姫さまっ イキる!

風結

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4話  結婚相手を見つける姫

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「どはーっ」

 一人と四竜わたしたちは、先を競うように短い通路から抜け出してくる。

「ごばぁっ!」
「ほらほらっ、三竜みんなでチャエンを治してあげて! ーーん? チャエンっ、下半身はどこへやったの!」

 見回すと、通路の入り口付近に落ちていたので、シロンを連れて駆け寄る。

「シロンっ、中身をお願い!」
「はふっ! ドロドロでネットネトなのを閉じ込めます!」

 両足を持って引き摺ると、チャエンから駄目出しが飛んでくる。

「って、姉御! それだと切断面が汚れちまうって!」
「仕方がないわね。よいしょっと」
「おぅっ!?」

 お尻をつかんで持ち上げたと思ったら、実は反対側で、何かぐにっとしたものを触った気がするけど、……きっと勘違いね。

「ったく、クロっち酷ぇぜ。せっかくここまで頑張って体くっつけてきたってのによぉ、最後の最後で俺を突き飛ばしやがって」
「不可抗力ですよ。私だって、逃げるので精一杯でしたから」

 こうなると神聖術師の私は「治癒」に加われないので、食事の下拵したごしらえを始める。

 ーーここは、聖王国カイキアスの王城の地下。入口は、ファナトラの森にあった。

 カイキアスの様子が気になったけど、振り切って、天然の洞窟に足を踏み入れると。

 しばらくして、人の、もとい竜の手が加わったと思える、家屋が数件入る程度の、不自然な空間に辿り着いた。

「これとこれと、あとこれもっと」

 「小薔薇」袋から、香辛料やハーブなどを取り出していく。

 アペリオテス国から拝借したもらった宝石があるので、四竜に美味しいものを食べてもらおうと奮発ふんぱつしてるっていうのに、……みんなして丸焼きのほうが好きって、どうなのよ。

 ーーチャエンの塒を飛び立ってから三日で聖王国に到着。

 黒竜が聖王国に向かうと噂が立つかもしれないから、経路ルートを南に、それから夜陰に紛れてカイキアスに向かった。

 短い通路の先には、奈落の半分くらいの空間があって。そこに、青竜ーーアオポンがいた。奈落と違って、飛べるだけの空間スペースがないから、地上戦ねーー地下だけど。

 待ちかねた、いえ、待ち焦がれた、のほうが正しいかしら。チャエンが特攻して、ズタボロ。予想外の事態に、茶竜を回収して、即座に撤退。

 二日後。全竜で攻撃。まさかの完敗。

 その翌日。つまり今日ね。

 クロッツェの提案で「四竜撃破」。四竜最強攻撃は、さすがに遣り過ぎじゃないかと思ったんだけど、この有様というわけなのよ。

「は~い、第四回、対アオポン作戦会議を始めま~す。チャエンはまた言うこと聞かなかったから、買い出し担当よ」
「おうっ、頭使うこたぁ任せる! じゃ、行ってくるぜ!」

 金貨五枚渡すと、体がくっついたばかりだというのに、意気揚々と駆け出していく。

「これはさすがに、おかしいわよね?」
「まさか四竜の全力でも勝てんとはのぅ。あの強さが本物なら、『至神やつら』より強いということになってしまうのじゃ」
「何か、絡繰からくりがあるというわけね。損傷ダメージを負ってる感じはあったけど、戦闘には支障なさそうだったわね」

 魔力の流れの制御が得意、とシロンが言ってたけど。アオポンは滑るように、高速移動しながら戦っていた。

 確かに、青竜に有利な戦場。でも、勿論それだけでここまで差がつくはずがない。

「相手と同じ強さになれるということかしら?」
「と仰ると?」
「相手、というより、敵陣営ね。一定空間内にいる敵ーー今回は四竜分の強さと同じだけの強さを持つ、ーーなんて魔術か能力があるのかしら?」
「さふっ! そんな切り札的なものがあるなんて反則です!」
「ま、それは確かめてみればわかるわよ。チャエン……は、そういえば買い出し中だったわね」
「仕方がありませんね。それでは姫さまの『智紅将ふくしん』である私が、身をていして確かめてまいりましょう」

 クロッツェは歩きながら、くるりくるりと振り返るけれど。

 誰も止めてくれないので、とぼとぼと、アオポンがこちらに来ないように張ってある「結界」の向こうに消えていった。

「どひゃーっ」

 何よ、私の真似ってわけ?

 飛び出してきたクロッツェは、どざー、と地面を滑っていく。初撃でさっさと逃げ出してきたって感じね。

「で。どうだったの?」
「いえ、姫さま。これでも体を張ったのですから、もう少し労わりの言葉を……」
「で。どうだったの?」
「ぼふっ! クロッツェさんは凄いです! クロッツェさんは頑張りました!」

 今度はシロンの番なので、胡坐を掻いた私の上に座っていた白竜こくりゅうを奪い取って、クロッツェは自分の膝の上に乗せてしまう。

 仕方がないわね、頑張ったかどうかはわからないけど、体を張ってくれたんだから、シロンだきまくらを貸してあげるわ。

 ほんと、シロンにくっついて寝ると、やばいのよ。

 やわやわの感触だけじゃなくて、周囲の気温や湿度といったものまで整えてくれるのだから、ーーこの旅が終わって、シロンが塒に帰るなら、私も一緒についていこうかしら?

