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聖休と陰謀
空と塒 竜とお泊まり
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「おー? マジュマジュしゅっぱつ~、ふっかつ~、ふんぱつ~?」
「マルはね、元の塒を、領域を確認しに行ったんだ。それで、自分が顕在だということをアピールして、人を近づけないようにするんだって」
「おー? マジュマジュなしなし~、ティノはきけんがあぶない~?」
「うっ……。そういうわけで、アリスさん。マルが守ってくれないので、絶対に『発火』しないでくださいね」
「好い匂いがするまで焼くわよ」
ティノに対する返事として、アリスは炎の息吹を吐きました。
それから、空を確認します。
好い加減、やめないといけない。
そうとわかっていても、空を見上げるのが癖になってしまいました。
それだけ、矜持が傷つけられた出来事でした。
何せ、戦う以前に、相手にもされなかったのですから。
アリスの、竜としての魂が未だに燻っているのも仕方がないことです。
「アリスさん。さっきから空を気にしているようですけど、何かあったんですか?」
高つ音から出発し、もう夜の時間帯。
さすがにティノも気づいたようです。
「こちらは晴れているけれど、イオラングリディア僻地はずっと雨みたいね」
「アリスさんが誤魔化すなんて、珍しいですね。そんなに嫌なことがあったんですか?」
「……まったくティノは。妙なところで鋭いわね。ーーエルラが学園に忍び込んだときのこと、覚えていて?」
「それはもちろん。でも、細かいところまでは覚えていませんけど」
「それで十分よ。ティノが言ったように、あの日は嫌なことがあってね、鬱憤を晴らす為に、そこら辺で竜が飛んでいないか捜しに行ったのよ」
「それ、どこの邪竜ですか。完全に八つ当たりじゃないですか」
確かに、ティノの言う通りです。
でも、それが許されるのがアリスという炎竜。
アリスは大陸で理不尽な暴力を振るい、その「竜らしさ」を認められています。
竜にとって「戦い」とは忌避すべきものではないのです。
炎竜という暴虐。
その最たる存在ーー「最強の三竜」の一角。
そう、スグリと行動するようになる前、アリスは結構「イケイケ」でした。
ときどき戦いの血が疼くのも仕方がないことなのです。
それがイオラングリディアに嫌われる理由だったのかもしれない。
最近、アリスはそんなことを思うようになりました。
「捜していたらね、居たのよ。上空に、風竜が」
「もしかして、アリスさんが敗けたんですか? ええ……、そんな凶悪な竜がーー極悪竜が居るんですか?」
「辛辣に燃やすわよ」
「ぱーおー」
ティノはアリスのことを、炎竜のことをまだわかっていないようです。
なぜ、ティノはこんなにも馴れ馴れしいのか。
一度、真剣に考えてみる必要があるかもしれない。
表情豊かなティノを見ながら、アリスは考えました。
それと、イオリは夜なのに、「日向ぼっこ」状態に突入したようです。
「追跡したわ、最高速で。そして、射程圏内に入ったところで、風竜は加速したの」
「攻撃を躱したんですか?」
「違うわよ。攻撃もできなかったのよ。あり得ない、と言いたいくらいの、加速だったわ。風竜が加速したその瞬間、すでに私より速かったのよ」
「ん? え~と、よくわからないんですけど、風竜ってそんなに速いんですか?」
「違うわ、アレは別格。アレは、ラカールラカよ。大陸の『最強の三竜』の一角で、音の速さを超えた、唯一の竜。しかもアレ、音の二倍の速さで飛んでいたわ」
「……それって。全力で、邪竜なアリスさんから逃げたってことじゃないですか?」
その考えはありませんでした。
ラカールラカにあしらわれた。
ずっとそう思っていましたが、アリスの力を感じ取ったラカールラカが、争いを避けたと考えることもできます。
アリスの玩具ーーそのはずが。
本当に、妹にしてあげても良いかもしれない。
アリスは魂がぽっかぽかになったので、一緒に口も軽やかになりました。
「実はね、ラカールラカに追いつく手段はあったのよ」
「え? そうなんですか? それって、アリスさんが竜の中で一番速いってことですか?」
