好しのコルクスを見送ってから、リャナの頭を撫でる。
リャナは緊張が解けたのか、擽ったそうな顔をする。
ミャンはリャナの後ろに並ぶ。
順番待ちのようだ。
「ふぬ?」
ミャンは僕がしゃがんだので訝しむ。
ミャンは気が付いて、ゆっくりと手を伸ばした。
僕が篭絡対象であることを思い出したようだ。
ミャンはおっかなびっくりといった体で、僕の頭を撫でる。
遠慮、というより、戸惑っているようだ。
僕は顔を少し上げて、確認した。
「っ……」
リャナはミャンの後ろに並んでいた。
順番待ちのようだ。
陽は半分、顔を隠している。
「おっ、来たみてぇだな」
コルクスは「雷爪の傷痕」に向かってくる馬車を見る。
リャナとミャンは乗合馬車から降りてくる。
「お迎えっ、ご苦労なのだ!」
ミャンは荷物を下に置くと、僕の後ろに回って背中合わせになった。
篭絡作戦は継続中のようだ。
「物語を再現しようと試みても、状況が異なるのであれば効果は薄い」
僕はミャンに駄目出しをする。
ミャンは拗ねて、僕に寄り掛かってくる。
リャナは礼儀正しく、頭を下げる。
「あたしたちの同行を許可していただき、ありがとうございます。ーー他の皆さんは、明日の探索の準備でしょうか?」
リャナはミャンの行動を見なかったことにして、僕とコルクスに尋ねた。
「ホーエルは明日の準備で、ワーシュもそーなんだが、何か企んでるみてぇだな。風竜様がそーだったよーに、竜と相性が悪ぃのか、みー様からも微妙に距離を置かれてたかんな、……余計なことしなきゃいーが」
コルクスは宿を見てから、雨が降りそうな空を見上げる。
コルクスの心の内と、同じ天気らしい。
「昨日、エルムスはみー様に乗って戻ってきた。『魔法王』による配慮のない、安全飛行の最終確認だと言っていた。容赦のない業務のあとの、竜の飛行とあって、エルムスは今日一日、心身を休めている」
僕は着陸後にみーから滑り落ちた、エルムスの姿を思い出しながら説明する。
「エイルハーンさんがみー様に乗って帰ってきたことも、メイムさんの……ことに、拍車を掛けているのでしょうか?」
リャナはワーシュのことを心配して、困り顔で笑う。
場合によってはミャンが二人になるようなものなので、気が気でないようだ。
「情けないのだ。だが、侍従長の部署だったら、使い物にならなくなったから、良しとするのだ」
ミャンは気も漫ろに、所感を述べる。
長く「魔女」を真似ているのか、板に付いているようだ。
「ミャン。僕はラカールラカとは違う。尻を撫でるのは、禁止」
僕は無反応を装って、ミャンに厳命する。
リャナは炎竜になると、魔法を使おうとした。
僕はミャンの頭に手を当てて、ミャンを後ろに隠してから頭を振る。
「侍従長の部署では、百人ほどが逃げ出したり過労で亡くなったりしていると噂になっていますが、実際は違います。始めは侍従長一人で、その後に侍従次長であるファスファール様。しばらく前に二人が所属し、四人居るようなのですがーー。侍従以外の仕事も熟し、激務だと聞いているのですが、正直、侍従長が何をしているのか、あたしには良くわかりません」
リャナは手を下ろしてから、言い訳するように話し始めた。
何かを誤魔化したいらしい。
リャナは窺うように、上目遣いで僕を見る。
以前から疑問に思っていたことが、口を衝いて出たようだ。
「リシェの能力には、かなり変則的な面がある。その原因に少なからぬ影響を及ぼしているのは、リシェを教育した者だろう」
僕はリャナの疑問を解消しようと試みる。
「つまり、元凶はリシェさんの親父さんってことなんか?」
コルクスは僕の腹を撫でようとしていたミャンを引き剥がして、リャナに渡す。
「いや、恐らく違う。リシェの兄だという、ニーウ・アルンが根幹を作り上げたと思う。そして、ニーウ・アルンはそれしかしなかった。ーーリシェは兄から与えられたものを当然のものとして受け取っているが、市井のものとはだいぶ異なっている」