 でも、そうなるとクロッツェもついてきそうね。それだけじゃなくてチャエンまでーー。

「姫さま。結果ですが、アオポンの強さに変わりはありませんでした」

 ーーアオポンが最後だからなのか、未来さきのことを考えることが多くなった。

 まだ終わってないんだから、ふう、切り変えなきゃね。

「クロッツェのことだから、四回たたかう間にアオポンのことを観察してたわよね?」

 アカンテもそうだったけど、クロッツェのほうは、もっと顕著けんちょだった。司令官と現場の指揮官の違いというやつかしら、まずはクロッツェに聞いてみる。

「そうですね。まず、アオポン本体以外に、なにがしかの術や、付与や補強などが施されているかと調べていましたが、まったくありませんでした」
「それは、厄介ね。アオポンを弱体化ーー本来の強さに戻すのは難しいのかしら?」
「そうじゃのぅ、発想の転換が必要かの。どうやって倒せるか、ではのうて、アオポンはどうやってーー何故強くなっているのか、を考えてみてはどうかの?」

 つまり、自分の身になって考えてみろ、というわけね。

 あのアオポンは、「至神ディー」より強い。でも、「神竜大戦」には参戦しなかった。

 戦いをいとっていたから? そうかもしれない。でも、それじゃあ話が終わっちゃうから、そうでないと仮定して。なぜ戦わなかったのか。

 ーー負ける可能性があったから? 何か弱点があって、それを知られないようにするために、極力戦わなかった?

 んー、いまいち思考が深まらないわね。そうねーー、よしっ、にゃんこたちっ、外でたっぷりお日様を浴びてらっしゃい!


 脱ぎ。脱ぎっ。
 脱ぎ。脱ぎっ。
 脱ぎ。脱ぎっ。
 脱ぎ。脱ぎっ。
 脱ぎ。脱ぎっ。


 日向の猫どもの匂いはたまんねぇからな。あ、でも魔獣には気をつけろよ!

 さて、と。

 猫どもを見送ったところで、考えの続きだ。

 問題の一つは、「狂騒ゼロス」だな。

 戦わずにいられたってことは、幼竜じゃねぇのに影響をあまり、或いはまったく受けてなかったってことになる。

 幼竜が影響を受け難かったのは、未熟だったから、とも取れる。未成熟、未熟ーー強くない? 弱い? でも、アオは強すぎる。

 弱い? 弱いから「狂騒ゼロス」の影響を受けず、強くなる手段がある?

 何だ? ここに何かが、弱点があるような気がするんだが。

「あふっ! そうでしたっ、リップスさん! アオポンさんに殴られたときっ、変な感じがしました!」
「ああ、そういえば、二戦目のときでしたか。アオポンは爪で引き裂く、という攻撃を仕掛けてきていましたが、それが間に合わず、殴るーーというより裏拳に近いものでしたが、シロンを吹き飛ばしていましたね」
「がふっ! あれは凄く痛かったです!」

 んん? アオは爪以外で、直接相手に触れないように戦ってたってことか? そうなっと、やっぱ体ーー本体に何か秘密があるってことか?

「もしかして、あのアオは、本体ーー実体じゃねぇってことか?」
「なるほど。『幻影』のようなものかもしれないということですね。そうなると『幻影』を無視して本体を倒せば良いということになりますが。次戦では本体さがしということになりますか?」

 本体が隠れるとなりゃ、そりゃ安全な場所ってことになる。だが、クロの能力でも、これまで見つけられなかった。

 ーーん? 安全な場所?

 それって、もしかしてーー。

「おいおい、一番安全な場所って、『幻影』の中か?」
「なふ? でもリップスさん。アオポンさんは普通の大きさでした。アオポンさんの中に、小さいアオポンさんがいるんですか?」
「って、何だよ、わかってんのかよ、シロ」
「おふ? ーーあっ、そう、なのかな? アオポンさんは『人化』しているんですか?」
「その可能性もあっが、魔力量の問題から、『竜化』してると思うぜ」

 魔力量の問題ーー自分で言ったことだが、こりゃこの絡繰りを解くための重要なキーになりそうだな。

 無から有は生まれねぇ。そこには何か代償があるはずだ。

「『神竜大戦』で戦わなかった。そりゃ、『狂騒ゼロス』の影響を受け難かったってことだ。幼竜と同じってことなら。ーー恐らく、アオは……えっとな、何て言うのか、半竜前って奴なのか? 十分に成長できなかったんじゃねぇか?」
「ふぉっふぉっふぉっ、それはあるかもしれんのぅ。わずかではあるが、確かに、そのような竜は過去に存在しておった」

 あらかた纏まったとこで、クロが総括そうかつする。

「体が小さく、弱い竜。なれど、何らかの手段で『幻影』を作り出すことができ、本体は『幻影』の内に隠れているーーということでしょうか、姫さま?」
「だふ? それは結局、幻影アオポンさんを倒さないといけないということですか? それともを狙うんですか?」

 キーが何か、あっさりシロが言っちまったな。まあ、当然の帰結って奴だ。

 こっちが有利な点は、四竜いるってこと。アオの魔力量が一竜分だとすんなら、四竜分のあたしたちは、アオの魔力が尽きるまで防御に徹する、或いは逃げ回ればいいってことになるーー。

「でもなぁ」

 なんつーか、そりゃすっきりしねぇんだよなぁ。こー、どっかんっ、って感じで派手に終わらせてやりてぇってか。

「なぁ、クロ。確かに、幻影アオは強ぇけど、倒せねぇほど強ぇのか?」
「ーーそうですね。鍵を握っているのは、チャエンです。あれは真正の馬鹿ですが、同時に闘いの天才でもあります。『神竜大戦』が始まる前、幼竜であるチャエンはひたすらに、自分より強い竜と闘い続けていました。そしてこれは、下級神相手でもそうだったのですが、何度も戦っている内に、相手に肉薄にくはくするようになっていったのです」

 がしゃんっ。

 戻ってくるなり、重たそうな物を投げ捨てたオウが戦意を昂らせる。

「おうよっ! アオっちは強ぇが倒せねぇほどじゃねぇ! って、一竜おれだけじゃ無理だけどな! 何となくわかんだよ! こうっ、手が掛かってんだ! そこまで上がってけるってことがわかんだ!!」
「そりゃ結構だが、何だ、その硬そうなもんは? うおっ、くねくねと気持ち悪ぃ、外皮が硬ぇ芋虫か?」

