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4話 結婚相手を見つける姫
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じゃが芋の旨辛スープが好評だったからよ、もう一度作ってやる。
丸焼きの肉は、用意しねぇとオウが拗ねるからな。それだと作れるもんが少なくなっちまうんだが、今日はもう一品作った。
とうもろこし粥だ。こっちも不味さを堪能してもらってから、別に作った鶏肉スープをぶっこむって寸法だ。
「ぅ……、んぁ……?」
アークが目を覚まして、体を起こす。
少し休ませたほうが良いな、っていうアカの見立てで寝かせておいたんだが、半日以上ぐっすり。周りで騒いでも眠ってた図太さは褒めてやる。あんまりにも神経が細ぇのは、お断りだからな。
「……、ーーぼっ」
またかよ。いや、倒れそうになったが、踏ん張った。んぐぐ~って感じで耐えて、あたしを見るなり頭ごとそっぽを向いて。
魔獣に気づかれねぇうちに逃げようとする小動物みてぇに、にじりにじりと下がってった。
「ほれ、じゃが芋のスープだ。食べられるんなら、食べな。ていうか、あたしが作ったんだから、駄目でも一口くれぇは味わってみな」
なら、やることは決まってる。餌付けだ。
あたしの顔を見ねぇように、にじりにじり。スープには興味があるのか、素直に椀を手に取る。
「神って、飯食うのか? そんな心象はねぇんだが」
「神のご飯は、人々の信仰心です。信徒が熱心に祈ってくれるので、僕はいつも満腹で、幸せです。あっ、でも、軽いものなら大丈夫なので、いただきます!」
じゃが芋のスープだが、手は抜いてねぇ。
水は湧き水だし、じゃが芋のあく抜きだってしてある。塩加減は、不味さを実感できるくれぇの微妙な塩梅に仕上げてある。
「うわぁ、美味しい! こんな美味しい料理、初めてですっ!」
「は? ……って、ほらほら、がっつくな! そんなに食べられねぇんだろ、ゆっくり食えって」
「ずっと食事をしていなかったので、舌が熟れていないのでしょう」
まあ、クロの言う通りなんだろうが、じゃが芋スープを絶賛されてもあんま嬉しくねぇからな、あたしの料理で舌を慣らしていってやる。
「さふ。リップスさんがアークナルタスさんの子供を産むのは、竜のためなんですか?」
ふわふわでももちもちでも、さすがは竜。あたしの真意というか底意を見抜かれちまった。
って、なんだ、その、貼りつけた笑顔は。もしかして、クロの奴、わかってねぇのか?
「ん~?」
ああ、やっとこ、今頃になって気づいた。
クロは、こっち方面のーー自分のことには疎いってか。はっは、な~るへそな、これでこれまでのことも腑に落ちた。
「ほ~れ、ご褒美だ、シロ。あたしのお腹ぁ撫でていいぞ」
飯を食い終わったシロの上に座ると、んじぃ~、って感じの、じめっとした視線があたしに突き刺さってくる。
んー、これって、もしかして嫉妬か?