「『竜』ということなら違うわ。『竜』という巨大なモノを飛ばすには、風竜が最適。私でも他属性の壁を破ることはできない。でもね、『人化』した状態なら可能性があるのよ」
「あ、それってもしかして、アリスさんを砲弾として飛ばすってことですか?」
「そ。正解。爆発の威力というのは、それはもう凄まじいのよ。たぶん、追いつくことだけならできるでしょうね」
「んー? じゃあ、何でそれをやらなかったんですか?」
当然の疑問。
そしてそこが、ティノの限界でもあります。
限界、という意味では、竜も同様。
どれほど強大な存在だとしても、その力には限界があるのです。
「一つには、それを試したことがないから。竜は、肉体がどれだけ傷つこうが、それだけでは死なない。この『砲弾』は、竜の魔力体をも傷つける可能性があるのよ。だから、私だけでは駄目。スグリに手伝ってもらえたなら、次は試してみても良いかもしれない」
「ところで、話は変わりますけど、僕もスグリに会いに行く必要があったんですか? もちろん、スグリには会いたいけど、『発火』が怖いし、マルと一緒に行って、先に『庵』で待っている……」
「って、そんなの駄目に決まっているじゃない! 私にスグリと、一竜で会えって言うの!?」
「えっと、アリスさんは、スグリとどうなりたいんですか? ほら、僕はイオリが大好きなので、ぎゅーぎゅーですよ」
ティノはアリスに見せつけるように、イオリをぎゅうぎゅうしました。
「発火」しそうになったアリスでしたが、ティノの言葉が魂と魔力に突き刺さり、不完全燃焼。
ティノはわかっていない。
アリスは三日三晩をかけてでも教えてやりたい気分でしたが、そんな恥ずかしいこと、できるはずもありません。
「分化」して「女性体」になる前。
スグリに心を動かされている自分を、アリスは誇りに思っていました。
そして、そんな自分を冷静に見ていられました。
それが、どうしたことでしょう。
「分化」した途端に、すべてが跳ね返ってきたのです。
こんなことなら「分化」しなければ良かった。
そんなことを考えたこともありました。
でも、「分化」が自身の肯定であると気づいてからは、胸の内に確かな想いが宿りました。
「ん、と? スグリの洞窟に到着しましたか?」
「ぱーすー」
「あら、暗くて見えないでしょうに、どうしてわかったの?」
「えっと、何となくですけど、スグリの魔力を感じました」
「そう。魔力操作の、鍛錬の成果がでているようね」
アリスが褒めると、素直に喜ぶティノ。
アリスは。
あえて言葉を濁しました。
スグリの魔力を感じ取る。
そんなことは本来、人間には不可能だからです。
アリスの周囲には、彼女の魔力が漂っています。
それだけでなく、「結界」も張ってあります。
これを抜けて魔力を感じ取ったとなると。
明らかに別の要因があると見て良いでしょう。
普通の人間であるティノ。
そんなティノは、普通でない者たちと係わってきました。
ランティノールにイオリ(イオラングリディア)。
マルにアリスにスグリ、それからベズも。
通常の人間なら、千度生まれ変わろうとも叶わない、奇跡的な出逢い。
それゆえに、候補を一つに絞ることができません。
無いとは思いますが、他竜の干渉も視野に入れておかなければいけません。
これはいつものことですが。
アリスという竜が動くだけで、様々な余計なものがついてきます。
と、冷静に考えられたのもここまで。
ティノの言葉を奇貨として緊張を誤魔化そうと試みましたが、さしたる効果はありませんでした。
動揺から、着地に失敗しないように、いつもより慎重に降下。
「うわっ、真っ暗。暗竜だから、そういう場所を選んでいるのかな?」
「おー。でもでも~、イオリにはティノがいるばしょがぱっちり~」
「感知」と竜眼。
暗くても周囲の状況が確認できるので、一人と一竜ははしゃいでいます。
裏腹に、アリスはその場に崩れ落ちたい気分でした。
でも、アリスは学園長で、今は引率者であり保護者でもあります。
どんな方術をぶっ放そうか。
そんなことを考えることで、心を落ち着かせました。
残念でありながら、少し嬉しい。
そんな複雑な気持ち。
痛くもあり辛くもあり、そして仄かに温かい。
「どうやら、スグリは留守のようね」
「え? そうなんですか? んー、でも、スグリって魔力操作が得意なんですよね。僕たちが気づけないだけなんじゃないですか?」
