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第八章 孤独と再誕の童話
再誕の試練(上)
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「臆病者の精霊たちよ、その主を裏切りて偽りの光纏う私の配下と為れ」
星詠みの魔女が唱える。
その呪文には、冒涜的かつ凶悪な言霊を携えて。
其れは、今まで誰が唱えた如何なる呪文とも異なる、歪な音節。
「久遠は未だ満たされず、朽ちゆく牢の錠は未だ解かれず――」
翻訳魔法が伝えるその内容は、普段のおちゃらけた彼女からは想像もつかないほど不気味で恐ろしく。
なのに、その声音は、まるで聖夜に歌われる賛美歌のように、美しくも、楽しげだった。
「されども、煌々と乱れ狂い嘆く星々の軌跡、戦の運命へ回帰すべき刻を描き示す――」
この呪文を完成させてはいけない。獣の直感が警鐘を鳴らす。
状況の理解が追い付いた俺は、詠唱を阻害するための攻撃に出る。そして、違和感を覚えた。
――氷柱が、出ない?
いや、それだけではない。星詠みの魔女と話す間だけ弱めていた吹雪を再度纏い直そうとしても、なぜか上手く行かない。
これは……まさか、冬の精霊たちが、俺に従ってくれない!?
今の俺が自由に動かせるのは、自分の中にある魔力だけだ。
世界を構成する精霊たちから離反され、冬の世界が自分の居るべき場所でないような感覚。
仮にも俺は“冬の王”であるはずなのに、いったい何が起きている!?
「――さあ、白痴の月、闇の太陽、偽物の空。私を恐れよ! 怖れよ! 悚れよ!! 畏れよ!!」
事態をきちんと把握できないまま、星詠みの魔女の詠唱が終わってしまう。
彼女はまるで舞踏の締めの振り付けのように、あるいは演奏を決めた指揮者のように、大きく腕を振った。
俺を裏切った精霊たちが魔女の下へ集う。
その輝きは真っ暗な空の下、偽りの星屑となって、星詠みの魔女の周囲に侍る。
「さぁて、準備完了です……それでは精一杯、抗ってくださいね♪」
その瞬間、星の灯りが俺を目掛けて流星群のように降り注いだ。
「こ、氷の壁よっ!!」
久々に自分自身の魔術を使って氷の防壁を張る。
この弾幕、素直に食らってやるべきではないと思った。
輝きを放ちながら向かって来る得体の知れないエネルギーの塊――その蒼白く冷たい光に、何か良からぬ気配を感じたからである。
例を挙げれるなら黒騎士だ。奴の黒い炎を受けた時のように、再生能力だって絶対ではない。
ましてや、相手は魔女と呼ばれる存在。過信は禁物だった。
幸いなことに、自分の魔力を起点とした魔術なら、精霊に頼らずとも問題なく発動できるらしい。
ただ、へなちょこな呪文は健在だった。
あまりにも久々過ぎて、無詠唱で魔術を使えることが頭から抜け落ちていた。
凶星の流星群を防ぎ、役目を果たした氷の壁が砕け散る。
かなり丈夫に作ったつもりだが、光弾を受け止めた防壁は内側から自壊するように、あっさりと壊れてしまった。
このままだと防戦一方である。俺はすぐさま反撃を決意した。
隙を見て、無数の氷柱を即座に生成。
今度は無詠唱で、氷の槍を飛ばす。
轟っと、風を切る音。
氷でできた巨大な槍が真っ直ぐに星詠みの魔女を捉え、雪煙を巻き上げながら地面に突き刺さった。
普通なら間違いなく命中している場面だが……。
「残念! 外れちゃいましたね~♪」
俺の横から声がした。
反射的に反対方向へ跳ねる。
そこには想像通り、星詠みの魔女がヒラヒラと衣装を揺らしながら立っていた。
やっぱり、こうなるか。
さて、どうする?
