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魔法王の執務室
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「り…リシェさんなんて、竜に千回苦情を入れられて、ほやほやのお熱になると良いのです」
「ケモ?」
「心配ない。冷気で少しだけ、頭がおかしくなっているだけだから」
「……酷いこと言うの禁止なのです。リシェさんみたいな意地悪という噂は、本当だったのです」
リシェを引き合いに出されたので、僕は同情するのを止めた。
ケモが怯えているのは、この部屋に原因があるようなので尋ねてみる。
「ヴァレイスナ。僕には何となくしかわからないが、この執務室はおかしいのか?」
「ひゃっふふ~のふ~」
「ふぃっ……」
僕を無視して、コウに頬擦りをするヴァレイスナ。
氷竜の微笑とは裏腹に、コウは。
明日、処刑だと知らされた囚人のような顔をしていた。
「リシェは居ないのか」
「ケモ」
ケモが言うには、近くにリシェの気配はないらしい。
リシェが居ないのは残念だが、コウとヴァレイスナが揃っているのは、もっけの幸い、というか獣の幸い。
「父様はエーリアと一緒に、教会に行ってますわ」
「ああ、『半神』のことを伝えるのか」
となると今日、リシェとグロウに会うのは望み薄、と考えるのが妥当か。
竜の都で一泊するかどうかは、面会が済んだあとで考えるとしよう。
コウが死人のように存在感を失わせようとしていたので、みーにしたのと同じ質問をする。
「コウは、暇なのか?」
「……一応、天の国が安定したので、少し離れても大丈夫そうだったので、みーちゃんに会いに来たのです。また、戻らないといけないのです」
「先程、扉の魔法を打っ壊して入ると、この娘とちょろ火があっちっちだったので、私が作ったお菓子と一緒に、あっちの部屋に投げ込んできたのですわ」
コウが答えた直後に、ヴァレイスナが説明する。
「ケモ?」
「ひゃふ?」
ーー私を楽しませるのですわ。
あからさまな表情で、僕に要求してくる。
顔を出したケモは、すぐさま引っ込めた。
炎竜とは仲良くなれたようだが、氷竜とは難しいようだ。
いや、氷竜だけでなく、仔竜以外の竜との交流は、控えたほうが良さそうだ。
幸い、ヴァレイスナの興味は、ケモではなく僕に向いている。
ヴァレイスナの譲歩を引き出さなければならないので、僕に否やはない。
「炎竜氷竜。百竜とヴァレイスナの関係は、この言葉に違わないものだと思う。だが、みーとヴァレイスナの関係は、その限りではない。ーーお菓子と一緒に、みーを閉じ込めたというが、『結界』か?」
正解のようだ。
項垂れていたコウは、僕の答えに驚いて顔を上げた。
そして。
物凄く無礼なことを言われた。
「リシェさんが居るのです」
「ケモっ、ケモっ!」
「僕の代わりに怒ってくれてありがとう、ケモ」
「ふぇ……? あっ、ケモちゃんっ、そんなつもりじゃなかったのです! 許してっ、なのです!」
「ケモ……、ケモ~」
「ふぁ……」
ケモに不信感たっぷりの眼差しを向けられて、仰け反るコウ。
子供や動物に睨まれるのは、コウでなくともきつい。
コウは単純に、精神的に未熟なだけで、悪意があるわけではない。
このままだと可哀想なので、ケモから伝わってきたことを話す。
「ケモは魔力に敏感だ。コウや竜に慣れるには、時間が掛かる。リシェのほうに、より怯えているということは、リシェには何かがあるのだろうーーと、話が途中だった」
立ち入らないほうがいい。
気不味い雰囲気のコウと、竜の微笑みを浮かべるヴァレイスナ。
コウとヴァレイスナの表情から、そう読み取れたので軌道修正する。
「複数の『結界』を張った。『結界』を破壊できれば、お菓子を取ることが出来る。先に言った、みーとヴァレイスナの関係からして、コウは。みーの魔法の師範を、ヴァレイスナに委ねた」
「半分正解ですわ。応用は私が。基本はマホマールが教えていますわ。始めは、みーをどうやっていびってやろうかと楽しみにしていたのですわ。ですが、ナトラ、ではなく、地竜の中で最も頭が固いと言わしめる、イオラングリディア並みに融通が利かないマホマールが、ちょろ火を埋け火にしてやったのですわ」
