竜の国の魔法使い

風結

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四章 周辺国と魔法使い

束の間の休息?

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「クー姉。シアの服を作って欲しいの」

 右にみー、左にシア。長椅子の真ん中で、コウさんは笑顔満面である。

 二つ目の太陽が現出したみたいに、ぽっかぽか。

 王としての役目を果たして、肩の重たい荷を降ろせたからだろう。

 実際には、ここが始まりであり、今はまだ、その始まり自体が成功したかもわからないのだが、この場でそんなことに言及するのは、野暮というものである。

 戻ってきたシアは、とりあえずというか、緊急避難的措置どうしたものかというか超法規的措置こうしたものかというか、コウさんの服を着ている。

 ちょっと心配したが、男でも着られるものだったので、一安心である。いや、コウさんの趣味を疑ったわけじゃないですよ?

 いくら、姉がああでも、妹までそうだとは限らないじゃないですか。って、どうも言い訳する癖がついてきてしまっているような。いや、後ろめたいとかそういうわけじゃないと思うのだけど。

「そーいやぁ、がきんちょ、何やんだ?」
「あ、その、情報を集めたりとか得意です。外地では、そうやって生き延びてきた、じゃなくて、きました。竜の国では外地の人間が多数になると思うので、奴らに慣れている僕が役に立てることがあると思います。シーソや子供たちも手伝ってくれます」

 借りてきた仔猫、というよりも、借りてきた仔犬、といった趣。

 因みに、借りてきた竜、という形容ーーこれは遣って来た人があまりに掛け離れた身分だったり強さだったりした場合に用いられる。つまり、駆け出しの冒険者が危険に遭遇して、助けを呼んだら、氷焔が遣って来た、みたいな状態を指す。などと取り留めのないことを考えながら、シアの様子を観察する。

 あのシーソという無表情の女の子との遣り取りを見た限り、彼は周期に不相応の自若じじゃくとした印象があるが、同時に相応の勝ち気な性格でもあるようだ。

 今は、緊張からか、がちがちだが、まぁ、この面子めんつでは萎縮いしゅくしてしまっても仕方がないだろう。

「そうですね。シアーーいえ、シア様の立場は、王弟殿下ということになります。フィア様が国を離れられたとき、国を預かる役目を担っていただきます。当然、コウさんが飽きて王様をやりたくなくなったら、シア様に竜の国の王になっていただかなくてはなりません」
「ーーっ」
「……っ!?」

 茶化して言ってみたが、看過かんかできないコウさんが上目遣いで睨み付けてくる。

 彼女が怒ったのは、飽きて王様云々、の部分だろうが、シアには、その後の台詞が響いただろう。

 寝耳に水竜の話で、由々しき現状に気付いて、青天の炎竜といった体だ。

 上手くいったようだ。

 コウさんの意識は僕に向いて、シアの葛藤に気付いていない。今更、シアを弟にしたことを彼女が撤回するわけがないので、それを踏まえた上で言うべきことは言っておかないと。

 然らずば僕はただの道化になってしまう、ということで続ける。

「そうですねー。みー様が代わりに王様をやるって手もありますねー」

 コウさんを煽って、シアが平静を取り戻すまでの時間を稼ぐ。

「むーう? みーちゃんおーさまだと、こーなになになのだー?」
「そーなっと、ちび助ゃ王妃で、ちみっ子ん仲良しって寸法か?」
「くっ、コウが王妃だと! ならあたしが王になるしかないではないか!!」
「わーう、おーさまそーだつぼっぱつなのだー!」

 しっちゃかめっちゃかになったが、みーが笑えばコウさんが喜ぶ、ということで「竜笑作戦」は成功。

 その間にシアのほうも、内心の混乱はそのままだろうが、表面を取り繕うことに成功していた。

 然しも懸命で健気けなげな姿を見せられると、兄さんと過ごした日々が思い出されて、ほだされそうになってしまうが、事はそう単純ではない。

 現況、竜の国はコウさんが王様でないと成り立たない。

 シアやみーのことは、本気で持ち出したわけではない。それを言ったら、エンさんは王兄だし、クーさんは王姉である。ただ、継承順位からいったら、フィアの名を戴いたシアのほうが二人よりも上なのである。それだけは、コウさんだけでなく、シアにも知っておいてもらわなくてはならない。

 妙な事態にはなったが、そんなに急ぐ必要はない。

 シアに何ができるのか、何がしたいのかは、追い追い確認していけばいい。最悪、コウさんの側に居てくれるだけでもいいのだが、それはこの少年の誇りが許さないだろう。

 彼は、コウさんという王様おんなのこの支えになりたくて、助けになりたくて、竜の国ここに来たのだから。

 然ても、先程から好い匂いが漂ってきて、そろそろ思惟の湖で泳ぐのも億劫になってくる。

 クーさんが焼いた薄くて柔らかいパンが、石の卓に置いてある。普段なら、あとは謎肉が焼き上がるのを待つだけだが、今日はシアを歓迎する午餐ごさんなので、いつもより豪華である。