初めから仕留めきれるとは思っていなかったが……せめてこの瞬間移動のトリックを見破らなければ、“一矢報いる”なんて到底無理だろう。
転移魔法を使った気配はなかった。もっと、別の何かだ。
考えを巡らせる俺を見て、星詠みの魔女は悪戯っぽくクスリと笑った。
「どうですか、配下の精霊たちを奪われた気分は? もどかしさを感じているのではありません?」
確かに彼女の言うとおり、精霊に頼れないのは一見するとかなり深刻な問題だ。
だが、ある意味では、俺が冬の王となる以前に戻っただけだとも言える。不死の肉体を失ったわけでも、魔術が使えなくなったわけでもない。
俺はまだ、戦える。
しかし……状況的にこれが星詠みの魔女の行使した魔術の影響である以上、楽観視はできなかった。
「精霊を支配する者同士が戦うとき、その勝負の行方は精霊の争奪戦に――即ち、世界の支配権の奪い合いに直結します」
星詠みの魔女が指をパチンと鳴らすと、再び精霊が集い、偽りの星空が生まれた。
俺は彼女の放つ次の弾幕に備えて身構える。
「まあ、肉の体をもつ貴方なら、精霊に離反されてもそこそこ戦えちゃうので、もしかすると実感が湧きづらいかもしれません。ですが――」
今回の弾幕はさっきのよりもさらに疾く、多く、そして激しかった。
俺は再び防壁を張る。今度は何重にも層となった多重防壁だ。
さっきの感触だと、氷の壁をいくら固くしても意味は無い。
おそらく、あの光弾は触れたものを内側から壊すのだろう。
俺は質より量をもって、この弾幕をやり過ごす選択をした。
ドドドドドドッ!!
まるでビニール傘を打つ豪雨がごとく、分厚い氷の防壁に降り注ぐ光弾。
やはり、直接的な破壊力はあまりないみたいだ。しかし、一瞬で終わった初めの弾幕と違い、時間をかけて追い詰めるように襲いかかってくる。
そして予想通り、強制的に自壊をさせられていく氷の防壁。
俺は随時新しく氷の盾を追加して、なんとかその猛攻を凌ぎ切る。
「ですが……こんな風に、わざわざ精霊を明け渡して、相手を有利にしちゃう理由もありませんよね? だから今の内に、精霊共の扱い方をしっかりと学んでおいてください♪」
砕けた最後の氷の盾の向こうで、星詠みの魔女が相変わらず楽しそうに笑っているのが見えた。
兎にも角にも、まずは精霊を取り戻さないと話にならない。
あいつらが戻ってきたところで攻撃には使えないが、防御を任せるぐらいはできるはず。
今のままだと、守りにリソースを割き過ぎるせいで防戦一方だ。
しかし、どうすればいい? 精霊たちはまた魔女の周囲に集って偽りの星空を形成し、次の攻撃準備に入る。
クソッ、容赦ないな。
いや、むしろ手加減してくれているのか?
彼女の笑顔を見る限り、少なくとも本気ではなさそうだ。
そもそも星詠みの魔女が本気になれば、絶え間なく弾幕を振らせ続けることすらできる気がする……彼女にとっては俺の相手なんて、遊んでいるようなものなのだろう。
ただ、いつまでもこの恩情が続くと期待しないほうがいいのは分かっている。
再び降り注ぐ弾幕。さっきと同じ要領で防ぐ。
反撃に出る隙は中々ない。
いっそのこと、あえて攻撃を喰らってみるか?