「そ、それはマホマールさんが……」
コウが慌てて弁明しようとしたので、手を上げて止める。
「竜の国には、みーに甘い人間が多い。みーに厳しく接する者が必要だと、マホマールがその役を買って出たのだろう。言わずもがなのことだが、その役をヴァレイスナに任せるのは危険だと、マホマールは判断した」
「ひゃふ?」
「ケモ。ここからは、ちょっと面倒な話になる。みーを手伝って、『結界』を壊してきて。それが出来ないようだったら、みーを応援してあげて」
「ケモ? ケモっ!」
大体のことは、あとでケモに伝えればいい。
今は、人や竜の、ややこしい関係に頭を悩ませるよりも、みーと友情を育むことを優先させたほうがいいだろう。
僕の想いが伝わると、ケモは一直線に扉に走っていった。
「ケモ~」
ヴァレイスナが扉に掛けられた魔法を解法したようで、ケモは少しだけ手古摺ったが、器用に取っ手を回して入っていく。
ここまで、コウに遠慮していたわけではないが、ある意味、炎竜のように、ではなく、氷竜のように振る舞うことにする。
コウに対して、そのように振る舞うことは許される。
そう、コウは許してしまう。
もう少し、コウという少女をーー王様のことを知りたいので、良心の半分を氷竜に差し出す。
「コウは、百何歳なんだ?」
「っ! まだ四十なのです!」
「そうか、四十周期か。ワーシュの見立ては正しかった」
「ふぁ…、ふぉ……?」
「ファタは二十歳ほどの容姿だったが、実周期は三十歳だった。コウは四十歳だというが、それにしては幼い。それは何故だ?」
四十周期を確定事項として、更に質問する。
もはや誤魔化せないと、見るから動揺しているコウ。
このままなら口を滑らせそうだが、発言したのはヴァレイスナだった。
「ま、実周期は四十で、精神周期は二十五ですわ。肉体周期は、十四ーーにはまだなっていないですわね」
「……っ」
「十三、四というと、リャナやミャンと同周期だが、それにしては発育が遅れている。魔力の影響なのか?」
「っ……」
「これは私の研究に依るところですが、この娘は魔力が過剰の異常過ぎて大惨事、願望が現実に影響を与えてしまっていますわ。今は多少増しになったようですが以前は、精神的にみーより未熟のジュクジュクのジメジメ娘で、竜すら目を背けるくらいの酷さだったのですわ」
「……っ」
「自身の卑屈さを自覚していたから、成長が阻害されていたと。しかし、未だ幼い容姿を維持しているとなると、依存していたいーー甘えたい願望があるということか?」
「っ……」
「ふふりふふり、中々の目の付け所ですわ。この娘には、二つの願望がありますわ。ライルが言った『甘えたい願望』と、その逆の、些か『おかしな願望』ですわ。ただ、後者の願望は、あまりにも現実的ではないので、『甘えたい願望』が勝っているということですわね」
「……っ」
「リシェは大変だ」
「っ!?」
これ以上苛めると泣き出しそうだったので、最後に特大のものをお見舞いする。
本当に、コウは素直な感情を向けてくる。
コウがなれて、僕がなれなかった、王様。
王様になる準備をしていた僕と、していなかったコウ。
膨れっ面の、コウを見る。
普通の少女。
すべてを取り払った、正解。
そう、正解、のようなもの。
「父様に甘えて良いのは、私だけですわ」
「リシェさんになんて、甘えてないのです!」
甘える、というより、何かある、だろう。
リシェとコウの間には、信頼を越えた、何かがある。
コウは、僕やヴァレイスナとは異なる。
僕よりは、リシェに近い。
それでも、リシェと異なる、その核心。
僕やヴァレイスナは、百万人を犠牲に出来る。
その覚悟がある。
反面、コウは。
ーー百万人を救う覚悟。
そんなもの。
王様が持つべきではない。
「……『おうさま』?」
まさかコウは。
「おうさま」になろうとしているのだろうか。
そう思った瞬間。
リシェと、竜の国の人々の姿がーー僕を苛んだ。
「厄介なこと、この上ないのですわ」