「どうした、アーク? シロは女だぞ」
「女ですが、男にもなれます。男とか女とか、そういうことではなく、クログスヴェルナー様は竜です。浮気者は、『楽園』に送られることはありません」
「だふっ! クロッツェさんの足の裏とっ、リップスさんのお腹はっ、渡せません!」
だから、クロの足裏とセットにすんなって。
シロが頬を膨らますと、むむ~と睨み返すアーク。
おおっ、見た目は愛らしくてもシロは竜だってのに。ちょっとだけだが見直したぞ。
「アークナルタス様。こちらは姫さまがお作りになった粉末です。こちらをスープに入れますと、旨辛になります」
そんなわけで苛め竜に目をつけられちまった。
「そうなんですか? ありがとうございます、ハクイルシュルターナ様」
ずっと神域で、一柱で過ごしてきたのなら、この素直さも頷けるんだが。
「ぼわ~っ、かわっ、かわいでふっ! はっ、はういうしゆあーなはまは、いひはるです! はふっ、はふっ!」
「意地悪であることは否定しませんが、一応善意で勧めたのですから、そのように言われてしまうと、このクロッツェ、胸を痛めてしまいます」
人が好すぎる、じゃなくて、神が好すぎるのか、クロの演技にあっさり騙されるアーク。
こりゃ、どっちがいいのかねぇ。アークは、今は腰が引けてっが、そこら辺は慣れもあんだろう。神域で一柱でいさせるよりも、あたしたちと一緒にいたほうがいいのか。
ただ、それを決めんのにも、情報は必要だな。
「アークって、神域で何やってたんだ?」
「おほっ、……おそーじ、でふ。……お、お掃除を、ずっとやってました。もうすぐ終わるので、次は再建していきます」
「アカ。解説頼む」
「神域を巡っておったとき、空から見るだけじゃったから気づかんかった。神、『神竜大戦』以後、三千年以上、ずっと、紛う方なく、掃除をしておったのじゃ」
呆れてるのか感心してるのか、アカがひとつひとつ強調して言葉にすると、余計なのがまた口を挟んでくる。
「お掃除が終わったら、再建ですね。神域が整っているということは、それすなわち、正しい姿であるということです。それは、神にとって力となります。そういうわけでシロン、チームを組みましょう」
「はふっ! 了解です!」
「アカンテはチャエンと組んでください。私たちのほうが弱いので、鬼は二竜でお願いします。勿論、攻撃は可です。ーー楽しみですね、『神域内限定ちきちき鬼ごっこ』は、いつ開催しましょうか?」
ぱたり。
「あ~あ、そりゃもう、苛めの範疇じゃねぇから、あんま揶揄うなって、クロ」
アークの体を起こしてやると、ぐにゃっと前に倒れてきたから、抱き留めてやる。
「ぅゅ……、リップス……?」
間近にあったあたしの顔を見て、まだ寝惚けてるのか、嬉しそうな、それでいてもどかしそうな表情で。
「こ……」
ふるふると、冷たい雨に濡れた仔犬のように震えながら、あたしに体を預けてきた。
母ちゃんに甘える餓鬼みてぇに、自分の本当の居場所を見っけたみてぇに、もう放さねぇとばかりに背中に手を回してきてーー。
「こ?」
「怖くしないでください」
上気した顔で、夢見るように。
目の端に涙を浮かべながらも、覚悟を決めた顔で言ってから、あたしの胸に顔を埋めた。
……ごふっ。
って、何だ、その、「痛くしないでください」的な言葉は!?
いや、大丈夫だ。鼻がつ~んとしてやがるが、鼻血は出てねぇ。よくわかんねぇ衝動で溢れそうになってるが、くぅっ!! 耐えろっ、あたし! ここでがっついたらっ、たぶんあたしの負けだ!!
「ーーっ」
ーーよしっ、よくぞ頑張った、あたし。巨大波を乗り切ってやったぞ。
ふう、やっぱ、あたしには庇護欲ってもんがあるのか、くそぅ、なんだアーク、どうしてこうっ、あたしの経穴をつきまくってきやがるんだ!