 食料を入れた袋とは別の、布に包まれたぶっとい棒のようなもの。

 小せぇ芋虫なら、食糧源として許容範囲内だがよ、芋虫風味な魔物はえてなけりゃ御免被りてぇな。

 がこんっ。

「ほ~れ、暴れんなって。ほれほれっ、姉御っ、肉だ! 肉焼いてくんな!!」

 オウの一撃ひとうちで、抵抗しても無駄だと諦めたのか、芋虫魔物が大人しくなる。

「待て待て、焼くのに時間掛かんだから、こっちから食えって」

 何でも、魔術の炎で肉を焼くと、味が素っ気なくなるそうだ。

 料理は嫌いじゃねぇからな、待ってるくらいなら自分で作ったほうが増しだ。「薔薇の姫」じゃそんなことさせてもらえなかったからな、まだまだ試してぇ料理がたくさんある。

「ほれ、まずはこれ食いな。貧しい地方の、じゃが芋スープだ。その不味さを堪能したら、こっちを投入だ。ぴりっとした旨辛になんぞ」

 みんなが食べる肉は、「浄化」しなくても問題ねぇ。竜はそんなやわな生き物じゃねぇからな。

 食事時なんで、シロは、クロの膝から下りて地べたに、ぺたんっ。

 いや、いてねぇのに直接って、……まあ、竜だし問題ねぇか。

 がちゃっ。

 あ、また動きやがった。

「そーだった。姉御っ、これ、もらってくんな!」

 ばさっと赤い布のようなものを投げてくっから何かと思えばーー。

「こりゃ、ドレスか? しかも、赤。真っ赤っ赤。それにーー、この手触り、ずいぶん上質な素材そざい使ってんな」
「姉御。俺が宝石換金かんきんしたときの話、覚えてっか?」
「そりゃ勿論。悪徳商人大成敗っ! だったな」

 初回の戦闘であっさり半殺しになったからな、翌日の昼間に、今日と同じようにオウが買い出しにいった。

 宝石を渡しても大丈夫かと半信半疑だったんだが、三竜が問題ねぇって言うからそのまま行かせた。で、オウは換金できる場所を人に尋ねて、教えてくれた場所にそのまま行っちまった。

 偽物だってことで、安値で買い取ろうとする商人。

 土や大地の属性であるオウは、これはあたしも見縊みくびってたな、鉱石や宝石についてあたしよりもーークロよりも博識だった。ってことで、ここから先は、お決まりのパターン。

 オウが別の店に行こうとすると、ぞろぞろと武器を持った男たちが現れて。

 さすがに実力差がありすぎっからな、弱い者苛めが嫌いなオウは、気絶させるだけに留めたみてぇだ。

「でだ、そんとき奥に、この赤いひらひらがあんのが見えたんだ。商人が、くれるって言ったが、そりゃ駄目だ。買うんなら、ちゃんと代金を払わなくちゃいけねぇ。そこで昨日、買い出しに行ったついでに、近くん山で鉱石ってきてな、商人に鑑定させた。で、今日買い取ってきたってわけだ」
「おや、意外ですね。戦利品として、ただでもらってくれば良いものを」
「茶化すな、クロっち。これから、姉御の一世一代の晴れ舞台なんだろ? それを汚すとあっちゃあ、茶竜の名がすたるぜ!」

 うごっ、ちくしょう! 何ていい奴なんだっ、オウ!

 オウに突っ込んでいって抱きついて、喜びを伝えてぇとこなんだがーー。

 でもなぁ、悪ぃんだけど、こんだけ上質なものとなると、当然フルオーダーだろうからな、あたしが着れるかどうか。

「あぁ、それな、姉御が着なかったほーのひらひら、らしいぜ」
「着なかった?」
「そういうことですか。覚えておられませんか、姫さま。公式な場で着用するドレスは、二着用意されました。こちらは選ばれなかったほうのドレスでしょうね」
「そーいや、別々の人間に、採寸とか二回ずつやったっけかな?」

 兵士か傭兵か、戦利品として売ったのかもしんねぇが、何にしてもありがてぇ。確かに「薔薇の姫」なら、これを着ねぇと様にならねぇ。

 あたしの戦闘服みてぇなもんだ。

 さっそく問題がねぇかクロに手伝ってもらって着てみっことにする。

「ん? どうしたオウ、あたしの貧弱なはだかをじっと見て」

 かこっかこっかこっかこっ。

 何だ? また芋虫魔物がくねくねし始めやがった。

「んや、姉御って結構鍛えてんだろ。なんつーか、肉の匂いでわかんだ。なのによ、そのほっせぇー体ってこたぁ、クロっちに改造でもされたんかなってな」
「正解です。私好みに姫さまのお体をいじらせていただきました」

 まあ、事実だからな。反論する気も起きねぇ。

「っ、っ~、っ~、っ! っ!!」
「……なぁ、この芋虫魔物、もう止め刺し、しちまわねぇか?」

 妙なうめき声みてぇなもんも聞こえんし、そもそも何で芋虫魔物こんなもん捕まえてきたんだ?

「ん? 姉御が殺してぇなら殺しても構わんが、せっかく持ってきたんだから、話聞いてからのほーがいーんじゃねぇか?」
「ーー話?」

 強力な魔物ん中には、人間の言葉を喋れる個体がいると言われてるが、そりゃお伽噺の中だけの話だ。クロも会ったことがねぇって言ってたし、それをこの芋虫魔物がか?