ヴァレイスナが、歪み、の正体を仄めかす。
巻き込まれた、リシェ。
或いは、リシェが巻き込んだ。
人だけでなく、国だけでなく、竜までも。
ーーリシェはコウを信じた。
それ以外の何で、この関係が築かれるのだろう。
恐らくは、ヴァレイスナの言葉が正解だ。
氷竜が「厄介」と言ってしまうほどに、混沌としている。
「……リシェさんに依頼されて、私を苛めにきたのです?」
「驚いた。ーーコウの評価を改めないといけない」
僕でも心配になるのだから、リシェはもっと心配ーーを越えた気苦労を抱えているに違いない。
交渉事も腹芸も出来ない王様。
僕があからさまに溜め息を吐いてみせると。
「……ふぅぐ」
「僕はコウの評価を改めた。コウは、『おうさま』にはなれない」
「『おうさま』になんて、もう、なるつもりはないのです」
もう、か。
嘗てのコウは、僕と同じく「おうさま」に憧れていたようだ。
僕には見えない何かを、コウは見ている。
まただ。
僕を苛む。
答えは、ある、ようで、ない。
僕を苛むものの正体がわからない。
或いは、僕が目を背けているからなのか。
「魔法陣について、聞きにきた」
これ以上は無理だと一旦、放り出す。
魔法に関する相談と知って、コウの顔が輝いたので、竜にも獣にも凹んでもらうことにする。
リャナの将来に係わるのだから、冷静になってもらわないと困る。
「コウとの間に、リシェを挟んで利用したかったが、時機が合わなかったので仕方がない。そもそも、こういったことを相談したとして、コウに決定権はあるのか?」
「……これ以上、私を苛めたら、『意地悪世界大会』でリシェさんを二位にしてしまうのです。竜に十回喰われろ、なのです」
「リシェが二位ということは、一位はヴァレイスナ。僕は三位なのか?」
「ふぇ……?」
仕舞った。
冷静にさせるつもりが、うっかり本当に苛めてしまった。
適切に返事が出来なかったコウは、ヴァレイスナに物理的に苛められる。
「……これを、あげるのです」
「これは?」
コウはリャナを気に掛けていた。
事前に用意してくれていたのかと思ったが、どうも違うようだ。
机の引き出しから取り出した、化粧箱くらいの木箱にはーー。
「『浮遊』『飛翔』『隠蔽』『結界』『治癒』、他にも?」
「ケモちゃんの、練習用の魔法球なのです。魔法球が割れたら、ケモちゃんがその魔法を使っても大丈夫、という合図なのです」
「そうか、感謝する。あと、みーにもお礼を言っておいてくれ」
「っ!」
「コウは顔に出過ぎる」
コウにケモのことを伝えてくれたのは、やはりみーのようだ。
ケモは魔法が使えない。
或いは、使わない。
「ヴァレイスナ。ケモが使っても大丈夫なナイフが欲しい。武器として使うのではなく、道具として使うものだ。あと、ケモが着ている外套だが、ちょっと地味過ぎるので、こちらもどうにかして欲しい」
「高くつく、かもですわ?」
「問題ない。リシェに魔石の鉱床の権利を譲った。コウには『八竜石』を渡したから、この『ケモ箱』はありがたく頂いておく」
これであとはリャナのーー魔法陣の話だけかと思ったが、ヴァレイスナが氷眼を向けてきた。
足を滑らせたら、死ぬ。
そんな恐怖に囚われて、僕は言葉を発することが出来なかった。
「ライルは。どこまでわかっていて、私にナイフを造るように、求めたのですわ?」
魂が乾いて、渇いて、頭が、心が働かない。
ここで答えない、などという選択肢はない。
血を吐くように。
実際にそうなって、口を潤してでも言葉を絞り出そうと覚悟を決めたとき。
氷竜は。
コウの頭の上に顎を乗っけた。
「『終末の獣』は世界を滅ぼすと言われていますわ。では、どうやって世界を滅ぼすのですわ? それ、答えるですわ」
ヴァレイスナは、顎でコウの脳天をグリグリしていた。
僕は不合格。
これ以上の、氷竜の祝福はない。
「……ケモちゃんは、魔法のような、……ものなのです」
「正解、ということにしてやるのですわ。『終末の獣』という魔法。詳説したところで無意味ですから、そんなものだと思っておけば良いのですわ。ほれ、魔法のことなのですから、答えるのですわ」