僕は一旦、言葉を切る。
僕は僕自身の狭量さによって、共有できなかったリシェについて語る。
「リシェは一所ではなく、全体を見ている。血液の流れのように、その末端までを見ている。何処かではなく、全体の流れを統制している。竜の国を立ち上げた当初は有効だっただろうが、その後は弊害が出たはず。リシェと同じ視点を持つ者は少ない。遠くから見れば、何もしていないように見え、近くから見れば、有り得ないほどの仕事量を熟しているようにも見える。ただ、どうもリシェ自身がそれを自覚していない。国の、全体の仕事というのは、少なくなることはあっても無くなることはない。だから、リシェは忙しさから抜け出すことが出来なかった。ーー東域への遠征。竜の国から長く離れることで、リシェはこれらのことに気付きつつあるようだ」
僕は最後に、僕たちに係わる重要なことを述べる。
「だから、僕たちに構えるだけの時間が、リシェに出来てしまった」
僕は懲りずにミャンが近寄ってきたので、頭を掴んで止めた。
ミャンは腕をぐるぐると回転させる。
そうすれば近付けると、素でやっているようだ。
「まーなー、もー少し俺たちが、竜の国で落ち着いてからにして欲しかったよな。初っ端からとか、どんだけエルシュテルに見放されてんだか」
コルクスは僕に協力して、ミャンの頬を抓ろうとしたところで失敗した。
ミャンは素早く回転して、杖を構える。
リャナは溜め息を吐いてから、僕とコルクスにお願いする。
ミャンより早く、気付いていたようだ。
「ライルさん。ラヴェンナさん。どうか、ーーどうか温かな心で見守ってあげてください」
リャナは既視感のある台詞を言うと、「雷爪の傷痕」停留所の小屋の屋根を見た。
どうやら、また誰かが参上するらしい。
「雷竜の爪痕は鮮やかに!」
長髪の少女は屋根の右側に現れる。
「人々の心を惑わせる!」
短髪の少女は屋根の左側に現れる。
二人の少女は聖語を杖で描き始めた。
「を? ミニレムは居ねぇよーだな」
コルクスは周囲を確認してから、少女たちを生温かな目で見守る。
二人の少女は聖語を描きながら、屋根の端に移動する。
「百味の風は明日を華やかに!」
髪を束ねた少女は水の魔法による演出で、「水球」から現れた。
三人の少女は同時に屋根から飛び下りて、魔法を使わずに着地する。
少女たちの背後で魔法が発動。
水槍と土槍と雷槍が交差する。
「天に雷竜! 大地に地竜! 包み込むは果ての海竜! 三位一体にて海容を体現せし、魔の抱擁! 『三槍の魔傑』に連なる、清廉なる魔法使い、ここに参上!」
少女は杖を槍に見立てて、ポーズを決めた。
長髪と短髪の少女は少し遅れて少女に合わせる。
三本の魔法の槍は回転しながら、魔力を散らして消えていく。
ミャンは三人の少女の登場に、熱視線を向ける。
ダニステイルにとって、重要なことらしい。
「『魔聖』様! 如何ですわ?」
少女は期待の眼差しで、リャナを見た。
長髪と短髪の少女は目を輝かせて、リャナの言葉を待っている。
「ーー六十二点です」
リャナは厳かに告げる。
わずかに怒りを宿しているようだ。
「なっ、何故ですわ、『魔聖』様!?」
少女は驚愕に打ち震える。
長髪と短髪の少女は動揺の極みに達する。
「先ず、ケイニーさんとパンさん。二人はマホマールさんに合わせることを優先し、全力では遣らなかったでしょう?」
リャナはケイニーとパンの目を、正面から見据える。
魔と魔法に誓って、一切の偽りを許さないようだ。
「たっ、確かに……、ですがそれはーー」
ケイニーは反論しようとするが、リャナに遮られる。