……ったく、二人っきりなら悪くねぇ雰囲気かもしんねぇが、衆竜環視の中で子作りする趣味なんてあたしにはねぇぞ。
「……うぉ、アークの奴、眠ってやがる」
ちょっとムカついたんで、軽めの頭突きを食らわせてやる。
「ぱぅっ!?」
あー、正面からだと照れ臭いからな。
頭突きで、アークとの間に小さな風を迷い込ませて。その隙に背中に回って、首に手を回す。
「『神竜大戦』のあとは掃除してたんだとして、その前はどうしてたんだ?」
「は…へ? ……えっと、はい。ワンコロン様が匿ってくださいましたので、雑務のお手伝いをしていました」
「ワンコ?」
「はあ、まさか再び、神の名を聞くことになるとはのぅ。『神竜大戦』の原因、いや、遠因といっておこうかの、平和を貴んだ神々の長じゃ」
長同士ってことで、色々あったんだろうな。軽く発せられる言葉には、あたしじゃ到底量り切れねぇ、複雑な響きが含まれてる。
「ゔあ~ご」
「のにゃー」
ありゃ? 猫どもじゃねぇか。竜がたくさんいるってのに、よくここまで来れたな。
「姫さまの匂いが充満していますからね。猫様たちも辛抱堪らんとばかりにやってきてしまわれたのでしょう」
「くんくんっ、ーーああ、姉御の匂いって、神聖力が混ざってんだな。ずっとクロっちの側にいた所為か、焼けた肉みてぇな、竜にも問題ねぇ匂いになってんな」
それって、美味そうな匂いってことか?
五竜でバリバリ、あたしを喰うって前にクロが冗談言ってたが……、いや、冗談だよな?
猫どもは、わらわらとあたしに集ってきて、その内の三匹がアークに向かっていく。
「うわ~、懐かしいです。神域では、『至神』様方だけが猫を飼うことを許されていたので、ワンコロン様に頼まれて、よく一緒に遊んでいました」
猫どもに好かれる奴に、悪ぃ奴はいねぇ。なんて言うほど初心じゃねぇが、野生の猫どもが警戒しねぇってのは、あたし好みってことだ。
「まあ、そうなっと、だ。ん~、こいつかなっと」
あたしは、不愛想な白猫を持ち上げて、シロの前に。あたしの勘だが、猫なら大丈夫そうなんだが。
「シロ。ゆ~っくりだぞ、ゆ~~くぅりぃ~と頭を撫でてやれ」
「はふ。リップスさんの匂いが僕たちにも移っているので、『半リップスさん』です」
……撫で~撫で~っ撫で~~撫でっ。
白猫は、最初嫌がるようにもぞもぞしてたが、大人しくなったから、シロの膝の上に置いてやる。
「ふは~っ! 動物には逃げられてしまうのでっ、初めて撫でることができました!」
ってことで、次だな。
さすがに赤毛の猫はいねぇが、あっ、この黒猫がいいか。
「アカ、猫の目、治せるか?」
たぶん獣にやられたんだろうな、顔に大きな爪痕。
片目が濁った白。もう片方もやべぇ。大自然の掟って奴だが、ーーあたしは決心して、アカに尋ねる。
「すぐに治るが、この手の傷を治すには、些か魔力が必要になるのじゃ。恐らく、この猫の寿命が延びてしまうじゃろうな」
決心したが、こりゃ覚悟もいるようだな。だが、一度決めたんなら、もう腹ぁ括ってる。
「おうっ、やってくれ」
猫もわかってんのか、あたしの肩に乗せてやると、じっと揺るがずアカを見詰める。
「治癒」が終わるまで押さえつけなきゃいけねぇかと思ってたが、あたしが馬鹿だった。ほんと、猫どもにはいつも教えられんな。
「ふ~、終わったぞい」
最後まで小動もしなかった黒猫は、あたしの肩からアカの肩に飛び移る。それからアカの頬に、体ごとすりすり。ぴょんっと頭の上に乗ると、太々しくも居座っちまう。
それからあっちでも。
「にゃしゃ~っ!」
オウに挑むとは、やるじゃねぇか。「猫傭兵」は、果敢にも竜を威嚇して、
「がぁ~るるるるるるるるるっっ!!」
両手を突いて、四つ足になった茶竜が唸ると、「猫傭兵」は撤退して、クロを防壁にした。
傭兵の勘って奴なのか、茶竜を倒すには誰を味方にすりゃいいか、中々わかってる選択するじゃねぇか。
「ああ、もうすぐ肉が焼けますね」
汚ねぇ、人質ならぬ肉質を取りやがった。
「きゃいんっきゃいんっ??」
って、こら、オウ。竜としての誇りはねぇんかい、服従のポーズを取る、肉神の使徒。
「ん~、そうだな、ミーポにすっか!」
あたしは、アカの頭の上で泰然自若としてる黒猫に名前をつけた。
「っ、……姫さま。どうしてミーポと名づけたのでしょうか?」
あん? 今、クロ、驚いてなかったか?