抵抗せず、グリグリされているコウ。
やはり「意地悪世界大会」の一位は、ヴァレイスナのようだ。
「僅差で、一位はリシェさんなのです」
「そんな厳然たる事実はどうでも良いのですわ。さっさとこの口からドバドバと吐き出せですわ」
僕の表情から読み取って答えたコウと、名誉ある一位の座をリシェに明け渡すヴァレイスナ。
「……魔法は、心象が重要なのです。直接攻撃ではなく、ナイフを。そのナイフを、攻撃には使わせない。外套もそうなのです。獣から遠ざかって、アーシュさんと繋がって。ケモちゃんの魔法は、もうアーシュさんの魔法でもあるのです」
「僕の、魔法?」
「そこは、気にしなくて良いのです。アーシュさんは、ケモちゃんと一緒に居るのです。それが一番なのです」
ケモと一緒に居る僕。
みーと一緒に居るコウ。
行き着く先は異なれど、同じ眼差しで見詰めている。
それ以外の答えはあやふやなものだが、コウはそれでいいとーーそうであるべきだと教えてくれる。
「必要な書物は、エルルに集めさせておくのですわ。天の国に戻る前に寄って、魔法球でも何でも造れば良いですわ」
コウから離れると、ヴァレイスナは天井を擦り抜けて飛んでいってしまった。
コウだけでは頼りないが、他に居ないので王様を恃む。
「リャナに関することは、問題ないか?」
「私に出来るのは、手段を用意することだけなのです。あとは、アーシュさんとリャナさんが決めることなのです。あ……、ポンさんは……?」
「盗み聞きは感心しない」
「ふぃっ!? そういう機能はありますが、そんなことはしてないのです!」
「そういう機能はあるのか」
「ふぉ……」
「別に非難しているわけではない。ミャンを守る為に、ミャンを監視しておく必要があった。そのお陰で、迷宮の崖でケモの魔力に襲われたとき、難を逃れることが出来た」
僕の言葉に、何故か顔を逸らすコウ。
どうやら僕は、「魔法王」を買い被っていたようだ。
「リシェに会ったら伝えておく」
「と……」
「と?」
「と、取り引きなのです」
「わかった」
取り引き、ということなら容赦する必要はない。
それから僕は、案外ちゃっかりしている王様から、可能な限り搾り取ったのだった。
「ケモ?」
「心配ない。冷気で少しだけ、頭がおかしくなっているだけだから」
「……酷いこと言うの禁止なのです。リシェさんみたいな意地悪という噂は、本当だったのです」
リシェを引き合いに出されたので、僕は同情するのを止めた。
ケモが怯えているのは、この部屋に原因があるようなので尋ねてみる。
「ヴァレイスナ。僕には何となくしかわからないが、この執務室はおかしいのか?」
「ひゃっふふ~のふ~」
「ふぃっ……」
僕を無視して、コウに頬擦りをするヴァレイスナ。
氷竜の微笑とは裏腹に、コウは。
明日、処刑だと知らされた囚人のような顔をしていた。
「リシェは居ないのか」
「ケモ」
ケモが言うには、近くにリシェの気配はないらしい。
リシェが居ないのは残念だが、コウとヴァレイスナが揃っているのは、もっけの幸い、というか獣の幸い。
「父様はエーリアと一緒に、教会に行ってますわ」
「ああ、『半神』のことを伝えるのか」
となると今日、リシェとグロウに会うのは望み薄、と考えるのが妥当か。
竜の都で一泊するかどうかは、面会が済んだあとで考えるとしよう。
コウが死人のように存在感を失わせようとしていたので、みーにしたのと同じ質問をする。
「コウは、暇なのか?」
「……一応、天の国が安定したので、少し離れても大丈夫そうだったので、みーちゃんに会いに来たのです。また、戻らないといけないのです」
「先程、扉の魔法を打っ壊して入ると、この娘とちょろ火があっちっちだったので、私が作ったお菓子と一緒に、あっちの部屋に投げ込んできたのですわ」
コウが答えた直後に、ヴァレイスナが説明する。
「ケモ?」
「ひゃふ?」
ーー私を楽しませるのですわ。
あからさまな表情で、僕に要求してくる。
顔を出したケモは、すぐさま引っ込めた。
炎竜とは仲良くなれたようだが、氷竜とは難しいようだ。
いや、氷竜だけでなく、仔竜以外の竜との交流は、控えたほうが良さそうだ。