わざと光弾を受け止めて、逆に精霊たちを取り込む。そして、精霊を自分の配下に戻す……いや、無いな。
その方法だと大した量を取り戻せないし、きっとまた奪い返されるだけだ。
それに何より、効率が悪すぎる。
それに、あの魔女が“遊んでいる”ってのも、あくまで俺の憶測にすぎない。
彼女の言葉をそのまま受け取れば、そもそも星詠みの魔女は俺にバラを諦めさせようとしているのだ。
そんな手放しに信用できない彼女を相手にこの案を実行する……それはかなりのリスクが伴うだろう。
分かり切った危険を冒すわけにはいかない。
仮に試すとしても、光弾を受けるのは最終手段であるべき。
それに……あまりにも軽率な行動を取ったら、逆に星詠みの魔女を本気にさせてしまうような予感がした。
「そろそろ、ヒントが欲しいんじゃないですか~?」
手詰まり感に悩む俺を、星詠みの魔女がからかう。
「とは言っても、貴方の場合はとーっても簡単♪ 普段やってる咆哮に、感情だけでなく意志を乗せて呼びかけるだけ! そうすることによって、貴方の持つ原初の魔法、龍の言霊は一段高みへと昇華するはずです♪」
圧倒的な力で捻じ伏せに来たと思ったら、今度は唐突にアドバイスを始める魔女。
彼女の気まぐれに、俺は皮肉で返す。
「……貴重なアドバイスをどうも」
「そうでしょう? いえいえ、お礼なんて要りませんよ♪」
はたして俺の皮肉が通じているのかどうか。
いつも高めなテンションがさらにハイになっている星詠みの魔女。
彼女の様子をいくら観察したところで、それを解明できそうにはない。
「何を隠そう、ステラちゃんにとって一番避けたい未来は――貴方がロクに戦い方も知らないまま退場させられることですからね♪」
ただ、星詠みの魔女は妙に機嫌が良く、高揚した気分を抑えきれない様子でそう言った。
――なるほど。つまり逆に言えば、そうなる可能性が少なからずあるってことだよな。
もっとも、それだって彼女を信じるなら……という前提付きだが。
まあ、どんな未来が待ち受けているにせよ、彼女から見て俺に強さが足りないのは純然たる事実なのだろう。
少しだけ、気持ちがくじけそうになる。
「そうか……俺はまだまだ弱いってことか……」
「だからこそ、これから世界に挑む貴方にとって本当に必要なことを、ステラちゃんが教えてあげているのです!」
星詠みの魔女が、なぜか得意気に胸を張った。
彼女の思惑はどうあれ、悔しいが今の俺に打つ手がないのは紛れもない事実だ。
それどころか、このままでは何もできずに終わってしまうだろう。
「あっ、でも、諦めたくなったらいつでも言ってくださいね。ステラちゃんは、大歓迎ですよ♪」
……意地を張っている場合じゃないな。
弱いままでは終われないと決めたばかりだ。“力こそ正義”を貫くと決めたばかりだ。
そして、冬の王として生きる覚悟を決めたばかりだ。
これ以上、無駄に迷っている余裕はない。
たとえいけ好かない星詠みの魔女の助言でも、役に立つなら自分の力に変えてやる。
「……いいぜ、そっちがその気なら、乗ってやるよ!」
そして、あとで必ず、この魔女には一矢報いて見せよう。
俺は意志を込めて咆哮する。
こんなところで立ち止まるわけにはいかない。
自分の世界を取り戻すため、精霊たちに命令を下した。
――【精霊共】【集え】【我に従え】――
いつもの咆哮が冬の世界に響く。
恐ろしい俺の声が、夜の枯れ木の森を震わせる。
しかし、それは翻訳魔法によって、片言の言語として俺は理解できた。
咆哮が星詠みの魔女の支配を上書きする。
雪と氷の精霊たちが、再び俺の支配下に入る。
輝きを纏っていた偽りの星空は、次第に元の暗い冬の枯れ木の森に戻っていく。
「……へえ。たったの一度で、本物の龍の言霊をものにしちゃいますか」
珍しく驚きの混じった表情をする星詠みの魔女。
その顔を見てとりあえず一杯食わせてやった気分になるが、実際には未だ彼女の手のひらの上である。
そして何より――彼女は驚きながらも、むしろ嬉しがっているように見えた。
「……こいつらが役立たずなのは、相変わらずだがな」
とはいえ、再び冬の世界が俺の領域となった。俺は間違いなく、自分の世界を取り戻せたのである。
これで最低限、星詠みの魔女を相手できるだろう。
俺は精霊たちに命じ、新しく吹雪の結界を纏う。
そして、砕けかけた霜と氷の鎧を張り直した。
星詠みの魔女が唱える。
その呪文には、冒涜的かつ凶悪な言霊を携えて。
其れは、今まで誰が唱えた如何なる呪文とも異なる、歪な音節。
「久遠は未だ満たされず、朽ちゆく牢の錠は未だ解かれず――」
翻訳魔法が伝えるその内容は、普段のおちゃらけた彼女からは想像もつかないほど不気味で恐ろしく。
なのに、その声音は、まるで聖夜に歌われる賛美歌のように、美しくも、楽しげだった。
「されども、煌々と乱れ狂い嘆く星々の軌跡、戦の運命へ回帰すべき刻を描き示す――」
この呪文を完成させてはいけない。獣の直感が警鐘を鳴らす。
状況の理解が追い付いた俺は、詠唱を阻害するための攻撃に出る。そして、違和感を覚えた。
――氷柱が、出ない?