 オウは芋虫魔物を包んでる布を、むんずっとつかむと、遠慮なく、ぐいっと引っ張った。

 ごろごろごろごろ~と、あたしの足下まで転がって出てきたのは。

 ……あ。あたしのスカートの中をのぞこうとしやがった。

 ごっ。

 爪先で蹴ると痛ぇから、爪先を上げてかかとで蹴る。

「げふっ!」

 口を塞いでたらしい布が落ちて、男が断末魔の叫びを上げる。と言いてぇところだが、あたしの蹴りくれぇじゃあ、歯も折れてねぇだろう。

「騎士か? 鎧は、ノトゥス国のもんだな。貴族階級みてぇだが、上級じゃねぇな。見たことねぇ顔だが……っ」

 ……やべぇ。腹の内が、いや、全身が煮えくり返ってやがる。

 みんなが望んじゃいねぇからって、復讐なんかしねぇって決めたんだがよ。

「ーーっ!」

 ははっ! そんなわけねぇじゃねぇか!

 あたしの大切なみんながっ、みんなをっ、ただ一生懸命に生きていたミースをっ、餓鬼どもをっ、こいつらが奪いやがったんだ!!

「っ!?」

 「恍惚とした熱狂マイナデス」が宿ったあたしの眼光に、騎士がたじろぐ。

 だが、目を逸らさねぇで、じっとあたしを凝視してきやがる。

「姫さま。では、手足は四本ありますので、一本ずつ千切っていきましょう。それとも、手足の指は二十本ありますので、そちらからにいたしますか?」
「ごふっ! あとは歯とか髪の毛とか、耳とか鼻とかもあります!」

 シロのは天然なんだろうけど、あんまこの可愛い口から、そういう言葉は聞きたくねぇな。でも、あたしが言わせちまったみてぇなもんだから。

「もふぅ?」

 シロの赤ん坊みてぇな柔らけぇ頬を指でぐりぐりしてやる。

「そちらは、『貴公子』殿だろう。リップス王女の身代わりがいたと聞いたが、ーー頼むっ、リップス王女の所在を教えてくれ! 私は姫さまをお助けしたいのだ!!」

 あたしを助ける? 何を勘違いしてやがる。

 二十を幾つかすぎたくれぇか。下級貴族で苦労でもしてきたのか、歳の割には精悍な顔つきをしてやがる。

「騎士殿は、姫さまのお知り合いなのでしょうか?」

 はあ、新しい玩具を見つけたクロが、しゃしゃり出てきやがった。

「いいや、知り合いなどと。言葉を交わしたこともない。ただ、リップス王女がノトゥス国の孤児院を慰問いもんなさったときに、遠くからだったが、私は見たのだ。余所行よそゆきではない、姫さまの本当の笑顔を。あの瞬間、私は心に決めた。どのような形でも良い、いつか姫さまの御力になろうと、おのが魂に誓ったのだ」
「だそうですよ、姫さま。リップス王女の居場所を教えて差し上げては如何でしょう?」

 満面の笑みかよ。楽しんでやがるな、クロの奴。

 まあ、認めんのは癪だが、クロには色々と世話になってるからな。仕方がねぇな、少しは付き合ってやるか。

 さあっ、猫どもっ! 竜も仰天するくれぇに集まってきやがれ!!


 にゃー。にゃ~。
 にゃー。にゃ~。
 にゃー。にゃ~。
 にゃー。にゃ~。
 にゃー。にゃ~。
 にゃー。にゃ~。
 にゃー。にゃ~。
 にゃー。にゃ~。
 にゃー。にゃ~。
 にゃー。にゃ~。


 まあ、猫様がこんなにも! わたくしと一緒にたわむれましょう!

 私は、腕を縛られ、膝立ちになっている騎士様の許まで。久々のドレス姿ですが、「薔薇の姫」に相応しい振る舞いを心掛けながら距離を縮めます。

 それから騎士様と同じく、膝立ちになりました。

「ーーわたくしのことを、そこまで想って、捜してくださっていただなんて……、私は何と幸せなのでしょう。騎士様ーー、貴方様の御尊名を、私に教えていただけますか?」

 この御方は、本当の私を見つけてくださいました。何故でしょう、それが嬉しく、自然と涙が零れてしまいます。

「リップス……王女、なのですか? 私はパルファ! パルファ・ナル・ディカにございます!」

 猫様方、すぐにまたお呼びしますので、近くで待機しておいてくださいませ~。


 脱ぎ。脱ぎっ。
 脱ぎ。脱ぎっ。
 脱ぎ。脱ぎっ。
 脱ぎ。脱ぎっ。
 脱ぎ。脱ぎっ。
 脱ぎ。脱ぎっ。
 脱ぎ。脱ぎっ。
 脱ぎ。脱ぎっ。
 脱ぎ。脱ぎっ。
 脱ぎ。脱ぎっ。


 お~し、猫ども、そこら辺でいいぞ。少し待ってな~。

「おうっ、パルか! 光栄に思えっ! あたしが死ぬまで、その名前ぇは覚えておいてやんぜ!」

 びしっと指を突きつけて、かっかっかっと大笑いしてやる。

「ーー、……っ!? くっ、殺せ!!」

 呆然とあたしを見てたパルは、砂糖を舐めたら塩だったってくれぇ顔を歪ませて、吐き捨てんように言いやがった。

 よ~しよしっ、猫ども、美味しい騎士エサいるあるから寄って来~い。


 にゃー。にゃ~。
 にゃー。にゃ~。
 にゃー。にゃ~。
 にゃー。にゃ~。
 にゃー。にゃ~。
 にゃー。にゃ~。
 にゃー。にゃ~。
 にゃー。にゃ~。
 にゃー。にゃ~。
 にゃー。にゃ~。


 猫様猫様~。この騎士様をお助けするために、猫様方も御力を貸してくださいませ!