幸い、ヴァレイスナの興味は、ケモではなく僕に向いている。
ヴァレイスナの譲歩を引き出さなければならないので、僕に否やはない。
「炎竜氷竜。百竜とヴァレイスナの関係は、この言葉に違わないものだと思う。だが、みーとヴァレイスナの関係は、その限りではない。ーーお菓子と一緒に、みーを閉じ込めたというが、『結界』か?」
正解のようだ。
項垂れていたコウは、僕の答えに驚いて顔を上げた。
そして。
物凄く無礼なことを言われた。
「リシェさんが居るのです」
「ケモっ、ケモっ!」
「僕の代わりに怒ってくれてありがとう、ケモ」
「ふぇ……? あっ、ケモちゃんっ、そんなつもりじゃなかったのです! 許してっ、なのです!」
「ケモ……、ケモ~」
「ふぁ……」
ケモに不信感たっぷりの眼差しを向けられて、仰け反るコウ。
子供や動物に睨まれるのは、コウでなくともきつい。
コウは単純に、精神的に未熟なだけで、悪意があるわけではない。
このままだと可哀想なので、ケモから伝わってきたことを話す。
「ケモは魔力に敏感だ。コウや竜に慣れるには、時間が掛かる。リシェのほうに、より怯えているということは、リシェには何かがあるのだろうーーと、話が途中だった」
立ち入らないほうがいい。
気不味い雰囲気のコウと、竜の微笑みを浮かべるヴァレイスナ。
コウとヴァレイスナの表情から、そう読み取れたので軌道修正する。
「複数の『結界』を張った。『結界』を破壊できれば、お菓子を取ることが出来る。先に言った、みーとヴァレイスナの関係からして、コウは。みーの魔法の師範を、ヴァレイスナに委ねた」
「半分正解ですわ。応用は私が。基本はマホマールが教えていますわ。始めは、みーをどうやっていびってやろうかと楽しみにしていたのですわ。ですが、ナトラ、ではなく、地竜の中で最も頭が固いと言わしめる、イオラングリディア並みに融通が利かないマホマールが、ちょろ火を埋け火にしてやったのですわ」
「そ、それはマホマールさんが……」
コウが慌てて弁明しようとしたので、手を上げて止める。
「竜の国には、みーに甘い人間が多い。みーに厳しく接する者が必要だと、マホマールがその役を買って出たのだろう。言わずもがなのことだが、その役をヴァレイスナに任せるのは危険だと、マホマールは判断した」
「ひゃふ?」
「ケモ。ここからは、ちょっと面倒な話になる。みーを手伝って、『結界』を壊してきて。それが出来ないようだったら、みーを応援してあげて」
「ケモ? ケモっ!」
大体のことは、あとでケモに伝えればいい。
今は、人や竜の、ややこしい関係に頭を悩ませるよりも、みーと友情を育むことを優先させたほうがいいだろう。
僕の想いが伝わると、ケモは一直線に扉に走っていった。
「ケモ~」
ヴァレイスナが扉に掛けられた魔法を解法したようで、ケモは少しだけ手古摺ったが、器用に取っ手を回して入っていく。
ここまで、コウに遠慮していたわけではないが、ある意味、炎竜のように、ではなく、氷竜のように振る舞うことにする。
コウに対して、そのように振る舞うことは許される。
そう、コウは許してしまう。
もう少し、コウという少女をーー王様のことを知りたいので、良心の半分を氷竜に差し出す。
「コウは、百何歳なんだ?」
「っ! まだ四十なのです!」
「そうか、四十周期か。ワーシュの見立ては正しかった」
「ふぁ…、ふぉ……?」
「ファタは二十歳ほどの容姿だったが、実周期は三十歳だった。コウは四十歳だというが、それにしては幼い。それは何故だ?」
四十周期を確定事項として、更に質問する。
もはや誤魔化せないと、見るから動揺しているコウ。
このままなら口を滑らせそうだが、発言したのはヴァレイスナだった。
「ま、実周期は四十で、精神周期は二十五ですわ。肉体周期は、十四ーーにはまだなっていないですわね」
「……っ」
「十三、四というと、リャナやミャンと同周期だが、それにしては発育が遅れている。魔力の影響なのか?」
「っ……」