「馬鹿ね。スグリなら、私たちが遣って来たら出迎えにくるし、何より、自身の魔力を隠したりなどしないわ」
アリスは、自分から可能性を潰し、スグリが居ないという事実を受け容れます。
溜め息を吐きたいのを我慢していると、ティノとイオリが不思議なことを始めました。
「じゅんび~、じゅんび~、おてつだい~、ティ~ノといっしょに~、おてつだい~」
ティノとイオリは、周囲を歩き回りながら、楽し気に枝を拾っています。
ティノと居られる機会が減っていたので、イオリの「お手つき」歌も絶好調。
夕食の準備でしょうか。
今は、心穏やかに見ていられる気分ではなかったので、ティノに尋ねました。
「ティノ。何をしているの?」
「何って、寝床の準備です。スグリの塒に勝手に入るのはよくないので、洞窟の前に寝床を作ります。枝、葉っぱ、その上に布を敷いたら出来上がりです。今日は雨は降らないでしょうから、星のかけ布団です」
周囲にはスグリの魔力が溢れているので、虫は寄ってきません。
それも悪くない。
そう思ったアリスでしたが、今すぐ不貞寝したかったので、面倒を省くことにしました。
「ほら、熱の絨毯を作ってあげるから、その上に敷きなさい。それなりに涼しいとはいえ、気温の変化はあるから、『結界』を張ってあげるわよ」
ティノが何かを言う前に、とっとと方術を行使します。
特に寝床に拘りはないのか、ティノはアリスが指示した場所に、荷物から取りだした大きな布を敷きました。
「これ、熱の絨毯なんですか? 別に暖かくないし、風の絨毯という風情ですけど」
「ああ、ソレはわかりにくいかもしれないわね。ソレは『火種』を、『現象』を利用しているのよ」
「……布、燃えませんよね」
「服だけ燃やすわよ」
「ごめんなさい。真っ裸は嫌なので、燃やすのなら髪の毛にしてください」
「おー! ごろ~ん、ごろろ~ん、ごろんろ~ん!」
口では不安を垂れ流しながら、行動はまったく逆。
アリスのことを微塵も疑っていないのか、イオリを抱えて布に飛び込むと、一緒に遊び始めました。
「髪の毛なら燃やしても良いの?」
「え? それは、服を燃やされるくらいなら、髪の毛のほうがいいです。髪の毛ならまた生えてきますし、ーーあ、でも毛根まで焼くのは勘弁してください。帽子を被るのは面倒なので……って、入ってこないでください」
「おー! ひっひ~も~、いっしょにごろんで~、ごろろんご~ん!」
「は? 熱の絨毯も『結界』も私がやったのよ。それに、絶世の美女が横で『ごろん』してきたのよ。そんな嫌そうな顔してないで、もっと恥ずかしがったらどう?」
嫌そうな顔、というより、迷惑そうな顔、といったところでしょうか。
三人がちょうど横になれる大きさ。
ティノはアリスに背を向け、イオリを抱えると、くるりと回転。
これでイオリが真ん中になって、万事解決。
イオリが喜んでいたので。
アリスはこの件を、寛大な心で不問に付すことにしました。
「ほんと、ティノは相手の性別では心が乱れないのよね。心が乱れるのは、性別ではなく、そのときの状況。私やソニア、メイリーンがくっついても、それだけでは平常そのものなのよね」
「いえ、そんなことはありません。男にくっつかれるのは、というか、好きじゃない男にくっつかれるのは、もの凄く嫌です」
「ぱーおー」
面倒なことにしかならないので、アリスはそこに言及するのは控えました。
竜と竜(一応)と人。
簡素な寝床で星を見上げています。
そんなくすぐったいような空気に包まれ、アリスが眠りの世界に旅立とうとしたところで。
ティノが忽せにできないことを言ってきました。
「それじゃあ、明日の朝に『庵』に出発しましょう」
「何を言っているのかしら? その内、スグリが帰ってくるかもしれないのよ? 一巡りはここで待機よ」
当然です。
本来なら、二巡りをスグリの塒の前で過ごしても良いのに、半分も譲歩しているのです。
明日の朝などと、世界が炎で包まれたとしてもあり得ないことです。
「わかりました。スグリに告げ口をします」
「仕方がないわね。スグリの用事がすぐに終わる可能性は低いから、聞いてあげないこともないわよ」
世界が炎に包まれても、アリスはあまり気にしないので、ティノのお願いを聞いてあげることにしました。
それに、急ぐ必要はありません。
もう、四星巡り。