「あたしは、マホマールさんなら、ケイニーさんとパンさんの全力に応えられると思っています。それは、二人がマホマールさんを信じていなかったということです。ーー今出来得る、最高を目指す。二人の考えは間違っていません。ですが、それ故に、二人は輝きを失ってしまっています。マホマールさんだけが輝いたとしても、それは偽りの輝きに過ぎません。真の輝きとは、お互いが信じ合ってこそ、常に高みを目指してこそ、生まれるものなのだと、あたしは信じています」
リャナは饒舌に語る。
それだけ真剣に向き合っているようだ。
「『魔聖』様の言う通りですわ! 目から水竜の息吹ですわ!」
マホマールは滂沱の涙を流す。
水の魔法を使っているようだ。
ケイニーとパンは感動に打ち震えている。
「『魔聖』って、首席ってことか?」
コルクスは生温かい目で、少女たちを順繰りに見た。
リャナはコルクスを見てから、僕に視線を向ける。
「いーやーっ! いーやーっ!」
リャナはしゃがんで、両手で三角帽子を掴んで激しく頭を振った。
我に返ったようだ。
「我が説明するのだ! 最終周期の最魔にはっ、称号が付与される! そこには最魔の者の性質を表した文字が付けられるのだ! リャナには『聖』! 故に『魔聖』!! そして今周期に最魔を継ぐはっ、我なり!!」
ミャンは高らかに宣言する。
出番がなかったので、危機感を抱いたようだ。
「『泥沼の斬撃』事件を解決に導きし、聖なる具現。『魔聖』様の気高き志を継ぐは、『万能』を掲げし、私に他ならないっのっ、ですわっ!」
マホマールはミャンに対抗して声を張り上げるが、上手くいかない。
ミャンのように大きな声を出し慣れていないらしい。
「『泥沼の斬撃』事件?」
コルクスはリャナを見てから、あえて尋ねる。
そのほうが面白いだろうと判断したようだ。
「いーやーっ! いーやーっ!」
リャナはより強く頭を振った。
余程聞かれたくない話らしい。
ケイニーとパンはマホマールの横に進み出る。
次に発言するのは自分たちだと主張しているようだ。
「『泥沼の斬撃』事件とはーー」
ケイニーは意気揚々と説明しようとしたところで、僕に遮られる。
「それは後にしよう」
僕はリャナを見てから、先送りにすることに決めた。
ケイニーとパンは不倶戴天の敵のように、僕を睨み付ける。
「ふふっ、知っていますわよ。最魔に最も近いのは私。それを覆そうと、迷宮で経験を積もうとしているのですわ。ですが、運命は私の手の内に! 私たちも、迷宮に挑む許可を得たのですわ!」
マホマールは勢い良く、ミャンに指を突き付けた。
好敵手であるとは思っているらしい。
「はっ、我に挑もうとするならっ、好きにするが良いぞ!」
ミャンは上から目線で踏ん反り返る。
マホマールはあっさりと挑発に乗ってしまう。
ミャンとマホマールは同時に聖語を描き始めた。
「っ! 二人とも……もももももっ!?」
リャナは立ち上がってから、ミャンとマホマールを止めようとする。
僕は後ろから、リャナに手を回して止めた。
リャナは炎竜のようになるが、直後に氷竜のようになって警告する。
「いけません! ミャンが竜の領域にぃっ!?」
リャナは過集中のミャンを見て危機感を募らせるが、僕が耳元で知らせることで言葉を切る。
「大丈夫。適任が来た」
僕はコルクスに合図してから、リャナを抱え上げて後ろに下がった。
「ミャンは本気よ! 援護するわ!」
パンは普段とは異なるミャンの様子を見て、マホマールの横に並ぶ。
ケイニーはパンと目線を交わす。
「結界」でミャンの攻撃を防ぐ算段のようだ。
「凄ぇな。杖を浮かばせて、両手で聖語描いてんぞ」
コルクスは迫ってくる存在に気付いて、視線をミャンに向けた。
ミャンは聖語を描きながら、唱え続ける。
ミャンは魔に魅入られたのか、両目に竜のような輝きを宿す。
「二人とも! 全力でやらないと危険ですわ! 時機を合わせて……」
マホマールは言葉を風に奪われる。
マホマールたちは純白の竜に心を奪われる。
「ーー聖語による私闘は禁止。どうしてダニステイルの人々は、こうもあっさりと破ってしまうのでしょう」