それに、らしくねぇ、言葉少なに直接聞いてくるなんてな。
「クロも知ってんだろ。カイキアスを建国した、偉大なる王ーーミーポリス。竜種の長の、頭の上にいんだからな、王の中の王から名前ぇを拝借するのが適当だろ?」
「そう、ですね」
ほんとに、どうしたんだクロの奴。
よくわかんねぇが、肉が焼けたからな、お預け状態の肉の奴隷を解放してやることにする。
「って、おいおいっ、何だこりゃ! 姉御っ、この肉!! いつの間に腕上げやがったんだ!?」
湿っぽい空気を察してーーなんてことじゃねぇようだな。
オウの食いっぷりからして、肉が格段に美味くなってんのは間違いねぇようだ。
となるとーー。
「クロ。冷凍保存してるって肉に、慥かーーユファだったか? 入れ替えやがったな」
「さすが姫さま。一瞬で見抜かれてしまいましたね。私の手料理ではありませんが、シロンに振る舞うと約束していたので、竜にも味わっていただこうかと」
クロが壁をーーアオがいる方向を見る。
クロのことだから、「結界」に穴開けて、ユファが焼ける匂いを送り込んで、嫌がらせしてんのかもしんねぇな。
四竜と一柱と一人で楽しんでたら、そりゃ気にもなんだろうし、もしかしたらひょっこり顔を出してくんかもな。
「さぁ~てっ、飯食ったし、そろそろ行くかぁ!」
残念ながら、顔は出してこなかったからよ、こっちから出してやることにするぜ!
「あっ、では僕は、この場所を掃除しています」
立ち上がると、周囲を見回したアークが、汚れてんのが我慢ならねぇのか、きっぱり申し出てくる。
「おうっ、任せた! ミーポも留守番頼むぜ!」
「なぁ~」
「はいっ!」
ミーポより返事が遅かったが、って、おっと、アークの奴、こんな顔もできんのか。
尻尾があれば、ぶんぶん振られてるような、そんな瞳で見られるとーーふぐっ……。
いや、心臓がおかしいのは、戦いの予兆って奴を感じてのことだ、そうだっ、そうに決まってる!
「オウっ、面倒だ! どうせなら次でっ、アオの奴をぶちのめしてやんな!!」
「はっは! 姉御の頼みとあっちゃあ仕方がねぇ! 魂が燃え尽きんまで踊りまくってやんぜ!!」
「あまりチャエンを煽らないでください。多少しょげているくらいが、相手の能力を測る上では丁度良いのですから」
だ~っ、気分を盛り下げてくれんなって。
あたしはクロの腕を取って、引っ張りながらシロの腕も。両手に竜で、もうこりゃ無敵って奴か!