あと、六星巡り経てば、スグリは学園に遣って来るのです。
それまでに。
スグリと普通に話せるように、想いを温めておかなければいけません。
「ちょっと圧迫感があるかもしれないけれど、『結界』を小さくするわよ」
「魔力の節約ですか?」
「それは、逆。竜は大きな力を揮うのに適した生き物。細かな操作をするほうが魔力を使うのよ。態々そんなことをする理由は、『結界』を縮めて、私の魔力濃度を上げる為」
「そのほうが、アリスさんにとって、眠るのにいい環境ってことですか?」
「違うわよ。いいえ、違わないけれど、違うわ。私の魔力、というより、竜の魔力が正解。竜の魔力は毒になるけれど、少量なら人種に良い効果をもたらすの。だから、私の濃縮魔力を吸っていれば、魔力操作がし易くなるーーって、何で嫌そうな顔をしているのよ」
今度は本当に、ティノは嫌そうな顔をしていました。
でも、ティノのことだから、おかしなことを考えているのかもしれません。
ここは心を聖竜にし、「発火」せずにティノの言葉を待ちました。
「いえ、だって、それって僕の体の中の、イオリの魔力を追いだして、アリスさんの魔力で埋めるってことですよね? それは嫌です」
そこまで言えるのは、いっその事、晴天の天竜です。
意地悪な竜。
そうであるのなら、アリスがすべきことは決まっています。
「なら決まりね。これから二巡り、泣こうが喚こうが、マースグリナダの名に誓って、ティノに魔力を強制注入してやるわ」
「くっ……、イオリっ、助けて!」
「ぱーだー」
少しでもイオリの魔力を取り込もうと、ティノはイオリに密着。
何となくですが。
アリスもイオリに密着。
そんなこんなで、竜も酣。
アリスは自分が笑っていることも知らずに、眠りに就いたのでした。
「マルはね、元の塒を、領域を確認しに行ったんだ。それで、自分が顕在だということをアピールして、人を近づけないようにするんだって」
「おー? マジュマジュなしなし~、ティノはきけんがあぶない~?」
「うっ……。そういうわけで、アリスさん。マルが守ってくれないので、絶対に『発火』しないでくださいね」
「好い匂いがするまで焼くわよ」
ティノに対する返事として、アリスは炎の息吹を吐きました。
それから、空を確認します。
好い加減、やめないといけない。
そうとわかっていても、空を見上げるのが癖になってしまいました。
それだけ、矜持が傷つけられた出来事でした。
何せ、戦う以前に、相手にもされなかったのですから。
アリスの、竜としての魂が未だに燻っているのも仕方がないことです。
「アリスさん。さっきから空を気にしているようですけど、何かあったんですか?」
高つ音から出発し、もう夜の時間帯。
さすがにティノも気づいたようです。
「こちらは晴れているけれど、イオラングリディア僻地はずっと雨みたいね」
「アリスさんが誤魔化すなんて、珍しいですね。そんなに嫌なことがあったんですか?」
「……まったくティノは。妙なところで鋭いわね。ーーエルラが学園に忍び込んだときのこと、覚えていて?」
「それはもちろん。でも、細かいところまでは覚えていませんけど」
「それで十分よ。ティノが言ったように、あの日は嫌なことがあってね、鬱憤を晴らす為に、そこら辺で竜が飛んでいないか捜しに行ったのよ」
「それ、どこの邪竜ですか。完全に八つ当たりじゃないですか」
確かに、ティノの言う通りです。
でも、それが許されるのがアリスという炎竜。
アリスは大陸で理不尽な暴力を振るい、その「竜らしさ」を認められています。
竜にとって「戦い」とは忌避すべきものではないのです。
炎竜という暴虐。
その最たる存在ーー「最強の三竜」の一角。
そう、スグリと行動するようになる前、アリスは結構「イケイケ」でした。
ときどき戦いの血が疼くのも仕方がないことなのです。
それがイオラングリディアに嫌われる理由だったのかもしれない。
最近、アリスはそんなことを思うようになりました。
「捜していたらね、居たのよ。上空に、風竜が」
「もしかして、アリスさんが敗けたんですか? ええ……、そんな凶悪な竜がーー極悪竜が居るんですか?」
「辛辣に燃やすわよ」
「ぱーおー」
ティノはアリスのことを、炎竜のことをまだわかっていないようです。
なぜ、ティノはこんなにも馴れ馴れしいのか。
一度、真剣に考えてみる必要があるかもしれない。