リシェはラカールラカの竜頭から、対峙する両者の真ん中に飛び下りる。
リシェは手を振って、マホマールたちの魔法を吹き飛ばした。
「っ……、侍従長っ、止めてください!!」
リャナは悪寒に震えてから、リシェに向かって叫ぶ。
リシェの姿から、中途半端に察してしまったようだ。
僕はリャナの手を掴んで止める。
「ーー『魔降』」
ミャンは陶酔したような表情で、言葉を紡ぐ。
リシェは何もしていない。
何もしていなからこそ、異様だった。
「……まこー?」
ミャンはギザマルの笑みを、薄笑いのリシェに向けた。
「不思議ですよね。コウさんどころかスナも遣らかすし、ダニステイルの男子たちに魔法娘たち、アディステルに森の民、アランの頼みごとに老師まで面倒を持ち込んでーー。頑張って解決しているのに、どうして、ーーどうして僕が全部、悪いことになっているのでしょうか?」
リシェはミャンの頭を掴んで持ち上げて、ミャンに優しく尋ねる。
すべて自業自得であることを、リシェは認められないらしい。
ミャンはリシェの魔力に中てられて、「氷絶」を食らったかのように固まっていた。
ヴァレイスナは背中にラカールラカをくっ付けて、リシェから微妙に顔を逸らしていた。
背中のラカールラカは「遣らかし」の「おしおき」なのだろう。
「そーいや、魔法娘どもは居るけど、魔法小僧はまだ見てねぇな? 何かしたんか?」
コルクスはリシェを宥めようと試みる。
ここに居る面々から、自身の役割であると判断したようだ。
「僕が説明すると生々しくなってしまうので。シィリさん、お願いします」
リシェはゆっくりと息を吐いてから、ミャンを地面に下ろした。
ミャンは脇目も振らず、リャナの背後に退避する。
リャナを一番、信頼しているようだ。
「はっ、はい! ……その、男子たちですが、暗黒竜の外に出られるとあって、舞い上がってしまったようで、『竜試し』をしようということなりました。そこで彼らが思い付いたのが、……『侍従長退治』でした」
リャナは一旦、言葉を切って一呼吸。
ここからは話し難い内容のようだ。
「ーー侍従長を捜していた男子たちは、ラカールラカ様を発見しました。そこで何を思ったのか、彼らはラカールラカ様が男の子か女の子かどちらなのかを確認しようと、……捕まえて脱がそうとしました。半分脱がせたところで、侍従長が遣って来たそうです。『魔脱の狂歌』などと男子たちは言っていましたがーー。結局、連帯責任ということで、彼らは二巡りの間、錬魔場で特訓ということになりました」
リャナは重要な部分で口を濁す。
皆はラカールラカに視線を向けた。
性別が気になるようだ。
「ぴゅ?」
ラカールラカは眠たげな顔を持ち上げる。
「竜には性別はないのだ! この間っ、みーを脱がせてみたらっ、穴が無くてつんつるぶげぇっ!?」
ミャンは突如、空を見上げて動かなくなった。
リャナは突き上げた拳を、直ぐに下ろした。
「なっ、何を言っているのっ、ミャン!?」
リャナは動かないミャンを掴んで、前後に揺さ振る。
照れ隠しのようだ。
「ヴァレイスナも遣らかしたのか?」
僕は話を逸らす為に、気になったことの一つを尋ねた。
「そこで振るな、ですわ。父様並みの意地悪に認定してやりますわ」
ヴァレイスナは冷気を漏らしながら、リシェを一瞥する。
反省はしているらしい。
ヴァレイスナは体から氷玉と雪玉を発生させる。
手持ち無沙汰のようだ。
「ぴゅ~。こんは、りえから貰った無属性の素材を使ったのあ。基礎研究からやらないといけないのに、混ぜ混ぜしあ。それで地下の半分が吹き飛んあ。わえやりえだけじゃなくて、まおやほのも一緒に尻拭いしあ。だから、『おしおき』中で、わえがくっ付いてう。これから二巡り、りえはわえの寝床決定なのあ」
ラカールラカはヴァレイスナの頭の上に、顎を乗せた。
ヴァレイスナはラカールラカにされるがまま、膨れっ面になる。
