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四章 周辺国と魔法使い
謎肉の秘密
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見えているのに見えていない。聞こえているのに聞こえていない。別に哲学的なことを言っているのではなく。ただ、脳がそれを感知することを拒んでいるようなのである。
「鮮度が命なので、生きたまま持ってきたのです」
みーに乗って、竜の国に着陸した僕たち。時を同じくして、コウさんも帰着。
そして、彼女が魔法で持ち帰ってきたのが、巨鬼より大きな、もよもよでごわごわでめらめらな、この世の物とは思えない物体、もとい謎生物だった。
それは蠕動しながら地を這い蠢き続けて、耳を狂わせて尚混乱を撒き散らす叫び声のような騒音を垂れ流していた。
「みーちゃん、お願いします~」
「はーう、みーちゃんいっくぞー!」
「人化」で人の、子供の姿になったみーが助走を取って、謎生物に駆け寄って、
「りゅうのどっかんっ!!」
殴った。
普通に殴りました。
白いような紫色のような生物らしきものの半分が吹き飛ぶ。
「ふーう、まだまだーまだーんまだーん、いっくのだー!」
今度は前回よりも距離を取って、素晴らしい速度で目標に近付いてゆく。
「りゅうのどっすんっ!!」
転っと半回転して、みーの可愛いお尻が、まだ動いている謎生物の大半を削ぎ取る。
「さぁ、みーちゃん、止めです~」
コウさんの声援に、元気とやる気が有頂天に無限大に突き抜けるみー。
「みぎてにほのー! ひだりてにほのー!」
適度な距離を置いて、みーの必殺技(?)が炸裂する。
「りょうてあわせてー! でっかいほのーなのだー!!」
みーの手から放たれた、とてもでっかい炎が、食材の、肉のような物以外を焼き尽くす。
ーーこうしてコウさんとみー以外の、普通の、一般的(?)と言っていい感覚を持つ残りの四人、いや、三人は、認識と感覚の邪竜絵図の消失とともに自己を取り戻すのだった。
「エンさん、クーさん。僕は、軽く考え過ぎていました。心よりお詫び申し上げます」
「侘びはいらない。世の中の真実を知った人間には、祝福を得る機会が与えられる」
同じ体験をした者同士が慰め合う。
それと、残りの一人であるところの、シア。目の前の凄絶で凄惨な光景が受け入れ難いのはわかるが、なるべく早く復帰するように。
「これは、天敵に対して使われるものだったのです。でも、天敵がいなくなって、使われることがなくなったのです。使われずに固まったもの、それがこれなのです。必要なくなったこれは、いずれ生成されなくなると思うのです。なので、期間限定の珍味なのです」
嬉々として解説をするコウさん。最高の食材でシアを迎えられるので大満足のようだ。
「クー姉、お願いなの。私は、シアの着替えと、あと部屋の案内をしてくるの」
謎肉と、それを包む葉っぱをクーさんに手渡すと、コウさんは竜の世界へと精神を旅立たせてしまったシアを抱えて、「飛翔」の魔法で飛んでいってしまった。
僕たちが居るのは、竜の狩場に来てから最初の拠点にした、石の卓がある場所である。
皆で食べるときは、自然とここになることが多かった。
今では、遥か彼方まで平坦な大地が続いていたことを思い起こすのは難しい。ここは、巧まずして竜の腹にあるので、竜の背中を望めば、家屋や施設が視界を塞ぐことになる。
もうここは竜の都であり、あと二巡りもすれば、人の声に溢れる場となるのだ。
「みー、お疲れ様。もう大きくなる必要はない。リシェ、避けずにいること」
クーさんの言葉は不親切で、いや、不案内のほうがいいだろうか、色々なものが省略されていた。