表情豊かなティノを見ながら、アリスは考えました。
それと、イオリは夜なのに、「日向ぼっこ」状態に突入したようです。
「追跡したわ、最高速で。そして、射程圏内に入ったところで、風竜は加速したの」
「攻撃を躱したんですか?」
「違うわよ。攻撃もできなかったのよ。あり得ない、と言いたいくらいの、加速だったわ。風竜が加速したその瞬間、すでに私より速かったのよ」
「ん? え~と、よくわからないんですけど、風竜ってそんなに速いんですか?」
「違うわ、アレは別格。アレは、ラカールラカよ。大陸の『最強の三竜』の一角で、音の速さを超えた、唯一の竜。しかもアレ、音の二倍の速さで飛んでいたわ」
「……それって。全力で、邪竜なアリスさんから逃げたってことじゃないですか?」
その考えはありませんでした。
ラカールラカにあしらわれた。
ずっとそう思っていましたが、アリスの力を感じ取ったラカールラカが、争いを避けたと考えることもできます。
アリスの玩具ーーそのはずが。
本当に、妹にしてあげても良いかもしれない。
アリスは魂がぽっかぽかになったので、一緒に口も軽やかになりました。
「実はね、ラカールラカに追いつく手段はあったのよ」
「え? そうなんですか? それって、アリスさんが竜の中で一番速いってことですか?」
「『竜』ということなら違うわ。『竜』という巨大なモノを飛ばすには、風竜が最適。私でも他属性の壁を破ることはできない。でもね、『人化』した状態なら可能性があるのよ」
「あ、それってもしかして、アリスさんを砲弾として飛ばすってことですか?」
「そ。正解。爆発の威力というのは、それはもう凄まじいのよ。たぶん、追いつくことだけならできるでしょうね」
「んー? じゃあ、何でそれをやらなかったんですか?」
当然の疑問。
そしてそこが、ティノの限界でもあります。
限界、という意味では、竜も同様。
どれほど強大な存在だとしても、その力には限界があるのです。
「一つには、それを試したことがないから。竜は、肉体がどれだけ傷つこうが、それだけでは死なない。この『砲弾』は、竜の魔力体をも傷つける可能性があるのよ。だから、私だけでは駄目。スグリに手伝ってもらえたなら、次は試してみても良いかもしれない」
「ところで、話は変わりますけど、僕もスグリに会いに行く必要があったんですか? もちろん、スグリには会いたいけど、『発火』が怖いし、マルと一緒に行って、先に『庵』で待っている……」
「って、そんなの駄目に決まっているじゃない! 私にスグリと、一竜で会えって言うの!?」
「えっと、アリスさんは、スグリとどうなりたいんですか? ほら、僕はイオリが大好きなので、ぎゅーぎゅーですよ」
ティノはアリスに見せつけるように、イオリをぎゅうぎゅうしました。
「発火」しそうになったアリスでしたが、ティノの言葉が魂と魔力に突き刺さり、不完全燃焼。
ティノはわかっていない。
アリスは三日三晩をかけてでも教えてやりたい気分でしたが、そんな恥ずかしいこと、できるはずもありません。
「分化」して「女性体」になる前。
スグリに心を動かされている自分を、アリスは誇りに思っていました。
そして、そんな自分を冷静に見ていられました。
それが、どうしたことでしょう。
「分化」した途端に、すべてが跳ね返ってきたのです。
こんなことなら「分化」しなければ良かった。
そんなことを考えたこともありました。
でも、「分化」が自身の肯定であると気づいてからは、胸の内に確かな想いが宿りました。
「ん、と? スグリの洞窟に到着しましたか?」
「ぱーすー」
「あら、暗くて見えないでしょうに、どうしてわかったの?」
「えっと、何となくですけど、スグリの魔力を感じました」
「そう。魔力操作の、鍛錬の成果がでているようね」
アリスが褒めると、素直に喜ぶティノ。
アリスは。
あえて言葉を濁しました。
スグリの魔力を感じ取る。
そんなことは本来、人間には不可能だからです。
アリスの周囲には、彼女の魔力が漂っています。
それだけでなく、「結界」も張ってあります。
これを抜けて魔力を感じ取ったとなると。
明らかに別の要因があると見て良いでしょう。
普通の人間であるティノ。
そんなティノは、普通でない者たちと係わってきました。
ランティノールにイオリ(イオラングリディア)。