いや、それだけではない。星詠みの魔女と話す間だけ弱めていた吹雪を再度纏い直そうとしても、なぜか上手く行かない。
これは……まさか、冬の精霊たちが、俺に従ってくれない!?
今の俺が自由に動かせるのは、自分の中にある魔力だけだ。
世界を構成する精霊たちから離反され、冬の世界が自分の居るべき場所でないような感覚。
仮にも俺は“冬の王”であるはずなのに、いったい何が起きている!?
「――さあ、白痴の月、闇の太陽、偽物の空。私を恐れよ! 怖れよ! 悚れよ!! 畏れよ!!」
事態をきちんと把握できないまま、星詠みの魔女の詠唱が終わってしまう。
彼女はまるで舞踏の締めの振り付けのように、あるいは演奏を決めた指揮者のように、大きく腕を振った。
俺を裏切った精霊たちが魔女の下へ集う。
その輝きは真っ暗な空の下、偽りの星屑となって、星詠みの魔女の周囲に侍る。
「さぁて、準備完了です……それでは精一杯、抗ってくださいね♪」
その瞬間、星の灯りが俺を目掛けて流星群のように降り注いだ。
「こ、氷の壁よっ!!」
久々に自分自身の魔術を使って氷の防壁を張る。
この弾幕、素直に食らってやるべきではないと思った。
輝きを放ちながら向かって来る得体の知れないエネルギーの塊――その蒼白く冷たい光に、何か良からぬ気配を感じたからである。
例を挙げれるなら黒騎士だ。奴の黒い炎を受けた時のように、再生能力だって絶対ではない。
ましてや、相手は魔女と呼ばれる存在。過信は禁物だった。
幸いなことに、自分の魔力を起点とした魔術なら、精霊に頼らずとも問題なく発動できるらしい。
ただ、へなちょこな呪文は健在だった。
あまりにも久々過ぎて、無詠唱で魔術を使えることが頭から抜け落ちていた。
凶星の流星群を防ぎ、役目を果たした氷の壁が砕け散る。
かなり丈夫に作ったつもりだが、光弾を受け止めた防壁は内側から自壊するように、あっさりと壊れてしまった。
このままだと防戦一方である。俺はすぐさま反撃を決意した。
隙を見て、無数の氷柱を即座に生成。
今度は無詠唱で、氷の槍を飛ばす。
轟っと、風を切る音。
氷でできた巨大な槍が真っ直ぐに星詠みの魔女を捉え、雪煙を巻き上げながら地面に突き刺さった。
普通なら間違いなく命中している場面だが……。
「残念! 外れちゃいましたね~♪」
俺の横から声がした。
反射的に反対方向へ跳ねる。
そこには想像通り、星詠みの魔女がヒラヒラと衣装を揺らしながら立っていた。
やっぱり、こうなるか。
さて、どうする?