「はふっ! アオポンさんを八つ裂きにしましょう! 細切れにしましょう!」
「おっしおしっ、その意気だシロ! 戦利品で尻尾の先をちょっともらって、食ってやんぞ!!」
「やめい! 尻尾が食われるところを想像したら、ぶるっときたぞい!」
「心配すんな! そりゃ武者震いって奴だ! アカは、戦ってんときが一番カッコいいんだ、あたしを幻滅させんなよ!!」
「やれやれ、じゃな」
目を見りゃわかるって。戦意と高揚感で猛ってやがる。
あたしは勢いそのままに、クロとシロと一緒に、オウを追い越して、アオの野郎がいる「結界」の向こう側へーー。
ん? 野郎って、そういや青竜って、雄なのか雌なのか、竜の姿だからわかんねぇな。
「…………」
それから、「結界」を抜けたあたしは、すべての想いを籠めて、すべての理不尽を叩き壊して、世界に轟けとばかりに絶叫した。
「アオっっ!! 逃げやがったなっっっ!!!」
丸焼きの肉は、用意しねぇとオウが拗ねるからな。それだと作れるもんが少なくなっちまうんだが、今日はもう一品作った。
とうもろこし粥だ。こっちも不味さを堪能してもらってから、別に作った鶏肉スープをぶっこむって寸法だ。
「ぅ……、んぁ……?」
アークが目を覚まして、体を起こす。
少し休ませたほうが良いな、っていうアカの見立てで寝かせておいたんだが、半日以上ぐっすり。周りで騒いでも眠ってた図太さは褒めてやる。あんまりにも神経が細ぇのは、お断りだからな。
「……、ーーぼっ」
またかよ。いや、倒れそうになったが、踏ん張った。んぐぐ~って感じで耐えて、あたしを見るなり頭ごとそっぽを向いて。
魔獣に気づかれねぇうちに逃げようとする小動物みてぇに、にじりにじりと下がってった。
「ほれ、じゃが芋のスープだ。食べられるんなら、食べな。ていうか、あたしが作ったんだから、駄目でも一口くれぇは味わってみな」
なら、やることは決まってる。餌付けだ。
あたしの顔を見ねぇように、にじりにじり。スープには興味があるのか、素直に椀を手に取る。
「神って、飯食うのか? そんな心象はねぇんだが」
「神のご飯は、人々の信仰心です。信徒が熱心に祈ってくれるので、僕はいつも満腹で、幸せです。あっ、でも、軽いものなら大丈夫なので、いただきます!」
じゃが芋のスープだが、手は抜いてねぇ。
水は湧き水だし、じゃが芋のあく抜きだってしてある。塩加減は、不味さを実感できるくれぇの微妙な塩梅に仕上げてある。
「うわぁ、美味しい! こんな美味しい料理、初めてですっ!」
「は? ……って、ほらほら、がっつくな! そんなに食べられねぇんだろ、ゆっくり食えって」
「ずっと食事をしていなかったので、舌が熟れていないのでしょう」
まあ、クロの言う通りなんだろうが、じゃが芋スープを絶賛されてもあんま嬉しくねぇからな、あたしの料理で舌を慣らしていってやる。
「さふ。リップスさんがアークナルタスさんの子供を産むのは、竜のためなんですか?」
ふわふわでももちもちでも、さすがは竜。あたしの真意というか底意を見抜かれちまった。
って、なんだ、その、貼りつけた笑顔は。もしかして、クロの奴、わかってねぇのか?
「ん~?」
ああ、やっとこ、今頃になって気づいた。
クロは、こっち方面のーー自分のことには疎いってか。はっは、な~るへそな、これでこれまでのことも腑に落ちた。
「ほ~れ、ご褒美だ、シロ。あたしのお腹ぁ撫でていいぞ」
飯を食い終わったシロの上に座ると、んじぃ~、って感じの、じめっとした視線があたしに突き刺さってくる。
んー、これって、もしかして嫉妬か?