マルにアリスにスグリ、それからベズも。
通常の人間なら、千度生まれ変わろうとも叶わない、奇跡的な出逢い。
それゆえに、候補を一つに絞ることができません。
無いとは思いますが、他竜の干渉も視野に入れておかなければいけません。
これはいつものことですが。
アリスという竜が動くだけで、様々な余計なものがついてきます。
と、冷静に考えられたのもここまで。
ティノの言葉を奇貨として緊張を誤魔化そうと試みましたが、さしたる効果はありませんでした。
動揺から、着地に失敗しないように、いつもより慎重に降下。
「うわっ、真っ暗。暗竜だから、そういう場所を選んでいるのかな?」
「おー。でもでも~、イオリにはティノがいるばしょがぱっちり~」
「感知」と竜眼。
暗くても周囲の状況が確認できるので、一人と一竜ははしゃいでいます。
裏腹に、アリスはその場に崩れ落ちたい気分でした。
でも、アリスは学園長で、今は引率者であり保護者でもあります。
どんな方術をぶっ放そうか。
そんなことを考えることで、心を落ち着かせました。
残念でありながら、少し嬉しい。
そんな複雑な気持ち。
痛くもあり辛くもあり、そして仄かに温かい。
「どうやら、スグリは留守のようね」
「え? そうなんですか? んー、でも、スグリって魔力操作が得意なんですよね。僕たちが気づけないだけなんじゃないですか?」
「馬鹿ね。スグリなら、私たちが遣って来たら出迎えにくるし、何より、自身の魔力を隠したりなどしないわ」
アリスは、自分から可能性を潰し、スグリが居ないという事実を受け容れます。
溜め息を吐きたいのを我慢していると、ティノとイオリが不思議なことを始めました。
「じゅんび~、じゅんび~、おてつだい~、ティ~ノといっしょに~、おてつだい~」
ティノとイオリは、周囲を歩き回りながら、楽し気に枝を拾っています。
ティノと居られる機会が減っていたので、イオリの「お手つき」歌も絶好調。
夕食の準備でしょうか。
今は、心穏やかに見ていられる気分ではなかったので、ティノに尋ねました。
「ティノ。何をしているの?」
「何って、寝床の準備です。スグリの塒に勝手に入るのはよくないので、洞窟の前に寝床を作ります。枝、葉っぱ、その上に布を敷いたら出来上がりです。今日は雨は降らないでしょうから、星のかけ布団です」
周囲にはスグリの魔力が溢れているので、虫は寄ってきません。
それも悪くない。
そう思ったアリスでしたが、今すぐ不貞寝したかったので、面倒を省くことにしました。
「ほら、熱の絨毯を作ってあげるから、その上に敷きなさい。それなりに涼しいとはいえ、気温の変化はあるから、『結界』を張ってあげるわよ」
ティノが何かを言う前に、とっとと方術を行使します。
特に寝床に拘りはないのか、ティノはアリスが指示した場所に、荷物から取りだした大きな布を敷きました。
「これ、熱の絨毯なんですか? 別に暖かくないし、風の絨毯という風情ですけど」
「ああ、ソレはわかりにくいかもしれないわね。ソレは『火種』を、『現象』を利用しているのよ」
「……布、燃えませんよね」
「服だけ燃やすわよ」
「ごめんなさい。真っ裸は嫌なので、燃やすのなら髪の毛にしてください」
「おー! ごろ~ん、ごろろ~ん、ごろんろ~ん!」
口では不安を垂れ流しながら、行動はまったく逆。
アリスのことを微塵も疑っていないのか、イオリを抱えて布に飛び込むと、一緒に遊び始めました。
「髪の毛なら燃やしても良いの?」
「え? それは、服を燃やされるくらいなら、髪の毛のほうがいいです。髪の毛ならまた生えてきますし、ーーあ、でも毛根まで焼くのは勘弁してください。帽子を被るのは面倒なので……って、入ってこないでください」
「おー! ひっひ~も~、いっしょにごろんで~、ごろろんご~ん!」
「は? 熱の絨毯も『結界』も私がやったのよ。それに、絶世の美女が横で『ごろん』してきたのよ。そんな嫌そうな顔してないで、もっと恥ずかしがったらどう?」
嫌そうな顔、というより、迷惑そうな顔、といったところでしょうか。
三人がちょうど横になれる大きさ。
ティノはアリスに背を向け、イオリを抱えると、くるりと回転。
これでイオリが真ん中になって、万事解決。
イオリが喜んでいたので。
アリスはこの件を、寛大な心で不問に付すことにしました。