然あれど、みーにとっては炎竜の真炎のように灼然たるものであったらしい。
「おーう、りょーてのまほーじん、もーいらないー?」
両手を高々と掲げるが、みーのおててに変わったところはない。
みーの言う、まほーじん、とは、魔法人という新種の生き物ではなく魔方陣、以前クーさんが口を滑らせた、現行の魔法とは体系を異にする術式。
恐らく、コウさんが魔法的な何かを、みーの手に施したのだろう。どんなものなのか好奇心が疼くが、残念ながらコウさんはいない。
「たーうっ、やーうっ」
「クばっ、びぉぇっ」
クーさんに説明を求めようと口を開いたところだったので、変な声が出てしまった。
みーの右の平手打ちが僕の左頬を強襲して、次いで左の平手打ちが同じく左頬に追い討ちをかける。
二発目はよく見えなかったが、転と一回転しつつ、連続でお見舞いしてくれたらしい。となると、左手は平手打ちではなく、旋回して手の甲で打たれたのかもしれない。いや、違うか、魔方陣を消す為に、掌を僕にくっ付ける必要があったはず。
然あらば関節に無理を強いて打ったのかもしれない。見ると、着地したみーに痛がる素振りはない。
「ひゃーう、きーえたーのだー」
言いながら、みーが再び飛び上がる。今度は僕の右頬が目標のようだ。
もう魔方陣は消えたはずなので、かなり痛い連続攻撃を食らわねばならない理由はない。糅てて加えて先の連撃は、魔方陣が緩衝材となって威力が殺がれたと思われるが、次撃は手加減してくれる、なんてことはなさそうなので、鼓膜が破れたり歯が折れたりなどといった被害が想定されるので。
然れどみーと接触できる少ない機会を逃す手はない。というわけで、一撃目を回避、そして二撃目に合わせて体勢を整える。
背中を見せているみーの右脇に時機良く手を差し入れて、その感触を味わいながら、ぐるりと回転速度を速めてやる。
「みゃーう? ぐるぐるーくるくるーぐむぐむー、ぅみーぅみー……」
空中で回転しながら地面に下りて、石畳の上でも楽しそうに回っていた。
体幹がしっかりしているのか、竜の基本性能なのか、綺麗に回っていたが、回転が止まると体が傾いだ。
ほやほや~、と出来立てみたいな言葉を漏らしながら倒れるみーを、クーさんがしっかと受け止める。そして、ぽやぽや~、とみーが目を回しているのをいいことに竜の国の宰相は、可愛がり領域の開拓に突入である。
竜に対する不敬罪、もとい不潔罪が適用、って、そんな罪咎などないだろうが、いや、史書を繙けば、そんな風邪を拗らせたような、すっとこどっこいな罪で人を裁いた者が居たかもしれない。
まぁ、彼女の犯行(?)を見逃してあげる代わりに、説明だけはしてもらうことにしよう。と目で訴える。
「リシェに触れて、魔方陣は消滅。魔方陣は、みーが大きくなる為に、コウが仕込んだもの。巨大化と『結界』。みーが大きくなるのは、本来、不自然なこと。巨大化の弊害を抑え込む『結界』も必要になる。必要なくなったのなら、早々に解いたほうが良い」
クーさんが説明してくれる。
説明してもらったのだから、見逃さなければならないのだが、……ああ、駄目だ、これは。クーさんの振る舞いは、ちょっと正視できるものではなかったので、僕は後ろを向いて、見逃すのではなく見忘れることにした。
然てこそエンさんのように平然としていられない僕は現実逃避を始める。
「静かだからこそ熱く、寂しげだからこそ燃ゆる、世界を拓くは今を措いて他なし」
と、誰も聞いていないのをいいことに、普通に声に出せたらいいのだが、……小心者の僕は、風が聞き耳を立てなければ届かないくらいの小さな声で、世界に馴染ませる。
予定外のことでも起こらない限り、みーに乗って竜の国から出ることは当分ないだろう。これからは、竜の国に遣って来る人々への対応でてんやわんやになるはずだ。