「どうした、アーク? シロは女だぞ」
「女ですが、男にもなれます。男とか女とか、そういうことではなく、クログスヴェルナー様は竜です。浮気者は、『楽園』に送られることはありません」
「だふっ! クロッツェさんの足の裏とっ、リップスさんのお腹はっ、渡せません!」
だから、クロの足裏とセットにすんなって。
シロが頬を膨らますと、むむ~と睨み返すアーク。
おおっ、見た目は愛らしくてもシロは竜だってのに。ちょっとだけだが見直したぞ。
「アークナルタス様。こちらは姫さまがお作りになった粉末です。こちらをスープに入れますと、旨辛になります」
そんなわけで苛め竜に目をつけられちまった。
「そうなんですか? ありがとうございます、ハクイルシュルターナ様」
ずっと神域で、一柱で過ごしてきたのなら、この素直さも頷けるんだが。
「ぼわ~っ、かわっ、かわいでふっ! はっ、はういうしゆあーなはまは、いひはるです! はふっ、はふっ!」
「意地悪であることは否定しませんが、一応善意で勧めたのですから、そのように言われてしまうと、このクロッツェ、胸を痛めてしまいます」
人が好すぎる、じゃなくて、神が好すぎるのか、クロの演技にあっさり騙されるアーク。
こりゃ、どっちがいいのかねぇ。アークは、今は腰が引けてっが、そこら辺は慣れもあんだろう。神域で一柱でいさせるよりも、あたしたちと一緒にいたほうがいいのか。
ただ、それを決めんのにも、情報は必要だな。
「アークって、神域で何やってたんだ?」
「おほっ、……おそーじ、でふ。……お、お掃除を、ずっとやってました。もうすぐ終わるので、次は再建していきます」
「アカ。解説頼む」
「神域を巡っておったとき、空から見るだけじゃったから気づかんかった。神、『神竜大戦』以後、三千年以上、ずっと、紛う方なく、掃除をしておったのじゃ」
呆れてるのか感心してるのか、アカがひとつひとつ強調して言葉にすると、余計なのがまた口を挟んでくる。
「お掃除が終わったら、再建ですね。神域が整っているということは、それすなわち、正しい姿であるということです。それは、神にとって力となります。そういうわけでシロン、チームを組みましょう」
「はふっ! 了解です!」
「アカンテはチャエンと組んでください。私たちのほうが弱いので、鬼は二竜でお願いします。勿論、攻撃は可です。ーー楽しみですね、『神域内限定ちきちき鬼ごっこ』は、いつ開催しましょうか?」
ぱたり。
「あ~あ、そりゃもう、苛めの範疇じゃねぇから、あんま揶揄うなって、クロ」
アークの体を起こしてやると、ぐにゃっと前に倒れてきたから、抱き留めてやる。
「ぅゅ……、リップス……?」
間近にあったあたしの顔を見て、まだ寝惚けてるのか、嬉しそうな、それでいてもどかしそうな表情で。
「こ……」
ふるふると、冷たい雨に濡れた仔犬のように震えながら、あたしに体を預けてきた。
母ちゃんに甘える餓鬼みてぇに、自分の本当の居場所を見っけたみてぇに、もう放さねぇとばかりに背中に手を回してきてーー。
「こ?」
「怖くしないでください」
上気した顔で、夢見るように。
目の端に涙を浮かべながらも、覚悟を決めた顔で言ってから、あたしの胸に顔を埋めた。
……ごふっ。
って、何だ、その、「痛くしないでください」的な言葉は!?
いや、大丈夫だ。鼻がつ~んとしてやがるが、鼻血は出てねぇ。よくわかんねぇ衝動で溢れそうになってるが、くぅっ!! 耐えろっ、あたし! ここでがっついたらっ、たぶんあたしの負けだ!!
「ーーっ」
ーーよしっ、よくぞ頑張った、あたし。巨大波を乗り切ってやったぞ。
ふう、やっぱ、あたしには庇護欲ってもんがあるのか、くそぅ、なんだアーク、どうしてこうっ、あたしの経穴をつきまくってきやがるんだ!
……ったく、二人っきりなら悪くねぇ雰囲気かもしんねぇが、衆竜環視の中で子作りする趣味なんてあたしにはねぇぞ。
「……うぉ、アークの奴、眠ってやがる」
ちょっとムカついたんで、軽めの頭突きを食らわせてやる。
「ぱぅっ!?」
あー、正面からだと照れ臭いからな。
頭突きで、アークとの間に小さな風を迷い込ませて。その隙に背中に回って、首に手を回す。
「『神竜大戦』のあとは掃除してたんだとして、その前はどうしてたんだ?」
「は…へ? ……えっと、はい。ワンコロン様が匿ってくださいましたので、雑務のお手伝いをしていました」
「ワンコ?」
「はあ、まさか再び、神の名を聞くことになるとはのぅ。『神竜大戦』の原因、いや、遠因といっておこうかの、平和を貴んだ神々の長じゃ」
長同士ってことで、色々あったんだろうな。軽く発せられる言葉には、あたしじゃ到底量り切れねぇ、複雑な響きが含まれてる。
「ゔあ~ご」
「のにゃー」
ありゃ? 猫どもじゃねぇか。竜がたくさんいるってのに、よくここまで来れたな。
「姫さまの匂いが充満していますからね。猫様たちも辛抱堪らんとばかりにやってきてしまわれたのでしょう」
「くんくんっ、ーーああ、姉御の匂いって、神聖力が混ざってんだな。ずっとクロっちの側にいた所為か、焼けた肉みてぇな、竜にも問題ねぇ匂いになってんな」
それって、美味そうな匂いってことか?