「パルファ様も、他の人々みなさまと同じなのでしょうか。『薔薇の姫』ではない演技をするだけで、わたくしに幻滅してしまいます。誰もが、私の上辺だけを見ているのです。パルファ様も、私の心を、本当の私を、見てはくださらないのでしょうか」

 こんなにも悲しいことがあるでしょうか。わたくしは私です。他の誰でもありません。

 ようやく、私を見つけてくださった方がいたというのに、彼もまた「薔薇の姫」に魅入られてしまっていたのでしょうか。

「そっ、そんなことはっ! 私は知っています! リップス王女のお優しい心をっ、『薔薇の姫』として皆に応えようと懸命だった姫さまの御姿を!」

 ああ、パルファ様の眼差しは、真っ直ぐに私に向けられています。

 その蒼い瞳には、吸い込まれそうなほどの澄明さがあり、私のかたくなな心をほぐしていきます。

 それでは、猫様~。しばらく呼ばないと思いますが、今しばらくは近くで待機なさっていてくださいませ~。


 脱ぎ。脱ぎっ。
 脱ぎ。脱ぎっ。
 脱ぎ。脱ぎっ。
 脱ぎ。脱ぎっ。
 脱ぎ。脱ぎっ。
 脱ぎ。脱ぎっ。
 脱ぎ。脱ぎっ。
 脱ぎ。脱ぎっ。
 脱ぎ。脱ぎっ。
 脱ぎ。脱ぎっ。


 猫どもっ、協力感謝だぜ! 度々悪ぃな、今度また美味しい獲物を分けてやんぜ!

「あ~、だりぃ~」

 どすんっ、と座って胡坐を掻く。それから大欠伸おおあくび、ついでにお尻をぼりぼりと掻く。

 お負けで鼻をほじってやろうかと思ったが、みんなの前だからそれはやめとくか。

「神はっっ死んだっっっ!!!」

 ごとんっと前のめりに倒れたパルは、がつっがつっがつっと器用にひたいを地面に打ちつける。

「いえ、それは違います。神は死んでいませんよ」
「……ん?」

 何を言ってやがんだクロは。冗談ーーにしては、目が冷ややかなんだが。

「ふぉっふぉっふぉっ、今のが『猫まんま』かの? そうだと知らねば、わしも騙されておったかもしれんのぅ」
「うぷっ! リップスさんっ、本当にお姫さんでした! 実は嘘ではないかと疑っていてっ、ごめんなさい!」

 にゃろう、そんなこと言う可愛い奴にゃ、お腹もみもみだけじゃ足りねぇ。

「ひゃんっ!?」

 背後から負ぶさって、耳たぶを噛んでやる。

 うおっ、白髪から覗く、首筋もやべぇな。あたしも女だってのに、この魅力的な曲線にあらがえねぇーー。

 ぐりぐり~ぐりぐり~。

「ほ~れ、姉御~。あんま時間ないんで、そんくれぇにしておきな~」
「ふぐっ」

 シロの別の部分やわやわを堪能しようとしたら、オウの人差し指があたしの額を押し返す。仕様がねぇから、肩に顎を乗っけるだけで我慢する。

「…………」

 絶望風味だった割には、見た目だけなら美少女の一人と一竜がくっついてる姿に釘づけになるパル。

「そりゃっ」

 オウは、間抜けづらを曝してるパルの首根っこをつかんで膝立ちの状態に戻すと、二竜に尋ねる。

「アカっちか、クロっちでもいーんだが、遠くが見える魔術あっか?」
「ありますが、近場しか見ることが敵いません。年の功、ということでアカンテに譲ります」
「どれ、やってみようかの。チャエン、誘導せい」

 時間がない、ってオウは言ってたが、どうもアオやみんなに関係したことじゃないっぽいな。流れからして、パルのことみてぇだが。

 オウがアカの肩に手を置くと、地面にーー水? いや、違うか。大きな水溜まりみてぇに見えっが、同時に研磨した鉱石のような滑らかさもある。

 ゆらゆらと水面みなものようだった表面がぐと、見たことがねぇ上空からのもんだったが、即座にその場所が特定できた。

「カイキアスの王宮ーーだな。いや、……それよりも、囲まれてんな」

 ノトゥス国の兵士が王宮を攻めようとしてるんだが、おかしなことがある。王宮で守備してんのもノトゥス国の奴らって、ーー内輪揉うちわもめか?

「なっ、これは!?」

 大きな水溜まりーーいや、水鏡とでもしとくかーー水鏡に映し出された光景を見て、パルは膝歩きで駆け寄った。

「んー、まったくわかんねぇ。オウっ、説明! なんでパルこいつを態々連れてきたんだ?」
「ん? ああ、パルっちから話聞き出し易くすんために、恩を売っておこうって思ってな」
「恩とはどういうことだ! 今すぐ私をここに戻せっ、このような窮地に! なぜ私をかどわかしなどしたのだ!!」

 へー、この状況が窮地だと、一目いちもくして見取ったのか。

「アカ。兵士どもの声を聞くことはできねぇのか?」
「できないことはないがの。それをやるのは、ちとしんどいのぅ」
「まっ、そこは俺に任せろ! 話してん口みれば、だいたいんこたぁわかる! え~と、なになに? 『パルっちはどこだ? 消えちまったぞ?』とか『隊長はぜってぇに戻ってくる。それまで死守するんだ』とか言ってんな」
「うおぉっ!」

 ごちんっ。

 水鏡に飛び込もうとしたパルばかが頭をぶつけて、そのまま突っ伏す。

「何が目的なのだ! 私にさせたいことがあるのだろうっ!! 早く……」

 仰向けになって叫んでたパルが、突如として息を呑んだ。

「あれま、オウの力の発露はつろまで感知するなんてな。パルこれって将来有望なんか?」
「逆に、わたくしたちと普通に同行できておられる、姫さまのほうがおかしいのですが」

 そうなのか? となると、神聖力が竜の力を弾いてるとか、そんなのか?