人の居ない寂しげな都の陰影が、少し違って見える。
予感に震えている。
僕の願いや期待が、そのように見せている。それは暖かくも熱い、酷く心地良いものだった。
「鮮度が命なので、生きたまま持ってきたのです」
みーに乗って、竜の国に着陸した僕たち。時を同じくして、コウさんも帰着。
そして、彼女が魔法で持ち帰ってきたのが、巨鬼より大きな、もよもよでごわごわでめらめらな、この世の物とは思えない物体、もとい謎生物だった。
それは蠕動しながら地を這い蠢き続けて、耳を狂わせて尚混乱を撒き散らす叫び声のような騒音を垂れ流していた。
「みーちゃん、お願いします~」
「はーう、みーちゃんいっくぞー!」
「人化」で人の、子供の姿になったみーが助走を取って、謎生物に駆け寄って、
「りゅうのどっかんっ!!」
殴った。
普通に殴りました。
白いような紫色のような生物らしきものの半分が吹き飛ぶ。
「ふーう、まだまだーまだーんまだーん、いっくのだー!」
今度は前回よりも距離を取って、素晴らしい速度で目標に近付いてゆく。
「りゅうのどっすんっ!!」
転っと半回転して、みーの可愛いお尻が、まだ動いている謎生物の大半を削ぎ取る。
「さぁ、みーちゃん、止めです~」
コウさんの声援に、元気とやる気が有頂天に無限大に突き抜けるみー。
「みぎてにほのー! ひだりてにほのー!」
適度な距離を置いて、みーの必殺技(?)が炸裂する。
「りょうてあわせてー! でっかいほのーなのだー!!」
みーの手から放たれた、とてもでっかい炎が、食材の、肉のような物以外を焼き尽くす。
ーーこうしてコウさんとみー以外の、普通の、一般的(?)と言っていい感覚を持つ残りの四人、いや、三人は、認識と感覚の邪竜絵図の消失とともに自己を取り戻すのだった。
「エンさん、クーさん。僕は、軽く考え過ぎていました。心よりお詫び申し上げます」
「侘びはいらない。世の中の真実を知った人間には、祝福を得る機会が与えられる」
同じ体験をした者同士が慰め合う。
それと、残りの一人であるところの、シア。目の前の凄絶で凄惨な光景が受け入れ難いのはわかるが、なるべく早く復帰するように。
「これは、天敵に対して使われるものだったのです。でも、天敵がいなくなって、使われることがなくなったのです。使われずに固まったもの、それがこれなのです。必要なくなったこれは、いずれ生成されなくなると思うのです。なので、期間限定の珍味なのです」
嬉々として解説をするコウさん。最高の食材でシアを迎えられるので大満足のようだ。
「クー姉、お願いなの。私は、シアの着替えと、あと部屋の案内をしてくるの」
謎肉と、それを包む葉っぱをクーさんに手渡すと、コウさんは竜の世界へと精神を旅立たせてしまったシアを抱えて、「飛翔」の魔法で飛んでいってしまった。
僕たちが居るのは、竜の狩場に来てから最初の拠点にした、石の卓がある場所である。
皆で食べるときは、自然とここになることが多かった。
今では、遥か彼方まで平坦な大地が続いていたことを思い起こすのは難しい。ここは、巧まずして竜の腹にあるので、竜の背中を望めば、家屋や施設が視界を塞ぐことになる。
もうここは竜の都であり、あと二巡りもすれば、人の声に溢れる場となるのだ。
「みー、お疲れ様。もう大きくなる必要はない。リシェ、避けずにいること」
クーさんの言葉は不親切で、いや、不案内のほうがいいだろうか、色々なものが省略されていた。
然あれど、みーにとっては炎竜の真炎のように灼然たるものであったらしい。
「おーう、りょーてのまほーじん、もーいらないー?」
両手を高々と掲げるが、みーのおててに変わったところはない。
みーの言う、まほーじん、とは、魔法人という新種の生き物ではなく魔方陣、以前クーさんが口を滑らせた、現行の魔法とは体系を異にする術式。