初めから仕留めきれるとは思っていなかったが……せめてこの瞬間移動のトリックを見破らなければ、“一矢報いる”なんて到底無理だろう。
転移魔法を使った気配はなかった。もっと、別の何かだ。
考えを巡らせる俺を見て、星詠みの魔女は悪戯っぽくクスリと笑った。
「どうですか、配下の精霊たちを奪われた気分は? もどかしさを感じているのではありません?」
確かに彼女の言うとおり、精霊に頼れないのは一見するとかなり深刻な問題だ。
だが、ある意味では、俺が冬の王となる以前に戻っただけだとも言える。不死の肉体を失ったわけでも、魔術が使えなくなったわけでもない。
俺はまだ、戦える。
しかし……状況的にこれが星詠みの魔女の行使した魔術の影響である以上、楽観視はできなかった。
「精霊を支配する者同士が戦うとき、その勝負の行方は精霊の争奪戦に――即ち、世界の支配権の奪い合いに直結します」
星詠みの魔女が指をパチンと鳴らすと、再び精霊が集い、偽りの星空が生まれた。
俺は彼女の放つ次の弾幕に備えて身構える。
「まあ、肉の体をもつ貴方なら、精霊に離反されてもそこそこ戦えちゃうので、もしかすると実感が湧きづらいかもしれません。ですが――」
今回の弾幕はさっきのよりもさらに疾く、多く、そして激しかった。
俺は再び防壁を張る。今度は何重にも層となった多重防壁だ。
さっきの感触だと、氷の壁をいくら固くしても意味は無い。
おそらく、あの光弾は触れたものを内側から壊すのだろう。
俺は質より量をもって、この弾幕をやり過ごす選択をした。
ドドドドドドッ!!
まるでビニール傘を打つ豪雨がごとく、分厚い氷の防壁に降り注ぐ光弾。
やはり、直接的な破壊力はあまりないみたいだ。しかし、一瞬で終わった初めの弾幕と違い、時間をかけて追い詰めるように襲いかかってくる。
そして予想通り、強制的に自壊をさせられていく氷の防壁。
俺は随時新しく氷の盾を追加して、なんとかその猛攻を凌ぎ切る。
「ですが……こんな風に、わざわざ精霊を明け渡して、相手を有利にしちゃう理由もありませんよね? だから今の内に、精霊共の扱い方をしっかりと学んでおいてください♪」
砕けた最後の氷の盾の向こうで、星詠みの魔女が相変わらず楽しそうに笑っているのが見えた。
兎にも角にも、まずは精霊を取り戻さないと話にならない。
あいつらが戻ってきたところで攻撃には使えないが、防御を任せるぐらいはできるはず。
今のままだと、守りにリソースを割き過ぎるせいで防戦一方だ。
しかし、どうすればいい? 精霊たちはまた魔女の周囲に集って偽りの星空を形成し、次の攻撃準備に入る。
クソッ、容赦ないな。
いや、むしろ手加減してくれているのか?
彼女の笑顔を見る限り、少なくとも本気ではなさそうだ。
そもそも星詠みの魔女が本気になれば、絶え間なく弾幕を振らせ続けることすらできる気がする……彼女にとっては俺の相手なんて、遊んでいるようなものなのだろう。
ただ、いつまでもこの恩情が続くと期待しないほうがいいのは分かっている。
再び降り注ぐ弾幕。さっきと同じ要領で防ぐ。
反撃に出る隙は中々ない。
いっそのこと、あえて攻撃を喰らってみるか?