「てーわけで、パルっち、これ見ろ」

 オウが促すと、水鏡の光景がぐぐっと引っ張られるように拡がった。

 王宮周辺だけじゃなくて、王城や城下町まで見えるようになる。

「ここの丘にいんのは何だ?」
「……これは、私の親友のーー」
「ああ、お可哀想に、親友に裏切られてしまったのですね」
「酷いことを言うな! クリウが私を裏切ることなど有り得ない!!」

 ごぎっ。

 あ、首が折れた。よくやった、褒めてやるぞ、オウ。

「クロっち、茶々入れんなって。でだ、パルっちの親友のクリっちは、まだ王宮でのごたごたにゃ気づいてねぇ。だからよ、パルっちをクリっちんとこに送ってやる」

 首が横になったクロは、座り込んでシロに寄り掛かる。

 大喜びのシロが、「治癒」を施す。ほんと、この二竜は不思議な関係だな。あたしもミース以外にもーー、って、そんなこと考えてる場合じゃなかったな。

「ーー背後からの奇襲が可能、か。……あのまま王宮にいれば、全滅していた。……貴公は命の恩人だ。何より、クリウのもとまで送ってくれるのであればーー何でも話そう、く聞いてくれ」
「ってことだ。姉御、何でも聞いてやんな」

 ふう、ったく、お膳立てって奴か。オウも大概お人好し、じゃなくてお竜好しかよ。

 あたしはパルの前にどかっと座って、とっとと尋ねる。

「時間がねぇんだろ? 質問は少なくしてやっから、ちゃっちゃと答えな」
「ーーわかった」

 腹ぁ決まった男の顔をしてやがる。何だか調子が狂うが、この機会を逃す気はねぇ。

「ノトゥス国は、何で聖王国を攻めた。アペリオテス国にいんとき、『薔薇の姫』を狙ってのことだと聞いた。そりゃ本当のことなんか?」

 体ん中に無数の針がありやがる。

 あたしの所為だってんなら、あたしが「薔薇の姫」なんてものを創り出しちまった所為だってんなら。運命を歪められた奴には、それぞれに針を動かす権利がある。

 他人の責任まで背負っちまう卑怯なことだったとしてもーー。

 ははっ、「薔薇の姫」なんてお似合いだな。針が体から外に突き出していけば、血塗れの、気味の悪ぃ「赤薔薇」の出来上がりだ。

「私は警備隊の隊長の一人だ。だから、あの男について調べた」

 ーーあの男?

 思ったのと違う成り行きに、虚をかれる。

 パルは仰向けのまま、「光球」が浮かんでる天井を眺めながら、訥々とつとつと語っていった。

「商人の名は、ラール。奴はノトゥス国の生まれで、そして、商人として成功した。ーーしかし、奴の自尊心はそれだけでは満足しなかった」
「聖王国で成功してこそ一流。西方ではそのように言われているので、彼もまた、その名誉を欲したというわけですね」
「ああ、そして、失敗した。富を失うだけなら再起の道もあったのかもしれない。だが奴は、自身の失敗を認めることができず他人を、あまつさえ友人や親類までをもあざむき、借金を背負うだけでなく、商人にとって最も重要な、信用まで失うことになった」
「そして、すごすごとノトゥス国に戻ってきた彼は、自身の失敗を認めてーーなどということにはならなかったのでしょうね」
「……ああ、その通りだ。ラールは、逆恨みをした。自分が悪いのではない、聖王国が悪いのだと。それから奴は、カイキアス国で如何に酷い目に遭ったのかを、至る所で声高に吹聴ふいちょうするようになった」
「元商人となれば、ずいぶんと弁が立ったのでしょうね」
「それだけではなかった。奴と同じ不満を持った者をそそのかしたのか、金銭をつかませたのか、それからは燎原りょうげんの火のごとく拡がっていった。ーー私は、ノトゥス国の生まれだ。ノトゥスで育ち、……国を愛してきた」
「パルファ殿の胸の奥にも、消えないふまんがあるということですね?」
「不満、か。劣等感ーーとも言えるものが、そうだ、確かに私も内にもあった。そしてノトゥスの国民にも。『千年の友好国』……五百年、積み重ねられてきた。ーーだが、誓って言える。私が愛した国は、民は……、そのような炎になど負けるはずがないとーー」

 信じてたものに裏切られた。

 パルはきっと、最後まであらがったんだろうな。それでも、国が相手だ。侵攻を止められなかった。どうにもならなかった。

「オウ。パルを連れてきた理由は、、からか?」
「誰か連れてくんなら、パルっちかクリっちだったかんな。姉御んとこの住人が反抗してねぇのは、パルクリっちが護ってるからだな」
「ですがそれですと、蛮行を働いた者たちからは目のかたきにされるのでは?」

 ったく、クロの奴、答えなんてわかってる癖に、いちいちまどろっこしいことしてんじゃねぇよ。

「ノトゥス王だろ。虐殺、略奪したままじゃ立ち行かねぇから、命令違反のパルとクリを、急遽きゅうきょ英雄にでも仕立て上げたんだろ」
「……その通りだ。表向きは混乱が収まったが、問題は山積みだった。ーー特に本国からの反応が大きかった。実際に、悲劇が起こり、ようやく国民は気づいたのだ。自分たちが何をしたのか、を。もう、取り返しがつかないことを、知ったのだ……」

 国ってぇと、何かよくわからねぇ大きなものに見えっが、せんずるところ、国ってのは民だ。民あってこそ、国がある。

 これがわからねぇ奴は、王になんてなるべきじゃねぇんだ。そんで、ノトゥスの王ばかちんはまったくわかっちゃいなかった。

「ーー何より、リップス王女の行方が知れぬことが、ノトゥスの民の心を引き裂くことになってしまった。……っ、姫さま! 今すぐでなくとも構いません! どうか御身おんみが無事であることをノトゥスの民にぃぃ……っっ??」

 あたしに懇願こんがんしようと、がばっと反転してうつ伏せになったパルの視線が、一点に集約される。

 ーー胡坐を掻いたあたしの、スカートの内に。

「滅びろっっっ!!!」

 ぐしゃっ。

「もういい、このパルゴミ、どっかに捨ててこい」
「それでは、久々にやってみましょうか」
「さふっ! はいっ、やりましょう! 捨ててしまいましょう!」
「やっぱ、こうなっちまったか。アカっち、俺たちが穴ぁ開けてるうちに、パルっちを治してやんな」
「穴? それはまさか、空間転移かの?」

 アカが驚くってことは、ーー大丈夫なのか?