恐らく、コウさんが魔法的な何かを、みーの手に施したのだろう。どんなものなのか好奇心が疼くが、残念ながらコウさんはいない。
「たーうっ、やーうっ」
「クばっ、びぉぇっ」
クーさんに説明を求めようと口を開いたところだったので、変な声が出てしまった。
みーの右の平手打ちが僕の左頬を強襲して、次いで左の平手打ちが同じく左頬に追い討ちをかける。
二発目はよく見えなかったが、転と一回転しつつ、連続でお見舞いしてくれたらしい。となると、左手は平手打ちではなく、旋回して手の甲で打たれたのかもしれない。いや、違うか、魔方陣を消す為に、掌を僕にくっ付ける必要があったはず。
然あらば関節に無理を強いて打ったのかもしれない。見ると、着地したみーに痛がる素振りはない。
「ひゃーう、きーえたーのだー」
言いながら、みーが再び飛び上がる。今度は僕の右頬が目標のようだ。
もう魔方陣は消えたはずなので、かなり痛い連続攻撃を食らわねばならない理由はない。糅てて加えて先の連撃は、魔方陣が緩衝材となって威力が殺がれたと思われるが、次撃は手加減してくれる、なんてことはなさそうなので、鼓膜が破れたり歯が折れたりなどといった被害が想定されるので。
然れどみーと接触できる少ない機会を逃す手はない。というわけで、一撃目を回避、そして二撃目に合わせて体勢を整える。
背中を見せているみーの右脇に時機良く手を差し入れて、その感触を味わいながら、ぐるりと回転速度を速めてやる。
「みゃーう? ぐるぐるーくるくるーぐむぐむー、ぅみーぅみー……」
空中で回転しながら地面に下りて、石畳の上でも楽しそうに回っていた。
体幹がしっかりしているのか、竜の基本性能なのか、綺麗に回っていたが、回転が止まると体が傾いだ。
ほやほや~、と出来立てみたいな言葉を漏らしながら倒れるみーを、クーさんがしっかと受け止める。そして、ぽやぽや~、とみーが目を回しているのをいいことに竜の国の宰相は、可愛がり領域の開拓に突入である。
竜に対する不敬罪、もとい不潔罪が適用、って、そんな罪咎などないだろうが、いや、史書を繙けば、そんな風邪を拗らせたような、すっとこどっこいな罪で人を裁いた者が居たかもしれない。
まぁ、彼女の犯行(?)を見逃してあげる代わりに、説明だけはしてもらうことにしよう。と目で訴える。
「リシェに触れて、魔方陣は消滅。魔方陣は、みーが大きくなる為に、コウが仕込んだもの。巨大化と『結界』。みーが大きくなるのは、本来、不自然なこと。巨大化の弊害を抑え込む『結界』も必要になる。必要なくなったのなら、早々に解いたほうが良い」
クーさんが説明してくれる。
説明してもらったのだから、見逃さなければならないのだが、……ああ、駄目だ、これは。クーさんの振る舞いは、ちょっと正視できるものではなかったので、僕は後ろを向いて、見逃すのではなく見忘れることにした。
然てこそエンさんのように平然としていられない僕は現実逃避を始める。
「静かだからこそ熱く、寂しげだからこそ燃ゆる、世界を拓くは今を措いて他なし」
と、誰も聞いていないのをいいことに、普通に声に出せたらいいのだが、……小心者の僕は、風が聞き耳を立てなければ届かないくらいの小さな声で、世界に馴染ませる。
予定外のことでも起こらない限り、みーに乗って竜の国から出ることは当分ないだろう。これからは、竜の国に遣って来る人々への対応でてんやわんやになるはずだ。
人の居ない寂しげな都の陰影が、少し違って見える。
予感に震えている。
僕の願いや期待が、そのように見せている。それは暖かくも熱い、酷く心地良いものだった。
応援ありがとうございます!
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