わざと光弾を受け止めて、逆に精霊たちを取り込む。そして、精霊を自分の配下に戻す……いや、無いな。
その方法だと大した量を取り戻せないし、きっとまた奪い返されるだけだ。
それに何より、効率が悪すぎる。
それに、あの魔女が“遊んでいる”ってのも、あくまで俺の憶測にすぎない。
彼女の言葉をそのまま受け取れば、そもそも星詠みの魔女は俺にバラを諦めさせようとしているのだ。
そんな手放しに信用できない彼女を相手にこの案を実行する……それはかなりのリスクが伴うだろう。
分かり切った危険を冒すわけにはいかない。
仮に試すとしても、光弾を受けるのは最終手段であるべき。
それに……あまりにも軽率な行動を取ったら、逆に星詠みの魔女を本気にさせてしまうような予感がした。
「そろそろ、ヒントが欲しいんじゃないですか~?」
手詰まり感に悩む俺を、星詠みの魔女がからかう。
「とは言っても、貴方の場合はとーっても簡単♪ 普段やってる咆哮に、感情だけでなく意志を乗せて呼びかけるだけ! そうすることによって、貴方の持つ原初の魔法、龍の言霊は一段高みへと昇華するはずです♪」
圧倒的な力で捻じ伏せに来たと思ったら、今度は唐突にアドバイスを始める魔女。
彼女の気まぐれに、俺は皮肉で返す。
「……貴重なアドバイスをどうも」
「そうでしょう? いえいえ、お礼なんて要りませんよ♪」
はたして俺の皮肉が通じているのかどうか。
いつも高めなテンションがさらにハイになっている星詠みの魔女。
彼女の様子をいくら観察したところで、それを解明できそうにはない。
「何を隠そう、ステラちゃんにとって一番避けたい未来は――貴方がロクに戦い方も知らないまま退場させられることですからね♪」
ただ、星詠みの魔女は妙に機嫌が良く、高揚した気分を抑えきれない様子でそう言った。
――なるほど。つまり逆に言えば、そうなる可能性が少なからずあるってことだよな。
もっとも、それだって彼女を信じるなら……という前提付きだが。
まあ、どんな未来が待ち受けているにせよ、彼女から見て俺に強さが足りないのは純然たる事実なのだろう。
少しだけ、気持ちがくじけそうになる。
「そうか……俺はまだまだ弱いってことか……」
「だからこそ、これから世界に挑む貴方にとって本当に必要なことを、ステラちゃんが教えてあげているのです!」
星詠みの魔女が、なぜか得意気に胸を張った。
彼女の思惑はどうあれ、悔しいが今の俺に打つ手がないのは紛れもない事実だ。
それどころか、このままでは何もできずに終わってしまうだろう。
「あっ、でも、諦めたくなったらいつでも言ってくださいね。ステラちゃんは、大歓迎ですよ♪」
……意地を張っている場合じゃないな。
弱いままでは終われないと決めたばかりだ。“力こそ正義”を貫くと決めたばかりだ。
そして、冬の王として生きる覚悟を決めたばかりだ。
これ以上、無駄に迷っている余裕はない。
たとえいけ好かない星詠みの魔女の助言でも、役に立つなら自分の力に変えてやる。
「……いいぜ、そっちがその気なら、乗ってやるよ!」
そして、あとで必ず、この魔女には一矢報いて見せよう。
俺は意志を込めて咆哮する。
こんなところで立ち止まるわけにはいかない。
自分の世界を取り戻すため、精霊たちに命令を下した。
――【精霊共】【集え】【我に従え】――
いつもの咆哮が冬の世界に響く。
恐ろしい俺の声が、夜の枯れ木の森を震わせる。
しかし、それは翻訳魔法によって、片言の言語として俺は理解できた。
咆哮が星詠みの魔女の支配を上書きする。
雪と氷の精霊たちが、再び俺の支配下に入る。
輝きを纏っていた偽りの星空は、次第に元の暗い冬の枯れ木の森に戻っていく。
「……へえ。たったの一度で、本物の龍の言霊をものにしちゃいますか」
珍しく驚きの混じった表情をする星詠みの魔女。
その顔を見てとりあえず一杯食わせてやった気分になるが、実際には未だ彼女の手のひらの上である。
そして何より――彼女は驚きながらも、むしろ嬉しがっているように見えた。
「……こいつらが役立たずなのは、相変わらずだがな」
とはいえ、再び冬の世界が俺の領域となった。俺は間違いなく、自分の世界を取り戻せたのである。
これで最低限、星詠みの魔女を相手できるだろう。
俺は精霊たちに命じ、新しく吹雪の結界を纏う。
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