 まだ全部はわかってねぇが、パルこいつがいねぇとカイキアスのみんなが不利益をこうむっちまいそうなんだが。

 いつか、あと五回くれぇ殴ってやるつもりだがよ、今は無事に送り届けてもらわねぇと困る。

「竜は基本、協調などしないので最上級魔術とされていましたが、三竜でやってみると、あ~ら不思議! 何度か失敗してチャエンの体が切断される程度の被害で、空間転移は成りました」
「クロ。御託ごたくはいいから、パルそれ、さっさと捨てろ」
「かふっ! できました!」

 って、早ぇな。

 真っ黒黒な重い球かと思ったが、いや、球に見えたが、こりゃ円か?

 後ろに回ってみると、うおっ、何だこりゃっ!?

 黒円がなくなっちまったんだが。元の場所に戻ると、おおっ、黒円がある。

 う~ん? 出口はここじゃねぇんだから、黒円の裏に穴がなくてもおかしくねぇ、のか?

 ぽいっ。

 あ、閉じちまった。

「クロたちが下級神に勝ててたのも、黒円があったからか?」
「黒円、とは良い術名をいただきました。勝てたーーというのは、間違いではありません。『黒円』を使って逃げることができたので、最終的に勝つことができた、ということです」

 負けなければ、いつかは勝つことができるーーって奴だな。

「ほれ、焼けたぞ。一番でっけぇ肉はオウだ。一番美味そうなんはシロ。脂身が少ねぇのはアカだな」

 肉の専門家だけあって、オウの目利きは確かだ。匂いも焼けた音も堪んねぇ~、さっそくあたしも肉にかぶりつく。

「姫さま。さすがに仲間外れ、というか、お預け、は酷いのではないでしょうか」

 なんだクロ、わかってんじゃねぇか。とはいえ、これはクロに非があんわけじゃねぇからな。肉が焦げる前に答えたら、ちゃんとくれてやる。

「神は死んでねぇ、って言ってたよな。ありゃどういうことだ?」
「はて? 姫さまは神が死んだと思っていたのですか? そも、神が死んでいるのなら、どうして人間は神聖術を使えるのでしょう」

 本心なのかとぼけてるのか、まあ態となんだろうがかんさわる言い方しやがって。

 こういうところじゃ、まだまだクロには勝てねぇからな、術中に嵌まらねぇように気をつけねぇと。

「みんなの話を聞いて、あたしは『神竜大戦』で神々は滅びたと思ってた。だからアークナルタスってのもよ、主神じゃなくて神域の名前ぇか何かだと思ってたんだが、違うんか?」
「そうですね。聞いてみたいこともあったので、貧弱神アークナルタスさまをお呼びしましょうか」
「……は?」

 いや、ちょっと待て、なんだその謎展開は。って、ちくしょう! まだ考えが煮詰まってねぇってのに、もしかしてクロの奴、わかってやってるのか?

 神々は滅びた。だから竜は増えることができねぇって、ずっと「五色の竜」のままだって推測したんだが。

 神が生きてるってなると、いや、神が在るとなると、根底からくつがえされることになっちまう。

 いや、早計だ。早合点に早とちり、ーー結果があるってことは原因があるってことだ。

 ーー竜は種族として限界に達してる? 神が在っても……あ、いやいや、「神竜大戦」は竜種の勝利だったんだから、神も少数? 敗北、或いは降伏した?

「っ!」

 だあぁ~~っっ!! こんがらがってきやがった!

 あれだ、なんてーか、重要なものが欠けてんだ。あとになって気づけば、ああ、そうだったんだ、って感じの、喉元まで出掛かってる奴。

 ぼとっ。

「ひぇっ、ハクイルシュルターナ様ではないですか!? 僕は神域にいたはずなのに、どうして??」

 頭を捏ね繰り回してたら、「黒円」から二十歳くれぇの優男やさおとこまろび出てきた。

「クログスヴェルナー様!? チャグリッパガゼル様まで?! ふぇっ、アカーリンネルダルス様も?? あわっ、あちらにはアオスメルニルフ様の気配がっ……」

 ぱたり。

 許容量を超えちまったみてぇだな。

 だらしねぇ格好で倒れてんが、育ちはいいみてぇだ。慌てふためいてたが、品の良さは感じられたし、白を基調とした上質な服も似合ってる。

 それも当然。クロの言葉通りだとすんなら、主神のアークナルタスってことになるんだがーー。

「気ぃ失ったみてぇだが、この金髪ひょろいのは何なんだ?」
「何を言っておられるのです、姫さま。ちゃっかり生き残って、うっかり主神なんてものになってしまった、ひょっこりアークナルタス様ではないですか」

 う~ん?

 ちゃっかりうっかりひょっこりってことは、アークは神々の唯一の生き残りで。更に言えば、神聖術が使えんのもアークのお陰ってことなんか?