五竜でバリバリ、あたしを喰うって前にクロが冗談言ってたが……、いや、冗談だよな?
猫どもは、わらわらとあたしに集ってきて、その内の三匹がアークに向かっていく。
「うわ~、懐かしいです。神域では、『至神』様方だけが猫を飼うことを許されていたので、ワンコロン様に頼まれて、よく一緒に遊んでいました」
猫どもに好かれる奴に、悪ぃ奴はいねぇ。なんて言うほど初心じゃねぇが、野生の猫どもが警戒しねぇってのは、あたし好みってことだ。
「まあ、そうなっと、だ。ん~、こいつかなっと」
あたしは、不愛想な白猫を持ち上げて、シロの前に。あたしの勘だが、猫なら大丈夫そうなんだが。
「シロ。ゆ~っくりだぞ、ゆ~~くぅりぃ~と頭を撫でてやれ」
「はふ。リップスさんの匂いが僕たちにも移っているので、『半リップスさん』です」
……撫で~撫で~っ撫で~~撫でっ。
白猫は、最初嫌がるようにもぞもぞしてたが、大人しくなったから、シロの膝の上に置いてやる。
「ふは~っ! 動物には逃げられてしまうのでっ、初めて撫でることができました!」
ってことで、次だな。
さすがに赤毛の猫はいねぇが、あっ、この黒猫がいいか。
「アカ、猫の目、治せるか?」
たぶん獣にやられたんだろうな、顔に大きな爪痕。
片目が濁った白。もう片方もやべぇ。大自然の掟って奴だが、ーーあたしは決心して、アカに尋ねる。
「すぐに治るが、この手の傷を治すには、些か魔力が必要になるのじゃ。恐らく、この猫の寿命が延びてしまうじゃろうな」
決心したが、こりゃ覚悟もいるようだな。だが、一度決めたんなら、もう腹ぁ括ってる。
「おうっ、やってくれ」
猫もわかってんのか、あたしの肩に乗せてやると、じっと揺るがずアカを見詰める。
「治癒」が終わるまで押さえつけなきゃいけねぇかと思ってたが、あたしが馬鹿だった。ほんと、猫どもにはいつも教えられんな。
「ふ~、終わったぞい」
最後まで小動もしなかった黒猫は、あたしの肩からアカの肩に飛び移る。それからアカの頬に、体ごとすりすり。ぴょんっと頭の上に乗ると、太々しくも居座っちまう。
それからあっちでも。
「にゃしゃ~っ!」
オウに挑むとは、やるじゃねぇか。「猫傭兵」は、果敢にも竜を威嚇して、
「がぁ~るるるるるるるるるっっ!!」
両手を突いて、四つ足になった茶竜が唸ると、「猫傭兵」は撤退して、クロを防壁にした。
傭兵の勘って奴なのか、茶竜を倒すには誰を味方にすりゃいいか、中々わかってる選択するじゃねぇか。
「ああ、もうすぐ肉が焼けますね」
汚ねぇ、人質ならぬ肉質を取りやがった。
「きゃいんっきゃいんっ??」
って、こら、オウ。竜としての誇りはねぇんかい、服従のポーズを取る、肉神の使徒。
「ん~、そうだな、ミーポにすっか!」
あたしは、アカの頭の上で泰然自若としてる黒猫に名前をつけた。
「っ、……姫さま。どうしてミーポと名づけたのでしょうか?」
あん? 今、クロ、驚いてなかったか?