 他に魚料理や果物まである。

「竜の狩場自生の、炒めたら甘くなる食材。それと芋を細かく刻む。二つを混ぜ、丸く伸ばしたら、あとは焼く。塩と胡椒、香辛料を使った辛目のものと二種類ある」

 説明しながら、薄く伸ばした円盤状のたねを真上に抛ってゆく。それをコウさんが魔法で宙に留めて。

 すべての準備が整ったら、最後の仕上げである。

「なーう、いっくぞー」

 ぼわぁ、とみーが炎の息吹。一気に表面を焼いてゆく。

「裏返しです~。みーちゃん、もう一回です~。弱めで長め~」
「よわわ~ななが~」

 ぼふぁ~、と弱火でこんがり、好い焼き色である。

「竜の実で作ったジャム。そら、みー、味見」

 瓶からジャムを指で掬い取ると、みーの前に差し出す。

 あむっ、とクーさんの指がみーの口腔こうくうに。クーさんの企みは成功して、みーに指を舐められてご満悦のようである。

 血を吸われたときに感じたが、ざらついたみーの舌は確かに、こう、擽ったいというか何というか、気持ちはわからなくもないのだけど。

 ほら、シアの目の色が変わって、駄目な人を見るものになってますよ。まぁ、クーさんの趣味や痴態は、いずればれることだし、益体無やくたいなしとされても自業自得ということで。

 少年特有の潔癖さ、或いは周期頃の女性への幻想をぶち壊した罪で、宰相は王弟から、しばらく色眼鏡で見られることになるだろう。

「腹いっぺぇ食って、今日くれーぐーすか寝っぞー。どーせ明日からぁ、こぞーんまた扱き使ってくんだろーしなぁ」
「そも、エンさんは竜騎士団の団長で、二百人ほどに増えた団員を指揮する立場です。竜の国への移住に際し、安全面から考えても、最も重要な役を担っているんです。むしろ、僕たちの中で、一番忙しいと言っても過言かごんではありません」
「がーっ! 寝るー、休むー、さぼるー、遊ぶー、どこいった、俺んぐうたら人生ーっ!」

 竜の国の重鎮じゅうちんになる予定の、つとにその勇名を世に知られた「火焔」が、駄々を捏ね始めた。

 思い返してみれば、冒険者の頃のエンさんは、お気楽で、仕事をしているというより遊んでいるといった風情があった。だが、世の中そんなに甘くない。クーさんの、魔力で程好く強化された鉄拳制裁がエンさんを黙らせる。

 魔法料理が完成して、前回同様に卓の真ん中で謎肉が切り分けられてゆく。

 気を抜くや、明日からの成さねば成らぬ事項で、頭の中が埋め尽くされる。

 斯くの如く異なる種類の役目で、より一層忙しく、腐心するに、今日ほどに頭を空っぽに、皆で楽しまねばーー。

 ……これは、うん、駄目だ、嗜好が、もとい思考がわやくちゃだ。

 然ればこそ、頭の中を陽気なみーで埋め尽くしてみるが、敵もさるもの引っ掻くもの、陰気で厄介で埃が溜まっていそうな面倒で煩わしそうなものを、ーーふぅ、はぁ、ん……。

「…………」

 がぁー、うがぁーっ、もう知ったことか!

 もう、もうっ、疲れた、疲れ捲り、疲れ祭り!

 こんな疲れてるのに気苦労から離れられないとか、これは良くない、とても良くないっ、エンさんに倣って気分的に我が侭三昧だ!

 僕の中にあるこの碌でもないものは、ぜんぶまとめていっきに、みーの炎で焼き尽くされてしまえ!

「はーう、たべまくりのみーちゃんなのだー! りゅーのおなかはじゅんびかんりゅ~!」

 みーの、空の雲さえ食べ尽くす勢いの食欲は、シアの歓迎という建前(?)を、完全に、激烈に駆逐くちくしてしまったようだ。

 みーの言葉を合図に、皆が一斉に手を伸ばす。

 ーー大いに食べ、皆ではしゃぎ、気付けば、地面に横になって眠っていた。

 そういえば、今日はコウさんの「やわらかいところ」を刺激していなかった。まぁ、一日くらいなら不精ぶしょうしてもいいだろう。

 今は、穏やか過ぎる微睡まどろみの誘惑にとてもではないが勝てそうにない。

 風が優しくて、いい感じに肌を撫ぜて、心を緩めてくれる。はずだったが、やわらかいものが落ちてきた。

 予期せぬことで、かなり痛い。鼻血が出てくる。

 まぁ、眠っているので、みーにも、みーのあんよにも責任はない。でも、このままでは、ちょっと気が済まないので、みーの足の裏を、ちょこちょこっと擽ってやる。

 あ、みーが悶えている。

「~~~~」
「ーーーー」
「…………」
「~~~~」
「……、ーーっ!?」
「…………」

 それを偶々目を覚ましたコウさんに見咎められて、酷い目に遭わされるのだが、お見苦しい点が多々あると思われるので、そこは割愛いたします。
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