「クロッツェよ、あまりお嬢ちゃんを揶揄からかうでない。最弱神、貧弱神、木っ端神ーーそんな称号が相応しいのが、アークナルタスなのじゃ。これは嫌味などではなく、事実だからそう言うておる。三百年くらい前じゃったかの、十年ごとに神域を見回っておったのじゃが、偶々たまたま駄神こやつを見つけたのだ」
「弱すぎて、神であると認知されなかったようですね。それどころか、十年毎にアカンテが見回っていることにも気づいていなかったよし

 散々な言われようだな。さすがにちょっとだけ、可哀想になってくんな。

「私たちも、始めは姫さまと同様に、神域が残っているから神聖術が使えるのだと思っていました。一柱で、そこそこの神聖術を人間に使わせることができているのですから、頑張っているとは思いますよ」

 どう、何を頑張るのかはわからねぇが、クロの賛辞さんじは本物みてぇだな。

 さて、みんなが見えねぇように、アークをこっちを向かせてっと。起き上がらせて、ぺちぺちぺちっ……ぐにっ。

「ぅん……ふぉ?」

 おっ、ちゃんと起きたか。

 シロと甲乙つけがてぇ頬の柔らかさと感触だったからな、ぐにっ、だけじゃなくて、もにもにとか引っ張ったりとかしたかったんだが。

「リップス……様っ!?」
「あたしのこと知ってる、だけじゃなくて、何だその反応は?」
「姫さまは、腐っても『三大癒手パナケイア』の一角ですからね、アークナルタス様がご存知だったとしても不思議ではありません。不思議なのは、姫さまの御力のほうです。そこまで信心深いというわけでもないのに、人間の中では上位の神聖術の使い手でありつ『神の祝福』まで授かっているように見受けられます」

 クロがさっき、聞いてみてぇことがあるって言ってたが、何だよ、あたしに関することだったのかよ。

 だが、まあ、正鵠せいこくを得る問いではあるな。

 大抵のことは努力でなんとかしてきたあたしだけどよ、神聖術に関しちゃあ、才能のありがたって奴を、ーーてやっ!

「ひぃぃっ??」

 あたしが投げた石に当たって発した、毎度のクロのふざけた言葉を、アークの悲鳴が打ち消す。人のことを、「腐った」とか言う奴には、天罰が下って当然だ。

 まあ、あたしの眼前にいるアークは、罰なんて下しそうにねぇんだが。

 白い、汚穢おわいのねぇ服。「浄化」だけじゃなくて、手洗いまでしてんのか?

 不健康、とまではいかねぇが、貧弱って言葉が一番似合う、ひょろっこい肢体。教会の精悍せいかんなアークの像とは正反対じゃねぇか。

「で。どうしてあたしがアークあんた贔屓ひいきされてんのか、教えてくれるか?」

 まさか神まで「薔薇の姫」にやられちまったとか言わねぇだろうな?

「だ……」
「だ?」
「だってだってっ、リップス様は! 人々みんなは真剣に、一生懸命に祈ってくれるのに、貴方あなたときたら! 『力を寄こしやがれっ』とか『力をくんねぇと、焼き殺すぞ!』とか、僕を脅してきてっ、そんなの怖いからに決まってます!」

 長年溜め込んできたのか、一気に吐き出すアーク。

 両手を握って、上下にぶんぶって振ってる様は、仔犬みてぇで。

 不安を押し殺して、涙目で見上げながら、それでも強がってる姿は孤児院の餓鬼そっくりだ。

 贔屓じゃなくて脅迫だったか。

 だがよ、かねてってた計画には、好都合かもしれねぇな。まんま神相手だと、どうにもならねぇだろうが、アークならーー。

「見た目は、やや男って感じだが、アークは男なんか?」

 ここは重要なんだが、って、アークの奴、しょぼんってなりやがった。

 やばっ、不味ったか? いきなり傷口とかえぐっちまったか?

 くぅ~、餓鬼どもと同じ対応してやればよかったぜ!

「……僕は、出来損ないです。神は、無性です。でも、僕は男として生じてきてしまいました。半端者です。『治癒』とか『浄化』ができるだけで、他の神聖術は使えません。神々みんながいなくなってしまうまで、ずっと見ていることしかできなかった愚か者です」

 あ~、膝を抱えて、めそめそしやがって。ったく、仕方がねぇなぁ。

 餓鬼どものときと同じように、膝を突いて、目線の高さを合わせてやる。

「こ~ら、アーク。何もできなかったってぇのは反省する必要はあんがな、貧弱神として生じてきたのはお前の所為じゃねぇ。『治癒』も『浄化』も、クロが褒めてたくれぇだし、そっちが得意ってことだろ? あと、男で生じてきたのは、出来損ないなんてものじゃなくて、ーーアークが特別ってことだろ」
「特…別……?」

 ばっと顔を上げて、あたしを見て。

 こんなとこまで餓鬼どもと一緒かよ。これまで真っ直ぐに相手を見たことがなかったんだろうな、慌てて目を逸らそうとしたからよ、

「わ・かっ・た・か?」

 ははっ、そんなことをあたしが許すと思ったか? がっしりとアークの顔を両手で挟んで、正面から瞳を合わせて確認する。

「は…はい……っ」

 うおっ、なんだアークの奴、一生懸命に、一途にあたしのことを見詰めてきやがって。

 シロと同じ金瞳だが、自信のなさの表れなのか、瞼をぱっちり開けてねぇから、濁ってるように見えちまう。

 ーーちゃんと正面から、アークを見てみてぇな。

 やっぱ傅役クロの教え子ってことなんか、涵養かんようされちまってるのか、こんなときに意地悪したくなってくるなんて、あたしも大概どうしようもねぇな。

「子供は何人がいい?」
「……はい?」

 キョトンとした顔しやがって。ラスもそうだったが、こういう天然っぽいのに弱いんだよなぁ、あたしは。

「子供は何人がいいかって聞いてんだ。五人でも十人でも、多いければ多いほどいい。あたしが産んでやる」
「ーー、……ぼっ」

 ばたっ。

 またか。変な声出して、アカの鱗みてぇに顔が真っ赤っ赤になったかと思ったら。

 はあ、こりゃ先は長そうだな。
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