「これは私の研究に依るところですが、この娘は魔力が過剰の異常過ぎて大惨事、願望が現実に影響を与えてしまっていますわ。今は多少増しになったようですが以前は、精神的にみーより未熟のジュクジュクのジメジメ娘で、竜すら目を背けるくらいの酷さだったのですわ」
「……っ」
「自身の卑屈さを自覚していたから、成長が阻害されていたと。しかし、未だ幼い容姿を維持しているとなると、依存していたいーー甘えたい願望があるということか?」
「っ……」
「ふふりふふり、中々の目の付け所ですわ。この娘には、二つの願望がありますわ。ライルが言った『甘えたい願望』と、その逆の、些か『おかしな願望』ですわ。ただ、後者の願望は、あまりにも現実的ではないので、『甘えたい願望』が勝っているということですわね」
「……っ」
「リシェは大変だ」
「っ!?」
これ以上苛めると泣き出しそうだったので、最後に特大のものをお見舞いする。
本当に、コウは素直な感情を向けてくる。
コウがなれて、僕がなれなかった、王様。
王様になる準備をしていた僕と、していなかったコウ。
膨れっ面の、コウを見る。
普通の少女。
すべてを取り払った、正解。
そう、正解、のようなもの。
「父様に甘えて良いのは、私だけですわ」
「リシェさんになんて、甘えてないのです!」
甘える、というより、何かある、だろう。
リシェとコウの間には、信頼を越えた、何かがある。
コウは、僕やヴァレイスナとは異なる。
僕よりは、リシェに近い。
それでも、リシェと異なる、その核心。
僕やヴァレイスナは、百万人を犠牲に出来る。
その覚悟がある。
反面、コウは。
ーー百万人を救う覚悟。
そんなもの。
王様が持つべきではない。
「……『おうさま』?」
まさかコウは。
「おうさま」になろうとしているのだろうか。
そう思った瞬間。
リシェと、竜の国の人々の姿がーー僕を苛んだ。
「厄介なこと、この上ないのですわ」
ヴァレイスナが、歪み、の正体を仄めかす。
巻き込まれた、リシェ。
或いは、リシェが巻き込んだ。
人だけでなく、国だけでなく、竜までも。
ーーリシェはコウを信じた。
それ以外の何で、この関係が築かれるのだろう。
恐らくは、ヴァレイスナの言葉が正解だ。
氷竜が「厄介」と言ってしまうほどに、混沌としている。
「……リシェさんに依頼されて、私を苛めにきたのです?」
「驚いた。ーーコウの評価を改めないといけない」
僕でも心配になるのだから、リシェはもっと心配ーーを越えた気苦労を抱えているに違いない。
交渉事も腹芸も出来ない王様。
僕があからさまに溜め息を吐いてみせると。
「……ふぅぐ」
「僕はコウの評価を改めた。コウは、『おうさま』にはなれない」
「『おうさま』になんて、もう、なるつもりはないのです」
もう、か。
嘗てのコウは、僕と同じく「おうさま」に憧れていたようだ。
僕には見えない何かを、コウは見ている。
まただ。
僕を苛む。
答えは、ある、ようで、ない。
僕を苛むものの正体がわからない。
或いは、僕が目を背けているからなのか。
「魔法陣について、聞きにきた」
これ以上は無理だと一旦、放り出す。
魔法に関する相談と知って、コウの顔が輝いたので、竜にも獣にも凹んでもらうことにする。
リャナの将来に係わるのだから、冷静になってもらわないと困る。
「コウとの間に、リシェを挟んで利用したかったが、時機が合わなかったので仕方がない。そもそも、こういったことを相談したとして、コウに決定権はあるのか?」
「……これ以上、私を苛めたら、『意地悪世界大会』でリシェさんを二位にしてしまうのです。竜に十回喰われろ、なのです」
「リシェが二位ということは、一位はヴァレイスナ。僕は三位なのか?」
「ふぇ……?」
仕舞った。
冷静にさせるつもりが、うっかり本当に苛めてしまった。
適切に返事が出来なかったコウは、ヴァレイスナに物理的に苛められる。
「……これを、あげるのです」
「これは?」
コウはリャナを気に掛けていた。
事前に用意してくれていたのかと思ったが、どうも違うようだ。
机の引き出しから取り出した、化粧箱くらいの木箱にはーー。
「『浮遊』『飛翔』『隠蔽』『結界』『治癒』、他にも?」