ヴァレイスナがそうなってしまうほど、酷い状況になったようだ。
「コウさんが余計に造ってしまった地下の大部分は、廃棄する予定でしたから問題はありませんでした。なのでーー」
リシェは説明しようとしたところで、言葉を切る。
ヴァレイスナの言い訳を聞くようだ。
「そうですわ。ですから、地下の奥深くで遣ったのですわ。大凡のところは掴んだので、次は上手くいくのですわ」
ヴァレイスナは落とした雪玉を蹴りながら、今後の展望を語った。
反省はしても、諦める気はまったくないらしい。
「ス~ナ~?」
リシェは満面の笑みで、ラカールラカを見る。
ラカールラカはヴァレイスナの背後から正面に回って、リシェに向かって飛んでいく。
「ひゃふ? 風っころ何をしぃ…ひゃんっ!?」
ヴァレイスナはリシェに首の後ろを噛まれて、冷気を噴出した。
竜ではなく、氷竜の弱点なのだろう。
「びゅー」
ラカールラカはリシェから離れず、再度要求した。
そうは見えないが、ラカールラカは怒っているらしい。
「はへっほお!? とーはまっ、ひゃめっ、ひゃめっ…ひゃふんっ?!」
ヴァレイスナはリシェに首の後ろを噛まれて、冷気を噴出しながら悶絶した。
ラカールラカはぐったりとなったヴァレイスナを持ち上げて浮かんでいる。
それなりに溜飲は下がったようだ。
「困ったことに、今は本当に忙しいんです。老師、というか、コウさんが勝手に進めてしまって、対策以前に、確認から始めないといけなくてーー」
リシェは気付いて言葉を切る。
外部に漏らしていい話ではないのだろう。
「というか、アーシュさん。サクラニル様に逢ったのなら、あのときに教えてくれれば良いものを。……お陰で完全に後手に回ってしまいました」
リシェは僕に八つ当たりをする。
僕が非協力的なので拗ねているようだ。
リャナは驚いて、僕を見る。
リシェがサクラニルの名を出したので、真意を測りかねたのだろう。
「リシェさん。ポンは、あー、あとこっちの三人娘も、お咎め無しなんか?」
コルクスは飛び立とうとしたリシェに尋ねる。
ミャンたちに甘いので、気になったようだ。
ミャンはリャナの後ろでわたわたしている。
マホマールは顔を仔炎竜の色にしている。
ケイニーとパンは引き攣っている。
「一言で言うなら。竜の国とはそういう場所なんです。そういう場所であって欲しいと、我が儘な王様の願いを、叶えようとする場所なんです。ただ、当然ですが、それには責任が伴います。ーーポンさん。あなたが遣らかせば、その責任は両親と纏め役、そしてフィア様が取ることになります。何故なら、今のあなたには、責任を取れるだけのものが備わっていないからです。あなたが得ている自由が、何によって成り立っているのか、少しは考えてみるのもいいかもしれませんね」
リシェは柔らかな口調で、厳しいことを言う。
コウとミャンを重ねているようだ。
コルクスは一応、納得する。
自身の内の現実と、摩擦や軋轢が起こっているようだ。
リシェはラカールラカに乗って飛び立っていく。
ヴァレイスナはラカールラカに竜掴みされている。
あれも「おしおき」に含まれているらしい。
「白竜の王子様……」
マホマールはリシェたちが飛んでいった方角を見ながら、夢見る少女の顔で両手を胸に持っていく。
窮地を救ってくれたリシェに、好意を寄せたようだ。
「目を覚ますのだ。あれは、白竜の侍従長なのだ」
ミャンはリャナの後ろで、周囲を窺いながらマホマールの誤解を正す。
大人しいのは、リシェの言葉がそれなりに響いているからだろう。
「はっ! 侍従長様は若しや、『暗公』ですわ!?」
マホマールは思い至って、納得の表情になる。
ケイニーとパンはマホマールの言葉を聞いて、顔を見合わせる。
疑心暗竜のようだ。
「あー、ダニステイルって、ほんとそーゆーのが好きみてぇだな。そんで、『暗公』ってのは何なんだ?」