「ほんと、ティノは相手の性別では心が乱れないのよね。心が乱れるのは、性別ではなく、そのときの状況。私やソニア、メイリーンがくっついても、それだけでは平常そのものなのよね」
「いえ、そんなことはありません。男にくっつかれるのは、というか、好きじゃない男にくっつかれるのは、もの凄く嫌です」
「ぱーおー」
面倒なことにしかならないので、アリスはそこに言及するのは控えました。
竜と竜(一応)と人。
簡素な寝床で星を見上げています。
そんなくすぐったいような空気に包まれ、アリスが眠りの世界に旅立とうとしたところで。
ティノが忽せにできないことを言ってきました。
「それじゃあ、明日の朝に『庵』に出発しましょう」
「何を言っているのかしら? その内、スグリが帰ってくるかもしれないのよ? 一巡りはここで待機よ」
当然です。
本来なら、二巡りをスグリの塒の前で過ごしても良いのに、半分も譲歩しているのです。
明日の朝などと、世界が炎で包まれたとしてもあり得ないことです。
「わかりました。スグリに告げ口をします」
「仕方がないわね。スグリの用事がすぐに終わる可能性は低いから、聞いてあげないこともないわよ」
世界が炎に包まれても、アリスはあまり気にしないので、ティノのお願いを聞いてあげることにしました。
それに、急ぐ必要はありません。
もう、四星巡り。
あと、六星巡り経てば、スグリは学園に遣って来るのです。
それまでに。
スグリと普通に話せるように、想いを温めておかなければいけません。
「ちょっと圧迫感があるかもしれないけれど、『結界』を小さくするわよ」
「魔力の節約ですか?」
「それは、逆。竜は大きな力を揮うのに適した生き物。細かな操作をするほうが魔力を使うのよ。態々そんなことをする理由は、『結界』を縮めて、私の魔力濃度を上げる為」
「そのほうが、アリスさんにとって、眠るのにいい環境ってことですか?」
「違うわよ。いいえ、違わないけれど、違うわ。私の魔力、というより、竜の魔力が正解。竜の魔力は毒になるけれど、少量なら人種に良い効果をもたらすの。だから、私の濃縮魔力を吸っていれば、魔力操作がし易くなるーーって、何で嫌そうな顔をしているのよ」
今度は本当に、ティノは嫌そうな顔をしていました。
でも、ティノのことだから、おかしなことを考えているのかもしれません。
ここは心を聖竜にし、「発火」せずにティノの言葉を待ちました。
「いえ、だって、それって僕の体の中の、イオリの魔力を追いだして、アリスさんの魔力で埋めるってことですよね? それは嫌です」
そこまで言えるのは、いっその事、晴天の天竜です。
意地悪な竜。
そうであるのなら、アリスがすべきことは決まっています。
「なら決まりね。これから二巡り、泣こうが喚こうが、マースグリナダの名に誓って、ティノに魔力を強制注入してやるわ」
「くっ……、イオリっ、助けて!」
「ぱーだー」
少しでもイオリの魔力を取り込もうと、ティノはイオリに密着。
何となくですが。
アリスもイオリに密着。
そんなこんなで、竜も酣。
アリスは自分が笑っていることも知らずに、眠りに就いたのでした。
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猫菜こん
児童書・童話
私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。
だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。
「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」
優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。
……これは一体どういう状況なんですか!?
静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん
できるだけ目立たないように過ごしたい
湖宮結衣(こみやゆい)
×
文武両道な学園の王子様
実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?
氷堂秦斗(ひょうどうかなと)
最初は【仮】のはずだった。
「結衣さん……って呼んでもいい?
だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」
「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」
「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、
今もどうしようもないくらい好きなんだ。」
……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。
グリモワールなメモワール、それはめくるめくメメントモリ
和本明子
児童書・童話
あの夏、ぼくたちは“本”の中にいた。
夏休みのある日。図書館で宿題をしていた「チハル」と「レン」は、『なんでも願いが叶う本』を探している少女「マリン」と出会う。
空想めいた話しに興味を抱いた二人は本探しを手伝うことに。
三人は図書館の立入禁止の先にある地下室で、光を放つ不思議な一冊の本を見つける。
手に取ろうとした瞬間、なんとその本の中に吸いこまれてしまう。
気がつくとそこは、幼い頃に読んだことがある児童文学作品の世界だった。
現実世界に戻る手がかりもないまま、チハルたちは作中の主人公のように物語を進める――ページをめくるように、様々な『物語の世界』をめぐることになる。
やがて、ある『未完の物語の世界』に辿り着き、そこでマリンが叶えたかった願いとは――
大切なものは物語の中で、ずっと待っていた。
レイルーク公爵令息は誰の手を取るのか
宮崎世絆
児童書・童話
うたた寝していただけなのに異世界転生してしまった。
公爵家の長男レイルーク・アームストロングとして。
あまりにも美しい容姿に高い魔力。テンプレな好条件に「僕って何かの主人公なのかな?」と困惑するレイルーク。
溺愛してくる両親や義姉に見守られ、心身ともに成長していくレイルーク。
アームストロング公爵の他に三つの公爵家があり、それぞれ才色兼備なご令嬢三人も素直で温厚篤実なレイルークに心奪われ、三人共々婚約を申し出る始末。
十五歳になり、高い魔力を持つ者のみが通える魔術学園に入学する事になったレイルーク。
しかし、その学園はかなり特殊な学園だった。
全員見た目を変えて通わなければならず、性格まで変わって入学する生徒もいるというのだ。
「みんな全然見た目が違うし、性格まで変えてるからもう誰が誰だか分からないな。……でも、学園生活にそんなの関係ないよね? せっかく転生してここまで頑張って来たんだし。正体がバレないように気をつけつつ、学園生活を思いっきり楽しむぞ!!」
果たしてレイルークは正体がバレる事なく無事卒業出来るのだろうか?
そしてレイルークは誰かと恋に落ちることが、果たしてあるのか?
レイルークは誰の手(恋)をとるのか。
これはレイルークの半生を描いた成長物語。兼、恋愛物語である(多分)
⚠︎ この物語は『レティシア公爵令嬢は誰の手を取るのか』の主人公の性別を逆転した作品です。
物語進行は同じなのに、主人公が違うとどれ程内容が変わるのか? を検証したくて執筆しました。
『アラサーと高校生』の年齢差や性別による『性格のギャップ』を楽しんで頂けたらと思っております。
ただし、この作品は中高生向けに執筆しており、高学年向け児童書扱いです。なのでレティシアと違いまともな主人公です。
一部の登場人物も性別が逆転していますので、全く同じに物語が進行するか正直分かりません。
もしかしたら学園編からは全く違う内容になる……のか、ならない?(そもそも学園編まで書ける?!)のか……。
かなり見切り発車ですが、宜しくお願いします。
独占欲強めの最強な不良さん、溺愛は盲目なほど。
猫菜こん
児童書・童話
小さな頃から、巻き込まれで絡まれ体質の私。
中学生になって、もう巻き込まれないようにひっそり暮らそう!
そう意気込んでいたのに……。
「可愛すぎる。もっと抱きしめさせてくれ。」
私、最強の不良さんに見初められちゃったみたいです。
巻き込まれ体質の不憫な中学生
ふわふわしているけど、しっかりした芯の持ち主
咲城和凜(さきしろかりん)
×
圧倒的な力とセンスを持つ、負け知らずの最強不良
和凜以外に容赦がない
天狼絆那(てんろうきずな)
些細な事だったのに、どうしてか私にくっつくイケメンさん。
彼曰く、私に一目惚れしたらしく……?
「おい、俺の和凜に何しやがる。」
「お前が無事なら、もうそれでいい……っ。」
「この世に存在している言葉だけじゃ表せないくらい、愛している。」
王道で溺愛、甘すぎる恋物語。
最強不良さんの溺愛は、独占的で盲目的。
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