「ケモちゃんの、練習用の魔法球なのです。魔法球が割れたら、ケモちゃんがその魔法を使っても大丈夫、という合図なのです」
「そうか、感謝する。あと、みーにもお礼を言っておいてくれ」
「っ!」
「コウは顔に出過ぎる」
コウにケモのことを伝えてくれたのは、やはりみーのようだ。
ケモは魔法が使えない。
或いは、使わない。
「ヴァレイスナ。ケモが使っても大丈夫なナイフが欲しい。武器として使うのではなく、道具として使うものだ。あと、ケモが着ている外套だが、ちょっと地味過ぎるので、こちらもどうにかして欲しい」
「高くつく、かもですわ?」
「問題ない。リシェに魔石の鉱床の権利を譲った。コウには『八竜石』を渡したから、この『ケモ箱』はありがたく頂いておく」
これであとはリャナのーー魔法陣の話だけかと思ったが、ヴァレイスナが氷眼を向けてきた。
足を滑らせたら、死ぬ。
そんな恐怖に囚われて、僕は言葉を発することが出来なかった。
「ライルは。どこまでわかっていて、私にナイフを造るように、求めたのですわ?」
魂が乾いて、渇いて、頭が、心が働かない。
ここで答えない、などという選択肢はない。
血を吐くように。
実際にそうなって、口を潤してでも言葉を絞り出そうと覚悟を決めたとき。
氷竜は。
コウの頭の上に顎を乗っけた。
「『終末の獣』は世界を滅ぼすと言われていますわ。では、どうやって世界を滅ぼすのですわ? それ、答えるですわ」
ヴァレイスナは、顎でコウの脳天をグリグリしていた。
僕は不合格。
これ以上の、氷竜の祝福はない。
「……ケモちゃんは、魔法のような、……ものなのです」
「正解、ということにしてやるのですわ。『終末の獣』という魔法。詳説したところで無意味ですから、そんなものだと思っておけば良いのですわ。ほれ、魔法のことなのですから、答えるのですわ」
抵抗せず、グリグリされているコウ。
やはり「意地悪世界大会」の一位は、ヴァレイスナのようだ。
「僅差で、一位はリシェさんなのです」
「そんな厳然たる事実はどうでも良いのですわ。さっさとこの口からドバドバと吐き出せですわ」
僕の表情から読み取って答えたコウと、名誉ある一位の座をリシェに明け渡すヴァレイスナ。
「……魔法は、心象が重要なのです。直接攻撃ではなく、ナイフを。そのナイフを、攻撃には使わせない。外套もそうなのです。獣から遠ざかって、アーシュさんと繋がって。ケモちゃんの魔法は、もうアーシュさんの魔法でもあるのです」
「僕の、魔法?」
「そこは、気にしなくて良いのです。アーシュさんは、ケモちゃんと一緒に居るのです。それが一番なのです」
ケモと一緒に居る僕。
みーと一緒に居るコウ。
行き着く先は異なれど、同じ眼差しで見詰めている。
それ以外の答えはあやふやなものだが、コウはそれでいいとーーそうであるべきだと教えてくれる。
「必要な書物は、エルルに集めさせておくのですわ。天の国に戻る前に寄って、魔法球でも何でも造れば良いですわ」
コウから離れると、ヴァレイスナは天井を擦り抜けて飛んでいってしまった。
コウだけでは頼りないが、他に居ないので王様を恃む。
「リャナに関することは、問題ないか?」
「私に出来るのは、手段を用意することだけなのです。あとは、アーシュさんとリャナさんが決めることなのです。あ……、ポンさんは……?」
「盗み聞きは感心しない」
「ふぃっ!? そういう機能はありますが、そんなことはしてないのです!」
「そういう機能はあるのか」
「ふぉ……」
「別に非難しているわけではない。ミャンを守る為に、ミャンを監視しておく必要があった。そのお陰で、迷宮の崖でケモの魔力に襲われたとき、難を逃れることが出来た」
僕の言葉に、何故か顔を逸らすコウ。
どうやら僕は、「魔法王」を買い被っていたようだ。
「リシェに会ったら伝えておく」
「と……」
「と?」
「と、取り引きなのです」
「わかった」
取り引き、ということなら容赦する必要はない。
それから僕は、案外ちゃっかりしている王様から、可能な限り搾り取ったのだった。
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