それに、らしくねぇ、言葉少なに直接聞いてくるなんてな。
「クロも知ってんだろ。カイキアスを建国した、偉大なる王ーーミーポリス。竜種の長の、頭の上にいんだからな、王の中の王から名前ぇを拝借するのが適当だろ?」
「そう、ですね」
ほんとに、どうしたんだクロの奴。
よくわかんねぇが、肉が焼けたからな、お預け状態の肉の奴隷を解放してやることにする。
「って、おいおいっ、何だこりゃ! 姉御っ、この肉!! いつの間に腕上げやがったんだ!?」
湿っぽい空気を察してーーなんてことじゃねぇようだな。
オウの食いっぷりからして、肉が格段に美味くなってんのは間違いねぇようだ。
となるとーー。
「クロ。冷凍保存してるって肉に、慥かーーユファだったか? 入れ替えやがったな」
「さすが姫さま。一瞬で見抜かれてしまいましたね。私の手料理ではありませんが、シロンに振る舞うと約束していたので、竜にも味わっていただこうかと」
クロが壁をーーアオがいる方向を見る。
クロのことだから、「結界」に穴開けて、ユファが焼ける匂いを送り込んで、嫌がらせしてんのかもしんねぇな。
四竜と一柱と一人で楽しんでたら、そりゃ気にもなんだろうし、もしかしたらひょっこり顔を出してくんかもな。
「さぁ~てっ、飯食ったし、そろそろ行くかぁ!」
残念ながら、顔は出してこなかったからよ、こっちから出してやることにするぜ!
「あっ、では僕は、この場所を掃除しています」
立ち上がると、周囲を見回したアークが、汚れてんのが我慢ならねぇのか、きっぱり申し出てくる。
「おうっ、任せた! ミーポも留守番頼むぜ!」
「なぁ~」
「はいっ!」
ミーポより返事が遅かったが、って、おっと、アークの奴、こんな顔もできんのか。
尻尾があれば、ぶんぶん振られてるような、そんな瞳で見られるとーーふぐっ……。
いや、心臓がおかしいのは、戦いの予兆って奴を感じてのことだ、そうだっ、そうに決まってる!
「オウっ、面倒だ! どうせなら次でっ、アオの奴をぶちのめしてやんな!!」
「はっは! 姉御の頼みとあっちゃあ仕方がねぇ! 魂が燃え尽きんまで踊りまくってやんぜ!!」
「あまりチャエンを煽らないでください。多少しょげているくらいが、相手の能力を測る上では丁度良いのですから」
だ~っ、気分を盛り下げてくれんなって。
あたしはクロの腕を取って、引っ張りながらシロの腕も。両手に竜で、もうこりゃ無敵って奴か!
「はふっ! アオポンさんを八つ裂きにしましょう! 細切れにしましょう!」
「おっしおしっ、その意気だシロ! 戦利品で尻尾の先をちょっともらって、食ってやんぞ!!」
「やめい! 尻尾が食われるところを想像したら、ぶるっときたぞい!」
「心配すんな! そりゃ武者震いって奴だ! アカは、戦ってんときが一番カッコいいんだ、あたしを幻滅させんなよ!!」
「やれやれ、じゃな」
目を見りゃわかるって。戦意と高揚感で猛ってやがる。
あたしは勢いそのままに、クロとシロと一緒に、オウを追い越して、アオの野郎がいる「結界」の向こう側へーー。
ん? 野郎って、そういや青竜って、雄なのか雌なのか、竜の姿だからわかんねぇな。
「…………」
それから、「結界」を抜けたあたしは、すべての想いを籠めて、すべての理不尽を叩き壊して、世界に轟けとばかりに絶叫した。
「アオっっ!! 逃げやがったなっっっ!!!」
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