コルクスは軽い調子で言ってから、リャナを見た。
リャナは皆に注目されていることを知って、仕方がなく説明を始める。
「昔、魔法性の違いから、ダニステイルが二つに割れたことがありました。その諍いは激しさを増し、分裂は不可避と思われたそのときーー。災厄たる『暗黒大魔公』が降臨しました。蹂躙を開始した『暗黒大魔公』。彼の暴虐を体現した魔法は凄まじく、皆は一致団結し、苦難の末にこれを退けました。ーーその後、皆は知ることになります。実は『暗黒大魔公』は、ダニステイルを分裂させまじと、あえて悪を演じていた『纏め役』だったのです。それを知った皆は、『纏め役』の屍の前で滂沱の涙を流したーーと言われていますが、その屍は魔法人形でした。『暗黒大魔公』を略したのか、現代には『暗公』として慕われ、伝わっています」
リャナは成る丈、感情を籠めずに話した。
認めたくない何かがあるらしい。
「それで、マホフーフさん。三人で迷宮に挑むわけではないでしょう? 同行する団は決まったのですか?」
リャナは話を逸らしたいのか、雷守の補佐らしく尋ねた。
「マホフーフ」と呼んだのは、纏め役との混同を避ける為だろう。
「先程、大きな、強そうな男性が居たので頼んでみたのですわ。明日は用があって駄目ということで、明後日にもう一度、私たちの話を聞いていただけることになっていますわ」
マホフーフは真剣な表情で答える。
ミャンとの勝負だけでなく、譲れないものがあるらしい。
ミャンはマホフーフの視線を、正面から受け止める。
ミャンにもミャンの、譲れないものがあるようだ。
マホフーフたちは同時に振り返って、「雷爪の傷痕」に向かって歩いていく。
退場の仕方も練習していたようだ。
「『大きな、強そう』ってことは、もしかしてカイの旦那か?」
コルクスは誰ともなく尋ねる。
「恐らく、そうだと思います。マホフーフさん自身が『万能』を掲げていたように、能力は高い水準で纏まっています。逆に言うと、飛び抜けた得手が彼女にはありません。直感と魔力量でミャンが飛び抜けているので、マホフーフさんからするとミャンは、認め難い相手なのかもしれません」
リャナは三人が去っていった方向を、今も見続けているミャンを見ながら答えた。
リャナには競い合うような相手は居なかったのだろう。
陽は完全に沈んで、外灯に魔法の明かりが灯る。
リャナは二つの荷物を持ち上げて、片方をミャンに差し出す。
「リャナ。二人の宿は『雷爪の傷痕』?」
僕は懸念材料があるので、リャナに尋ねる。
「あ、はい。ミャンが夜更かししない為にも、職員用の宿に泊まります」
リャナは気苦労が多いのか、言葉を選んで答える。
コルクスはミャンが反発する前に、懸念であり残念でもある内容に言及した。
「周期が近ぇのはライムくれぇだったかんな。どーやっても、ワーシュが押し掛けちまう。いーか、シィリ、油断すんなよ。あの魔臭嗅ぎ付け娘は、ギザマル並みだ。宿のなるべく奥で、偽装だけじゃなくて痕跡も消しとけよ」
コルクスは気合いが入り過ぎているミャンと、気が張っているリャナの頭を軽く叩く。
コルクスは僕を見てから手を上げて、宿に向かって歩いていく。
僕はワーシュと同様にお人好しのコルクスを見送ってから、リャナの頭を撫でる。
リャナは緊張が解けたのか、擽ったそうな顔をする。
ミャンはリャナの後ろに並ぶ。
順番待ちのようだ。
「ふぬ?」
ミャンは僕がしゃがんだので訝しむ。
ミャンは気が付いて、ゆっくりと手を伸ばした。
僕が篭絡対象であることを思い出したようだ。
ミャンはおっかなびっくりといった体で、僕の頭を撫でる。
遠慮、というより、戸惑っているようだ。
僕は顔を少し上げて、確認した。
「っ……」
リャナはミャンの後ろに並んでいた。
順番待ちのようだ。
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